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第2章 芋聖女と呼ばないで
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真っ白な衣に真っ白なヴェール。ヴェールの上には赤、青、金、碧……この世のあらゆるものを司る精霊を象徴した宝石がちりばめられたティアラ。神に捧げる無垢なる心と、精霊の祝福を模した衣装を身に纏ったその少女は、天に向けて祈った。
それは、毎年行われる神事だった。
神に祈りを捧げる役は、当然、当代の聖女が務める。現在ならば王妃が務めるのが習わしだ。だが、今回は違う。
つい先日、学院を卒業したばかりの年若い少女がその役を担っていた。
国王も王妃も重臣たちも、表には出さないよう努めているが、内心では心配で仕方がなかった。
あの場に立つべく教育してきた少女ではなく、王子がいきなりどこからか連れてきた少女に大役が務まるのか、不安でならない。
「本当にいいのか……? リール公爵令嬢ではなくて?」
「ろくに教育も受けていないだろう、あの娘は?」
「今、手順を一つか二つ飛ばさなかったか?」
そんな声が、ひそひそと飛び交っていた。それら一つ一つ、国王の傍に控えていたリュシアンが視線でねじ伏せた。
この場でリュシアン王子だけが、ただ一人、かの平民出身の聖女役アネットを信頼を込めた瞳で見つめていた。
祈りを捧げたアネットは、天に掲げた両手を握りしめ、やがて地上にいる国民に向けてふわりと開いた。
何かを与えられたような錯覚を覚えて、集まっていた観衆が思わず手を伸ばす。
すると、その手にぽんと何かが載った。
「へ? 何だこれ?」
花だった。小さく可憐な、そして清廉な色の花びらを開かせた花だ。
空を見上げると、小さな花が風に乗ってはらはらと舞い落ち、人々の頭上を飾っていった。
聖女の祈りに、神が祝福を与えたかのようだった。
「花だ……花の聖女様だ!」
誰ともなく、そう叫んだ。すると皆、それに呼応して叫んだ。
「花の聖女様……聖女様、万歳!」
「万歳! 花の聖女様だ!」
声を上げた人々に向けて、アネットは民衆に向けてにっこりと微笑んだ。降りしきる花と同じか、いやそれ以上に可憐な笑みだった。
******
「花の聖女か……」
リュシアンはひとり満足げに笑み、アネットの眩い晴れ姿を見つめていた。そして、視線は変えないまま、背後に控えていた人物に囁いた。
「お前が広めたんだろう? これ以上ないくらい彼女に相応しい、可憐な呼び名だ」
「恐れ入ります」
そう言い、セルジュは恭しく頭を垂れた。
「見ろ。この華やいだ場を。国民たちの笑みを。あの一瞬でこんなにも民の心を掴めるアネットこそが『聖女』だ。そう思わないか?」
「ええ、その通りでございます」
「……いいのか? 私は今、お前の妹を貶めたというのに」
セルジュは顔をあげると、静かに頭を振った。
「私が、王子のなさることに異を唱えるはずがありません。妹も、国や民を思う心は同じ……今は難しいでしょうが、時が経てば理解できるでしょう」
「……そうか」
リュシアンは、そこで言葉を切った。自分が罵倒した元婚約者は、セルジュの妹。その点についてだけは、僅かながら罪悪感を持っているようだった。
だがぐるりとその場を見回してみると、そんなリュシアンの曇った表情とは真逆の顔ばかりが並んでいた。
国王、王妃、重臣たち、それに大司教。
皆、国民に花の雨を降らせたアネットを称賛していた。
「……大司教猊下には、猛反対を喰らうものと思っていた。あの方は、レティシアを可愛がっていたからな」
「それ以上に、アネット嬢が素晴らしい存在だということでしょう」
「そうか……そうだな。なにせ、しばらく花を咲かせていなかった聖大樹の花を咲かせたのだものな、アネットは」
浮かれた声だった。
先日の卒業セレモニーでの一件が、アネットの存在を広く知らしめ、同時に決定づけた。同時にレティシアの敗北をも意味するのだが。
「なあセルジュ、これからこの国は発展するだろうな。他国との交流も今よりも広く深く行い、国力を高めていこう。花の聖女の力で国はきっと豊かに……」
「その事ですが……」
にこにこと、未来のことを思い描くリュシアンの言葉を、セルジュは神妙な声で遮った。
眉をひそめつつ、リュシアンはようやく背後を振り返った。
セルジュの、雲がかかったような表情が目に入った。
「何か問題でも?」
「……後ほど、大司教様がお話があると……」
父である国王からの叱責も、母である王妃からのお小言も、リュシアンにとっては、もはや慣れたものだった。
だが、大司教からの呼び出しは初めてのことだった。
「猊下が、いったい何を……?」
花の聖女と呼ばれて笑みを振り撒くアネットを、にこやかに見守る大司教の横顔からは、何もわからなかった。
それは、毎年行われる神事だった。
神に祈りを捧げる役は、当然、当代の聖女が務める。現在ならば王妃が務めるのが習わしだ。だが、今回は違う。
つい先日、学院を卒業したばかりの年若い少女がその役を担っていた。
国王も王妃も重臣たちも、表には出さないよう努めているが、内心では心配で仕方がなかった。
あの場に立つべく教育してきた少女ではなく、王子がいきなりどこからか連れてきた少女に大役が務まるのか、不安でならない。
「本当にいいのか……? リール公爵令嬢ではなくて?」
「ろくに教育も受けていないだろう、あの娘は?」
「今、手順を一つか二つ飛ばさなかったか?」
そんな声が、ひそひそと飛び交っていた。それら一つ一つ、国王の傍に控えていたリュシアンが視線でねじ伏せた。
この場でリュシアン王子だけが、ただ一人、かの平民出身の聖女役アネットを信頼を込めた瞳で見つめていた。
祈りを捧げたアネットは、天に掲げた両手を握りしめ、やがて地上にいる国民に向けてふわりと開いた。
何かを与えられたような錯覚を覚えて、集まっていた観衆が思わず手を伸ばす。
すると、その手にぽんと何かが載った。
「へ? 何だこれ?」
花だった。小さく可憐な、そして清廉な色の花びらを開かせた花だ。
空を見上げると、小さな花が風に乗ってはらはらと舞い落ち、人々の頭上を飾っていった。
聖女の祈りに、神が祝福を与えたかのようだった。
「花だ……花の聖女様だ!」
誰ともなく、そう叫んだ。すると皆、それに呼応して叫んだ。
「花の聖女様……聖女様、万歳!」
「万歳! 花の聖女様だ!」
声を上げた人々に向けて、アネットは民衆に向けてにっこりと微笑んだ。降りしきる花と同じか、いやそれ以上に可憐な笑みだった。
******
「花の聖女か……」
リュシアンはひとり満足げに笑み、アネットの眩い晴れ姿を見つめていた。そして、視線は変えないまま、背後に控えていた人物に囁いた。
「お前が広めたんだろう? これ以上ないくらい彼女に相応しい、可憐な呼び名だ」
「恐れ入ります」
そう言い、セルジュは恭しく頭を垂れた。
「見ろ。この華やいだ場を。国民たちの笑みを。あの一瞬でこんなにも民の心を掴めるアネットこそが『聖女』だ。そう思わないか?」
「ええ、その通りでございます」
「……いいのか? 私は今、お前の妹を貶めたというのに」
セルジュは顔をあげると、静かに頭を振った。
「私が、王子のなさることに異を唱えるはずがありません。妹も、国や民を思う心は同じ……今は難しいでしょうが、時が経てば理解できるでしょう」
「……そうか」
リュシアンは、そこで言葉を切った。自分が罵倒した元婚約者は、セルジュの妹。その点についてだけは、僅かながら罪悪感を持っているようだった。
だがぐるりとその場を見回してみると、そんなリュシアンの曇った表情とは真逆の顔ばかりが並んでいた。
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皆、国民に花の雨を降らせたアネットを称賛していた。
「……大司教猊下には、猛反対を喰らうものと思っていた。あの方は、レティシアを可愛がっていたからな」
「それ以上に、アネット嬢が素晴らしい存在だということでしょう」
「そうか……そうだな。なにせ、しばらく花を咲かせていなかった聖大樹の花を咲かせたのだものな、アネットは」
浮かれた声だった。
先日の卒業セレモニーでの一件が、アネットの存在を広く知らしめ、同時に決定づけた。同時にレティシアの敗北をも意味するのだが。
「なあセルジュ、これからこの国は発展するだろうな。他国との交流も今よりも広く深く行い、国力を高めていこう。花の聖女の力で国はきっと豊かに……」
「その事ですが……」
にこにこと、未来のことを思い描くリュシアンの言葉を、セルジュは神妙な声で遮った。
眉をひそめつつ、リュシアンはようやく背後を振り返った。
セルジュの、雲がかかったような表情が目に入った。
「何か問題でも?」
「……後ほど、大司教様がお話があると……」
父である国王からの叱責も、母である王妃からのお小言も、リュシアンにとっては、もはや慣れたものだった。
だが、大司教からの呼び出しは初めてのことだった。
「猊下が、いったい何を……?」
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