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第5章 聖女の価値は 魔女の役目は
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レティシアの部屋は修道院の最上階に用意されていた。そこへ続く廊下には鍵付きの戸を設け、限られた者しか出入りできないようにしている。
ここから先は禁域であると、修道士たちには言い含めている。そのことを知っている者は数えるほど。
アランがワゴンを押して立ち去るところを確認し、鍵をしっかりとかけた。
階段を下りてすぐ下の階、その最奥の部屋が大司教の執務室となっている。人払いを済ませてから入室すると、大司教はほっと息をついていた。
「ようやく、あのお転婆娘を手中に収めることが出来たな」
「左様で」
椅子に座ってくつろぐ様子の大司教に対し、セルジュは立ったまま、先ほどと同じ厳格な面持ちのままだった。
「お前は眉一つ動かさなかったな。心は痛まないのかね? 可愛い妹だろう」
「妹が、大司教様のお役に立てて何よりでございます。ただ、聡い子ですから……うすうす感づいているかも知れません」
「いったい何に?」
「どうして、聖女をふたり用意するのか、ということです」
大司教は、クスリと笑った。笑い飛ばしたと言うべきか。
「そんなこと……わかるはずもない。あの純粋な子には、特にな。だがそうだな……疑問に思っている、という可能性はあるな」
「ええ。傀儡と言うなら、一人で十分ですから。レティシアにバルニエ領やその領主たちの今後のことを引き合いに出して交渉すれば、必ず掌握出来たでしょう。今後も、責任感の強いあの子のことだ……国民の暮らしを守るためと言えば、おそらく逆らうことはないはず。それに華やかな表の役というのも、本来ならばアネット嬢よりもレティシアの方が適任です」
「それはお前……身内贔屓というものではないかね? アネットも、十分に愛らしいじゃないか」
「気品も矜恃もすべて兼ね備えているという意味では、レティシアには遠く及びません」
大司教は、やれやれというように苦笑していた。思わぬところで、セルジュの兄馬鹿が露呈したのだから。
「まぁ、いい。お前の意見ももっともだ。だが、私にとってはアネットの方がふさわしいのだよ。聖女としての、神聖術以外の条件がすべて揃っているのは、あの子の方だ」
「……そうですね。レティシアは、聖女としても役目はこなすでしょうが、あなたの望む傀儡にはなり得ないでしょう……何よりも、あなたが信用しきれない。そうでしょう?」
「さすがはセルジュ……私のことを、よく理解してくれているね。嬉しいよ。それに……アネットもな」
セルジュの眉が、僅かにぴくりと動いた。だが大司教は気に留めない。いや、気付いてもいないようだった。
「アネットは……実に優しい子だな」
「ええ」
「孤児院になど預けず、手元で育てれば良かった。せめてもっと良家の貴族に預ければ良かった」
セルジュは、静かに首を振った。
「彼女が貴族と関わりない庶民の出であったからこそ、今があるかと思います。貴族の養子になっていれば、今のように民衆に受け入れられなかったかもしれません。まして最初から良家の子女だったとなると……」
「確かにな。だが同時に、貴族社会をもっと知っていれば、早い内から聖女の教育を施していれば、もう少し思慮深い行動をとったかもしれない。自分の力を、ただ花を咲かせたいためだけにみだりに使うようなことなど……」
「致し方ないでしょう。最近になって力に目覚めたとのことですから」
「そうだな。母親の身分が低い関係で、孤児院しか引き取り手がなかったんだ。せめてもう少し早ければ、引き取り手も数多いただろうに。可哀想なことをした」
「……貴族の家で育てば幸福というわけでもありません」
ぽつりと呟いた言葉だったが、大司教の耳には届いていたらしい。痛ましいといった表情を浮かべて、セルジュを見つめていた。
「お前にも、可哀想なことをした。母親は地方貴族の娘ゆえに貴族の家柄に……と思ったのだが、かえって孤立させてしまったな」
「いえ、孤立というほどは……」
「だが、それももうすぐ終わる」
大司教の両手が、セルジュの肩を掴んだ。
「私の息子であるセルジュが次期国王の側近になり、私の娘であるアネットが次期国王の妃になる。アネットは殿下のみならず民衆の心をも見事に掴んだ。あとは子を産めば、盤石というもの」
大司教の手が、セルジュから離れ、空を掴んだ。彼だけに見える、大きな何かを今、掴み取っていた。
「そう、子だ。私の血が流れたお世継ぎが、生まれれば……!」
ここから先は禁域であると、修道士たちには言い含めている。そのことを知っている者は数えるほど。
アランがワゴンを押して立ち去るところを確認し、鍵をしっかりとかけた。
階段を下りてすぐ下の階、その最奥の部屋が大司教の執務室となっている。人払いを済ませてから入室すると、大司教はほっと息をついていた。
「ようやく、あのお転婆娘を手中に収めることが出来たな」
「左様で」
椅子に座ってくつろぐ様子の大司教に対し、セルジュは立ったまま、先ほどと同じ厳格な面持ちのままだった。
「お前は眉一つ動かさなかったな。心は痛まないのかね? 可愛い妹だろう」
「妹が、大司教様のお役に立てて何よりでございます。ただ、聡い子ですから……うすうす感づいているかも知れません」
「いったい何に?」
「どうして、聖女をふたり用意するのか、ということです」
大司教は、クスリと笑った。笑い飛ばしたと言うべきか。
「そんなこと……わかるはずもない。あの純粋な子には、特にな。だがそうだな……疑問に思っている、という可能性はあるな」
「ええ。傀儡と言うなら、一人で十分ですから。レティシアにバルニエ領やその領主たちの今後のことを引き合いに出して交渉すれば、必ず掌握出来たでしょう。今後も、責任感の強いあの子のことだ……国民の暮らしを守るためと言えば、おそらく逆らうことはないはず。それに華やかな表の役というのも、本来ならばアネット嬢よりもレティシアの方が適任です」
「それはお前……身内贔屓というものではないかね? アネットも、十分に愛らしいじゃないか」
「気品も矜恃もすべて兼ね備えているという意味では、レティシアには遠く及びません」
大司教は、やれやれというように苦笑していた。思わぬところで、セルジュの兄馬鹿が露呈したのだから。
「まぁ、いい。お前の意見ももっともだ。だが、私にとってはアネットの方がふさわしいのだよ。聖女としての、神聖術以外の条件がすべて揃っているのは、あの子の方だ」
「……そうですね。レティシアは、聖女としても役目はこなすでしょうが、あなたの望む傀儡にはなり得ないでしょう……何よりも、あなたが信用しきれない。そうでしょう?」
「さすがはセルジュ……私のことを、よく理解してくれているね。嬉しいよ。それに……アネットもな」
セルジュの眉が、僅かにぴくりと動いた。だが大司教は気に留めない。いや、気付いてもいないようだった。
「アネットは……実に優しい子だな」
「ええ」
「孤児院になど預けず、手元で育てれば良かった。せめてもっと良家の貴族に預ければ良かった」
セルジュは、静かに首を振った。
「彼女が貴族と関わりない庶民の出であったからこそ、今があるかと思います。貴族の養子になっていれば、今のように民衆に受け入れられなかったかもしれません。まして最初から良家の子女だったとなると……」
「確かにな。だが同時に、貴族社会をもっと知っていれば、早い内から聖女の教育を施していれば、もう少し思慮深い行動をとったかもしれない。自分の力を、ただ花を咲かせたいためだけにみだりに使うようなことなど……」
「致し方ないでしょう。最近になって力に目覚めたとのことですから」
「そうだな。母親の身分が低い関係で、孤児院しか引き取り手がなかったんだ。せめてもう少し早ければ、引き取り手も数多いただろうに。可哀想なことをした」
「……貴族の家で育てば幸福というわけでもありません」
ぽつりと呟いた言葉だったが、大司教の耳には届いていたらしい。痛ましいといった表情を浮かべて、セルジュを見つめていた。
「お前にも、可哀想なことをした。母親は地方貴族の娘ゆえに貴族の家柄に……と思ったのだが、かえって孤立させてしまったな」
「いえ、孤立というほどは……」
「だが、それももうすぐ終わる」
大司教の両手が、セルジュの肩を掴んだ。
「私の息子であるセルジュが次期国王の側近になり、私の娘であるアネットが次期国王の妃になる。アネットは殿下のみならず民衆の心をも見事に掴んだ。あとは子を産めば、盤石というもの」
大司教の手が、セルジュから離れ、空を掴んだ。彼だけに見える、大きな何かを今、掴み取っていた。
「そう、子だ。私の血が流れたお世継ぎが、生まれれば……!」
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