この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ

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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事

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「あの方は……『力』のある方ですね」

 執務室にて、様々な書類を広げながら、レオナールがぽつりと呟いた。
 机に座ったまま、アベルは耳を傾けている。

 レオナールの言う『あの方』が誰を指すのか明白だった。だから、特に何も尋ね返したりはしなかった。当然のように、レティシアのこととして、会話は進んでいく。

「この領地中の畑を一夜にして芋で埋め尽くした聖女の神聖術は言わずもがな、もっと別の……人を心から動かす力が。公爵家のご令嬢とは思えぬほど気さくなお人柄、畑仕事も厭わないどころか自ら教えを請う謙虚なご姿勢、それに……諍いどころか他領地との衝突に発展しかねなかったあの場を納めた器量。あの方のおかげで泥棒騒ぎが収まり、領民同士の結束も固まり、困窮していた者に対しては雇用を生み出し、なおかつ新たな事業まで立ち上げた。わずか一夜にして、です」

 アベルはレオナールの言葉を黙って聞いていた。特に、否定することもなく。

「何故、あれほどのお方が聖女の座から降ろされたのでしょう?」
「……さあな。俺には、王都のお偉方の考えなど想像もつかん」

 そう、呟き返すアベルに、レオナールは何故かニヤリと笑みを向けた。

「本当に、わかりませんね。頑固なアベル様をここまで真剣に動かしてしまうほどのお方だというのに」
「……何だそれは?」
「今回の件、バルニエ領のためだけの策ではないのでしょう? それだけならば、きっとあなたは頑としてレティシア様を関わらせなかった」

 アベルの眉が、ぴくりと跳ねた。比較的付き合いの長いレオナールは、知っている。ほんの少し、動揺しているときの反応なのだ。

「今回の件、もしすべてが上手く運べば、我々だけでなくレティシア様の功績も認められる。聖女の誕生祭を成功させた功労者として、称賛されるでしょうね。そうなれば、人々の見る目は変わります。『偽聖女』から『聖女を助けた才媛』へ。『婚約破棄された落ち目の公爵令嬢』から『王家からの覚えもめでたい最上級の淑女』へ。この一件を成功させることは、レティシア様の汚名をそそぐ機会にも繋がる……だから、あなたは取り組む気になられたのですね」
「考えすぎだ。何故俺があんな跳ねっ返りのために……」
「……ペンダント」

 その、たった一つの言葉を聞いた途端、アベルは持っていたペンを取り落とした。落として転がったペンを、レオナールが拾い上げ、ニヤニヤしながらアベルに差し出した。

「細工師のクリストフに、何やら作らせたそうですね。透き通るように真っ青でそれはそれは美しい魔石を宝石のように加工してペンダントを作るように言ったとか」
「ひ、人違いだろう」
「この領地であなたを間違える不届き者などいませんよ。それにクリストフはこの領内で唯一の細工師……ごまかせる要素は、ないですよ。そんな装飾を受け取ったという話は領内では聞きませんから、あと渡したとなれば……」
「お守り代わりに渡しただけだ。他意はない」
「そうですか。私は『作らせたらしい』という話をしただけですよ。『他意』とは何の話でしょう?」
「お前……おちょくっているだろう」
「はい。こんな機会、滅多にありませんので」

 クスクス笑うレオナールを、アベルはぎろりと睨みつけた。ペンを渡したレオナールは、イタズラっぽく肩を竦めて、自分の書類の方に戻っていった。
 
「まぁ……すべてが上手くいけば、あいつの汚名返上も成せるとは、思っていた」
「……さすがのご慧眼ですね」
「からかうな。お前だって導き出せていたことだ。それに、実際にはまだ先行きはわからない。陛下のご意志も議会の動きも、大司教の思惑も、何もな」
「動き出さねば、何も掴めないのは何事においても言えることです」
「そうだな……ただ、そんな中で一つだけ確かなことがある」
「と、仰いますと?」

 アベルの視線が一人に注がれたまま、口元だけがふっと持ち上がった。

「あいつは……リュシアン王子は、とんでもなく勿体ない女を逃した、ということだ」
「……なるほど。確かに」

 二人揃って、笑い合った。
 するとガチャリとドアが開き、書類を山ほど抱えたジャンが入ってきた。

「お二人とも、話は済みましたか? こっ恥ずかしくて聞いてられませんぜ」

 ジャンもまた、呆れたようでいて、どこかからかうようなニヤニヤした笑みを浮かべていた。アベルは、深い深いため息をついた……。

「お前……また聞いていたのか?」
聞こえて・・・・きたんです」
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