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第6章 聖大樹の下で
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「仲直りが出来たようで何よりです。殿下、レティシア……」
にこやかで穏やかな大司教の声が、今のレティシアには狂気じみて聞こえた。
「大司教様、どのようなご用で?」
「これを見れば、一目瞭然だろう」
大司教は床に転がったままの壊れたドアを指した。どういうわけかリュシアンが壊したものだ。
「困りますな、殿下。彼女にお会いになりたいなら、まず私を通していただかねば」
「見張りの者には見舞いだと言ったぞ。それを何だかんだと理由をつけて阻もうとするから、力ずくで押し通っただけだ」
あまりふんぞり返って言うことではないが……この場合はレティシアを助けるためにやったことなので、黙っておくことにした。
大司教は、せせら笑っているように見えた。
「あなたがお一人で来られたら、それは阻むでしょうな。あなたはレティシアを敵視しておられたのだから。仲直りに来られたことに、正直、驚いておりますよ」
「何もかも、あなたの思い通りにはならないということだ」
リュシアンの瞳と言葉、両方に大司教への敵意が宿った。もはや大司教が御せる相手では、なくなったのだった。
「なるほど……どうやら、すべてご破算になったと思った方が良さそうですな」
そう、大司教が呟くと背後に控えていた修道士が動いた。
レティシアは立ち上がり、リュシアンを引っ張りつつ、窓辺まで下がった。
「聞くところによると、諸々の口封じのために私を殺そうとしておられるとか? この状況でそんなことをすれば、ますますお立場が悪くなりますよ」
「ここでお二人が『いがみ合った末に相討ち』にでもなれば、私は王族と公爵令嬢を見殺しにしてしまった咎を受けるでしょうな。だが、それ以外は何かありますかな?」
「八年前、母上と私の皿に毒を盛った!」
「どうして私が? 私はあなた方をお救いするために自らの身も顧みずに尽力したというのに」
すべて、大司教の手の上で転がされていたのだとわかる。自分もリュシアンも、この男に対抗するには力が足りなかったと痛感するほかなかった。
今、目の前の二人を退けて逃げたとしても、教会には他にも人が大勢いる、全員が大司教の配下だ。とても逃げおおせるものじゃない。
今、二人でこの場を切り抜けるのは、不可能だ。だとしたら、もう、ここにいない人に望みを掛けるしかない。
「……アランは、ここを離れたわ。時間がかかっても、きっとこのことをアベル様に伝えてくれる。そうしたら、あの人が動いてくれるわ」
「『アベル様』ですか……それこそ、無駄なあがきというものだ。王宮にいるあの方に、あなた方の窮地は伝わらないのだから」
「……王宮?」
レティシアだけが、首を傾げていた。
「アベル様がいるのは、バルニエ領でしょう? 王宮にいるはずがないわ」
「お前……何言ってるんだ?」
「おや、レティシアは知らないままだったということかね」
まだ理解できないでいるレティシアに、大司教が告げた。
「エルネスト殿下は表向き死罪になったとされているが、密かにバルニエ領に逃れていた。そして名を変えて先代領主のもとに養子に入ったのだよ。今は『アベル・ド・ランドロー』という名を名乗られている」
「アベル……あの方が、エルネスト殿下……!?」
「ああ、そうだ。どうやってかは知らないが、王宮に乗り込んできて、今、重臣会議の場で訴えを起こしている……お前のためなんだろ」
レティシアは、窓の外を見た。王宮が妙に騒がしい気配がした理由が、ようやくわかった。
『大人しくしていろ、芋聖女』という、あのメッセージの意味も。
「アベル様が……あそこにいる……!」
レティシアの中で、何かがキラリと光った。光は沈んでいた重苦しい止みを払いのけてどんどん大きくなっていく。
レティシアは、窓の側に置いておいた花かごを手に取った。先ほどセルジュ経由でアランが届けてくれたという花かごだ。
「アベル様が来てくれた……それなら、私もできる限りのことをやらないと」
「どうしたね? その駕篭でどうするつもりだ?」
「どうもしません。ただ、知らせるんです。私はここだって……!」
次の瞬間、全員があっと声をのんだ。
レティシアの両手から魔力が注がれ、花かごの中の花たちが一斉にそれを浴びた。一気に大量に神聖術の魔力を浴びた花たちは、いやもっと大きなもの……花かごの底に仕込まれていたモノが、一斉に芽吹いて大きく大きく育っていく。
「こ、これは……!」
ただの芽があっという間に長く太く成長した。ところどころに真っ白な可憐な花をつけたそれは茎と言うよりも蔓になって部屋全体を覆っていく。
「バルニエ領で今年もっとも収穫量の多かった、ジャガイモです」
にこやかに答えたその時、部屋の壁が悲鳴をあげ、そして、大きな破砕音と共に蔓が外にまで飛び出したのだった。
にこやかで穏やかな大司教の声が、今のレティシアには狂気じみて聞こえた。
「大司教様、どのようなご用で?」
「これを見れば、一目瞭然だろう」
大司教は床に転がったままの壊れたドアを指した。どういうわけかリュシアンが壊したものだ。
「困りますな、殿下。彼女にお会いになりたいなら、まず私を通していただかねば」
「見張りの者には見舞いだと言ったぞ。それを何だかんだと理由をつけて阻もうとするから、力ずくで押し通っただけだ」
あまりふんぞり返って言うことではないが……この場合はレティシアを助けるためにやったことなので、黙っておくことにした。
大司教は、せせら笑っているように見えた。
「あなたがお一人で来られたら、それは阻むでしょうな。あなたはレティシアを敵視しておられたのだから。仲直りに来られたことに、正直、驚いておりますよ」
「何もかも、あなたの思い通りにはならないということだ」
リュシアンの瞳と言葉、両方に大司教への敵意が宿った。もはや大司教が御せる相手では、なくなったのだった。
「なるほど……どうやら、すべてご破算になったと思った方が良さそうですな」
そう、大司教が呟くと背後に控えていた修道士が動いた。
レティシアは立ち上がり、リュシアンを引っ張りつつ、窓辺まで下がった。
「聞くところによると、諸々の口封じのために私を殺そうとしておられるとか? この状況でそんなことをすれば、ますますお立場が悪くなりますよ」
「ここでお二人が『いがみ合った末に相討ち』にでもなれば、私は王族と公爵令嬢を見殺しにしてしまった咎を受けるでしょうな。だが、それ以外は何かありますかな?」
「八年前、母上と私の皿に毒を盛った!」
「どうして私が? 私はあなた方をお救いするために自らの身も顧みずに尽力したというのに」
すべて、大司教の手の上で転がされていたのだとわかる。自分もリュシアンも、この男に対抗するには力が足りなかったと痛感するほかなかった。
今、目の前の二人を退けて逃げたとしても、教会には他にも人が大勢いる、全員が大司教の配下だ。とても逃げおおせるものじゃない。
今、二人でこの場を切り抜けるのは、不可能だ。だとしたら、もう、ここにいない人に望みを掛けるしかない。
「……アランは、ここを離れたわ。時間がかかっても、きっとこのことをアベル様に伝えてくれる。そうしたら、あの人が動いてくれるわ」
「『アベル様』ですか……それこそ、無駄なあがきというものだ。王宮にいるあの方に、あなた方の窮地は伝わらないのだから」
「……王宮?」
レティシアだけが、首を傾げていた。
「アベル様がいるのは、バルニエ領でしょう? 王宮にいるはずがないわ」
「お前……何言ってるんだ?」
「おや、レティシアは知らないままだったということかね」
まだ理解できないでいるレティシアに、大司教が告げた。
「エルネスト殿下は表向き死罪になったとされているが、密かにバルニエ領に逃れていた。そして名を変えて先代領主のもとに養子に入ったのだよ。今は『アベル・ド・ランドロー』という名を名乗られている」
「アベル……あの方が、エルネスト殿下……!?」
「ああ、そうだ。どうやってかは知らないが、王宮に乗り込んできて、今、重臣会議の場で訴えを起こしている……お前のためなんだろ」
レティシアは、窓の外を見た。王宮が妙に騒がしい気配がした理由が、ようやくわかった。
『大人しくしていろ、芋聖女』という、あのメッセージの意味も。
「アベル様が……あそこにいる……!」
レティシアの中で、何かがキラリと光った。光は沈んでいた重苦しい止みを払いのけてどんどん大きくなっていく。
レティシアは、窓の側に置いておいた花かごを手に取った。先ほどセルジュ経由でアランが届けてくれたという花かごだ。
「アベル様が来てくれた……それなら、私もできる限りのことをやらないと」
「どうしたね? その駕篭でどうするつもりだ?」
「どうもしません。ただ、知らせるんです。私はここだって……!」
次の瞬間、全員があっと声をのんだ。
レティシアの両手から魔力が注がれ、花かごの中の花たちが一斉にそれを浴びた。一気に大量に神聖術の魔力を浴びた花たちは、いやもっと大きなもの……花かごの底に仕込まれていたモノが、一斉に芽吹いて大きく大きく育っていく。
「こ、これは……!」
ただの芽があっという間に長く太く成長した。ところどころに真っ白な可憐な花をつけたそれは茎と言うよりも蔓になって部屋全体を覆っていく。
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