29 / 170
第2章 芋聖女と呼ばないで
9
しおりを挟む
毒味という名の食事を終えたレティシアは、早々にアベルに連行された。
やってきたのは、村の畑だ。
芋は何とか撤去できたものの、芋に『恵み』を奪われたせいでぐったりしている。
「お前の神聖術であの芋は育ったんだろう? ならばその神聖術で、今度はもとあった野菜を救うんだ」
アベルはそう、さらりと言い放った。
もとよりレティシアが引き起こした事態。何の反論があろうか。
「よぅし、それなら昨日と同じように、魔力を目一杯注いであげて……」
そう言って、畑に手をかざそうとしたその時――
「待て」
魔力に溢れたレティシアの腕を、アベルが留めた。
「待ってって、どうして?」
「今のままでは、この腹立たしい花の二の舞になるぞ」
「じゃがいもの……?」
首を傾げるレティシアに、アベルは厳しい表情を向けた。
「そのまま全力で魔力を注げば、確かに残された作物に『恵み』が浸透するだろう」
「は、はい」
「そしてその『恵み』を受けた作物はみるみる潤い、かつての力を取り戻すだろうな」
「はい」
「それどころか、この花と芋のように、かつて以上に育ってしまうかもしれないな」
「……あ」
「それがこの領地すべての畑で起こるとどうなる? 様々な作物が根を縦横無尽に伸ばし、近隣の畑の根と競合し、絡み合い、再び『恵み』を奪い合うといった結果に……」
「わ、わかりました! 考えが足りず申し訳ございませんでした!」
「よろしい。ではもっと抑えて、畑一つ一つ、生長をほんの少し助けるだけにするんだ」
「“だけ”と言われましても……」
アベルはようやくレティシアの腕を解放した。だけどそうすると、レティシアにできることがなくなってしまう。
孤児院で畑に魔力を注いでいた時も、もう少し力を抑えていただけで、やっていたことは同じ。今のやり方を否定されてしまうと、もう打つ手がなくなってしまう。
「そんな顔をするな」
アベルの、ため息と共に静かな声が聞こえた。そこには呆れた様子や怒りの様子は聞こえなかった。
アベルはおもむろに畑の近くへ歩いて行き、水を汲んでいた桶を持ち上げた。
「よく見ろ。お前の力は、コレだ」
「はい?」
桶には水がなみなみ入っている。
それをアベルはそろりと傾けた。すると傾けた角度以上に、水は勢いよく流れ落ちていった。
「お前が今やろうとしていたことはこれだ。いきなり大量の水をぶちまけようとしていたんだ。だが、それでは畑全体に浸透しないし、作物にとっても害になることもある」
そう言うと、今度はひしゃくを手に取り、それを使って少しずつ水を撒き始めた。
「本来、『恵み』とは……神聖術とはこうあるべきなんだ。各地の聖木もこうやって『恵み』を分け与えるのが役割だ」
「は、はい! あの……アベル様はもしかして、神聖術の覚えがおありなんですか?」
「いや、ない。何故だ?」
「とても造詣が深いようなので……私、幼い頃から教育を受けてきましたけど、誰からもそんな指導を受けたことがありませんでした」
「そうだろうな。神聖術を扱える者など、数えるほどしかいない」
「だったら、アベル様はなぜ? これほどできるのなら、もっと名が知られていても良いはずなのに……」
「……俺のことはいい。それより今は、この畑だ。ここが終わればあちら。その向こうも、他にもたくさんあるぞ」
そう言うと、アベルはレティシアの隣に立った。呼吸の声すら聞こえるほど近くに立ち、レティシアと並んで畑を見つめた。
「俺の言う通りに、やってみろ」
やってきたのは、村の畑だ。
芋は何とか撤去できたものの、芋に『恵み』を奪われたせいでぐったりしている。
「お前の神聖術であの芋は育ったんだろう? ならばその神聖術で、今度はもとあった野菜を救うんだ」
アベルはそう、さらりと言い放った。
もとよりレティシアが引き起こした事態。何の反論があろうか。
「よぅし、それなら昨日と同じように、魔力を目一杯注いであげて……」
そう言って、畑に手をかざそうとしたその時――
「待て」
魔力に溢れたレティシアの腕を、アベルが留めた。
「待ってって、どうして?」
「今のままでは、この腹立たしい花の二の舞になるぞ」
「じゃがいもの……?」
首を傾げるレティシアに、アベルは厳しい表情を向けた。
「そのまま全力で魔力を注げば、確かに残された作物に『恵み』が浸透するだろう」
「は、はい」
「そしてその『恵み』を受けた作物はみるみる潤い、かつての力を取り戻すだろうな」
「はい」
「それどころか、この花と芋のように、かつて以上に育ってしまうかもしれないな」
「……あ」
「それがこの領地すべての畑で起こるとどうなる? 様々な作物が根を縦横無尽に伸ばし、近隣の畑の根と競合し、絡み合い、再び『恵み』を奪い合うといった結果に……」
「わ、わかりました! 考えが足りず申し訳ございませんでした!」
「よろしい。ではもっと抑えて、畑一つ一つ、生長をほんの少し助けるだけにするんだ」
「“だけ”と言われましても……」
アベルはようやくレティシアの腕を解放した。だけどそうすると、レティシアにできることがなくなってしまう。
孤児院で畑に魔力を注いでいた時も、もう少し力を抑えていただけで、やっていたことは同じ。今のやり方を否定されてしまうと、もう打つ手がなくなってしまう。
「そんな顔をするな」
アベルの、ため息と共に静かな声が聞こえた。そこには呆れた様子や怒りの様子は聞こえなかった。
アベルはおもむろに畑の近くへ歩いて行き、水を汲んでいた桶を持ち上げた。
「よく見ろ。お前の力は、コレだ」
「はい?」
桶には水がなみなみ入っている。
それをアベルはそろりと傾けた。すると傾けた角度以上に、水は勢いよく流れ落ちていった。
「お前が今やろうとしていたことはこれだ。いきなり大量の水をぶちまけようとしていたんだ。だが、それでは畑全体に浸透しないし、作物にとっても害になることもある」
そう言うと、今度はひしゃくを手に取り、それを使って少しずつ水を撒き始めた。
「本来、『恵み』とは……神聖術とはこうあるべきなんだ。各地の聖木もこうやって『恵み』を分け与えるのが役割だ」
「は、はい! あの……アベル様はもしかして、神聖術の覚えがおありなんですか?」
「いや、ない。何故だ?」
「とても造詣が深いようなので……私、幼い頃から教育を受けてきましたけど、誰からもそんな指導を受けたことがありませんでした」
「そうだろうな。神聖術を扱える者など、数えるほどしかいない」
「だったら、アベル様はなぜ? これほどできるのなら、もっと名が知られていても良いはずなのに……」
「……俺のことはいい。それより今は、この畑だ。ここが終わればあちら。その向こうも、他にもたくさんあるぞ」
そう言うと、アベルはレティシアの隣に立った。呼吸の声すら聞こえるほど近くに立ち、レティシアと並んで畑を見つめた。
「俺の言う通りに、やってみろ」
17
あなたにおすすめの小説
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる