都市街下奇譚

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十四夜目『定期連絡』

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これは、友人から聞いた話なんですがね、そうマスターの久保田は、グラスを磨きながら何気ない気配で口を開く。客足は奇妙なほど途絶えて、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。



※※※



浦野太一はふと尻のポケットで振動するスマホを引っ張り出した。休日の朝九時の待ち合わせの約束は、映画の放映時間を見てのものだった。しかし、友人の夏川は待ち合わせに未だに現れず、三十分の待ちぼうけだ。見るつもりだった映画は五分前に、本編前の予告編が始まったところ。待っている太一もいい加減、飽きがき始めていたところだ。もし、当の本人なら文句を言ってやらなければならないとスマホを見下ろす。

《悪い、電車事故った。》

電話ではなくLINEの短い文面に、太一はなるほどと納得した。夏川が使って来る予定の沿線は、市街地を突っ切る上に踏み切りが多い。巷では電車事故が多い事で有名な線なのだ。電車の事故では夏川自身にはどうしようもない不可抗力だったろうし、電車に乗っていたのなら尚更身動きも取れないのは仕方がない。太一は映画は次の回にすればいいかと諦め、改札の見えるチェーン店の喫茶店にいると返信した。朝日は既に夏の気配が漂い朝から湿度が高くて、そこに立ち続ける気分にはならなかったのだ。
気持ち悪いくらいに寒々しく冷房のきいた喫茶店の片隅で、スマホを弄りながら太一は夏川の到着を待っていた。待っているとLINEしたからには、下手に離れるわけにもいかず時間とにらめっこを続ける。そこから一時間改札の回りをウロウロする人気の様子からも、運行が滞っているのが分かって太一は溜め息をついた。
予定にしていた今日視る予定だった映画は延期になりそうだ。夏川が来たらゲーセンでも行って適当に遊んで帰る事になりそうだと考えながら、香りのしないアイスコーヒーを啜る。しかし、この状況では夏川も延々と電車の中で立ちっぱなしなのだろうか。とは言え、あまりにも時間が過ぎて、なかなか電車が動き出さないのかと問いかけたLINEに返信が届く。

《左手がおちてんだよ、目の前に。》

太一はそれを読んで、思わず《マジで?》短い言葉を返す。LINEした後になって太一は、線路の砂利の上に落ちた千切れた手を想像して微かに身震いした。電車の中では通話は無理でも、LINEは可能なことに気がついた夏川は暇なのか、夏川はそれしか見るモノがない様子で細かい状況をメールしてくる。

《右足は左の向こう側にある。左足はぐちゃぐちゃだ》

生々しい表現に思わず頭の中が、スプラッタ映画さながらの光景になって浮かび上がった。思わず身震いしながら、太一は夏川の次々打ち込まれる言葉を見下ろす。

≪体は俺には見えないけど内臓がスッカリはみ出してるみたいだ≫

あまりにもリアルな描写に、次第に気分が悪くなって来た気がする。太一は《もう報告はいいよ、駅に着いたら連絡しろ》とだけ返信して暫くぼぉっと駅の方を見つめていた。こんな事なら誰か女の子に声でもかけて気にせず映画に行けばよかったよな、と内心思いつつ冷えきった体に冷えたアイスコーヒーを啜る。ふと視界に夏川の使う筈の沿線の青い車体がホームに入って来たのが目に入った。

やっと動き出したみたいだな。

やれやれとその電車を見つめ、暫くすればまた夏川から連絡が来るだろう、そう思っていた。ところが二本目の電車が到着しても、一向に夏川の姿は改札口から出てこない。

あいつ何本後のに乗ってんのかな。何処で足止めくらってんだろ。

太一は訝しげに改札口を眺めるが、夏川らしい姿は見当たらない。しかし、次の電車が来ても夏川らしい姿が見当たらない上に、何時まで経っても夏川からの連絡がこない。痺れを切らした太一は直接電話をかけたが、やはり車中なのか留守電に繋がってしまった。

《何やってんだよ?いまどこだ?電車動いてるだろ?》

そうLINEすると暫くしてスマホが振動した。見下ろすとソコには、夏川からの言葉少ない返事が帰ってくる。

《あっちこっちだ。》

太一は意味のわからない返事に黙りこんで、その文字を見下ろした。何に返した返事なのかも分からないが、誰か同時に別な奴とLINEしていて間違って返事でもしたのだろうか。

《何言ってんだよ、電車動いてるよな?》

もしかしたら青い車体は他の沿線のものかもしれないと考えた太一は、改札まで行ってみようかと腰をあげる。

《動いてる。》

簡潔な返答を眺めながら、太一は蒸し暑さを感じる外に歩き出す。改札まで歩み寄ると構内放送で、遅延を謝罪する駅員の声がホームに響き渡っているのが分かる。やっぱり他の沿線の電車と見間違ったか、と太一は掲示板を見上げた。

《今どこらへん?》

一応居場所を確認しようとした瞬間、目の前に確かに夏川の使う電車がホームに滑り込んで来るのが見える。

《何処だか見えない。真っ暗だし。》

え?と太一は文字を見下ろし、表情を曇らせた。確かに地上と地下を行き来する沿線もあるが、夏川の乗っている沿線はここまでは地下に入らない筈だ。もしかして、何時もと違う沿線を使ってるのか?と太一は首を傾げた。改札口で呆然としていると、目の前に見たことのある姿が人波の間に見えたのに気がつく。

「あれ、浦野。何してんの?改札で。」
「若瀬こそ、この沿線なのか?」

クラスメイトの若瀬透は二駅先の大型書店に行って、欲しい本がなかったので足を伸ばして来たのだと笑う。そう言われれば若瀬は学校の近くに自宅がある筈だから、普段は通学も徒歩だし電車を使わない筈だ。

「しっかし、まいったよ。まさか遅延に巻き込まれるなんてさ。」
「お前の乗ってる電車だったのか?」
「遮断機潜った奴が先頭に巻き込まれたみたいで、前の方の車両で悲鳴が上がってたよ。」

帰りはバスで帰るかなと若瀬が呟いたのに、太一は首を傾げた。今若瀬が乗ってきたのが遅延の原因の電車なら、夏川は一体今何処にいるんだろう。

「で、浦野は何してんの?改札で。」
「夏川と九時に待ち合わせてたんだよ。」
「九時ぃ?もう三時間もたつじゃん?」
「いや、遅延に巻き込まれたってLINEが来てさ。」

何気なく若瀬にLINEの画面を差し出した瞬間、太一は違和感に気がついた。電車の中からどこまで見えるもんなんだろうか。

「うえー?何だよ?先頭に乗ってたの?夏川。」
「そう、なのかな?はっきり聞かなかったけど。」

画面を読んだ若瀬が言った言葉に、太一は戸惑いながら呟きホームを眺めた。若瀬が乗ってきた電車はホームの中で沈黙しているが、もう客足は降りてしまったのが分かる。太一が戸惑いながら眺めているのに、若瀬もつられたようにホームを眺めた。

「夏川、乗ってなかったみたいだな。」
「本当だな。」

その太一の手の中で、再びスマホが微かにメッセージの着信を告げる振動を放つ。思わず見下ろした太一に、若瀬も一緒につられて覗きこむ。

《真っ暗だ。》

夏川の短い一言に、二人は思わず顔を見合わせる。

「なぁ、これってどういう事かな?」
「わ、分かんないけど、乗ってないんだよな?夏川。」

この都市下で車内を真っ暗な状態で、電車が走るなんてあり得るのだろうか。考えると次第に不安が強く心を飲み込んでいくのが分かって、太一は身を震わせながらそれを見下ろした。
その後太一は若瀬と一緒にバスで帰ることにして、夏川にはそうLINEで伝える。返事はなかったがそれを一人で待つのは、太一には酷く恐ろしい気がした。若瀬の本屋に付き合って帰りのバスに揺られていると、沿線の駅前を交差するように路線を走る。

《今、横通ったな。》

不意に忘れかけていたLINEがメッセージを伝え、太一はギョッとしたように車窓から辺りを眺めた。

《若瀬が一緒なのか》

視線の先にブルーシートで覆われた線路が見えて、太一は背筋が凍りつく。冗談なのか本気なのか分からない夏川のメッセージに、太一は自分が冷や汗をかいているのに気がついた。


※※※


その後、事故の話を詳しく聞いた。夏川は電車に遅れそうになって、なかなか空かない遮断機に苛立ち線路の中に立ち入った瞬間電車に轢かれたという。踏み切りは駅近くだったが、その駅には止まらない快速電車がカーブを曲がった瞬間だった。速度も早くて一瞬で手足がとんだと真しやかに、噂話が生徒の間に流れてる。おまけで、そこを通る電車に張り付く夏川の、都市伝説なんてものもできたが、これは大したことではない。

大したことがあるのは俺のスマホの方だ。

夏川のスマホは事故件場のどこを探しても見つからなかったらしい。お陰で太一のスマホのLINEには定期的に夏川のメッセージが届くのだ。

《頭の骨の一部が、車体の下の車輪のトコに挟まってるんだよ。》

そんなことを伝えられても、太一にはどうしたらいいか分からない。スマホを変えることも考えたが、変えてもLINEを使うならまた同じことになる気がする。

《目玉が藪の中に落ちてるんだ、右目。》

嫌だが、これをブロックして何か起こるのが怖い。もし読まなくなって、まだ集めてもらえない何かが直接接触してきたらと太一は怖いのだ。

《右の手がさ、反対のアパートの前の藪に落ちたままなんだよ。》

電車事故はよく聞くが、体の部位はキチンと探して拾うんじゃないんだろうか。そう聞いてみたいが返事が来たらなおさら怖いし、それが本当だったら更に怖い。連絡はもう要らない、いつの時点でそう告げていいのか太一はずっとなや見続けているのだ。

《段々さぁ、腐って行くんだよなぁ、夏場は困るな。》

困っているのはこっちの方だ、本当はそういってやりたいのを太一はグッと飲み込んだ。



※※※


電車事故かぁ、当たると嫌ですよね。

自分の言葉に久保田はそうですねぇと同意を示す。通勤や通学に電車を使うとなると、遅延は確かに面倒な問題だ。しかも、そこに人の命も関わるとなると、話は更に深刻になる。ここからでは駅のホームは見えないが、電車が見えたらさぞかし不安になることだろう。それよりはと久保田が微笑みながら告げる。

飛ばされた破片が何時まで考えて連絡してくるかの方が気になりますけどね。

確かにと呟くと突然ポケットのスマホが震えだして、自分は慌てて悲鳴を上げた。


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