この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ

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第6章 聖大樹の下で

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「どんなって……?」

 突然の問いに、アネットは戸惑っていた。リュシアンがこの質問をアネットに投げかけるのは初めてだった。

 自分の期待と違う答えが返ってきたらと思うと、聞けなかった。だから今まで、聞かなくともわかっているという顔をしてきた。内心ではヒヤヒヤしながら。

 だが今は、そんな感情はない。期待などしてもしなくても、アネットは自分のことなどただの駒だとしか思っていないのだから。

 なら何故、尋ねたのだろうか。

 期待と違っていれば傷つくのは分かっている。期待通りなら、未だ自分を利用するつもりなのかと、やはり傷つく。いずれにしても、喜ぶ答えなど返っては来ないのに。

「お、お慕い……しております」
「は……ではセルジュはどうなんだ?」

 リュシアンの嘲笑にも似た声に、アネットの顔が一気に青ざめた。

「……聞いてしまった。以前、君とセルジュが交わしていた会話を」
「聞いたって……」
「抱きしめて、頭を撫でて欲しい……そう言っていた」
 
 アネットは驚くばかりで、否定しようとしない。やはり、あの時の声はアネットのものだったようだ。そして、もう一人の男もやはり想像通りらしい。

「私は本当に、とんだ傀儡だな」
「ち、違います……私とあの人はそんな……リュシアン様が思うような関係じゃ……!」
「では、どういう関係なんだ? 婚約者に隠れて『抱きしめて、頭を撫でて』もらう関係とは?」

 もう、すべて壊れてしまえばいい。それぐらいの胸中だった。

 だがアネットは、ぎゅっと手を握りしめ、覚悟を決めたように息を吐き出して、語った。

「私は……孤児です」
「……知っている」
「ずっと一人でした。でも、兄がいるとわかったんです。腹違いの兄が……私と違って貴族のご令嬢の子で、大貴族に養子としてもらわれたと聞きました。そして、ものすごく優秀な方なのだとも、噂で聞きました」
「それが、どうした?」
「ずっと……憧れていました。私と同じ血が流れて、同じく養子として育ったのに、誰からも尊敬される凄い人……一目見たい、会ってみたい……そう思っていました。そんなことを思っていたある日、自分が他の人と違う力があると気付きました。自覚するとほぼ同時に、大司教様から遣いが来ました。今まで会いたくて会いたくてたまらなかったその人が、私の力を必要だと言ってくれたんです」
「それがセルジュだと……?」

 アネットは、はっきりとは答えなかった。答える代わりに、話を続けた。

「自分のやっていることが恐ろしいことだと、わかっていました。このまま言うなりになっていては、自分の身が滅ぶだけではすまないって、わかっていたんです。でも、もう引き返せなかった……」

 それは、アネットの立場なら致し方ないとも言えた。大司教や貴族からやれと言われれば、無視することなど平民のアネットにはできないだろう。

 だがアネットは、ひたすらに罪悪感に打ちのめされていた。それも、自分が欲に負けたせいだと思っている。

「アネット……気に病むことは……」
「ありがとうございます。リュシアン様は、私にとって唯一の救いでした」
「……え」

 アネットは、おずおずとリュシアンの手を握りしめた。

「人から理解されなくても、どんな重荷を背負わされても、高い壁を乗り越えて進もうと努力して……私が罪の重さで押しつぶされそうになっていたら、あなたはいつでも笑いかけて、勇気づけて下さいました。この王宮で、あなただけが唯一、眩い方でした」
「……本当……に?」
「ええ、あの人がリュシアン様に抱いているのと同じです。心から尊敬し、お支えしたい……そう思っています」
「あ……あいつと、同じ?」
 
 リュシアンがわずかに呆気にとられた様子に気付かず、アネットは語り続けた。

「たとえどんな形でも、あなたの隣にいられたこの時間は、私の誇りです」
「誇り……か。そうか……」

 唇の震えをなんとかごまかしながら、リュシアンは答えた。

 そして、ぐっと拳を握りしめると、踵を返した。

「教会へ、行く」

 その言葉に、アネットはまたも戸惑った。

「お、お一人でですか? 近衛のどなたかをお連れになれば……」
「いかなる理由があろうと、誰であろうと、教会に兵を踏み込ませてはいけない決まりなんだ。人質の命が関わるような状況では、尚更連れて行けない。私一人で行けば、見舞いですむ」
「で、でも……」
「大丈夫。いざと言うときのために、君が父上達に話しておいてくれるか? できれば……今、必死に戦っている兄上を援護してやって欲しい」
「は、はい……?」
「頼んだ」

 リュシアンはそう言うと、懐から小さな石を取り出した。そして、戸惑うアネットに差し出した。

「こ、これは……?」
「私の……お守りだ。昔、兄からもらったんだ。魔力が籠もっているとかで、きっと何かの助けになる」
「それならリュシアン様が持っていた方が……」
「いいんだ。君を、守ってほしいんだ」

 そう言うと、リュシアンは今度こそ振り返らずに、執務室を後にした。

 人が寄ってこないことを不満に思っていたが、今日ばかりは感謝した。彼女の願いを、自分こそが叶えられるかも知れないのだから。
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