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①
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『腐れ縁』とは良く言ったもので。
俺と彼女は、お互い人生の大半の時間を一緒に過ごした。
「ねぇ、ねぇ」
「うん」
何度抱き締めても、飽きることはない。
社会人になった今でこそ毎日三十回以上、キスをする熱々なバカップルなわけだが、昔は違った。
全然、今と違った。
俺達は、最初から仲が良かったわけじゃない。彼女の方は、俺に好意を寄せていたらしいが、鈍感な俺はそれに気づくはずもなく。
しかも、初めて彼女に会った時。初対面の彼女の印象は今思い出しても……ほんっと最悪だった。
【高校時代:入学初日】
「善一郎。忘れ物はないか~?」
「うん。大丈夫だよ。爺ちゃん、行ってきます」
「おう。気を付けてな~」
靴を履いている途中、大事なことを思いだし、慌てて部屋に戻った。
「うん? どうしたぁ」
「忘れ物したっ!」
八畳の部屋。タンスの上に置いた両親の遺影。その前に立ち、
「父さん、母さん。行ってきます!」
「……ほんま、えぇ子や」
手を合わせ、親に挨拶した後、俺はボロアパートの錆びだらけの階段を駆け降りた。今日が高校生活初日と言うこともあり、手に残る錆び臭さも気にならなかった。
浮かれていた。何か特別なことが起こる予感があった。
だが、そんな晴れやかな気分が教室に入った瞬間、見事に消え失せた。
「っ!?」
明らかに空気が変わった。
教室内にいる生徒。二十人近い生徒がいるが、その誰もが視線が鋭く、皆ギスギスしており、仲良くしようとする気持ちは皆無に思われた。クラス分けが間違っていてくれ!と本気で願ったほど、居心地が悪かった。
「………………はぁ」
残念なことに間違いではなかった。
仕方なく、決められた自分の席に静かに座る。
「うわっ」
思わず、声を漏らしてしまった。
俺の隣に座っている女。前髪が長く、表情は良く分からない。その髪は寝癖で跳び跳ねており、彼女の全身を纏う黒いオーラがタダ漏れていた。
無性に居心地が悪くなった俺は、黒板に貼られた配置図で彼女の名前を一応確認する。
「九条陰さんだよね。よろしく。俺は……っ!!!?」
その瞬間、教室内が凍りついた。
なぜか、他の生徒が全員俺を見ていた。
復讐の対象が目の前に現れた時のような殺意を感じる。
「……善一郎君。よろしくね……。私…九条陰です」
「あ、うん。知ってる」
彼女は、気持ちの悪いニタニタ笑顔で俺を見つめ、嬉しそうに呟いた。
これが俺と謎の女、九条陰との出会いだった。割愛すると、彼女の家は裏社会も牛耳るほどの財閥で超金持ち。クラスにいた俺達以外の生徒は雇われメイドや執事だった。護衛の為に親バカな両親が付けたらしい。学校も買収済みで先生もその事には黙認していた。
あり得ないが、これが現実なのだから仕方ない。
もちろん定期的に席替えはあったが、当然のように俺達は隣の席になった。
「………………」
それでも一年目、二年目は何とか我慢が出来た。だが三年目の五回目の席替え後、俺は我慢の限界を超えて、九条陰にキレてしまった。
「また隣の席だね。善一郎君」
「もう……いい加減にしてくれ」
「え?」
「この席替えも。全部、お前の仕業だろ。……何が席替えだよ。ふざけるな! イカサマしやがって」
「あ…あ……」
「いつもいつもいつもいつも。お前がそばにいると他のクラス、周りの連中も恐がって、誰も俺に近づかなくなるんだよ。分かってる? 何か俺に恨みでもあるのか? 俺のことが気に入らないんだったら、周りの手下使って俺を殺ればいいだろうがっ!!!」
ザザッ!!
俺を取り囲む生徒風のメイドや執事。胸ぐらを思い切り捕まれた。首筋に冷たい何かを突き付けられている。
「大城。手を離せ」
「で、ですが、お嬢! コイツが悪い」
「お前は、いつから私に口答え出来る身分になったんだ?」
凄い殺気だった。初めて見た、チラッと見えた九条陰の左目。どんな修羅場を潜ってきたら、こんな冷たい目が出来るんだよ。
九条陰に睨まれ、蜘蛛の子を散らすようにメイドや執事はいなくなる。
「ごめんなさい……。本当に……本当にごめんなさい……迷惑かけて…」
大粒の涙をポロポロと両目から流しながら、九条陰は何度も何度も俺に謝った。
その姿に耐えきれなくなった俺は、教室を飛び出した。
次の日。俺は強制的にクラス替えをさせられ、やっと普通の高校生活がやってきた。
その後、九条陰とはたまに廊下ですれ違うこともあったがお互い目も合わさず、通りすぎた。
「なぁ、なぁ。ゼン。これから皆でカラオケ行こうぜ。女子にも声かけたからさ」
「うん。そうだな」
カラオケの休憩中。最近仲良くなった男が俺の肩に馴れ馴れしく触れながら、
「でもさぁ、お前も大変だったな。九条陰みたいな化け物と二年も一緒のクラスでさ。拷問だったろ?」
「あぁ……」
「金持ってるだけのお嬢様だからな。自分一人じゃ何も出来ないだろうし。我が儘そうだよな、アイツ。すっげぇ暗いし。ってか、九条陰って人殺しだろ? 罪を揉み消してるだけでさ。ヤバすぎだろ、アイツ」
「キャハハ! ほんとそれ。暗すぎて気持ち悪いんだよね。トイレとかで会うと最悪。護衛とかいてさ、調子乗ってるし」
カラオケルームに響く男女の笑い声。九条陰への止まらない悪口。
「…………」
一人じゃ何も出来ない?
お前たちは知らないだろ。
毎朝、学校の花壇に水やりしてるアイツの姿を。教室の掃除、雑用もメイドや執事に任せず、自分でやっていた。誰かの手を借りてる姿なんか一度も見たことない。
きっと、それがアイツのプライドだったんだと今なら分かる。
「気分悪いから、帰るわ」
気がつくと、走ってカラオケ店を飛び出していた。あれ以上、アイツの悪口を言われたら、俺は。
俺は、きっと殴ってしまうだろう。
正直、その後の高校生活はあまり覚えていない。当たり障りのないやり取りの連続。記憶に刻まれることはない。
校長の長い演説。やっと卒業式が終わり、部活をやっていた先輩を祝福する後輩で溢れた正面から出るのが嫌で、俺は学校裏口から出ることにした。
「……善一郎君」
「ん?」
偶然、俺と同じように裏口から出ようとする美少女に会った。
こんな女、学校にいたか?
かなり目立つと思うが、きっとグラビアとかやっていて、学校にはあまり来ていなかったんだろう。
と、勝手に想像した。
「あの……えっと」
俺を見つめる不安そうな目。柔らかそうな唇。綺麗にカットされた艶のある黒髪。
「九条陰…か?」
「一年も経つと私のことなんて忘れちゃうんだね………さようなら、善一郎君」
唇を噛みながら、泣き出しそうな九条陰。慌てて、引き留めた。
「いや、違う。変わりすぎだろっ! お前。全然違うし、髪型とか。全部」
「髪は、自分で切りました。初めて…」
「天才かよ、お前」
「…………」
「……………………」
「………………………さようなら」
「ちょ、ちょちょ! 待っ」
再び去ろうとする九条陰の左手を掴んだ。
「痛い……。護衛を呼ぶよ?」
「あっ。あの…前はごめん! お前にひどいこと言ったこと。本当にごめん。ずっと謝りたかった」
「…………いいよ。もう……私達、他人だし」
「昔は違ったみたいな言い方するな! 他人は変わらない。いや、あ、あ、お詫びじゃないけど。これから一緒にカラオケ行かない? 久しぶりに叫びたいし」
「……………」
俺を品定めするような目。
「ダメか?」
「私……演歌とジャズ専門だけど……それでもOK?」
「演歌とジャズ!? ハハハ、大丈夫。大丈夫。うん。行こう」
「でも………善一郎君は、私のこと死ぬほど嫌いでしょ?」
後ろで立ち止まった九条陰。
見なくても下を向いていることは分かった。
「…………嫌いじゃないよ。二年も一緒にいて、本当のお前を知っているから」
「っ!!?」
初めて見た彼女の本当の笑顔。
俺の隣に来た九条陰は両目から涙を流しながら、嬉しそうに俺を見上げていた。
俺と彼女は、お互い人生の大半の時間を一緒に過ごした。
「ねぇ、ねぇ」
「うん」
何度抱き締めても、飽きることはない。
社会人になった今でこそ毎日三十回以上、キスをする熱々なバカップルなわけだが、昔は違った。
全然、今と違った。
俺達は、最初から仲が良かったわけじゃない。彼女の方は、俺に好意を寄せていたらしいが、鈍感な俺はそれに気づくはずもなく。
しかも、初めて彼女に会った時。初対面の彼女の印象は今思い出しても……ほんっと最悪だった。
【高校時代:入学初日】
「善一郎。忘れ物はないか~?」
「うん。大丈夫だよ。爺ちゃん、行ってきます」
「おう。気を付けてな~」
靴を履いている途中、大事なことを思いだし、慌てて部屋に戻った。
「うん? どうしたぁ」
「忘れ物したっ!」
八畳の部屋。タンスの上に置いた両親の遺影。その前に立ち、
「父さん、母さん。行ってきます!」
「……ほんま、えぇ子や」
手を合わせ、親に挨拶した後、俺はボロアパートの錆びだらけの階段を駆け降りた。今日が高校生活初日と言うこともあり、手に残る錆び臭さも気にならなかった。
浮かれていた。何か特別なことが起こる予感があった。
だが、そんな晴れやかな気分が教室に入った瞬間、見事に消え失せた。
「っ!?」
明らかに空気が変わった。
教室内にいる生徒。二十人近い生徒がいるが、その誰もが視線が鋭く、皆ギスギスしており、仲良くしようとする気持ちは皆無に思われた。クラス分けが間違っていてくれ!と本気で願ったほど、居心地が悪かった。
「………………はぁ」
残念なことに間違いではなかった。
仕方なく、決められた自分の席に静かに座る。
「うわっ」
思わず、声を漏らしてしまった。
俺の隣に座っている女。前髪が長く、表情は良く分からない。その髪は寝癖で跳び跳ねており、彼女の全身を纏う黒いオーラがタダ漏れていた。
無性に居心地が悪くなった俺は、黒板に貼られた配置図で彼女の名前を一応確認する。
「九条陰さんだよね。よろしく。俺は……っ!!!?」
その瞬間、教室内が凍りついた。
なぜか、他の生徒が全員俺を見ていた。
復讐の対象が目の前に現れた時のような殺意を感じる。
「……善一郎君。よろしくね……。私…九条陰です」
「あ、うん。知ってる」
彼女は、気持ちの悪いニタニタ笑顔で俺を見つめ、嬉しそうに呟いた。
これが俺と謎の女、九条陰との出会いだった。割愛すると、彼女の家は裏社会も牛耳るほどの財閥で超金持ち。クラスにいた俺達以外の生徒は雇われメイドや執事だった。護衛の為に親バカな両親が付けたらしい。学校も買収済みで先生もその事には黙認していた。
あり得ないが、これが現実なのだから仕方ない。
もちろん定期的に席替えはあったが、当然のように俺達は隣の席になった。
「………………」
それでも一年目、二年目は何とか我慢が出来た。だが三年目の五回目の席替え後、俺は我慢の限界を超えて、九条陰にキレてしまった。
「また隣の席だね。善一郎君」
「もう……いい加減にしてくれ」
「え?」
「この席替えも。全部、お前の仕業だろ。……何が席替えだよ。ふざけるな! イカサマしやがって」
「あ…あ……」
「いつもいつもいつもいつも。お前がそばにいると他のクラス、周りの連中も恐がって、誰も俺に近づかなくなるんだよ。分かってる? 何か俺に恨みでもあるのか? 俺のことが気に入らないんだったら、周りの手下使って俺を殺ればいいだろうがっ!!!」
ザザッ!!
俺を取り囲む生徒風のメイドや執事。胸ぐらを思い切り捕まれた。首筋に冷たい何かを突き付けられている。
「大城。手を離せ」
「で、ですが、お嬢! コイツが悪い」
「お前は、いつから私に口答え出来る身分になったんだ?」
凄い殺気だった。初めて見た、チラッと見えた九条陰の左目。どんな修羅場を潜ってきたら、こんな冷たい目が出来るんだよ。
九条陰に睨まれ、蜘蛛の子を散らすようにメイドや執事はいなくなる。
「ごめんなさい……。本当に……本当にごめんなさい……迷惑かけて…」
大粒の涙をポロポロと両目から流しながら、九条陰は何度も何度も俺に謝った。
その姿に耐えきれなくなった俺は、教室を飛び出した。
次の日。俺は強制的にクラス替えをさせられ、やっと普通の高校生活がやってきた。
その後、九条陰とはたまに廊下ですれ違うこともあったがお互い目も合わさず、通りすぎた。
「なぁ、なぁ。ゼン。これから皆でカラオケ行こうぜ。女子にも声かけたからさ」
「うん。そうだな」
カラオケの休憩中。最近仲良くなった男が俺の肩に馴れ馴れしく触れながら、
「でもさぁ、お前も大変だったな。九条陰みたいな化け物と二年も一緒のクラスでさ。拷問だったろ?」
「あぁ……」
「金持ってるだけのお嬢様だからな。自分一人じゃ何も出来ないだろうし。我が儘そうだよな、アイツ。すっげぇ暗いし。ってか、九条陰って人殺しだろ? 罪を揉み消してるだけでさ。ヤバすぎだろ、アイツ」
「キャハハ! ほんとそれ。暗すぎて気持ち悪いんだよね。トイレとかで会うと最悪。護衛とかいてさ、調子乗ってるし」
カラオケルームに響く男女の笑い声。九条陰への止まらない悪口。
「…………」
一人じゃ何も出来ない?
お前たちは知らないだろ。
毎朝、学校の花壇に水やりしてるアイツの姿を。教室の掃除、雑用もメイドや執事に任せず、自分でやっていた。誰かの手を借りてる姿なんか一度も見たことない。
きっと、それがアイツのプライドだったんだと今なら分かる。
「気分悪いから、帰るわ」
気がつくと、走ってカラオケ店を飛び出していた。あれ以上、アイツの悪口を言われたら、俺は。
俺は、きっと殴ってしまうだろう。
正直、その後の高校生活はあまり覚えていない。当たり障りのないやり取りの連続。記憶に刻まれることはない。
校長の長い演説。やっと卒業式が終わり、部活をやっていた先輩を祝福する後輩で溢れた正面から出るのが嫌で、俺は学校裏口から出ることにした。
「……善一郎君」
「ん?」
偶然、俺と同じように裏口から出ようとする美少女に会った。
こんな女、学校にいたか?
かなり目立つと思うが、きっとグラビアとかやっていて、学校にはあまり来ていなかったんだろう。
と、勝手に想像した。
「あの……えっと」
俺を見つめる不安そうな目。柔らかそうな唇。綺麗にカットされた艶のある黒髪。
「九条陰…か?」
「一年も経つと私のことなんて忘れちゃうんだね………さようなら、善一郎君」
唇を噛みながら、泣き出しそうな九条陰。慌てて、引き留めた。
「いや、違う。変わりすぎだろっ! お前。全然違うし、髪型とか。全部」
「髪は、自分で切りました。初めて…」
「天才かよ、お前」
「…………」
「……………………」
「………………………さようなら」
「ちょ、ちょちょ! 待っ」
再び去ろうとする九条陰の左手を掴んだ。
「痛い……。護衛を呼ぶよ?」
「あっ。あの…前はごめん! お前にひどいこと言ったこと。本当にごめん。ずっと謝りたかった」
「…………いいよ。もう……私達、他人だし」
「昔は違ったみたいな言い方するな! 他人は変わらない。いや、あ、あ、お詫びじゃないけど。これから一緒にカラオケ行かない? 久しぶりに叫びたいし」
「……………」
俺を品定めするような目。
「ダメか?」
「私……演歌とジャズ専門だけど……それでもOK?」
「演歌とジャズ!? ハハハ、大丈夫。大丈夫。うん。行こう」
「でも………善一郎君は、私のこと死ぬほど嫌いでしょ?」
後ろで立ち止まった九条陰。
見なくても下を向いていることは分かった。
「…………嫌いじゃないよ。二年も一緒にいて、本当のお前を知っているから」
「っ!!?」
初めて見た彼女の本当の笑顔。
俺の隣に来た九条陰は両目から涙を流しながら、嬉しそうに俺を見上げていた。
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