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第2章 芋聖女と呼ばないで
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「お嬢様、お嬢様。朝ですよ。お起きになってください」
「う、うぅぅん……?」
聞き馴染んだ声に、レティシアの意識がまどろみから呼び起こされた。
眩さで開いた目をもう一度瞑ったものの、瞼には先ほど見えた姿がうっすら残っていた。侍女のネリーが、自分の顔を覗き込んでいたのだ。
(そういえば、昨日は部屋に戻ってきてすぐに寝ちゃったんだったわ。あまりにも疲れたから……お腹空いたわね……)
なんてことをぼんやり考えていて、ようやく事態に気付いた。
「ネリー!?」
「はい」
「どうしてあなたが私を起こしに来ているの?」
この侍女は、とても寝起きが悪く、主人であるレティシアより先に起きたことが数えるほどしかない。いつもレティシアが起きて、ネリーが起き出してくるのを待っているのだ。
自室の外に出るのは準備が整ってからだから、あまり知られていないが。
そんなネリーだというのに、今日はばっちりと服を着込んで、髪も結って、侍女としての体裁を整えた上でレティシアの枕元に立ち、あろうことかレティシアを揺り起こしていた。
「これはどうしたことなの? あなたが、私を起こすだなんて……!」
「それはこちらが聞きたいですよ。お嬢様ったら、朝食の時間になってもお起きにならないから……こんなことは初めてですね」
「え、朝食!?」
驚き窓の外を見る。すると太陽の光が高い空から差し込んでいた。時刻は、既に昼に近いとわかる。
「うそ!? 私、そんなに起きなかったの!?」
「ええ、そりゃあもう、ぐっすりと……寝言まで仰ってましたよ」
「寝言!!?……どんな?」
「芋がどうとか」
「うぅ……!」
間違いない。昨日の出来事だ。まさか夢にまで見ていたとは……。
「何か良いことでもあったんですか? お嬢様、寝ている間も笑ってましたけど」
「う、嘘……!」
「本当ですとも。いいじゃないですか、最近嫌なことの連続だったんですもの。夢に見るほど嬉しいことがあったなら何よりです」
「い、言わないで、お願い……!」
レティシアが顔を真っ赤にして俯くと、ネリーはさらに朝の様子を語って聞かせた。それほどに、珍しいのだ。
「ちなみに朝食は……?」
「残念ながら、片付けまで終わってしまいました」
レティシアは、今度こそがっくりと項垂れてしまった。レティシアが一日のうちで最も大切にしている朝食を食べ損ねるとは、とんだ失態だ。
落ち込むレティシアを、ネリーは心配そうに眉を下げて覗き込んだ。
「お嬢様、どうしちゃったんですか? 昨日は夕食をお召し上がりになりませんでしたし、今朝も朝食を忘れてるなんて…食事を二度も棒に振ってるんですよ。由々しき事態です」
「由々しき事態ね……確かにそうね」
自分でも、心からそう思っていた。
だがネリーの言う言葉とは、ほんの少し意味が違っていた。
「ねえネリー、今日は何か予定があったかしら」
「今日は確か教会にお祈りに行く日でしたが……」
ネリーが言い淀むのは予想していた。レティシアは今、謹慎中なのだ。よほどの事がない限り、自室から出てはならないと言われている。
習慣だった教会訪問は、果たして『よほどの事』に入るだろうか。
「……まぁ、あまり出歩かない方がいいわよね。大司教様には後でお手紙をお送りしましょう」
「そうですね……聖大樹を枯らしたって噂だけが大きくなっているようですし」
「……私の居場所はここにはもう、ないのかもしれないしね」
「お嬢様!」
冗談のつもりだったが、あまりにも濃くにじみ出す自虐の声音を、侍女は聞き逃さなかった。それ以上言わせまいと、鋭い視線を向けてくる。
「ごめんなさい。もう言わないわ」
「お嬢様……本当ですよ」
「わかってるわよ……そろそろ着替えるから、準備をお願い」
「出かける? どちらに?」
「昨日と同じ場所に行くんだけど?」
「また行くんですか?」
「どのみち毎日様子を見に行こうとは思っていたもの。それに……のっぴきならない事情も……」
「のっぴき……なんですか?」
「何でも無いわ。じゃあ急ぐから。留守をお願いね」
それ以上の追求を避けるように、レティシアはそそくさと着替えて魔法陣を描いて、魔法を起動させた。
「う、うぅぅん……?」
聞き馴染んだ声に、レティシアの意識がまどろみから呼び起こされた。
眩さで開いた目をもう一度瞑ったものの、瞼には先ほど見えた姿がうっすら残っていた。侍女のネリーが、自分の顔を覗き込んでいたのだ。
(そういえば、昨日は部屋に戻ってきてすぐに寝ちゃったんだったわ。あまりにも疲れたから……お腹空いたわね……)
なんてことをぼんやり考えていて、ようやく事態に気付いた。
「ネリー!?」
「はい」
「どうしてあなたが私を起こしに来ているの?」
この侍女は、とても寝起きが悪く、主人であるレティシアより先に起きたことが数えるほどしかない。いつもレティシアが起きて、ネリーが起き出してくるのを待っているのだ。
自室の外に出るのは準備が整ってからだから、あまり知られていないが。
そんなネリーだというのに、今日はばっちりと服を着込んで、髪も結って、侍女としての体裁を整えた上でレティシアの枕元に立ち、あろうことかレティシアを揺り起こしていた。
「これはどうしたことなの? あなたが、私を起こすだなんて……!」
「それはこちらが聞きたいですよ。お嬢様ったら、朝食の時間になってもお起きにならないから……こんなことは初めてですね」
「え、朝食!?」
驚き窓の外を見る。すると太陽の光が高い空から差し込んでいた。時刻は、既に昼に近いとわかる。
「うそ!? 私、そんなに起きなかったの!?」
「ええ、そりゃあもう、ぐっすりと……寝言まで仰ってましたよ」
「寝言!!?……どんな?」
「芋がどうとか」
「うぅ……!」
間違いない。昨日の出来事だ。まさか夢にまで見ていたとは……。
「何か良いことでもあったんですか? お嬢様、寝ている間も笑ってましたけど」
「う、嘘……!」
「本当ですとも。いいじゃないですか、最近嫌なことの連続だったんですもの。夢に見るほど嬉しいことがあったなら何よりです」
「い、言わないで、お願い……!」
レティシアが顔を真っ赤にして俯くと、ネリーはさらに朝の様子を語って聞かせた。それほどに、珍しいのだ。
「ちなみに朝食は……?」
「残念ながら、片付けまで終わってしまいました」
レティシアは、今度こそがっくりと項垂れてしまった。レティシアが一日のうちで最も大切にしている朝食を食べ損ねるとは、とんだ失態だ。
落ち込むレティシアを、ネリーは心配そうに眉を下げて覗き込んだ。
「お嬢様、どうしちゃったんですか? 昨日は夕食をお召し上がりになりませんでしたし、今朝も朝食を忘れてるなんて…食事を二度も棒に振ってるんですよ。由々しき事態です」
「由々しき事態ね……確かにそうね」
自分でも、心からそう思っていた。
だがネリーの言う言葉とは、ほんの少し意味が違っていた。
「ねえネリー、今日は何か予定があったかしら」
「今日は確か教会にお祈りに行く日でしたが……」
ネリーが言い淀むのは予想していた。レティシアは今、謹慎中なのだ。よほどの事がない限り、自室から出てはならないと言われている。
習慣だった教会訪問は、果たして『よほどの事』に入るだろうか。
「……まぁ、あまり出歩かない方がいいわよね。大司教様には後でお手紙をお送りしましょう」
「そうですね……聖大樹を枯らしたって噂だけが大きくなっているようですし」
「……私の居場所はここにはもう、ないのかもしれないしね」
「お嬢様!」
冗談のつもりだったが、あまりにも濃くにじみ出す自虐の声音を、侍女は聞き逃さなかった。それ以上言わせまいと、鋭い視線を向けてくる。
「ごめんなさい。もう言わないわ」
「お嬢様……本当ですよ」
「わかってるわよ……そろそろ着替えるから、準備をお願い」
「出かける? どちらに?」
「昨日と同じ場所に行くんだけど?」
「また行くんですか?」
「どのみち毎日様子を見に行こうとは思っていたもの。それに……のっぴきならない事情も……」
「のっぴき……なんですか?」
「何でも無いわ。じゃあ急ぐから。留守をお願いね」
それ以上の追求を避けるように、レティシアはそそくさと着替えて魔法陣を描いて、魔法を起動させた。
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