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三十夜目『こうい2』
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これは、少し特別な友人から聞いた話なんですがね、そうマスターの久保田は、グラスを磨き終えて置きながら何気ない気配で口を開く。客足は奇妙なほど途絶えて、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。
※※※
目が悪いと耳が、耳が悪いと目が良くなると聞いたことがある。どちらかと言えば昔は耳がよい訳ではなかったが、怪我で視力を失ってからというもの耳は様々なものを判別するようになった。それが最初に言ったような理由からなのかは知らないが、確かに目が悪くなって耳が過敏に音を捉えるようになったとは思う。そう、外崎宏太は、何気なく考えた。彼が怪我で視力を失ったのは、ほんの数年前だがそれから耳が頼りの生活をしている。勿論怪我の傷が珍しいのか盲目の杖をつく外崎が珍しいのか、周囲の視線を肌に感じることはあるが耳で聞き取るものにはかなわない。
『ねぇ、はやくぅ。』
媚を含んだ声を聞き取りながら、外崎は相手の年頃を頭の中で想像した。聞いているのは男女の会話で、男の方が年下で女の方は中年一歩手前という辺り。
何故聞くだけでそんなことが分かるのかと言えば、堅い声質から男はまだ若く場所に慣れない緊張感が声に滲み出ている。男は辺りを憚るように室内に入って来て、部屋に入っても不安が拭えず声が小さいままだ。ところが、女の方はスリルを楽しんで高揚しているのか声が好奇心に大きい。女の方が場所を使いなれている様子で迷いなく部屋を突っ切ってベットに腰掛けていて、女の靴はローヒールのサンダルで高級な物ではない。そして、今が昼下がりだということと、この音声が何処のモノなのかを知っていれば、答えは簡単なのだ。
音声の出所はラブホテルの一室。つまりは違法な事なのだが、外崎は盗聴している訳で、この音声の二人の関係は恐らく不倫というところだ。
『ねぇ、はやくぅ、まぁだ?』
『こ、梢さんっ。』
外崎が盗聴しているのは、実はホテルだけではない。他にも何店舗か外崎が盗聴していると承知の上で、そこに客を敢えて入れているのだ。そんな事をして何になるのかと思うだろうが、案外これが役にたっていて外崎は近隣の店長達の相談役でもある。世の中には裏側があって、その裏側からでないと解決出来ないようなことがあるものだ。
『ああん!もっとお!』
湿った濡れ音に被さるような女の声に、外崎はあきれ半分で耳をすませる。音だけでも案外何をしているかは分かるもので、これが性的欲求を催すような人間には一人でマスをかくには充分かもしれない。ただし残念ながら外崎は数年前の怪我でそれが出来ない体になったためか、ただ冷静に音を分析しながら聞くだけが楽しみなのだ。
しかし、お盛んだな。旦那も妻も子供まで同じホテルご利用とは、ご立派。
呆れ混じりに頭の中で呟きながら、聞いている相手の女は実は近郊でモンスターペアレントで有名になりつつある夫婦の妻なのだ。夫は別な若い女と不倫中で娘も男二人相手に同じホテルを利用しているところが、最近の家庭崩壊の一般例みたいな親子に呆れてしまう。しかも、残念なことに夫の不倫相手は外崎の知り合いで、こちらに態々取り込む必要もない。妻の相手も外崎の知人の店の店長なのだから、呆れを通り越して笑えてくる。
「よお、秋奈。」
『コータ?何か用?』
電話の先で友人の上原秋奈が外崎の電話に少し嬉しそうに出たのに、外崎は気がつきながら気がつかないふりをする。秋奈は悪い女だが可愛い女で、真っ当な男で彼氏を作れば必ず幸せになれる女だ。
「おう、あのな、お前今相手してる男いるだろ?」
『えー?なんだぁ知ってるの?ヤキモチ?』
「ばーか、違うよ。そろそろそいつ、終わりだろ?」
秋奈が呆れたように笑いながら、次の指輪は無理かもねとあっけらかんと言っている。苦笑いを口元に浮かべながら外崎がその指輪買ってやるよと告げると、外崎が言いたいことが分かったのだろう秋奈が何すればいいのぉ?と問い返す。
※※※
こうして何時も聞いていると相手が気がついていないとしても、時々背筋が凍るような気分になることがある。勿論友達の依頼で情報を集めている事もあるし、ただ外崎が聞きたいから聞いている事もあるが予期せぬ音は時々あるのだ。今日も何気なく耳をすましていると、ドアを開けて足音が聞こえる。足音は普通の革靴とヒール。どちらも質のよさそうなしっかりした音なところをみると、会社勤めの男女というところだろう。男の方が使い込んだ靴のようだから、男は外歩きをするような仕事営業職かなにかだ。女の方は足を組む癖でもあるのか片方のヒールが少しだけ先に減っているが、それほど歩く仕事ではないデスクワークなのだろう。
時刻も夜二十時、折しも金曜日だから明日の休みを前にしてという辺りか。
ところが男は先にベットに腰かけたのに、女の方が部屋の真ん中まで来て立ち止まったまま動かない。男が不思議そうにベットを軋ませて、女の顔を見上げたのが分かる。
『どうかした?』
男の不思議そうな声に女が先にシャワーを使ってきてと、柔らかい声で囁いたのが聞こえる。女は何か気になっているのがあるのか、男にかけた言葉には気持ちがこもっていない様子だ。外崎は訝しげに眉を潜めて、暫く女の様子に耳をすましている。歩き出す気配もない女は、部屋の真ん中で身動き一つせずに立ったままの様子だ。
なんだ?売春って感じには聞こえなかったが。
男との会話は金銭がらみではなさそうで、知己の間柄の様だった。つまりは恋人同士が金曜日の逢瀬にラブホテルにしけこんだと思ったのだが、実は違うのだろうか?それにしても全く動かない女は何を見ているのだろう。部屋の真ん中からではベッド位しか見えないし、この盗聴機はそのベットの足元のコンセントの差し込み口に一見ただのコンセントの差し込み口にしか見えないように偽装されている。つまりは部屋のベットの影で女からは見えないのだが、動かない女は後何を見るのだろう。動かない女の向こうで、男が浴びているのだろうシャワーの音が微かに聞こえている。
『楽しい?』
ハウリングするほど間近で唐突に聞こえた声に、外崎は驚きに思わず上半身を仰け反らせた。女の声は盗聴機のほんの数センチのところで、どう考えても盗聴機だと知っていて話しているとしか思えない。しかし、それは本来無理なのだ、何故なら数センチのところにはベットがある。
『驚かせた?』
女の声は底冷えするような冷たさで続けるが、大体にしてベットの隙間に潜り込めたとしても部屋の真ん中から女はどうやってベットを飛び越えたのか。しかも、どうして聞いている外崎が、驚いたのを知ったのかが分からない。
『聞いてて楽しい?』
女は更に続けて、微かに笑みを含んだ声で話しかける。外崎が冷や汗をかきながらじっと聞いているのを見透かすように、女は低く呻くように笑う。
『加わりたい?』
正直なところ全く加わりたいとは、外崎は思っていない。何しろ外崎は
『ああ、そうなの、大事なところ切られちゃったんだ。可哀想。』
外崎はその言葉に背筋が凍るのを感じ取った。見ず知らずの相手に自分の体の障害のことは話したこともない。万が一外崎がそれを失ったと知っていたとして、その相手がこんな風に盗聴機に話しかける筈がない。何故なら知人の殆どは外崎のしていることを知っていて、その場所を上手く避けるからだ。この女は何なんだと、心の中で呟くと女は再び低く笑った。
『何だろうね、私は。知りたい?』
知りたくなかった。咄嗟に外崎は機械の電源を落として、震えている自分の手に気がつく。時としてこんな風に背筋が凍るような出来事に出会うことがあるが、以前の外崎はこれを無視して酷い目にあったことがある。だから、今の外崎はこういう時は直ぐ様手を引くことを覚えた。何しろ視力だけてなく味覚を失い、歩くにも支障がある身体は子孫を作る事も出来ない。これ以上の障害をここから背負う気にはなれない。
げに恐ろしきは人の情念…か。
※※※
外を歩くのは専ら夕方から夜にかけてだった。昼間に歩くと杖が先ず目立ち次に傷が目立つから、常に人の視線が肌に感じるのだ。夜にはある程度知り合いがいて、それほど外崎の事を特別扱いしない普通の関わりが築いていられる。
おや?
コツコツと背後の女物のヒールの音が、自分の背を追っているのに気がつく。歩く方向が同じで追い越していくのかと少し足を緩め端に避けたが、同じ速度で後ろの足音が歩調を緩めたのに眉を潜める。意図的に歩調を緩めた足音に、何処か聞き覚えがあった。
ヒール、片方が少しだけ早くヒールが減ってる
そこまで考えた瞬間、背筋がヒヤリと冷えていく。今背後にいるのは、あのラブホテルの女だと分かったからだ。何故かあの女は外崎の背後を一定の距離で、じっと見つめながら歩いてきている。話しかけるわけでもなく、一定の距離を保ち背中から外崎の事を伺いながらついてくる。冗談だと考えたいが足音は確かにあの女の靴で、耳がたよりの外崎は最近音の違いを聞き違えることが少ない。
まいったな、どうする?
女が何の意図なのか分からないが、振り替えるのも馴染みの店に行くのも危ない気がする。かと言って自宅を知られるのも、正直避けたい。女がいなくなる迄歩くのも、足の悪い彼には中々厳しい事だ。そうなると出来る事は一つで、戸崎は何気ない足取りで先を急ぐ。まくほど早くは歩けない。出来るのは簡単なことで、警察署に用があるふりでさっさと入るのだ。流石に警察署の中までは追ってこなかったのに安堵してから、外崎は暫く息を整えて辺りを伺いながら道を戻る。これで再び足音がしたら、覚悟して交番に入り事情を説明するしかない。しかし、歩き出して暫くしても、背後に足音が戻ってくる事はなかった。
盗聴という行為をやめればいいと、簡単には思うだろう。ところが、これを止めると外崎には何一つ楽しみがなくなるのだ。目も見えない外崎には、聞く行為しか楽しみがない。しかも、この聞くことで幾つか仕事柄役に立つこともあって、仕掛けさせている店側も利益を得ているのだ。だから、行為を止めるわけにはいかない。そして、聞いているとこんな背筋が凍るのを経験することもあるだけの事だ。
※※※
珍しく話を聞いて黙ったままの自分に、久保田は不思議そうに目を向けた。この話の男には覚えがあって、何度か話を聞かされている筈だ。聞かなきゃいいのにと思うけれど、義眼の目では確かに見る事も出来ないし体の障害もあるのなら、いい気持ちはしないけれど彼の言い分も分からないでもない。
でも、違法ですよね。
小さく言った言葉に久保田が意味深に笑いながら自分を見る。
げに恐ろしき…ですよ。
本当に恐ろしいのは、そんな経験をしても盗聴を止められない人間なのではないかはないか。そんな久保田を眺めらがら心の中で自分は呟いていた。
※※※
目が悪いと耳が、耳が悪いと目が良くなると聞いたことがある。どちらかと言えば昔は耳がよい訳ではなかったが、怪我で視力を失ってからというもの耳は様々なものを判別するようになった。それが最初に言ったような理由からなのかは知らないが、確かに目が悪くなって耳が過敏に音を捉えるようになったとは思う。そう、外崎宏太は、何気なく考えた。彼が怪我で視力を失ったのは、ほんの数年前だがそれから耳が頼りの生活をしている。勿論怪我の傷が珍しいのか盲目の杖をつく外崎が珍しいのか、周囲の視線を肌に感じることはあるが耳で聞き取るものにはかなわない。
『ねぇ、はやくぅ。』
媚を含んだ声を聞き取りながら、外崎は相手の年頃を頭の中で想像した。聞いているのは男女の会話で、男の方が年下で女の方は中年一歩手前という辺り。
何故聞くだけでそんなことが分かるのかと言えば、堅い声質から男はまだ若く場所に慣れない緊張感が声に滲み出ている。男は辺りを憚るように室内に入って来て、部屋に入っても不安が拭えず声が小さいままだ。ところが、女の方はスリルを楽しんで高揚しているのか声が好奇心に大きい。女の方が場所を使いなれている様子で迷いなく部屋を突っ切ってベットに腰掛けていて、女の靴はローヒールのサンダルで高級な物ではない。そして、今が昼下がりだということと、この音声が何処のモノなのかを知っていれば、答えは簡単なのだ。
音声の出所はラブホテルの一室。つまりは違法な事なのだが、外崎は盗聴している訳で、この音声の二人の関係は恐らく不倫というところだ。
『ねぇ、はやくぅ、まぁだ?』
『こ、梢さんっ。』
外崎が盗聴しているのは、実はホテルだけではない。他にも何店舗か外崎が盗聴していると承知の上で、そこに客を敢えて入れているのだ。そんな事をして何になるのかと思うだろうが、案外これが役にたっていて外崎は近隣の店長達の相談役でもある。世の中には裏側があって、その裏側からでないと解決出来ないようなことがあるものだ。
『ああん!もっとお!』
湿った濡れ音に被さるような女の声に、外崎はあきれ半分で耳をすませる。音だけでも案外何をしているかは分かるもので、これが性的欲求を催すような人間には一人でマスをかくには充分かもしれない。ただし残念ながら外崎は数年前の怪我でそれが出来ない体になったためか、ただ冷静に音を分析しながら聞くだけが楽しみなのだ。
しかし、お盛んだな。旦那も妻も子供まで同じホテルご利用とは、ご立派。
呆れ混じりに頭の中で呟きながら、聞いている相手の女は実は近郊でモンスターペアレントで有名になりつつある夫婦の妻なのだ。夫は別な若い女と不倫中で娘も男二人相手に同じホテルを利用しているところが、最近の家庭崩壊の一般例みたいな親子に呆れてしまう。しかも、残念なことに夫の不倫相手は外崎の知り合いで、こちらに態々取り込む必要もない。妻の相手も外崎の知人の店の店長なのだから、呆れを通り越して笑えてくる。
「よお、秋奈。」
『コータ?何か用?』
電話の先で友人の上原秋奈が外崎の電話に少し嬉しそうに出たのに、外崎は気がつきながら気がつかないふりをする。秋奈は悪い女だが可愛い女で、真っ当な男で彼氏を作れば必ず幸せになれる女だ。
「おう、あのな、お前今相手してる男いるだろ?」
『えー?なんだぁ知ってるの?ヤキモチ?』
「ばーか、違うよ。そろそろそいつ、終わりだろ?」
秋奈が呆れたように笑いながら、次の指輪は無理かもねとあっけらかんと言っている。苦笑いを口元に浮かべながら外崎がその指輪買ってやるよと告げると、外崎が言いたいことが分かったのだろう秋奈が何すればいいのぉ?と問い返す。
※※※
こうして何時も聞いていると相手が気がついていないとしても、時々背筋が凍るような気分になることがある。勿論友達の依頼で情報を集めている事もあるし、ただ外崎が聞きたいから聞いている事もあるが予期せぬ音は時々あるのだ。今日も何気なく耳をすましていると、ドアを開けて足音が聞こえる。足音は普通の革靴とヒール。どちらも質のよさそうなしっかりした音なところをみると、会社勤めの男女というところだろう。男の方が使い込んだ靴のようだから、男は外歩きをするような仕事営業職かなにかだ。女の方は足を組む癖でもあるのか片方のヒールが少しだけ先に減っているが、それほど歩く仕事ではないデスクワークなのだろう。
時刻も夜二十時、折しも金曜日だから明日の休みを前にしてという辺りか。
ところが男は先にベットに腰かけたのに、女の方が部屋の真ん中まで来て立ち止まったまま動かない。男が不思議そうにベットを軋ませて、女の顔を見上げたのが分かる。
『どうかした?』
男の不思議そうな声に女が先にシャワーを使ってきてと、柔らかい声で囁いたのが聞こえる。女は何か気になっているのがあるのか、男にかけた言葉には気持ちがこもっていない様子だ。外崎は訝しげに眉を潜めて、暫く女の様子に耳をすましている。歩き出す気配もない女は、部屋の真ん中で身動き一つせずに立ったままの様子だ。
なんだ?売春って感じには聞こえなかったが。
男との会話は金銭がらみではなさそうで、知己の間柄の様だった。つまりは恋人同士が金曜日の逢瀬にラブホテルにしけこんだと思ったのだが、実は違うのだろうか?それにしても全く動かない女は何を見ているのだろう。部屋の真ん中からではベッド位しか見えないし、この盗聴機はそのベットの足元のコンセントの差し込み口に一見ただのコンセントの差し込み口にしか見えないように偽装されている。つまりは部屋のベットの影で女からは見えないのだが、動かない女は後何を見るのだろう。動かない女の向こうで、男が浴びているのだろうシャワーの音が微かに聞こえている。
『楽しい?』
ハウリングするほど間近で唐突に聞こえた声に、外崎は驚きに思わず上半身を仰け反らせた。女の声は盗聴機のほんの数センチのところで、どう考えても盗聴機だと知っていて話しているとしか思えない。しかし、それは本来無理なのだ、何故なら数センチのところにはベットがある。
『驚かせた?』
女の声は底冷えするような冷たさで続けるが、大体にしてベットの隙間に潜り込めたとしても部屋の真ん中から女はどうやってベットを飛び越えたのか。しかも、どうして聞いている外崎が、驚いたのを知ったのかが分からない。
『聞いてて楽しい?』
女は更に続けて、微かに笑みを含んだ声で話しかける。外崎が冷や汗をかきながらじっと聞いているのを見透かすように、女は低く呻くように笑う。
『加わりたい?』
正直なところ全く加わりたいとは、外崎は思っていない。何しろ外崎は
『ああ、そうなの、大事なところ切られちゃったんだ。可哀想。』
外崎はその言葉に背筋が凍るのを感じ取った。見ず知らずの相手に自分の体の障害のことは話したこともない。万が一外崎がそれを失ったと知っていたとして、その相手がこんな風に盗聴機に話しかける筈がない。何故なら知人の殆どは外崎のしていることを知っていて、その場所を上手く避けるからだ。この女は何なんだと、心の中で呟くと女は再び低く笑った。
『何だろうね、私は。知りたい?』
知りたくなかった。咄嗟に外崎は機械の電源を落として、震えている自分の手に気がつく。時としてこんな風に背筋が凍るような出来事に出会うことがあるが、以前の外崎はこれを無視して酷い目にあったことがある。だから、今の外崎はこういう時は直ぐ様手を引くことを覚えた。何しろ視力だけてなく味覚を失い、歩くにも支障がある身体は子孫を作る事も出来ない。これ以上の障害をここから背負う気にはなれない。
げに恐ろしきは人の情念…か。
※※※
外を歩くのは専ら夕方から夜にかけてだった。昼間に歩くと杖が先ず目立ち次に傷が目立つから、常に人の視線が肌に感じるのだ。夜にはある程度知り合いがいて、それほど外崎の事を特別扱いしない普通の関わりが築いていられる。
おや?
コツコツと背後の女物のヒールの音が、自分の背を追っているのに気がつく。歩く方向が同じで追い越していくのかと少し足を緩め端に避けたが、同じ速度で後ろの足音が歩調を緩めたのに眉を潜める。意図的に歩調を緩めた足音に、何処か聞き覚えがあった。
ヒール、片方が少しだけ早くヒールが減ってる
そこまで考えた瞬間、背筋がヒヤリと冷えていく。今背後にいるのは、あのラブホテルの女だと分かったからだ。何故かあの女は外崎の背後を一定の距離で、じっと見つめながら歩いてきている。話しかけるわけでもなく、一定の距離を保ち背中から外崎の事を伺いながらついてくる。冗談だと考えたいが足音は確かにあの女の靴で、耳がたよりの外崎は最近音の違いを聞き違えることが少ない。
まいったな、どうする?
女が何の意図なのか分からないが、振り替えるのも馴染みの店に行くのも危ない気がする。かと言って自宅を知られるのも、正直避けたい。女がいなくなる迄歩くのも、足の悪い彼には中々厳しい事だ。そうなると出来る事は一つで、戸崎は何気ない足取りで先を急ぐ。まくほど早くは歩けない。出来るのは簡単なことで、警察署に用があるふりでさっさと入るのだ。流石に警察署の中までは追ってこなかったのに安堵してから、外崎は暫く息を整えて辺りを伺いながら道を戻る。これで再び足音がしたら、覚悟して交番に入り事情を説明するしかない。しかし、歩き出して暫くしても、背後に足音が戻ってくる事はなかった。
盗聴という行為をやめればいいと、簡単には思うだろう。ところが、これを止めると外崎には何一つ楽しみがなくなるのだ。目も見えない外崎には、聞く行為しか楽しみがない。しかも、この聞くことで幾つか仕事柄役に立つこともあって、仕掛けさせている店側も利益を得ているのだ。だから、行為を止めるわけにはいかない。そして、聞いているとこんな背筋が凍るのを経験することもあるだけの事だ。
※※※
珍しく話を聞いて黙ったままの自分に、久保田は不思議そうに目を向けた。この話の男には覚えがあって、何度か話を聞かされている筈だ。聞かなきゃいいのにと思うけれど、義眼の目では確かに見る事も出来ないし体の障害もあるのなら、いい気持ちはしないけれど彼の言い分も分からないでもない。
でも、違法ですよね。
小さく言った言葉に久保田が意味深に笑いながら自分を見る。
げに恐ろしき…ですよ。
本当に恐ろしいのは、そんな経験をしても盗聴を止められない人間なのではないかはないか。そんな久保田を眺めらがら心の中で自分は呟いていた。
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