この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ

文字の大きさ
43 / 170
第2章 芋聖女と呼ばないで

23

しおりを挟む
 真っ白な衣に真っ白なヴェール。ヴェールの上には赤、青、金、碧……この世のあらゆるものを司る精霊を象徴した宝石がちりばめられたティアラ。神に捧げる無垢なる心と、精霊の祝福を模した衣装を身に纏ったその少女は、天に向けて祈った。

 それは、毎年行われる神事だった。

 神に祈りを捧げる役は、当然、当代の聖女が務める。現在ならば王妃が務めるのが習わしだ。だが、今回は違う。

 つい先日、学院を卒業したばかりの年若い少女がその役を担っていた。
 国王も王妃も重臣たちも、表には出さないよう努めているが、内心では心配で仕方がなかった。

 あの場に立つべく教育してきた少女ではなく、王子がいきなりどこからか連れてきた少女に大役が務まるのか、不安でならない。

「本当にいいのか……? リール公爵令嬢ではなくて?」
「ろくに教育も受けていないだろう、あの娘は?」
「今、手順を一つか二つ飛ばさなかったか?」

 そんな声が、ひそひそと飛び交っていた。それら一つ一つ、国王の傍に控えていたリュシアンが視線でねじ伏せた。

 この場でリュシアン王子だけが、ただ一人、かの平民出身の聖女役アネットを信頼を込めた瞳で見つめていた。

 祈りを捧げたアネットは、天に掲げた両手を握りしめ、やがて地上にいる国民に向けてふわりと開いた。

 何かを与えられたような錯覚を覚えて、集まっていた観衆が思わず手を伸ばす。
 すると、その手にぽんと何かが載った。

「へ? 何だこれ?」

 花だった。小さく可憐な、そして清廉な色の花びらを開かせた花だ。
 空を見上げると、小さな花が風に乗ってはらはらと舞い落ち、人々の頭上を飾っていった。

 聖女の祈りに、神が祝福を与えたかのようだった。

「花だ……花の聖女様だ!」

 誰ともなく、そう叫んだ。すると皆、それに呼応して叫んだ。

「花の聖女様……聖女様、万歳!」
「万歳! 花の聖女様だ!」

 声を上げた人々に向けて、アネットは民衆に向けてにっこりと微笑んだ。降りしきる花と同じか、いやそれ以上に可憐な笑みだった。

******

「花の聖女か……」

 リュシアンはひとり満足げに笑み、アネットの眩い晴れ姿を見つめていた。そして、視線は変えないまま、背後に控えていた人物に囁いた。

「お前が広めたんだろう? これ以上ないくらい彼女に相応しい、可憐な呼び名だ」
「恐れ入ります」

 そう言い、セルジュは恭しく頭を垂れた。
 
「見ろ。この華やいだ場を。国民たちの笑みを。あの一瞬でこんなにも民の心を掴めるアネットこそが『聖女』だ。そう思わないか?」
「ええ、その通りでございます」
「……いいのか? 私は今、お前の妹を貶めたというのに」

 セルジュは顔をあげると、静かにかぶりを振った。

「私が、王子のなさることに異を唱えるはずがありません。妹も、国や民を思う心は同じ……今は難しいでしょうが、時が経てば理解できるでしょう」
「……そうか」

 リュシアンは、そこで言葉を切った。自分が罵倒した元婚約者は、セルジュの妹。その点についてだけは、僅かながら罪悪感を持っているようだった。

 だがぐるりとその場を見回してみると、そんなリュシアンの曇った表情とは真逆の顔ばかりが並んでいた。

 国王、王妃、重臣たち、それに大司教。

 皆、国民に花の雨を降らせたアネットを称賛していた。

「……大司教猊下には、猛反対を喰らうものと思っていた。あの方は、レティシアを可愛がっていたからな」
「それ以上に、アネット嬢が素晴らしい存在だということでしょう」
「そうか……そうだな。なにせ、しばらく花を咲かせていなかった聖大樹の花を咲かせたのだものな、アネットは」

 浮かれた声だった。

 先日の卒業セレモニーでの一件が、アネットの存在を広く知らしめ、同時に決定づけた。同時にレティシアの敗北をも意味するのだが。

「なあセルジュ、これからこの国は発展するだろうな。他国との交流も今よりも広く深く行い、国力を高めていこう。花の聖女の力で国はきっと豊かに……」
「その事ですが……」

 にこにこと、未来のことを思い描くリュシアンの言葉を、セルジュは神妙な声で遮った。
 眉をひそめつつ、リュシアンはようやく背後を振り返った。

 セルジュの、雲がかかったような表情が目に入った。

「何か問題でも?」
「……後ほど、大司教様がお話があると……」

 父である国王からの叱責も、母である王妃からのお小言も、リュシアンにとっては、もはや慣れたものだった。  

 だが、大司教からの呼び出しは初めてのことだった。

「猊下が、いったい何を……?」

 花の聖女と呼ばれて笑みを振り撒くアネットを、にこやかに見守る大司教の横顔からは、何もわからなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】パパ、私は犯人じゃないよ ~処刑予定の私、冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで~

チャビューヘ
ファンタジー
※タイトル変更しました。 「掃除(処分)しろ」と私を捨てた冷徹な父。生き残るために「心を無」にして媚びを売ったら。 「……お前の声だけが、うるさくない」 心の声が聞こえるパパと、それを知らずに生存戦略を練る娘の物語。 ----- 感想送っていただいている皆様へ たくさんの嬉しい言葉や厳しい意見も届いており一つ一つがすごく嬉しいのと頑張ろうと感じています。ご意見を元に修正必要な部分は随時更新していきます。 成長のため感想欄を閉じませんが公開はする予定ありません。ですが必ず全て目を通しています。拙作にお時間を頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...