都市街下奇譚

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二十七夜目『友達の友達2』

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これも聞いた話ですけどねと久保田は自分に声を潜めて呟く。『茶樹』の中は何時もと同じ心地よい音楽と、芳しい珈琲と紅茶の茶葉の香りに満ちている。



※※※



及川祐子の友達は桂圭子という。桂圭子は暫く前に、家で倒れて今もずっと入院している。病院まで一人お見舞いに行った祐子は、目を厚くガーゼと包帯で押さえられ指先にも包帯をまいたまま意識も戻らない圭子を見つめる。傍にはすっかり憔悴しきった圭子の母が、ボンヤリと幽霊みたいに座っていていたたまれない。倒れていた圭子はとんでもない状態で、発見した母親が一時期おかしくなったと聞いてもいた。しかし、圭子のとんでもない状態というのが、裕子にはなんだったのかは分からない。おかしくなるほどの状態とはいったいどんな姿なのだろうかと、ベットの上の姿を眺めて考えたのだが、高校生の自分にはそれ以上の予想も出来なかった。

早く意識が戻ればいいけど。
 
お花を花瓶に差し替えてベットサイドの小さな床頭台に置いて帰りかけた祐子の腕を、それまで幽霊のようだった圭子の母が唐突に掴んだ。

「おばさん?」
「祐子ちゃん、友達の友達って聞いたことない?」

唐突な質問だったが、その言葉には聞き覚えがあった。
圭子は倒れる前に少し様子がおかしくなって、友達の殆どと距離を置くようになっていった。そして、思い詰めた表情で常にスマホとにらめっこしていることが増え、次第に彼女はやつれていったのだ。友達は彼女を心配して何かあったのかと問いかけたが、圭子は友達には何も話そうとしなかった。それでも、祐子は他の友達より後まで、圭子とLINEをしていた方で彼女からとあるホームページの話を聞いていた。ホームページは都市伝説や怖い話しを集めて載せていたのだが、最初は圭子が何時も話していた話ばかりで目新しいとは感じなかった。しかし、次第に聞いたことのない話が集まり始め、そこには必ず友達の友達に聞いたと前置きがつき始める。その話しは何処か異様で、何故か身近な話のようで裕子には怖かった。いつの間にかその話しは他の友達も知っていて、皆が友達の友達から聞いたと口にするのだ。ある時、そんな話の中に話すと呪われる話が混じっているモノがあると、ホームページに都市伝説があげられた途端それは別の方向に動き始めたような気がした。

《友達の友達が現れて呪われる。》

今までそのホームページの話を自慢気に話していた皆が、慌ててその呪いはどんなものなのか、逃れるのはどうしたらいいのかを探し始めたのだ。祐子は話してはいなかったが、圭子は話していた。だから、圭子もその呪いに怯えてやつれているのではないかと、祐子は考えたのだ。そして、圭子はその呪いに襲われて、こうなったのではないかと心のどこかで考えてもいた。圭子の母からかけられた言葉に祐子はどう答えたらいいのか分からなかったが、自分が分かっている事だけはそのまま話す。圭子の母は黙ったまま食い入るような視線で、話す祐子を見つめ続けていた。

「そう、友達の友達ってそういうはなしだったのね。ありがとう、祐子ちゃん。」

抑揚のない声でそう圭子の母が呟くのに、祐子は戸惑いながらも返事を返して病室を後にする。話をしたのが正しかったのか間違いだったのか、圭子の母親の様子からは判断ができなかったのだ。



※※※



「ねえ、ユーコ。友達の友達って知ってる?」

唐突に友達の浅川瑠美に話しかけられて、祐子はまたもや友達の友達が現れたことに驚きながら彼女の顔を見上げた。瑠美は神妙な顔つきで、祐子の顔を覗きこむと声を潜める。

「ケーコが倒れたじゃん?ケーコの携帯から連絡ある?」
「なわけないじゃん、ケーコ、まだ目を覚ましてないよ?」

それがさぁと瑠美が小さな声で話を続けた。

「隣のクラスの子にケーコからLINEが来たんだって。」

その言葉に祐子は思わ脳裏に、あの幽霊のように憔悴して佇む圭子の母親の姿が浮かび上がるのを感じる。あの時祐子があの話をしたから、圭子の母親が犯人探しを始めたのではないかと内心考えたのだ。もしそうだとして母親が圭子のふりをしてLINEを始める理由は、友達の友達を友達の中から探すためなのだろうか。でも、それは何処か的はずれな気がする。何故なら、友達の友達は圭子の教えてくれたホームページに出没したのが先で、圭子の友達の友達ではないのだ。そう話したつもりだったけど、相手の受け取りかたがどうだったかまでは祐子には分からない。

「しかもさ?友達の友達に回してなんてLINEらしくて。どんどん皆に回ってるらしいよ?」
「え?」

それってチェーンメールじゃんと言いかけて、祐子は押し黙った。一度そのLINEが回ってきて再び同じ人に回してもいいのか、そしてもし最後に回ってきたらどうしたらいいのか。そんなことをすかさず考えてしまった自分が、圭子からのLINEを恐れているのだと感じたのだ。何故そんな風に恐れないといけないのか、祐子自身にもよく分からない。それなのに酷く恐ろしくて自分に回ってくることを考えたくない。そんなことを考えている内に目の前の瑠美が、呆れたようにLINEの画面をほらと見せた。

《あなたの一番の友達にこのLINEを回して。友達の友達に回して、聞いてみて。友達の友達をしってる?って》

友達の友達。
またその言葉だ。あのホームページで始まった友達の友達騒動は、今はもう誰も信じているわけではない。友達の友達って言葉を使わなければ、呪われないし、怖くもないと皆が思っていた。それなのにこの文章を打つだけで既に二度も使っている。そう考えた瞬間、何故か再び圭子の母親の姿が脳裏に浮かんだ。窶れて幽霊みたいな顔色をした、圭子の母親は抑揚のない声で友達の友達ってそういう話だったのねと口にした。でもさぁ、と瑠美が祐子の様子に気がつかずに笑う。

「これって、何度も回してもいいらしいからさ、結局意味ないんだよね。」
「そうなの?」

何度も回してもいいと聞いた途端、自分が酷く安堵するのが分かった。何度も回していいのなら、送った罪悪感もないし最後になる恐怖もない。やはり、圭子ではなく何かの間違いからフレーズが重なって始まった、ただのチェーンメール擬きなんだろう。そう安堵して瑠美が自分に回したLINEを別な友人に、祐子も何気ないコピペで回した。



※※※



《あなたの一番の友達にこのLINEを回して。友達の友達に回して、聞いてみて。友達の友達をしってる?って》

まただ、と祐子は溜め息をついた。何度も回していいからといって、日に何度も回してこられると祐子も段々嫌になってしまう。何人もがこのLINEを回してくるのは祐子を友達と思っているからなのか、面倒くさいからなのかが分からない。祐子が受け取って回すからなのか、瑠美がもうこれ送んないでと言ってきたのは昨日だ。自分が先に送ってきたのに、繰り返しにうんざりして送らないでと言ってくるなんて友達としてどうだろう。次第に送らないでスルーすることも増えたけど、送れないのだから仕方がないと溜め息をつく。それなのに次第に集まってくるみたいに、祐子のスマホは同じ文面だけを受け付け続けている。

《あなたの一番の友達にこのLINEを回して。友達の友達に回して、聞いてみて。友達の友達をしってる?って》

まただ、今度は誰なんだろうと考えながら視線を落とすと、それは圭子からだった。意識が戻ったという話は何処からも聞いていないし、圭子が友達の友達に怯えていたのではないかと圭子の母親に話したのは自分だ。でも、圭子に何かしたのは祐子ではない。なのに何故圭子からのLINEが、今ここで祐子に届くのかが分からないのだ。

《あなたの一番の友達にこのLINEを回して。友達の友達に回して、聞いてみて。友達の友達をしってる?って》
《あなたの一番の友達にこのLINEを回して。友達の友達に回して、聞いてみて。友達の友達をしってる?って》
《あなたの一番の友達にこのLINEを回して。友達の友達に回して、聞いてみて。友達の友達をしってる?って》

戸惑いながらLINEが表示する文章を繰り返し読み続ける祐子は、不安に飲み込まれそうになっている自分に悲鳴をあげそうになる。しかも、他の友達からも次々と同じメッセージが送りつけられて、祐子はLINEを開く手が震え始めているのに気がついた。いつまでも続くメッセージが、画面を埋めて友達の友達という文字だけが目に入ってくる。友達の友達、その言葉は忌まわしい言葉ではなかったのだろうかと、祐子は震え上がりながらスマホの電源を落とした。

どうして?私はなにもしてないのに。

スマホを手から離して祐子はベットの上で踞ったまま、スマホを遠目に見つめる。友達の友達。圭子には使わない方がいいよと忠告した筈なのに、いつの間にか圭子はおかしくなって誰とも話をしなくなってしまった。そして、痩せて家に籠るようになって、やがて倒れて病院に運ばれたのだ。その後ずっと意識が戻らず、眠ったままで戻らない。圭子の母親に問いかけられた時も、目をガーゼで覆い隠して指先を包帯で覆われて眠ったままだ。あの圭子のガーゼの下は一体何がどうなっているのだろうと、祐子はお見舞いに行った時に考えていた。何故ガーゼで覆い隠しているのか、覆わなければいけないような状態なのかと。

隠されたものを見てみたいと好奇心で、何度かお見舞いに行ったなんて一言も言ってない。

圭子に何が起きたか話題にしたかったから、お見舞いに何度か行ったなんて一言も言わなかった。それなのに、何故友達の友達が祐子のところに来る必要があるのか、祐子は戸惑いながらベットの上で小さく体を丸める。怯えて見つめる祐子の目の前で、触れてもいないのにスマホの電源が自然に入るのが見えた。



※※※



身近なものが予期しない事を引き起こすのは確かに怖いですね。

そう呟きながら久保田が差し出した珈琲に口をつけると、久保田も納得するように頷く。身の回りに便利な物が増えているのに、それの本当の仕組みを知らないという物は幾つもある。スマートホンもそうだし、テレビですら仕組みを知らないでいるというのは珍しくない。そんなものが突然変異したら、一体どうしたらいいのか自分にも分からない。

友達の友達なんて、よく使う言葉ですよね。

そう呟くと何故か久保田が口元に人差し指を当てて、それはいってはいけないとでも言うようにシーッと囁く。その時不意に着信音が流れたのに、思わず息を飲んでいた。
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