都市街下奇譚

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三十二夜目続『検索情報』

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話題検索をしていて、そのサイトに気がついたのは数時間後の事だった。彼女とのチャットサイトの下にあるリンクバーから、女性の話題サイトという画面に飛んだのだ。最近の女性が好む話題が何かを表示したサイトには、矢根尾では全く話題にしないようなものばかりが上がっていて面食らう。

今時の女ってこんな話題なのかよ。

思わず自分の年齢を思い出して唸りたくなるが、そうも言ってはいられない。検索した結果を更に検索して会話の種にするように、自分自身が理解しないと意味がないのだ。矢根尾は検索に検索を重ねて情報収集を続ける。そうして何を聞かれても完璧と自信を持てるようになって、再びあの女を待ち構える。矢根尾は何としてもあの女に、自分と話をしたいと思わせないとならないのだ。

《こんばんわぁ。》

相変わらずノンビリとした話し言葉で打ち込まれた挨拶に、画面には柔らかそうな胸の谷間が影を作っている。相変わらずいい乳してるよなと心の中で考えながら、矢根尾も慎重に言葉を選ぶ。

《こんばんは。肌白くて可愛いから入って来ちゃったよ。》

文字を眺めているのか、彼女の視線が文字を眺める。毎回ハンドルネームは違うから気がつく筈はないが、慎重に会話を進めないとこちらは三度目の会話で金銭がかかっているのだ。

《肌凄く白いけど、何か特別なことしてるの?》
《特に何もしてないですよぉ。》

褒められて満更でもない相手の表情の出だしに、矢根尾は満足して会話をつづける。

《リエナちゃんって呼んでもいいかな?名前も可愛いよね。》
《そうですかぁ?何となくつけたんですけど。》
《そっかハンドルネームだもんね、本名かと思ってた。》

まさかぁと笑いを含んだ返答と笑顔に、矢根尾は満足して会話を続けた。ファッションの話はやはり食い付きが悪く、化粧品の話は肌が弱いと話している。この二つは早々に会話から外して、次は旅行や食事の話に変えた。旅行に行きたいと言う話から東北に旅行したいと話しているうち、相手の言葉の端々に住んでいる場所の話が混じり始める。雪が降る地方ではあるが降雪量は少な目だとか、麺類の名物が多いとか、温泉が近くにあるとか。情報が混じるうちに符合する部分が増えて、矢根尾は確信をもってリエナは元妻だと考え始めている。

《リエナちゃんって、彼氏いないの?可愛いし素直だからモテるでしょ?》
《彼氏いたらチャットなんてしませんよ。》
《そうかぁ、なら彼氏に立候補したいなぁ、俺。》

彼女の微笑みが変わらないのに上手くいったと思った瞬間、課金しておいたポイント分を使用しきったと表示が出たのに舌打ちする。何とかして課金しなくても交流を持てる様に仕向けないと、ここまでの苦労が無駄になってしまう。

《そろそろ、俺休まないと。リエナちゃんよかったらまた話したいからメールアドレスとか交換しない?》
《え?そうなんですか?じゃ、おやすみなさーい。私もう少しお話してるんで。》

サッとアドレスの件をかわされて、チャットルームから追い出された矢根尾は苛立ちに思わず壁に向かって本を投げつけた。もう、ポイントもなくてあの女と話すには、更に課金が必要なのだ。二回分の課金をまんまと無駄にされて、矢根尾は本気で女を何とか捕まえないとと舌打ちする。



※※※



女は以前とは違って強かで、中々思う通りにならなかった。直接聞きたいことは山のようにあるが、それを聞いて消え去られたら今までの課金が無駄になる。そうさせないように気を付けながら会話の糸口を探り続けて、話し相手としての立場を確保しようと試みていた。ハンドルネームは毎回変えて別人のように、別人の口調を装って話題を探る。どうやら《リエナ》の好みの話題は旅行や食事の方面が、反応がいいようだと判断出来た。そこから、今度はハンドルネームを固定して、交流を深める段階だ。

《こんばんわぁ。》

チャットルームに入るとまた何時もと同じ口調で、何時ものように寝転がった胸元が柔らかくベットで潰されている。矢根尾はそれを眺めながら、笑顔の彼女の顔を眺めもう一つのウインドウを開き話題を確認した。今日こそはと考えながらノンビリとした彼女の様子を眺めると、話題をふり始める。彼女は乗ってこない話題には相槌だけで、興味のあることには文章でこたえてくるから話題を試しながら今日の話題を考えていく。

《あー、そうなんですかぁ。》
《へー、知らなかったぁ。》
《そうですねぇ。》

今日は何をはなしかけても乗ってこない。話題はあと少ししかないのに、彼女は何もかも気のない返事だ。苛立ちはするがここで本性が出たら、今までの苦労が無駄になる。

《なんかあった?元気ないけど。》 

話題を全て消費仕切ってもはかばかしい反応が得られず困惑した矢根尾が話しかけると、《リエナ》は少し迷うような表情で微笑んだ。

《別に大したことじゃないんですけど、時々困った人に会うんですよね。》
《困った人?》
《んー、ちょっとしつこくって。》

どうやら日常的に出会う人に困っているということらしい。詳しく聞くと、彼女にはその気がないのに何時もしつこく話しかけてきて困っているのだと言う。何処にもそんな男がいるもので、あまり無下にもできないと言うことは出来ないと言うからには患者の事かもしれない。

《直接的に言うのが無理なら間接的に言ったら?》
《例えば?》
《彼氏の話をするとか。》
《いないですもん。》
《だから、作り話でいいんだよ。今度彼氏と行くんです、とかっていえば、ああ、彼氏できたんだって思うだろ?》
《なるほど。》

少し食いついた感覚に矢根尾は画面を眺めながらニヤニヤと笑う。これで、会話の尻尾を捕まえた筈だから、ここから親密になっていけばいい。

《リエナちゃんみたいな子、可愛いからそういうのよってきそうだもんな。気を付けなよ?》
《そうですねぇ、最近物騒ですもんね。》
《そう言えば、こうやって話せるの楽しくない?》
《楽しいですよ。》
《じゃあさ?メールとかで待ち合わせ時間決めたりして、話さない?》

暫く考え込むような気配に、急ぎすぎたかと焦る。矢根尾の焦りを感じ取っているのか相手は暫く考え込んだ様子だったが、気がついたように視線をあげた。

《ここのサイトのメールボックスならいいですよ。》

チャットサイトには女性のメールボックスがあって、女性からメールボックスを聞くと送ることが出来るようになるらしい。一先ず一歩全身としてここ迄で満足しないと、また全部ダメにしてしまう。そうして、男からのメールを送るのには一度に5ポイント、つまりは五十円分のメール交換が始まる。女はかなりガードの高い相手だったようで、サイトに通う男性の集まるチャットでは有名らしい。その女とメール交換していると話したら、チャットの中が一つの騒ぎだった。

《なかなか可愛いのにガード硬いんですよ?》
《凄いなぁ。あの子とメール交換出来るんだ。》

実際はメール交換と言っても大した事じゃない。チャットの誘いをすると、断りのメールが来るか今日の何時ならと言う返事だ。看護師だけあって時間はまちまちで、時間の予想もつかないのが玉に岐津ではある。

《最近困ってるんですよね。》

その言葉が彼女からかけられたのは、大部分時間と会話を重ねていたある日の事だった。困っていると開いてからかけてきたと言うことは、相手が少し矢根尾に心を許したと言うことである。矢根尾はニヤリとほくそ笑みながら、彼女に親切に相槌を打って先を続ける。
 
《しつこい人がいるんですよ、まあ、こちらはサービス業みたいなもんですから。》
 
看護師も相手が患者とは言え人間だから、彼女はサービス業みたいなものだと言う。そういうのを勘違いする人間は何処にでもいるものだが、看護師ともなれば親切にしてやる分更に勘違いもされるに違いない。そういう意味では看護師も難儀な仕事と言える。

《当たり障りなくお誘いをお断りするのってどうしたらいいですかね?》
《やっぱり忙しいんでって濁すのが一番かな、直に言いたくないんでしょ?》
《そうですねぇあまり角たてたくないんで。》

こんな普通の会話をしたくて延延と話しているわけではないのに、矢根尾の狙いの方に何時までたっても話が向かない。顔立ちはあの女なのに、相手が思う通り動かせないのに苛立つ。のらりくらりと会話をするだけで、何も収穫がないのは正直面倒臭すぎる。

《ねえ、リエナちゃんって、前に他のハンドルネームじゃなかった?》
《え?どんなハンドルネームですか?》
《リエって使ったことない?》

その言葉に相手の表情が凍りつく。それを見た矢根尾はやっと尻尾を出したとニヤニヤ笑いながら、凍りついた画面の女の顔を眺めた。女は戸惑いに満ちた顔で、ジイッと画面の中からカメラをみつめている。

《使ったことありませんよ。》

暫く間の空いた返答は、逆に使ったことがあると肯定しているようなものだった。やはりと思いながら矢根尾は彼女が逃げないように慎重に言葉を選ぶ。

《ああ、ごめんね、ここの他の男だけで話せるチャットルームで話していたら、そんな話してる男がいて。》
《え?どんな話なんですか?》

自分が噂されていると言う言葉に人間は弱い。良くても悪くても自分が噂をされているなら、内容を知りたくなるのは本能的な動きだ。《リエナ》だってそれは代わりない。

《いや、前付き合ってた女の子に似てるって話だったよ、その子がハンドルネームをリエってしてたって話。フィって男知ってる?》

その質問に今度は彼女の表情は動かなかった。元から凍りついたままなのだから動きようがなかったのだ。彼女は暫く無表情のまま、考え込んでいたかと思うと不意に鮮やかに微笑む。

《リエってハンドルネームは使ったことないし、残念だけどお付き合いしたことないから別な人ですよ。》
《まあね、そうそう知り合いに出会ったらやってられないよ。リエナちゃん、面倒なやつには俺が彼氏だっていって逃げなよ。》
《えー、悪いですよぉ。》

元通りの会話から先に進まない。この女が元妻だと確信しているのにちっとも踏み込めないのが、忌々しくて腹立たしくてしかたがないのだ。どうしたら話が進むのか、しかし、噂話には反応があるのは分かった。それなら、その点を追い込んでいけばいいだろう。
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