60 / 170
第3章 泥まみれの宝
17
しおりを挟む
謹慎になる前は、週に一度、必ず教会に行っていた。大聖堂ではなく、人目の少ない部屋で教会の長たる大司教が直々に説法をして聞かせ、レティシアは感謝の礼を捧げるのだった。
幼い頃から欠かしたことがなかったが、最近はひと月以上、行っていない。ずっと『謹慎』状態だったのだから。
「大司教様にはお詫びのお手紙をお送りしていたのですけど、やはりそれだけでは失礼でしたね」
「いや、そうではないよ。ただ大司教様は君を可愛がっておられたからね。そろそろ顔を見せておあげ」
「た、確かに孫のように可愛がってくださったけれども……そんな理由で?」
もっともな疑問ではあるが、セルジュはクスクス笑いながら頷いた。
「たまにはいいだろう。大司教様だって、人間なんだから。ご自身は伴侶もお子もおられない。だから我が子我が孫のように国民を慈しんでおられる。その中に、『特別可愛い孫』がいても、おかしくはないさ」
「はぁ……」
「それに君の今の境遇にも心を痛めておられるようだしね。人目につくと辛い思いをするかもしれないから、人の少ない早朝か深夜にとのお申し出だ。できるだけ早く……できれば明日にでもお会いしに行こう」
もしも本当に大司教が色々と気配りをしてくれているというのなら、確かに明日にも向かうのが礼儀というものだ。
だが、気がかりもあった。
バルニエ領の、畑泥棒騒ぎが今日で解決するとは限らない。これから毎日、深夜は見張りに行くかもしれない。
それを考えれば、比較的適していると言えるのは……
「では……早朝に」
「わかった、明日の早朝に。私も一緒に伺おう……準備が出来たら、私の部屋に来てくれるかい?」
「わかりました」
レティシアがそっとお辞儀をすると、セルジュが頷き立ち上がった。
そして、入ったときと同様、静かにドアを開けて退出した。一応、『謹慎中で誰とも会おうとしないレティシアお嬢様』という設定なので、他の使用人たちに出入りしているところを見られないよう配慮したのだろう。
相変わらず配慮の行き届いた兄に感謝しながらも、レティシアはソファにどっかり座り込んで、ようやく息をつくことができた。
「はぁ……早朝かぁ。これは大変ね」
「そうですねぇ……起こして下さいね、お嬢様」
「自分で起きるという発想はないの? 明日の朝は私も起きられる自信がないわよ」
「え!? どうしてですか?」
ネリーにだけは、一日の予定をすべて話しておかなければならない。仕方なく、夕食後の予定を語った。
すると予想通り、ネリーは仰天して慌てふためいた。
「よ、よ、夜通し見張り!? 殿方とですか? それはさすがに……は、は、は、破廉恥ですよ!」
「破廉恥なことなんか起こるもんですか。畑泥棒を捕まえるのよ。気を張っていてそれどころじゃないわよ」
「お嬢様がそうでも、お相手が同じとは……」
「大丈夫よ。一緒にいるのは領主様なのよ。私の素性も知っているし、おかしなことなんか起きません。心配なし! ほら、早くお湯の用意をしてちょうだい。着替えもね」
「はい、ただいま……ってお嬢様、話はまだ……!」
「終わり終わり! そんな心配するだけ無駄なんだから」
「……もう……ちゃんと朝までに戻って来てくださいよ!」
強制的に話を切り上げられて不服そうなネリーだったが、夕食の時間が迫っている。今は、湯浴みや着替えが優先だ。
軽くいなそうとするレティシアにぷんぷん怒りながら、部屋の中をバタバタと走り回った。
一方のレティシアも、それとは別の理由で胸の内に熱い思いをメラメラと燃えたぎらせていた。
(今晩中に決着をつければいいだけの話よ。今晩、何が何でも捕まえてやるわ……!)
幼い頃から欠かしたことがなかったが、最近はひと月以上、行っていない。ずっと『謹慎』状態だったのだから。
「大司教様にはお詫びのお手紙をお送りしていたのですけど、やはりそれだけでは失礼でしたね」
「いや、そうではないよ。ただ大司教様は君を可愛がっておられたからね。そろそろ顔を見せておあげ」
「た、確かに孫のように可愛がってくださったけれども……そんな理由で?」
もっともな疑問ではあるが、セルジュはクスクス笑いながら頷いた。
「たまにはいいだろう。大司教様だって、人間なんだから。ご自身は伴侶もお子もおられない。だから我が子我が孫のように国民を慈しんでおられる。その中に、『特別可愛い孫』がいても、おかしくはないさ」
「はぁ……」
「それに君の今の境遇にも心を痛めておられるようだしね。人目につくと辛い思いをするかもしれないから、人の少ない早朝か深夜にとのお申し出だ。できるだけ早く……できれば明日にでもお会いしに行こう」
もしも本当に大司教が色々と気配りをしてくれているというのなら、確かに明日にも向かうのが礼儀というものだ。
だが、気がかりもあった。
バルニエ領の、畑泥棒騒ぎが今日で解決するとは限らない。これから毎日、深夜は見張りに行くかもしれない。
それを考えれば、比較的適していると言えるのは……
「では……早朝に」
「わかった、明日の早朝に。私も一緒に伺おう……準備が出来たら、私の部屋に来てくれるかい?」
「わかりました」
レティシアがそっとお辞儀をすると、セルジュが頷き立ち上がった。
そして、入ったときと同様、静かにドアを開けて退出した。一応、『謹慎中で誰とも会おうとしないレティシアお嬢様』という設定なので、他の使用人たちに出入りしているところを見られないよう配慮したのだろう。
相変わらず配慮の行き届いた兄に感謝しながらも、レティシアはソファにどっかり座り込んで、ようやく息をつくことができた。
「はぁ……早朝かぁ。これは大変ね」
「そうですねぇ……起こして下さいね、お嬢様」
「自分で起きるという発想はないの? 明日の朝は私も起きられる自信がないわよ」
「え!? どうしてですか?」
ネリーにだけは、一日の予定をすべて話しておかなければならない。仕方なく、夕食後の予定を語った。
すると予想通り、ネリーは仰天して慌てふためいた。
「よ、よ、夜通し見張り!? 殿方とですか? それはさすがに……は、は、は、破廉恥ですよ!」
「破廉恥なことなんか起こるもんですか。畑泥棒を捕まえるのよ。気を張っていてそれどころじゃないわよ」
「お嬢様がそうでも、お相手が同じとは……」
「大丈夫よ。一緒にいるのは領主様なのよ。私の素性も知っているし、おかしなことなんか起きません。心配なし! ほら、早くお湯の用意をしてちょうだい。着替えもね」
「はい、ただいま……ってお嬢様、話はまだ……!」
「終わり終わり! そんな心配するだけ無駄なんだから」
「……もう……ちゃんと朝までに戻って来てくださいよ!」
強制的に話を切り上げられて不服そうなネリーだったが、夕食の時間が迫っている。今は、湯浴みや着替えが優先だ。
軽くいなそうとするレティシアにぷんぷん怒りながら、部屋の中をバタバタと走り回った。
一方のレティシアも、それとは別の理由で胸の内に熱い思いをメラメラと燃えたぎらせていた。
(今晩中に決着をつければいいだけの話よ。今晩、何が何でも捕まえてやるわ……!)
25
あなたにおすすめの小説
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる