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第4章 祭りの前のひと仕事、ふた仕事
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ぽつりぽつりと、思いを口にしていくと、思いがどんどん形を成していく。
今更ながら、あの時のリュシアンの歪んだ顔の意味、抱いていた感情が、ほんの少しわかる気がした。
「私が先に突き放したんです。あの人はいずれ夫になる人……そういう関係なんだと割り切っていた。婚約者に、次期王妃に相応しくないのは……当然なんです」
アベルはじっと耳を傾けた後、空になった皿をサイドテーブルに置いた。その視線は、ぎゅっと握りしめられたレティシアの拳に向いていた。
「そうだな。お前は……リュシアン王子の王妃に相応しくなかったかもしれない。そして……リュシアン王子もまた、お前の夫として相応しくなかった」
「え……」
「己を顧みず、ただ自分が受け入れられることばかりを望むなど愚かだ。受け入れて欲しいなら、自分もまた相手を受け入れる器足りうる者にならねば……その相手が、偶然お互いではなかった……それだけの話だ」
その声は、先ほどの囁き声と違い、凜としてレティシアの周りに響いた。
「まぁ無理に和解して夫婦にならなくてもいいだろう。いずれ、互いに苦しいこともあったのだとわかれば、友人にはなれるかもしれない。そうなれば、また支えてやればいい」
アベルが微かにこちらに向けて見せた笑みが、何故だか今まで見たどの笑みよりも力強く、頼もしかった。
心臓が、急に大きく跳ねたのを感じた。
(え? え??)
アベルに鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、どくどくと、大きな音が鳴っている。鎮めようと思うのに、どうしてかちっとも静まらない。それどころか、鼓動がどんどん速くなる。
(確か、鼓動が速くなりすぎると体に良くないのではなかったかしら。いやいや、そんなことはどうでもいいわ。今はとにかく、この激しい動悸をアベル様に悟られないようにしなくいと……!)
「どうした? 顔が赤いぞ。お前も葡萄酒の飲み過ぎか?」
「ち、違います!」
憤慨して見せたことで、顔が赤いことはごまかせたと思う。たぶん。
アベルはくつくつ笑うと、また体を横たえて、静かに息を吐いた。
「それにしても……そうか、リュシアン王子はそんな頃から兄を敵視していたか」
「リュシアン殿下が、ですか? えぇと……比べられるのを負担に感じていらしたようですけど、小さい頃はお嫌いだったわけではないようですよ」
「……そうなのか?」
「ええ。だってエルネスト殿下の功績を、リュシアン殿下はいつも嬉しそうに話して下さいましたよ。兄上は学院で主席なんだ、新しい研究を学生の身で始められたんだ、武術大会でも優勝したんだ、重臣会議に最年少で列席したんだ、凄いんだって」
アベルは、意外そうな顔をしていた。よほどリュシアンのイメージが悪いらしい。
「あの方が、エルネスト殿下を憎々しげに語るようになったのは……ああ、そうだわ。あの件がきっかけだったのかもしれません」
「きっかけ?」
「ええ、先ほども言った、殿下が三日三晩、高熱で苦しまれた時です」
アベルが驚きの目を向けた。その理由はわからないが、アベルの視線は先を促していた。
「それまではエルネスト殿下と比べられた時は面白くなさそうでしたけど、それだけでした。高熱で倒れられた後は名前を口にするだけで睨まれるようになって……」
「そうか……まぁ、そうだろうな」
「アベル様は何かご存じなんですか?」
アベルは、横になったまま、静かに頷いた。
「当時、お前達はまだ十に満たない年だったから、色々と事情が伏せられていたんだろう」
「な、何を……ですか?」
アベルは、ほんの一瞬唇を噛みしめて、そして告げた。
「リュシアン王子がエルネスト王子を憎むのは当然だ。何故なら……彼が高熱で死の淵を彷徨う原因をつくったのが、エルネスト王子なのだからな」
今更ながら、あの時のリュシアンの歪んだ顔の意味、抱いていた感情が、ほんの少しわかる気がした。
「私が先に突き放したんです。あの人はいずれ夫になる人……そういう関係なんだと割り切っていた。婚約者に、次期王妃に相応しくないのは……当然なんです」
アベルはじっと耳を傾けた後、空になった皿をサイドテーブルに置いた。その視線は、ぎゅっと握りしめられたレティシアの拳に向いていた。
「そうだな。お前は……リュシアン王子の王妃に相応しくなかったかもしれない。そして……リュシアン王子もまた、お前の夫として相応しくなかった」
「え……」
「己を顧みず、ただ自分が受け入れられることばかりを望むなど愚かだ。受け入れて欲しいなら、自分もまた相手を受け入れる器足りうる者にならねば……その相手が、偶然お互いではなかった……それだけの話だ」
その声は、先ほどの囁き声と違い、凜としてレティシアの周りに響いた。
「まぁ無理に和解して夫婦にならなくてもいいだろう。いずれ、互いに苦しいこともあったのだとわかれば、友人にはなれるかもしれない。そうなれば、また支えてやればいい」
アベルが微かにこちらに向けて見せた笑みが、何故だか今まで見たどの笑みよりも力強く、頼もしかった。
心臓が、急に大きく跳ねたのを感じた。
(え? え??)
アベルに鼓動が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、どくどくと、大きな音が鳴っている。鎮めようと思うのに、どうしてかちっとも静まらない。それどころか、鼓動がどんどん速くなる。
(確か、鼓動が速くなりすぎると体に良くないのではなかったかしら。いやいや、そんなことはどうでもいいわ。今はとにかく、この激しい動悸をアベル様に悟られないようにしなくいと……!)
「どうした? 顔が赤いぞ。お前も葡萄酒の飲み過ぎか?」
「ち、違います!」
憤慨して見せたことで、顔が赤いことはごまかせたと思う。たぶん。
アベルはくつくつ笑うと、また体を横たえて、静かに息を吐いた。
「それにしても……そうか、リュシアン王子はそんな頃から兄を敵視していたか」
「リュシアン殿下が、ですか? えぇと……比べられるのを負担に感じていらしたようですけど、小さい頃はお嫌いだったわけではないようですよ」
「……そうなのか?」
「ええ。だってエルネスト殿下の功績を、リュシアン殿下はいつも嬉しそうに話して下さいましたよ。兄上は学院で主席なんだ、新しい研究を学生の身で始められたんだ、武術大会でも優勝したんだ、重臣会議に最年少で列席したんだ、凄いんだって」
アベルは、意外そうな顔をしていた。よほどリュシアンのイメージが悪いらしい。
「あの方が、エルネスト殿下を憎々しげに語るようになったのは……ああ、そうだわ。あの件がきっかけだったのかもしれません」
「きっかけ?」
「ええ、先ほども言った、殿下が三日三晩、高熱で苦しまれた時です」
アベルが驚きの目を向けた。その理由はわからないが、アベルの視線は先を促していた。
「それまではエルネスト殿下と比べられた時は面白くなさそうでしたけど、それだけでした。高熱で倒れられた後は名前を口にするだけで睨まれるようになって……」
「そうか……まぁ、そうだろうな」
「アベル様は何かご存じなんですか?」
アベルは、横になったまま、静かに頷いた。
「当時、お前達はまだ十に満たない年だったから、色々と事情が伏せられていたんだろう」
「な、何を……ですか?」
アベルは、ほんの一瞬唇を噛みしめて、そして告げた。
「リュシアン王子がエルネスト王子を憎むのは当然だ。何故なら……彼が高熱で死の淵を彷徨う原因をつくったのが、エルネスト王子なのだからな」
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