この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ

文字の大きさ
122 / 170
第5章 聖女の価値は 魔女の役目は

15

しおりを挟む
 レティシアの声に、アランは視線をそらせた。

 目を合わせることなく、黙々とワゴンの皿をテーブルに並べていく。

「どうしてバルニエ領領主館の料理人のあなたが、王都にいるの?」
「そうするように、大司教様に言われたので」
「どうしてあなたが、大司教様と面識があるの?」
「……昔は王都で暮らしていたので、その際にちょっと……」
「アベル様は、このことをご存じなの? ジャンは? レオナールは?」
「……ご存じないと思います」
「ずっと……彼らを騙していたの?」
「僕は……僕の欲しいものがあって、そのために大司教様に協力していただけです。それがアベル様達を騙していたことになるなら……そうなんでしょうね」

 ただ必要な答えのみ口にして、アランは淡々とテーブルを用意した。

 パンにサラダ、牛乳をふんだんに使ったポタージュスープ、それに肉のソテーまである。バルニエ領では祭りの日でも無い限り決して並ぶことのない豪勢なメニューだった。

 アランが作っているところも、見たことがなかった。

「こんなに、いらないわ。今日は何もしてないから、お腹が空いていないもの」
「せっかく作ったんですから、無駄にしないで欲しいです」

 そう言われると、弱い。手元にある材料を無駄なく美味しく調理してきたアランの言葉だ。下げろとは、もう言えなくなってしまった。

 レティシアは渋々座り、用意されたカトラリーを手にした。

 サラダを一口、食べてみる。保存しておいたものとは違う新鮮な野菜がぎっしり詰まっていて、瑞々しさが口内に広がる。何も飲まず何も食べずにいて渇いた口が、一気に潤っていくようだった。

 パンは焼きたてでふっくらして、どこかしっとりしていた。そして焼き窯からそのまま伝えてきたような熱が、サラダで冷えた口内を、今度は一気に温めていく。

 スプーンを掬うと、とろっとした乳白色の中に野菜がちらほら見えた。いつもは透き通ったスープなので具が見えていたけれど、今日は白い中に隠れている。それがスプーンに載って、口の中に運ばれてきて初めてわかる。とろみとほのかな甘みの中でその食感と旨味とちょっとぴりの苦みが、温かく包まれていく。

 最後に、塩のきいた肉がソテーされたもの。塩だけではない何種類かの調味料を合わせたらしい贅沢なソースを絡めている。絶妙な柔らかさで出されている肉は、公爵家でもそうそう毎日食卓にのぼるものではない。

「美味しいわ……」
「良かったです」
「でも、次からはいらない」
「え?」
「こんな贅沢なもの、食べられるわけがない」
「でも……」
「私は、いつものあのスープが食べたい……塩と野菜の味が沁みた、簡素だけどとっても温かいあのスープが」

 そう言って、フォークを置くと、アランは悲しそうに俯いた。

「贅沢なことを仰るんですね。僕たちは、あのスープよりもっとたくさん、もっと美味しいものが食べたくて毎日頑張っていたのに」
「だから、大司教様に協力を?」
「……兄さんは、それに近い。でも僕は違います」 
 
 アランは、静かにスープの皿を押し出した。全部飲めと、言っているようだった。

「このスープ、美味しいですか?」
「ええ、とても」
「そうですか、良かった。ほんの少し元のレシピと変わっているので、美味しいかどうか不安でした」

 アランは本当に嬉しそうに、ニッコリ微笑んでいた。その真意がわからず、レティシアは首を傾げていた。

 するとアランは、懐から一枚の葉を取り出した。どこかで見たような気がする。

「これは、父が残したレシピを元に作ったんです。このスープには入っていませんが、元のレシピにはこの葉が、ふんだんに使われていました」

 そう言って、アランは葉をレティシアに渡した。しげしげと見つめていると、やはり既視感を覚えた。

 一度や二度見ただけじゃない。もっと何度も目にしていた。それも大量に。

「これって……もしかして、ジャガイモの葉?」
「ええ、そうです。これを、こう……たくさん刻んで、煮込んで、お出ししたそうです」

 アランは、手にした葉を手で細かくちぎって、パラパラとスープに振りかけた。真っ白なスープに、緑色がまばらに浮かぶ。鮮やかな色は、真新しい料理のように思えた。

「ジャガイモの、葉を……もしかしてこれは……これを作ったのは……」

 レティシアの中で、答えが繋がったと察したらしい。アランが、悲しそうに微笑んだ。

「そうです。父が作ったこの料理は、あの日……八年前、国王陛下や王妃様、大勢の賓客を招いたパーティーで供された、新しい作物を使った料理でした。そして、多くの貴族や王妃様、王子様が病に伏せる原因になった、あの料理です」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。 バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。 追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。 シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗 「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ! あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。 断罪劇? いや、珍喜劇だね。 魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。 留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。 私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で? 治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな? 聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。 我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし? 面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。 訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結まで予約投稿済み R15は念の為・・

処理中です...