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第6章 聖大樹の下で
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セルジュは腰掛けることはせず、ただ黙ってレティシアを見つめ返していた。睨んでいるようであり、哀れんでいるようであり、怯えているようでもあった。
「答えたところで、君にはわかるまいよ」
「はぐらかさないで!」
「そうだな……じゃあ答えよう。『復讐』のためだよ」
「復讐……!?」
レティシアが大きく目を見開いていると、セルジュはまたくすりと笑う。
「ほら、理解できないという顔だ」
「だって……お兄様は何でも出来て、養子とはいえ今はリール公爵の跡取りで、皆から慕われているわ」
「公爵の子息を疎かに扱う者などいない。表だってはね……由緒正しい公爵家の血を引いた君ですら距離を取られたんだ。卑しい出自の拾い子が公爵の跡取りなんて地位を手に入れたらどんな目で見られるか、想像が付くだろう」
レティシアは、言葉に詰まった。そうだった。自分も、王立学院在学中は友達なんて一人も出来なかった。
皆、勝手に避けていったのだった。
「私を拾い上げて下さったのはリュシアン殿下……あの方だけが、私の出自や親の爵位など関係なく、私自身を見つけて下さった」
その声は、いつも訊く声よりもずっと重々しく、そして優しい響きだった。
(お兄様の、本心なのね)
そう、思った。
だがそれならば、腑に落ちないこともある。
「わからないわ。リュシアン殿下が真の主だと思うなら、どうして大司教様の側についているの?」
「さぁ、それは……どうしてだろうね」
「答えるつもりがないなら、どうして私に話したの?」
「それも、言えない」
「じゃあ『復讐』って何? いったい何をしようとしているの? 大司教様と共謀しているの? それとも、お兄様は別の考えをお持ちなの?」
矢継ぎ早にレティシアが尋ねた。だがセルジュは、そのどれにも答えようとしない。ただ苦笑いをするばかりで、しまいにはレティシアの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「元気そうだな。もう少し落ち込んでいるかと思ったよ」
「……落ち込んでいては、時間がもったいないわ」
「そうだな。では、この情報は必要なかったかな」
何やら意味深な発言だ。レティシアが首を傾げていると、セルジュはコートの胸ポケットから一枚の小さな紙片を取り出した。
「この花かごに入っていた。見せるとかえって落ち込むかと思ったが……そうでもなさそうだから、渡しておこう」
紙片を受け取ると、何かが書かれているのが見えた。
『大人しくしていろ 芋聖女』
そう、走り書きのように書いてある。その下には、見覚えのあるサインが小さく書かれている。
「これは……お兄様、誰からこれを!?」
「この花かごに入っていたと言ったろう。花かごは、あの料理人が持ってきたものだ。あとは……好きに考えるといい」
話は終わりとばかりに、セルジュは立ち上がった。まだあれこれ考えを巡らせている様子のレティシアを見て、僅かに微笑んでいた。
結局、レティシアの問いには何一つ答えてくれていない。
だが、不思議と満足したような気分だった。あれだけ冷たい視線を向けていたというのに、今はレティシアの励みになるものを持ってきて、話もしてくれた。
「もう、お話ししてくれないと思っていたわ」
「……私の方こそ」
レティシアに背を向けたまま、セルジュは呟く、
その時セルジュが浮かべていた憂いと喜びと諦めとが混ざり合った苦い表情を、レティシアは知る由もないのだった。
レティシアの胸に宿るのは、ただ一つ。
――アベル様が、助けようとしてくれている
そう思うだけで内から湧き起こる、希望だけだ。
「答えたところで、君にはわかるまいよ」
「はぐらかさないで!」
「そうだな……じゃあ答えよう。『復讐』のためだよ」
「復讐……!?」
レティシアが大きく目を見開いていると、セルジュはまたくすりと笑う。
「ほら、理解できないという顔だ」
「だって……お兄様は何でも出来て、養子とはいえ今はリール公爵の跡取りで、皆から慕われているわ」
「公爵の子息を疎かに扱う者などいない。表だってはね……由緒正しい公爵家の血を引いた君ですら距離を取られたんだ。卑しい出自の拾い子が公爵の跡取りなんて地位を手に入れたらどんな目で見られるか、想像が付くだろう」
レティシアは、言葉に詰まった。そうだった。自分も、王立学院在学中は友達なんて一人も出来なかった。
皆、勝手に避けていったのだった。
「私を拾い上げて下さったのはリュシアン殿下……あの方だけが、私の出自や親の爵位など関係なく、私自身を見つけて下さった」
その声は、いつも訊く声よりもずっと重々しく、そして優しい響きだった。
(お兄様の、本心なのね)
そう、思った。
だがそれならば、腑に落ちないこともある。
「わからないわ。リュシアン殿下が真の主だと思うなら、どうして大司教様の側についているの?」
「さぁ、それは……どうしてだろうね」
「答えるつもりがないなら、どうして私に話したの?」
「それも、言えない」
「じゃあ『復讐』って何? いったい何をしようとしているの? 大司教様と共謀しているの? それとも、お兄様は別の考えをお持ちなの?」
矢継ぎ早にレティシアが尋ねた。だがセルジュは、そのどれにも答えようとしない。ただ苦笑いをするばかりで、しまいにはレティシアの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「元気そうだな。もう少し落ち込んでいるかと思ったよ」
「……落ち込んでいては、時間がもったいないわ」
「そうだな。では、この情報は必要なかったかな」
何やら意味深な発言だ。レティシアが首を傾げていると、セルジュはコートの胸ポケットから一枚の小さな紙片を取り出した。
「この花かごに入っていた。見せるとかえって落ち込むかと思ったが……そうでもなさそうだから、渡しておこう」
紙片を受け取ると、何かが書かれているのが見えた。
『大人しくしていろ 芋聖女』
そう、走り書きのように書いてある。その下には、見覚えのあるサインが小さく書かれている。
「これは……お兄様、誰からこれを!?」
「この花かごに入っていたと言ったろう。花かごは、あの料理人が持ってきたものだ。あとは……好きに考えるといい」
話は終わりとばかりに、セルジュは立ち上がった。まだあれこれ考えを巡らせている様子のレティシアを見て、僅かに微笑んでいた。
結局、レティシアの問いには何一つ答えてくれていない。
だが、不思議と満足したような気分だった。あれだけ冷たい視線を向けていたというのに、今はレティシアの励みになるものを持ってきて、話もしてくれた。
「もう、お話ししてくれないと思っていたわ」
「……私の方こそ」
レティシアに背を向けたまま、セルジュは呟く、
その時セルジュが浮かべていた憂いと喜びと諦めとが混ざり合った苦い表情を、レティシアは知る由もないのだった。
レティシアの胸に宿るのは、ただ一つ。
――アベル様が、助けようとしてくれている
そう思うだけで内から湧き起こる、希望だけだ。
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