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第5章 聖女の価値は 魔女の役目は
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幼い頃から、リュシアンの周囲には人が集まった。それは彼が王妃の子であり、次期王位継承権を得るだろうと考えられていたからだ。
彼自身の魅力や能力ではなかった。
本当に実力と人望を併せ持つ人物を、リュシアンは知っていた。6つ年上の兄……第一王子エルネストだ。
リュシアンにとって兄は、眩しい存在だった。何でもできて、優しくて、理想の王とはこういう人物を指すのだろうと思っていた。
だけど年を経るにつれ、眩しい存在は大きな壁に変わっていった。
昔は目を輝かせてすごいと言っていたことが、自分が乗り換えられない目標として立ちはだかる。そしてリュシアンは兄には敵わないと、誰もが口にする。
自分は兄と比べて劣っている。だけどそれを認めることは許されず、少しでも勝るようにと言われ、できなければ更に失望される。そんなことの繰り返しだった。
そしてもう一人、リュシアンに常に重圧をかける人物がいた。
婚約者であるレティシア・ド・リールだ。
宰相の娘であり、聖女の資質を幼い頃から持ち合わせていた少女。初めて会ったのは、物心ついて間もない頃だった。
とても、可愛い少女だった。それは覚えていた。
レティシアは可愛いばかりでなく頭も良く、好奇心も強く、そして物怖じしない。いつも先に立って手を引くのはレティシアの方だった。レティシアの導きに従って、楽しくないことなどなかった。
そんな彼女が、兄ではなく自分の婚約者だということが、誇らしかった。
だけど、彼女も兄と同じだった。
眩しくて、リュシアンよりもずっと優秀で、いつも高い壁となって立ちはだかった。
二人は憧れだった。だが、怖かった。側にいると、自分がとてもちっぽけで何も出来ない、取るに足らない存在なのだと知らしめられているようだった。
そんな時、リュシアンは殺されかけた。慕っていた兄によって。
外国の賓客も招いたパーティーで、出席者全員が倒れる大惨事が起こり、母に続いてリュシアンも高熱で生死の境を彷徨う事態に陥ったのだ。
幸い、医師の尽力によって命はとりとめた。だが高熱から解放されて目覚めても、少しも心は晴れやかではなかった。
兄エルネスト王子が、『病死』していたからだ。
母やリュシアンは昔から病弱だった。だが兄は壮健だった。リュシアンや母が峠を越えたというのに、兄があの病を乗り越えられなかったなど、考えられなかった。
何よりも、その死んだ兄の遺体に対面することが出来なかった。
きっとどこかに隠しているに違いない。そう思って王宮中を探し回っていたリュシアンの耳に、一つの信じがたい話が飛び込んできた。
兄エルネストは、母とリュシアンの暗殺を謀って料理に毒を盛った罪で死罪になったのだと。
何がどうなっているのか、まるで理解できなかった。
兄は優れた人。知性・武芸だけじゃなく、人格も揃った自慢の兄だった。その兄が、自分を……弟を殺そうと毒を盛った。
だが王族がそんな罪を犯したなど公表できるわけがない。だから『病死』ということにしたのだ、と――貴族達が話していた。
信じられるわけがなかった。何よりも、信じたくなかった。兄から疎まれていたなど信じたくない。兄がそんな人だと言うことも信じたくない。
恐れ、悲しみ、疑念、憎しみ……色々な感情がリュシアンの中に溢れて、どうすればいいかわからなくなった。気を抜くと、兄を憎んでしまいそうで怖かった。
そんな時、寄り添おうとしてくれたのは婚約者のレティシアだった。そのことを喜んでいたのは本当だ。だけど彼女の言葉を聞いた瞬間、まったく真逆の思いが湧き起こった。
『エルネスト王子とは、素晴らしいお方だったのですね』
レティシアは、そう言った。
――素晴らしい? 本当に、そうなのか? 彼女は兄の何を褒めているんだろう? 会ったこともないはずなのに。それなのに、自分に毒を盛った人物を、どうして『素晴らしい』などと褒め称えるのだ?
よくよく考えれば、レティシアがエルネスト王子が死罪になったなど、知るはずもなかった。
だが結局は、そのことがきっかけでレティシアすらも信じられなくなった。兄の噂しか知らないくせに色めき立つようなくだらない女だったんだと、そう思ったのだった。
リュシアンの味方など、最初から一人もいなかったのだ。
彼自身の魅力や能力ではなかった。
本当に実力と人望を併せ持つ人物を、リュシアンは知っていた。6つ年上の兄……第一王子エルネストだ。
リュシアンにとって兄は、眩しい存在だった。何でもできて、優しくて、理想の王とはこういう人物を指すのだろうと思っていた。
だけど年を経るにつれ、眩しい存在は大きな壁に変わっていった。
昔は目を輝かせてすごいと言っていたことが、自分が乗り換えられない目標として立ちはだかる。そしてリュシアンは兄には敵わないと、誰もが口にする。
自分は兄と比べて劣っている。だけどそれを認めることは許されず、少しでも勝るようにと言われ、できなければ更に失望される。そんなことの繰り返しだった。
そしてもう一人、リュシアンに常に重圧をかける人物がいた。
婚約者であるレティシア・ド・リールだ。
宰相の娘であり、聖女の資質を幼い頃から持ち合わせていた少女。初めて会ったのは、物心ついて間もない頃だった。
とても、可愛い少女だった。それは覚えていた。
レティシアは可愛いばかりでなく頭も良く、好奇心も強く、そして物怖じしない。いつも先に立って手を引くのはレティシアの方だった。レティシアの導きに従って、楽しくないことなどなかった。
そんな彼女が、兄ではなく自分の婚約者だということが、誇らしかった。
だけど、彼女も兄と同じだった。
眩しくて、リュシアンよりもずっと優秀で、いつも高い壁となって立ちはだかった。
二人は憧れだった。だが、怖かった。側にいると、自分がとてもちっぽけで何も出来ない、取るに足らない存在なのだと知らしめられているようだった。
そんな時、リュシアンは殺されかけた。慕っていた兄によって。
外国の賓客も招いたパーティーで、出席者全員が倒れる大惨事が起こり、母に続いてリュシアンも高熱で生死の境を彷徨う事態に陥ったのだ。
幸い、医師の尽力によって命はとりとめた。だが高熱から解放されて目覚めても、少しも心は晴れやかではなかった。
兄エルネスト王子が、『病死』していたからだ。
母やリュシアンは昔から病弱だった。だが兄は壮健だった。リュシアンや母が峠を越えたというのに、兄があの病を乗り越えられなかったなど、考えられなかった。
何よりも、その死んだ兄の遺体に対面することが出来なかった。
きっとどこかに隠しているに違いない。そう思って王宮中を探し回っていたリュシアンの耳に、一つの信じがたい話が飛び込んできた。
兄エルネストは、母とリュシアンの暗殺を謀って料理に毒を盛った罪で死罪になったのだと。
何がどうなっているのか、まるで理解できなかった。
兄は優れた人。知性・武芸だけじゃなく、人格も揃った自慢の兄だった。その兄が、自分を……弟を殺そうと毒を盛った。
だが王族がそんな罪を犯したなど公表できるわけがない。だから『病死』ということにしたのだ、と――貴族達が話していた。
信じられるわけがなかった。何よりも、信じたくなかった。兄から疎まれていたなど信じたくない。兄がそんな人だと言うことも信じたくない。
恐れ、悲しみ、疑念、憎しみ……色々な感情がリュシアンの中に溢れて、どうすればいいかわからなくなった。気を抜くと、兄を憎んでしまいそうで怖かった。
そんな時、寄り添おうとしてくれたのは婚約者のレティシアだった。そのことを喜んでいたのは本当だ。だけど彼女の言葉を聞いた瞬間、まったく真逆の思いが湧き起こった。
『エルネスト王子とは、素晴らしいお方だったのですね』
レティシアは、そう言った。
――素晴らしい? 本当に、そうなのか? 彼女は兄の何を褒めているんだろう? 会ったこともないはずなのに。それなのに、自分に毒を盛った人物を、どうして『素晴らしい』などと褒め称えるのだ?
よくよく考えれば、レティシアがエルネスト王子が死罪になったなど、知るはずもなかった。
だが結局は、そのことがきっかけでレティシアすらも信じられなくなった。兄の噂しか知らないくせに色めき立つようなくだらない女だったんだと、そう思ったのだった。
リュシアンの味方など、最初から一人もいなかったのだ。
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