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番外編
ある女の幸せ③
しおりを挟む彼との約束は、そのひとつだけ。
たったひとつ、大切な大切な、約束という言葉と共に告げられたそれ。
彼と会ったのは一度だけだったということ。
何度も何度も同じ時間を共にしたことは明かさず、
あの短いけれど穏やかだった日々は、ほんの1度だけに満たなかったということ。
彼がこの約束を私にさせたのは、
彼の身を守るためでも、
あの大きな男を怒らせないようにするためでも、
私のとの時間を否定する訳でもなく、
ただ、
私を守るために、
私を信じていたからした約束なのだと、今ならわかる。
あの時からもうあの場所には来なくなった彼が、今、私の目の前にいる。
彼は死んだと聞かされた。酷い処罰を受けて死んだ、と。
「ーーどうして。」
私は未だに目の前の状況が理解できないでいた。相変わらず綺麗で整った顔立ちをした彼は、紛れもない私の知っている彼だった。
「君と一緒にいたいから。僕は頑張ったんだよレオノーラ。」
彼が、ルーがそう言って1歩ずつ私の方へ歩み寄る。
ルー、
ルー、
私の唯一愛した人。
あの頃は恋愛とか、恋人とか、まだ分からなかったけれどあれから私の気持ちは恋だったのだと気づいた。
でも私は、恋した彼に対して大きな罪を犯した。彼を見捨てた。彼を救えなかった。私は怖くて自分の身を守るために嘘をついた。彼との大切な時間を、貶すようなことを言った。
「ル、ルー、私は、っ」
ルーから逃げるように後ずされば、ルーが私のボロボロな体をギュッと抱きしめる。甘いルーの香りが私を包み込んで、途端に力が抜けてしまう。
彼の体温が、鼓動が、全てが愛しくて愛しくて、夢みたいで怖かった。
「レオノーラ。」
ルーが私の耳元でそう囁く。
甘い声でそんなこと言うから力が抜けてしまって上手く立てない。
ルーが私をしっかりと抱きしめながら支えてくれ、やっと立っていられる状態だ。
ルーはあの頃のままではなかった。
私よりも随分と背が高くなっていて、抱きしめてくれているその手も頬にあたるその胸板も男の人だと感じさせるしっかりとしたものとなっていた。
「僕は君が好きだ。レオノーラ。」
いきなりルーがそんなことを言うので、私は面食らってしまう。
何を言っているのだ、この人は。
久しぶりに会って私のことが好きだとか言って、
ーーでも。
「何言ってるの。私は貴方を見捨てて、自分の命を選んだの!あなたを見殺しにしようとしたのよ!」
私が叫ぶようそう言えば、ルーがぎゅっと私を抱きしめる。泣きそうな顔を見られたくなくて私はルーの胸板に顔を埋めた。
ルーの香りでいっぱいになって、ルーがここにいることに実感する。
こんなにも好きなのに、私が過去に犯した罪は重すぎる。
「ありがとう、レオノーラ。僕との約束を守ってくれて。」
ルーがそんなこと言うから、涙がとどめなく目から溢れる。
ルーとの大事な約束。すごく苦しくて辛い約束。
だけど、それを守ったが故にルーは殺されたと、もう私には会えないと言われた。
私がもっと強かったら。
魔法の勉強も強くなるための勉強も沢山してきたのに、怖気付いて何も出来なかった自分が大っ嫌い。
「私は貴方に酷いことをしたのよ!なんで、ありがとうなんて言うの。」
「レオノーラが大好きだから。それに、あれで良かったんだよ。レオノーラが大好きだから、僕との約束を守ってくれたから、今僕はここにいるんだ。辛いことを背負わせてごめんね。約束させてしまってごめんね。でももう苦しまなくていい。全部全部僕のせいなんだから。これからは全部僕が受け止めるから。あの頃は弱くて、君にあんな約束をさせてしまったけれど、今度は僕が君のことを守るから。」
ルー、
ルー、
私の最愛の人。
私が忘れられなかった人。
私の全てを受け入れてくれる人。
「で、でも、私はこんなに汚れてて、」
私は自分の体が途端に恥ずかしくなった。
呪いのせいでズタボロになった自分の体をルーに見られたくなくて縮こまる。
私の体にはこんなにも傷があって、ルーにこんな私を見られてしまったら、私のことを好きだと言ってくれたルーに嫌われてしまうかもしれない。
「レオノーラ。綺麗だよ。」
「綺麗じゃないわよ!こんなに汚い。こんな私なんてルーだって嫌でしょう!」
私はルーから離れるようとルーの胸板を押す。けれどルーは、そうはさせないとばかりに私をもっと強く抱きしめた。
「レオノーラ。ダメだよ、離れようとしたら。」
ルーが私の耳元でまた甘く囁く。
それをされると私はまた体から力が抜けてしまうのに。
「だって、ルー・・・」
「レオノーラ。」
ルーが私にもう何も言わせまいと私の唇を塞ぐ。
「・・・っ?!」
突然の事に私の頭は混乱する。
彼が、ルーが私にキスをしたのだ。
柔らかな唇が離れ、目を開ければルーの顔が目の前にあった。
相変わらず綺麗で、美しい彼の顔に瞳にうっとりと魅入ってしまう。
「レオノーラ。僕は君の全部が好きだと言ったんだ。あの日、君に出会った時から僕は君に惹かれた。君の体に傷が残ってしまったとしても、どんな君も好きだから。もしその傷が嫌なら僕の魔法で消してあげるよ。僕はこれでも魔法が得意なんだ。」
「それに・・・」とルーが私の頬を撫でながら言葉を発する。
「今は魔法で生計を立てられるくらいになったから、君を養うことだってできるんだ。あの魔法塔を知ってる?あれは僕の家なんだよ。レオノーラとこれから一緒に暮らして行けるように、もう準備は整ってたりする。」
そう言ってルーが少し照れくさそうに言うから、私は泣いてしまいそうだった。
同時にそんなルーに拍子抜けしてしまった。
ルーはこんな私を迎えに来てくれたのだ。
ルーはどんな私でも、汚れて罪深い私でも好きでいてくれると言うのだ。
私との未来を考えてくれていたのだ。
「ルー。私もルーのことが大好きよ。」
私はそう言って背伸びをして彼の唇に自分の唇を重ねる。
ルーが恥ずかしそうに前髪でその真っ赤になった顔を隠そうとするから、私はサッと手で彼の前髪を払った。彼のルビーのように綺麗な瞳が泣きそうに笑う。
ルー、私の最愛の人。
これからはずっと貴方と一緒に生きていきたい。
嬉しいことも悲しいことも苦しいことも楽しいことも、これからたくさん一緒に経験して、一緒に過ごして一緒に笑いたい。
あの日、貴方を見捨てて逃げてしまった私を許してくれとは言えないけれど、これからは貴方と思う存分一生をかけて歩んでいきたい。
「レオノーラ愛してるよ。」
「私も愛しているわ。ルアン」
ーーーーーーーーーーーーーー
その後、ゴメス商会の唯一の跡取りであるレオノーラ・ゴメスの失踪は少しの間人々の話題に上がった。他国の男と駆け落ちしたのだ、という噂が有力と言われたが、どうなったのかは実の父親でさえ知らない。
捜索は行われたが見つけられるはずもない。レオノーラには大陸一の魔法使いがついているのだから。
レオノーラは子どもの頃からの夢を叶えることが出来た。
何にも縛られず、好きな相手と一緒に平凡に暮らす夢。
大陸一の魔法使いが相手では平凡な暮らしとは言えないが、彼の隣に立つ彼女の笑顔は目を見張るほど美しく、幸せに溢れていた。
おわり
━━━━━━━━━━━━━━━
番外編も完結です。最後までお読みいただきありがとうございました!
結構話数長くなってしまい、最後まで読んでくださった方々には感謝です。
他の作品も短編ですが楽しんでいただけると思うので、よろしくお願いします~!
また新作などを更新することになった時は、暇な時にでも呼んでくだされば嬉しいです。
ありがとうございました!
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