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恋人編(後編)
第47話
しおりを挟む〈冒険者〉
それは、ギルドが管理する依頼書の内容を達成することで、それに見合った報酬を得ることができる職である。
しかし、それにも例外がある。
〈緊急クエスト〉
それは、普段の依頼とは違い、突如現れた危険や危機に冒険者達が強制的に迎え撃つものであった。
冒険者だけでなく、戦闘を職とした者の多くはこれに参加する義務があるのだが。
恐らく、それが"今"なのだろう。
危険度が高く死亡率もすごいのだが、それ相応の報酬が貰えるので、文句は言えないと皆は頑張る。
それ以前に、大切な家族や恋人、友人の為に頑張っている者が大半をしめているのだろう。
私も、フェルの為に···っ。
フェルが出た数分後に家を出れば、多くの魔物が街を荒らしている光景が遠目からでも見えた。
空を飛ぶ者もいるようで、木々に囲まれているここからもその姿がハッキリと見える。気持ちの悪い何かを放出しながら、色々なところをはい回るそれは、吐き気を催すのには十分だった。
早く街のみんなを避難させなくては···!
吐き気を堪えつつ、全力で走る。
そして開け放れた道に出れば、視界の端に震えながら蹲った子供を見つけた。
その子の目の前には小型のグロテスクな魔物がいて、今にも襲いかかろうとしている。
すぐさまその子の元へ駆けつけ、腰に装着していた謎の魔道具を取り出した。
使い方は、分からない。
いや、この魔道具は家を出る前に急にフェルに渡された物であって、常日頃使用している訳ではないのだ。
そんな私がこれの使用方法知っているはずもなく···。
でも、大丈夫な···はず。
私は何となくでその棒状の魔道具を魔物にかざし、飛び出たスイッチをポチッと押した。
その途端、ボリュン!という変な効果音とともに、またも変な物体が魔物に降りかかる。
それを受けた魔物は、あっという間に消えてなくなった。
溶けたというのが正解だと思う。
血が吹き出る訳でもなく、ただ溶けた。
よくわからないけれど。
謎の感動と気持ち悪さとで心を震わせながら腰にその魔道具を戻し、泣きじゃる子供を抱き抱える。
親とはぐれたのだろうだろうか。
ママ、ママと泣き叫ぶ姿は痛々しい。
「大丈夫よ。お姉ちゃんがちゃんとお母さんのところに連れて行ってあげるわ」
安心させるようにそう言えば、その子は抱きつくように私の肩に顔をうずめた。
汗で湿った子供の髪の毛をすきながら立ち上がる。
この間にも街にはどんどん魔物が侵入してきていた。多くの悲鳴と魔物の焼ける匂いが鼻を突く。
フェルの防御魔法のおかげか、3メートル以内には魔物は入って来れないが、少しの時間も惜しい。
早くこの子を親元に連れていかなければならないのだから。
私の体は小さい所為であまり速くは走れないけれど、すばしっこさには自信がある。
そして私は、すぐに避難場所となっている場所へと駆けた。
*****
火を吹く魔物がいるのだろうか。
街の家家が、轟々と燃え上がっているのが嫌でも目に入ってくる。
石造りの家もあるが、木で造られた家の方がこの街には多い。あと少しすれば、街は火の海になってしまうだろう。
熱気が私達の周りを取り囲み、汗が額を伝う。抱き抱えている気絶した子供の体重が腕に負荷をかける。
遠くで冒険者や戦闘系の他の人々が、頑張って魔物たちを食い止めているのが分かった。なだれ込むようにして侵入してきている様々な魔物たちも見える。
どうしてこれ程多くの魔物たちが街にやってきたのかは分からない。
まだこの街に来て少ししか経ってないから、これが何年に1度に起こる災害なのか、偶然起きたそれなのか、
「ウギャアアアアアオ!」
突然、近くで気持ち悪い魔物の咆哮が耳に入ってきた。
はっと見れば、目の前に自分より何倍も大きなそれがいた。
ビクリと恐怖で後ずさる。
腰にあった魔道具をぶるぶると震える手で握った。
「お姉ちゃん···!」
「だ、大丈夫よ」
いつの間に意識を取り戻したのだろうか。先程まで気絶していた子供が目の前の魔物を見て私にしがみついてくる。
緊張と不安と恐怖とでツーっと汗が背中を伝って、ぶるりと寒気が走った。
周りのメラメラと燃え広がる炎が逃げ道を遮る。
逃げるには、目の前の鼻息の荒い気持ち悪い大きすぎる魔物を倒さなければならない。
ここに来るまで、数体と戦ってきたがこんなにも大きな奴は初めてだ。
ふーっふーっと息をする度火花の混じった空気を吐き出したそれは、ギョロギョロとした目ですっかり腰が抜けてしまった私と足元にへたり込む子供を捉えている。
その粘ついた体がドシンと動く度に、地面に脆くヒビが入る。
突如、腹の底からフツフツと怒りがこみあげてきた。
目の前の魔物に対しても、今この街に流れ込ん出来ている魔物に対しても。
コイツ達が来なければ、今もフェルと一緒にいたのに。
コイツ達が来なければ、街はこんなに悲惨な姿にならなかったのに。
魔道具を目の前のそれにかざし、スイッチを押す。ボリュン!という音と共に、変な物体が魔物に降りかかった。
────が、今までの奴らよりも何倍にも大きなそれだからだろうか。
じゅっと魔道具からの攻撃は呆気なく焼き焦げてしまった。何度も攻撃をしても、やはり一瞬にしてそれらは消え去る。
目の前の魔物が今までのとは違うということを深く実感すると共に、またもぶわりと恐怖が巻き戻ってきた。先程の怒りも瞬時に萎む。
カチカチと魔道具のボタンを押すも、魔力切れのせいで乾いた音だけが虚しく響いた。
ずんと魔物が1歩こちらに向かって踏み出す。
───むり···なんだけど。
これが絶体絶命と言うやつなのだろうか。
ブルブル震えて固まる手足が憎い。
早く逃げなければと思うのに、一向に私の体は石のように固まるばかりだった。
ぴゅっという音と共に魔物の口の中から私達に向かって玉が放たれる。
メラメラと燃えた火の玉。
足元にいる子どもがわんわんと泣き出すが、私だって泣きたい。
しかし、フェルの防護魔法のおかげで目の前に飛んできたそれは無惨に散った。
ほっと安堵の息を漏らし、泣きじゃくる子どもを抱き抱える。
はやく、はやく逃げなくては···!
目の前の魔物から目を逸らし、Uターンをして駆け出す。この魔物には勝てそうもない。ただの非力な女1人で何ができようか。
街の人たちを助けに来たのに、足でまといになるとは思っていたのに、
自分がやられてしまってはフェルに言い張った意味が無い。
息が、苦しい。
ドスンドスンと近づいてくる魔物が怖い。
こんなにも怯えて逃げることしか出来ない自分が悔しい。
「···っ!」
ーーーああほんとうに、運が悪い。
ドサッと子どもを庇いながら私は勢いよく地面に倒れ込んだ。何が起こったのか分からないというふうに子どもがこちらを向く。
良かった。怪我···してない。
子どもにの安全を確認した後、ジンジンとする膝を寝転がったまま見れば、じわりと血が滲んでいた。
痛い
痛い
苦しい
苦しい
起き上がろうと思っても、疲れ切った体は言うことを聞いてはくれない。
一生懸命立ち上がるように足を動かすもズルズルと地面を引っ掻くだけで杞憂に終わった。
息があがって上手く呼吸が出来ない。
ドシンと魔物の迫り来る音がする。
隣で子どもの怯える気配と匂いがする。
でも私には何も出来なくて、
嫌だ。
来るな、
そうやって心の中で抵抗することしか出来ないことが悔しい。
「ギャアアアアアアアオ」
ビリビリと魔物の咆哮が耳をつんざく。
連続的に火の玉が私達に向かって容赦なく襲いかかった。
キュイーンとフェルの防護魔法が発動する。
バンバンと結界に叩きつけられる火の玉に恐怖で慄く。
安心させるように、守るようにして力なくぎゅっと子どもを抱きしめた。
この子だけでも助けたい。
S級というランクにつくだけあり、フェルの魔法は強力だった。火の玉に当てられても、未だ私達にその攻撃をさせない。
───しかし、それにも限度というものがある。
ピシリ···
その音を聞いた瞬間、絶望に目の前が染まった。
――防御魔法に、結界にヒビが入ったのだ。
「―――っ!」
恐怖で呼吸を荒らげながら、魔物に対して少しでも抵抗しようと睨みつける。しかし私の体はそれとは反対にさらにぶるぶると震え始めた。
本当は怖い。
死にたくない。
でも、どうすれば?
魔道具なんてもう使い物にならない。
子どもも守らなくてはならない。
次々と火の玉によってピシリピシリとそれが破損し始める。
「ギャアアアアアアアオ!!」
パリーンという音と同時に、それがキラキラと粒子となり割れた。
目の前の魔物が、大きな口を開けて大きな火の玉を作り出すのが目の前で繰り広げられる。
ニタリと嬉しそうに魔物が笑っているような気がした。
やっとかと、魔物が笑っているような気がする。
嫌だなあ。
死にたく···ない、なあ。
まだ幸せでいたいらなあ。
生きていたい、なあ。
「おねえ···ちゃん」
「大丈夫···だから」
不安がる子供を守るようにして抱き寄せる。
この子だけでも、
「フェル···」
強力で大きな光が、辺り一面に広がった。
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