都市街下奇譚

文字の大きさ
9 / 111

七夜目『感染源』

しおりを挟む
これは、友人から聞いた話なんですがね、そうマスターの久保田は、細長いグラスを磨きながら何気ない気配で口を開く。客足は奇妙なほど途絶えて、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。


※※※


新卒と言うわけではないが教師になって数年、今年になってやっと担任を任される事になった冬里幸は今必死だった。初めての担任クラスは一年生で受験の問題は背負わなくて済むが、まだ中学から高校に上がったばかりの生徒達は何をしでかすか分からない。先輩の土志田先生はあまり気負わない方がいいと言うが、冬里にしてみれば家族にも生徒にもここは頼りがいのある教師でありたいのだ。

ところが冬里のクラスでは、今非常に困った流行り現象が起きている。こっくりさん・エンジェルさん・小百合さま、新しい名前は後から後から出てくる。だが結局は名前はどうあれ同じような遊びが、生徒達の中に流行ってしまっているのだ。生徒達は何度注意しても「こっくりさんじゃないよ」等と言って、冬里の注意なんて何処吹く風で言う事を聞きはしない。
昔自分が子供の頃も確かに一時期は、女子の間に流行った記憶はあるが冬里はその輪に加わった事がなかった。
そんな、くだらない子供の遊びが数人の女子生徒に集団ヒステリーを起こしてしまったのだ。


帰宅を促す校内放送を聞きながら廊下を歩いていた冬里の耳に、廊下の先から「わぁ」っと言う数人の恐怖の声が響いた。その声にかぶさる様に女子が泣く声と男子が何か叫ぶ声がする。彼女はその声の発生源になった教室に、足早に向かうとそこは自分の担任の教室だったのだ。彼女は躊躇うことなく、教室の後ろの扉を勢い良く開いた。

「何してるの?!」

荒げる冬里の声の先には、数人の女子生徒が集まって泣きじゃくっていた。見渡しても男子生徒は逃げてしまったのか何処にも姿はないが、女子生徒は泣きじゃくりながら彼女を目を丸くして見つめる。
その中心には何時もの見慣れた紙と今回は10円玉ではなく鉛筆が転がっていた。またかと呆れた様に彼女はツカツカと教室を横切り歩み寄ると、その机の上の紙を持ち上げ彼女達を見おろす。

「こういう事はもうしない約束でしょう?」

女子生徒達は項垂れて「はい」と、小さく泣きじゃくりながら呟く。呆れた様に冬里はそれをグシャグシャと丸めると、ゴミ箱に無造作にそれを投げ入れた。その行為に彼女達は怯えた様に冬里を見つめたが、彼女は別段それを気にする事はなかった。

「この間あんなに注意したばかりなのに、土志田センセどう思います?」
「はは、この時期の子には有りがちですね。暫くすれば違うものに目が行くようになりますよ。」

職員室で先輩の土志田先生に愚痴ると、生徒指導教諭でもある先生は書類を纏めながら少し可笑しそうに笑う。体育の教諭ではあるのに、土志田先生は幅広く知識もあって相談相手には勿体ないほどだ。ただし、年上のお局教師の睨みが飛んでくるのが、少々不安でもあるが冬里は年も近いので話しやすい。

「そうですかね?なんかあの子達わざと繰り返しやってるみたいで。」
「気にしない。ほんと、飽きると直ぐ変わります。暫くの辛抱ですね。」

穏やかに土志田先生に諭されて、そんなものかと諦め半分で辛抱してみますと答えた。


※※※



それがつい先週の事だったのだが、それから毎日違う少女達が集団で同じ時間帯に教室で泣き叫ぶのを聞く毎日が続いて冬里は心底うんざりしていた。同じ子がやっているなら兎も角、次から次に新しい女子生徒が泣き叫ぶのだ。こうなると、泣き叫んでいない女子生徒の方を数える方が早い。

まるでインフルエンザみたい、次々同じ事が感染して。

それは言い得て妙の様な気がした。
新しい女子生徒に感染する新種のこっくりさんウィルス発生と、皮肉めいた声で心の中で呟く。しかし、気にかかることもあった。今までのところ男子生徒の怒声も、泣き声と同時に聞いている。それなのに、まだ冬里は男子生徒の姿を見つけられないのだ。しかも、何度も聞いていると男子生徒の声は、何時も同じもののように聞こえる。前日怒られた子が入っていないのに、翌日全く別な二人か三人の女子が同じことを繰り返す。その場には見つけれないけど、男子がいるような気配がする。細身の福上教頭に毎日のように泣き叫ぶ珍事の件で、コッテリ絞られながら冬里は考えた。

もしかしたら感染源はその男子生徒なのかもしれない。

ふとそれに気がついて、冬里は本当なら今日は土志田先生が担当になっている校舎の見回りをお願いして代わりにやることにした。

今日こそ、男子生徒を捕まえてみよう。

そう考え時間を見ながら廊下を足音を忍ばせ歩くと、教室の傍でそっと立ちつくし待ってみる。案の定同じ時間帯に同じように悲鳴と怒声が上がり、冬里は直ぐ様勢いよく扉を開いた。
そこにはまだ鉛筆を握ったまま泣き出した少女達の集団があったが、男子生徒の姿は何処にもない。

「今、誰か男子が出て行った?」

思わず冬里は泣いている少女達に声をかける。すると、少女達は泣きじゃくりながら冬里を睨みつけ声を上げた。

「先生がのせいよ!」
「先生が、これを続けさせてるんだから!!」

予想もしない言葉に冬里は凍りついたように立ち尽くした。彼女達の声は泣いているはずなのに、まるで薄ら笑いを浮かべているかのように夕焼けに赤く染まる。その姿は冬里には、まるで血を流している様に見えていた。何時もと同じように紙をグシャグシャにして丸め、ゴミ箱に投げ入れる。冬里が帰るように促すと、まだ涙に濡れた瞳で生徒が横をすり抜けていく。その時フッと女子ではない男の子と聞こえる声が耳元に囁いた。

「女子はもう終わり、次は先生。」

え?と振り返った教室の中には誰も人の影はない。すり抜けた女子生徒達は冬里を振り返るそぶりもなく、当に廊下の先まで離れてしまっていた。確かに今日の女子生徒で、泣き出してない子は居なくなったのだ。冬里は戸惑いながら教室の扉を閉めて、気を取り直して校内の見回りを続ける。

次は先生って、どういう意味?

歩きながら自分に問いかける。扉を開けて閉めるを繰り返し、既に静まり返った校内に自分の足音が硬く響いていく。不意にパタパタと何処かで内履きの軽い足音が駆けていく音が響いて、冬里はギクリと体を震わせた。

次は先生。次は先生。

頭の中で同じ言葉が、延々と繰り返されている。

次は先生になんだと言うのよ。

強がってそう頭の中で呟いたが、逆に学校の中の静けさに不安が増した。次第に暗くなっていく校内は、赤く染まって嫌でも血の色を思わせる。次の先生も泣かせると言う意味なのか、次の先生には別なことをするなのか、次と言う言葉が頭に膨れ上がっていく。

次は先生。次は先生。次は

繰り返す言葉に震えながら、扉を開けて閉めるを繰り返す。早く全部確かめて職員室まで帰りたくてしかたがないのを感じながら、冬里は必死に歩き扉の開閉を繰り返した。

何でこんなに時間がかかるの?

まるで部屋が倍にもなったように感じるし、自分の動きが倍も遅くなった気もする。廊下ですら何時もの倍以上も、長く遠く感じているのだ。

次は先生。次は先生。次は。

考えるなと自分を叱咤するけど、頭の中では同じ言葉が延々と繰り返されている。見下ろした扉にかける自分の指先が、みっともない程に震えて扉が上手く開かない。ガチャガチャと乱暴に扉を開いた途端、中から飛び出して来た人影に耐えきれずに悲鳴を上げて飛び退いた。

「び、ビックリしたぁ!冬里センセ?」
「なに今の悲鳴、超びびったぁ!冬ちゃんセンセ?」

美術部員の三年生の宮井と須藤が目を丸くして、悲鳴をあげた冬里を見つめている。最後の展覧会用の作品を仕上げている美術部員は、部室内にも何人か残っていて目を丸くして冬里を見つめた。

「ごめんなさい、脅かしちゃって。うちら居ないと思ってたんでしょ?冬里センセ。」
「あたしらも超驚いたぁ、冬ちゃんセンセ、すっごい悲鳴!」

笑いながら言う須藤と素直に申し訳なさそうに謝る宮井の姿に、気が弛むのを感じながら冷や汗を拭う。生徒達が全員出たのを確認すると、職員室まで部室の鍵を返しに行く宮井と須藤が並んでくる。

「何で、冬ちゃんセンセ、今日校内当番?今日トッシーじゃないの?」

須藤は去年の夏頃までは色々と問題を起こしていたが、今は落ち着いたらしく学力も安定していると言う。彼女を見ていると、土志田先生がもう少しの辛抱ですねという意味もよく分かる気がする。

「ちょっとね、うちのクラスの子達の事。」
「ああ、悲鳴ちゃん達ね。センセ大変だよねぇ。」

流石に同じ校内だと、冬里のクラスの異常事態は隠しようもない。隠しだてするわけではないがあっけらかんとした須藤の言葉に、冬里が思わず苦笑すると気がついた宮井が慌てて須藤をたしなめた。

「あの時期の流行りですから、少ししたら飽きて止めますよ、冬里センセ。」

少し大人びた口調で宮井が慰めるように言う言葉が、土志田先生と同じなのに苦笑が更に広がる。宮井は子供っぽく見える生徒だけど、案外話すと大人びているように感じるから不思議だ。

「でもさぁ、流行るよね、こっくりさんとかってさ。」
「ほんとにね、うちらも流行ったっけ?」 
「ちょっとの間ね。他のクラスの子達がやってたよ。あたしらまで流行らなかったけど。」

須藤と宮井が何の気なしに自分達の頃の話をしているのに、冬里は逆に緊張がほどけていくのを感じる。目の前の二人は自分のクラスの女子生徒より、遥かに大人で分別もわきまえて成長した感じを受けるのだ。それが凄く現実的で、今の冬里は安堵する。

「冬ちゃんセンセの時も流行ったの?」
「そう言われればそうかしらね、中学とか高校で流行ったような気もするけど。」
「やだ、冬ちゃんセンセ、まだそんなに経ってないじゃん。覚えててよぉ!」

キャッキャッと年相応に笑う須藤の言葉が、一瞬心の何処かに引っ掛かるのを冬里は感じた。それでも、無邪気な二人の会話のお陰で、さっきまでの奇妙な緊張は消えて何とか職員室まで戻ると息をつく。鍵を返した二人が元気よく挨拶して姿を消して、冬里は自分の机に向かうと日誌を書き始めた。
今日も悲鳴騒ぎがあったから、明日の朝に福上教頭に絞られるのは既に決定だ。でも、さっきのあの言葉を考えると、女子生徒はこれで終わりならお説教も明日で終わりと言うことだろうか。そう考えたら少し気が楽かもしれないと、冬里は須藤のような楽天的な思考に思わず苦笑した。

考え方次第かもね、流行り終了ってことかも。

男子がいる筈と思いこんでいたから、咄嗟に彼女達の誰かの声を男子の声だと思ったのかもしれない。そう考えると女の子にだって、少し低い声を出す子だっている。

次は。

不意に頭の中で男の子の声が呟くのに、冬里はまただわと苦笑いしながら書類に視線を下ろす。気にしないと思うから、逆に何度も考えるのかしらと苦笑が止まらない。

次は先生。次は

何でさっきから同じ言葉が頭から離れないのかしらと、考えながら日誌を書き続ける。あの男の声に聞こえたのは誰の声だったのかと、さっき泣きながら駆けていった子達を思い出す。

次は先生。次は先生。次は

何で何時までも次と考えているのかと、冬里は溜め息をつきながら辺りを見回す。いつのまにか職員室には自分一人が残っていて、誰一人として人気がないのに気がつく。ジワリと再び不安が胸の奥底から沸き上がって、冬里の神経を過敏にさせる。

次は先生。次は先生。次は

何でこんな言葉ずっと考えているのと、冬里は日誌を見ようと視線を下ろして凍りついた。日誌だと思っていた筈の紙が、何度も見慣れてゴミ箱に投げ捨て続けた物にすり変わっている。

次は先生。次は先生。次は先生。

震えながら見下ろすその五十音の並ぶ紙の上に、自分が独特の鉛筆の持ち方でしつこく円を描いているのに目を見張った。

次は先生。

次はと、頭の中で初めて自分の声が呟いた時、初めて思考ではない声の存在に気がつく。囁くように呟き続ける声は、確かに息を吐きつつ直ぐ耳元に口を寄せている。

「次は、センセぇ」


※※※



怖いですよ!

そう自分が震え上がると、久保田は可笑しそうにそうですか?と何の気なしに答える。子供の頃の流行り廃りは確かに病気みたいですしねと自分が言うのに、久保田は同意しながら新しいグラスを磨き始める。

まあ、大人でも流行る病気はありますし。

そう呟いた自分は何かが耳元で囁いたような気がして、咄嗟に振り返る。久保田は気がつかずにグラスを磨き続けているが、振り返った自分は耳元に何か吐息を感じたような気がして思わず震え上がった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...