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三十四夜目『友達の友達3』
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これも聞いた話ですけどねと久保田は自分に声を潜めて呟く。『茶樹』の中は何時もと同じ心地よい音楽と、芳しい珈琲と紅茶の茶葉の香りに満ちている。
※※※
佐伯美琴が自分の部屋の影が、気になり始めたのはいつからだっただろう。美琴はボンヤリと机の方を見やり、煌々と照らし出す電灯の下の影を見つめた。そこには灯りが明るいからこそ、真っ黒な影が出来上がっている。美琴はその影が気になって仕方がないのだ。
あぁ、また……。
机の下の黒々とした黒い影の中に、何かがジッと息を潜めて隠れているような気配がする気がする。何故こうなったかは、美琴にも分かっていた。実は友人桂圭子が何時も怖い話を友達に話していて、最後に聞いたのが影に住む怖い幽霊だったのだ。その後桂圭子はパッタリと友人に話をするのを止めて、正直美琴は安堵した。元々あまり怖い話が得意ではない美琴にとっては、それは喜ぶべき変化だったのだ。ところが、その後桂圭子はおかしくなって、やがて病院に入院したまま回復する気配もない。友達の中には見舞いに行った子もいるが、その子達から目をガーゼで覆った異様な姿を聞いて美琴は怖くなった。最後の話で圭子が口にした最後の姿そのままの姿に変わり果てた圭子が、影に潜む幽霊に襲われたのではないかと考えたのだ。
その日から、美琴は何処にいても何をしていても、影が気になって仕方がない。影にいる幽霊は、気に入った相手がいると影に身を潜め、隙を見つけると気に入った部分を持ち去ると言うのだ。その気に入った場所の事は、圭子は友達の友達から聞いたから知らないと言葉を濁した。そのくせ最後には目をガーゼで覆われた寝たきりの子が残されてだけ、と終わった話では目を奪われたに違いないと思うしかないではないか。そうして何故か、その話は酷く美琴の心を捕まえた。
その後友達の中では友達の友達が、影から這い出して来るなんて影の幽霊が別な名前に変わってみたりしている。どちらにせよ影から何かが這い出してくるのは、共通しているのだ。やがて桂圭子の一番の仲良しだった及川祐子まで、同じように入院したままになってしまった。及川祐子も入院直前にクラスメイトに変なLINEを回し続けていたので、皆から少し遠巻きにされていたのだ。同じことが次に誰に起こるのか仲間内でも、口にするのが怖くて仕方がないと誰しも思っているに違いない。誰も怖い目にはあいたくないが、同時に他の誰かが怖い目にあうのは知りたいみたいで神経を尖らせているようだ。
「気にしすぎだよ、何もないって。」
浅川瑠美が美琴に言うが、そう言う浅川瑠美が桂圭子と及川祐子の連絡先をスマホから削除しているのを美琴は知っている。桂圭子からのLINEが届くって噂になった時に、美琴は瑠美と一緒に桂圭子のLINEをブロックして電話番号を消した。その後何度も及川祐子からLINEが届くと噂になった時に、瑠美が祐子にもうLINEしないでとおくったのも知っている。気にしすぎといいながら、そうやってブロックしている瑠美は気にしていないと言えるのだろうか。でも、同じく美琴もさっさと電話番号を消去して、LINEも消してブロックにしたのだから正直同じようなものだ。だから、美琴も瑠美と同じように、気にしすぎだよ、何もないってと他の友達に言っている。
だけど、美琴一人になるとその呪文は途端に、何の意味が無くなるのだ。気にしないといっても影は目に入り、そこに在ることだけで不安が膨らんでいく。影がない部屋など、どうやってもあり得ないのだ。影の存在はほんの数ミリでも影で、美琴はどれくらいの大きさの影なら幽霊は這い出してくるのか不安で仕方がない。ほんの爪先程度の影から巨大な幽霊が這い出してきたら、そう考えただけで怖くて美琴は影から目が離せなくなるのだ。
気にしなきゃいいのよ、ただの影なんだから。
そう自分に言い聞かせるが、どうしても頭の中に影から這い出してくる得たいの知れない塊を想像してしまう。そして、気になり始めると常に見ていないと心配で仕方がない。目を離している内にその黒い影の中から、何かがこちらに向かってズルリズルリと這い出てきそうな気がするからだ。
影は案外何処にでもある。
だから美琴はベットの上に小さく体を丸め、周囲の陰に目を走らせている。やがて、それは夜に一人きりになった時だけでなく、次第にどんな時でも影が気にかかりはじめていった。どんな時にも影が気になるようになると、外を出歩くのが難しくなっていくのが分かる。どんなものにも光が当たれば影が出来るのは当然で、道の端にある縁石すら影を作るのだ。かといって影から離れて、道路の真ん中を歩く訳にもいかない。そうこうしているうちに、美琴は家から出ることすら出来なくなってしまった。両親に病院に行こうと進められても、外に出ることが出来ないのだから病院にだって行くことが出来ない。布団にくるまりたくても、くるまった布団の隙間が影になるのだ。足を膝立てにしたくても、自分の影ができる。そんな状態ではどうやっても影から逃げられないのだ。
※※※
「気にしすぎだよ。」
あれからずっと学校を休んでいる美琴に、お見舞いに来た瑠美が笑いながら言った。瑠美は影の幽霊の話をスッカリ忘れているみたいで、何から出てくるとかどうしたら逃げられるかとかに関して全く記憶にないという。そんな馬鹿なと思うけど興味がなかったら、記憶になくても仕方がないのかもしれない。私もそうだったらよかったのにと美琴は恨めしく、瑠美の事を見つめながら溜め息を着いた。
「影からなんてさ、あり得ないじゃん。」
そう言う瑠美は話を覚えていないのだから、気楽なもので美琴は微かな苛立ちを感じる。気にしなくていいのは覚えていないからで、瑠美と違って美琴は話を覚えているのだ。覚えているから怖くて仕方がないのに、覚えていない瑠美に気にするなとかあり得ない等と言われて納得出来る筈もない。そう考えると桂圭子が嬉々として何故あんな話をしたのかと、恨めしくも思うのだ。美琴が怖がりなのを知っていて、態々あんな話をした圭子は一体どうなっているのだろうか。周囲のそこら中に存在する影に怯えながら、美琴が病院にこっそり向かったのはそんな理由からだった。人気のない病室には機械の音が一定の感覚で動いていて、何の機械なのか分からずに美琴は息を飲んだ。空気の漏れる規則的な音はドラマとかで見た人工呼吸器の大人のだろうか。カーテンの隙間から恐る恐る覗きこむと、ベットの上には目をガーゼで覆われた痩せた少女がいる。自分が覚えている桂圭子より痩せて頬のこけたベットの上の少女は、喉にチューブを繋がれていた。誰もこんな風になってるとは言ってなかったし、確か顔にガーゼがあるだけで意識がない位と及川祐子が話していた筈だ。手の指が一本包帯を巻かれて、他の指と比較しても異様に短いのも知らなかった。
来なきゃよかった。
圭子は何を気に入られて影の幽霊に奪われたのか、知るのが怖くてしかたがない。なのに、美琴はソロソロと足音を殺して圭子に近寄ると、そっとその顔のガーゼを捲った。息を飲んで美琴は一目散にその場から逃げ出し、影の事なぞ一時完全に忘れて駆け続ける。息を切らして自宅まで駆け戻った美琴は、部屋に飛び込むと怯える指先で自分の両方の目を手で覆った。
知らなきゃよかった。
圭子の顔を覆ったガーゼの下は、奇妙に落ち窪んで当たり前の膨らみがない。瞼を捲らなくてもそこにあるはずの眼球がないのは、医療のことは知らない美琴にも一目で理解できた。気に入られたのはきっと瞳なんだと、美琴は震え上がって自分の目を覆ったままへたりこむ。意識のあるまま目をくり貫かれるなんて、美琴は絶対に御免だった。こうなったら部屋に籠って成るべく影が出来ないように明るくしていようと心に誓った美琴のスマホに、瑠美からLINEがはいる。
《まさかとは思うけど、美琴。ケーコのとこに行ったりしないよね?》
瑠美のメッセージにギョッとしながら、美琴は当たり前でしょと返すとなら良かったと瑠美が答える。何かあったの?と問いかけると、圭子の顔を見たかって圭子の母親が家に突然現れたのだと言う。他の子のところにも何人か来ていて、恐らく名簿順に回ってるに違いないと瑠美が言う。浅川から佐伯に辿り着くまでには、クラスだと数人しかいないが美琴は背筋が冷えるのを感じた。そう言えばガーゼを捲った後、元に戻さなかった気がする。でも、圭子の母親は何故ガーゼの下を見た人間を探すのだろう。
《何でケーコのお母さん顔見た人を探してるの?》
《何かさ、ユーコが言ってたけど、ケーコをあんな風にしたのが友達の友達の誰かなんだって。》
そう言えば及川祐子が一時期友達の友達を知ってる?って皆にLINEしていた。知らないから気にもしていなかったけど、と言うことは友達の友達が影の幽霊の事なのかもしれない。
《だから、犯人探ししてるんじゃないかな?》
顔を見に来たから友達の友達だなんて理由が乱暴にも程があるが、同時にそう考えたくなる圭子の母親の気持ちも分からなくもない。だけど、犯人にされるのも御免だし、友達の友達に襲われるのも御免だ。そんなことを考えている最中、チャイムがなって美琴は部屋の中で飛び上がった。カーテン越しにこっそり下を覗くと、窶れた中年の女性が玄関前に佇んでチャイムに手を伸ばしている。何もしてないとは思ったけど、美琴はチャイムを無視して部屋に座り込む。電気が着いたままだから居留守とばれても、あの女性と話をしたいとは思えなかった。耳を塞ぎ何度も何度もならされるチャイムを無視して硬く目を閉じる。美琴はそのままジッとチャイムが鳴り止むのを、息を殺して待ち続けた。
※※※
美琴は影が怖くて、電灯を消して眠る事も出来ない。煌々と照りつける電燈の下で、浅い眠りに落ち桂圭子と桂圭子の母親と友達の友達にうなされる毎日が続いていた。そんな毎日を両親は心配して病院を進めるが、下手なことをして桂圭子の傍に行くのは御免だ。そんなことを考えて、今夜もウトウトと美琴の眼が睡魔に負けて閉じようとしていた。瞼がおち、浅い眠りが訪れる。
………何か……感じる?
浅く苦しい眠りの中で美琴は何かを感じた。しかし睡魔が強く支配して瞼を開けようとはしてくれない。瞼はきっちりと閉じられ薄闇の中で、美琴の眼球だけが左右に動いた。確かに何かを感じるのは、直ぐ傍にいる気配のようだ。何かが美琴の傍に立ち尽くして、美琴を見下ろしている視線を肌に感じる。いけない、目を開けなくてはと心の中で呟くが、体か言うことを聞かない。
開かない…開かない!瞼を開けられない!!
何かが傍にいる気配は強く色濃くなって、美琴の瞼の向こうで電燈の光を遮り声もなくジッと美琴を見下ろしている。その時不意にドアが開く音がして、足音が室内に入ってきたのがわかった。
「全く、またつっけっぱなしで…。」
小さく呟く聞きなれた母の声に美琴は、ほっと胸をなでおろした。部屋を覗いた母が瞼の向こうにいるのだ。母は傍まで歩み寄ると美琴に毛布をかけるが、美琴を見下ろしている影には全く気がついた様子もない。美琴はそれに気がつき震え上がりながら、何とか起きようと必死に足掻く。母に気がついて起こしてほしいのに、母は毛布をかけると溜め息をつきながら踵を返した。
まって!行かないで!!起こして!
母の気配は部屋の入口の方へ離れていくと、パチンと音をたてて部屋の中が影に包まれた。母がつけっぱなしの電気を消してしまったのだ。
……!!電気が!!
そう感じた瞬間、ゾワリと背筋に強い悪寒が走った。今までにない感覚に瞼を閉じたままの眼球が、見えないのに何かを見ようと動きまわる。見えない筈の視界に、美琴は何かが見えた気がして息を飲んだ。そしてそれは確かに、自分の体外の影ではなく、閉じられた瞼の中に誰かの指先を見た。瞼の内側に唐突に現れた指は、すさまじい勢いで美琴の眼球に向かって迫ってきていた。
い・いやああああああああぁ!!
※※※
い、嫌ですね、影から出てくるだなんて。
思わず口にした言葉に久保田がそうですねぇと笑う。しかも、直接には関係のない相手の事まで絡んでくるなんて、正直考えたくない話だ。友達の友達だなんて、当たり前に使うし、少し関係があったら友達の友達位の説明を使ってしまいそうだ。しかし、一番最初に友達の友達と使った彼女は、作り話だったのではなかったか。それが新しい怖い話を生み出すなんて考えたくない話だ。
※※※
佐伯美琴が自分の部屋の影が、気になり始めたのはいつからだっただろう。美琴はボンヤリと机の方を見やり、煌々と照らし出す電灯の下の影を見つめた。そこには灯りが明るいからこそ、真っ黒な影が出来上がっている。美琴はその影が気になって仕方がないのだ。
あぁ、また……。
机の下の黒々とした黒い影の中に、何かがジッと息を潜めて隠れているような気配がする気がする。何故こうなったかは、美琴にも分かっていた。実は友人桂圭子が何時も怖い話を友達に話していて、最後に聞いたのが影に住む怖い幽霊だったのだ。その後桂圭子はパッタリと友人に話をするのを止めて、正直美琴は安堵した。元々あまり怖い話が得意ではない美琴にとっては、それは喜ぶべき変化だったのだ。ところが、その後桂圭子はおかしくなって、やがて病院に入院したまま回復する気配もない。友達の中には見舞いに行った子もいるが、その子達から目をガーゼで覆った異様な姿を聞いて美琴は怖くなった。最後の話で圭子が口にした最後の姿そのままの姿に変わり果てた圭子が、影に潜む幽霊に襲われたのではないかと考えたのだ。
その日から、美琴は何処にいても何をしていても、影が気になって仕方がない。影にいる幽霊は、気に入った相手がいると影に身を潜め、隙を見つけると気に入った部分を持ち去ると言うのだ。その気に入った場所の事は、圭子は友達の友達から聞いたから知らないと言葉を濁した。そのくせ最後には目をガーゼで覆われた寝たきりの子が残されてだけ、と終わった話では目を奪われたに違いないと思うしかないではないか。そうして何故か、その話は酷く美琴の心を捕まえた。
その後友達の中では友達の友達が、影から這い出して来るなんて影の幽霊が別な名前に変わってみたりしている。どちらにせよ影から何かが這い出してくるのは、共通しているのだ。やがて桂圭子の一番の仲良しだった及川祐子まで、同じように入院したままになってしまった。及川祐子も入院直前にクラスメイトに変なLINEを回し続けていたので、皆から少し遠巻きにされていたのだ。同じことが次に誰に起こるのか仲間内でも、口にするのが怖くて仕方がないと誰しも思っているに違いない。誰も怖い目にはあいたくないが、同時に他の誰かが怖い目にあうのは知りたいみたいで神経を尖らせているようだ。
「気にしすぎだよ、何もないって。」
浅川瑠美が美琴に言うが、そう言う浅川瑠美が桂圭子と及川祐子の連絡先をスマホから削除しているのを美琴は知っている。桂圭子からのLINEが届くって噂になった時に、美琴は瑠美と一緒に桂圭子のLINEをブロックして電話番号を消した。その後何度も及川祐子からLINEが届くと噂になった時に、瑠美が祐子にもうLINEしないでとおくったのも知っている。気にしすぎといいながら、そうやってブロックしている瑠美は気にしていないと言えるのだろうか。でも、同じく美琴もさっさと電話番号を消去して、LINEも消してブロックにしたのだから正直同じようなものだ。だから、美琴も瑠美と同じように、気にしすぎだよ、何もないってと他の友達に言っている。
だけど、美琴一人になるとその呪文は途端に、何の意味が無くなるのだ。気にしないといっても影は目に入り、そこに在ることだけで不安が膨らんでいく。影がない部屋など、どうやってもあり得ないのだ。影の存在はほんの数ミリでも影で、美琴はどれくらいの大きさの影なら幽霊は這い出してくるのか不安で仕方がない。ほんの爪先程度の影から巨大な幽霊が這い出してきたら、そう考えただけで怖くて美琴は影から目が離せなくなるのだ。
気にしなきゃいいのよ、ただの影なんだから。
そう自分に言い聞かせるが、どうしても頭の中に影から這い出してくる得たいの知れない塊を想像してしまう。そして、気になり始めると常に見ていないと心配で仕方がない。目を離している内にその黒い影の中から、何かがこちらに向かってズルリズルリと這い出てきそうな気がするからだ。
影は案外何処にでもある。
だから美琴はベットの上に小さく体を丸め、周囲の陰に目を走らせている。やがて、それは夜に一人きりになった時だけでなく、次第にどんな時でも影が気にかかりはじめていった。どんな時にも影が気になるようになると、外を出歩くのが難しくなっていくのが分かる。どんなものにも光が当たれば影が出来るのは当然で、道の端にある縁石すら影を作るのだ。かといって影から離れて、道路の真ん中を歩く訳にもいかない。そうこうしているうちに、美琴は家から出ることすら出来なくなってしまった。両親に病院に行こうと進められても、外に出ることが出来ないのだから病院にだって行くことが出来ない。布団にくるまりたくても、くるまった布団の隙間が影になるのだ。足を膝立てにしたくても、自分の影ができる。そんな状態ではどうやっても影から逃げられないのだ。
※※※
「気にしすぎだよ。」
あれからずっと学校を休んでいる美琴に、お見舞いに来た瑠美が笑いながら言った。瑠美は影の幽霊の話をスッカリ忘れているみたいで、何から出てくるとかどうしたら逃げられるかとかに関して全く記憶にないという。そんな馬鹿なと思うけど興味がなかったら、記憶になくても仕方がないのかもしれない。私もそうだったらよかったのにと美琴は恨めしく、瑠美の事を見つめながら溜め息を着いた。
「影からなんてさ、あり得ないじゃん。」
そう言う瑠美は話を覚えていないのだから、気楽なもので美琴は微かな苛立ちを感じる。気にしなくていいのは覚えていないからで、瑠美と違って美琴は話を覚えているのだ。覚えているから怖くて仕方がないのに、覚えていない瑠美に気にするなとかあり得ない等と言われて納得出来る筈もない。そう考えると桂圭子が嬉々として何故あんな話をしたのかと、恨めしくも思うのだ。美琴が怖がりなのを知っていて、態々あんな話をした圭子は一体どうなっているのだろうか。周囲のそこら中に存在する影に怯えながら、美琴が病院にこっそり向かったのはそんな理由からだった。人気のない病室には機械の音が一定の感覚で動いていて、何の機械なのか分からずに美琴は息を飲んだ。空気の漏れる規則的な音はドラマとかで見た人工呼吸器の大人のだろうか。カーテンの隙間から恐る恐る覗きこむと、ベットの上には目をガーゼで覆われた痩せた少女がいる。自分が覚えている桂圭子より痩せて頬のこけたベットの上の少女は、喉にチューブを繋がれていた。誰もこんな風になってるとは言ってなかったし、確か顔にガーゼがあるだけで意識がない位と及川祐子が話していた筈だ。手の指が一本包帯を巻かれて、他の指と比較しても異様に短いのも知らなかった。
来なきゃよかった。
圭子は何を気に入られて影の幽霊に奪われたのか、知るのが怖くてしかたがない。なのに、美琴はソロソロと足音を殺して圭子に近寄ると、そっとその顔のガーゼを捲った。息を飲んで美琴は一目散にその場から逃げ出し、影の事なぞ一時完全に忘れて駆け続ける。息を切らして自宅まで駆け戻った美琴は、部屋に飛び込むと怯える指先で自分の両方の目を手で覆った。
知らなきゃよかった。
圭子の顔を覆ったガーゼの下は、奇妙に落ち窪んで当たり前の膨らみがない。瞼を捲らなくてもそこにあるはずの眼球がないのは、医療のことは知らない美琴にも一目で理解できた。気に入られたのはきっと瞳なんだと、美琴は震え上がって自分の目を覆ったままへたりこむ。意識のあるまま目をくり貫かれるなんて、美琴は絶対に御免だった。こうなったら部屋に籠って成るべく影が出来ないように明るくしていようと心に誓った美琴のスマホに、瑠美からLINEがはいる。
《まさかとは思うけど、美琴。ケーコのとこに行ったりしないよね?》
瑠美のメッセージにギョッとしながら、美琴は当たり前でしょと返すとなら良かったと瑠美が答える。何かあったの?と問いかけると、圭子の顔を見たかって圭子の母親が家に突然現れたのだと言う。他の子のところにも何人か来ていて、恐らく名簿順に回ってるに違いないと瑠美が言う。浅川から佐伯に辿り着くまでには、クラスだと数人しかいないが美琴は背筋が冷えるのを感じた。そう言えばガーゼを捲った後、元に戻さなかった気がする。でも、圭子の母親は何故ガーゼの下を見た人間を探すのだろう。
《何でケーコのお母さん顔見た人を探してるの?》
《何かさ、ユーコが言ってたけど、ケーコをあんな風にしたのが友達の友達の誰かなんだって。》
そう言えば及川祐子が一時期友達の友達を知ってる?って皆にLINEしていた。知らないから気にもしていなかったけど、と言うことは友達の友達が影の幽霊の事なのかもしれない。
《だから、犯人探ししてるんじゃないかな?》
顔を見に来たから友達の友達だなんて理由が乱暴にも程があるが、同時にそう考えたくなる圭子の母親の気持ちも分からなくもない。だけど、犯人にされるのも御免だし、友達の友達に襲われるのも御免だ。そんなことを考えている最中、チャイムがなって美琴は部屋の中で飛び上がった。カーテン越しにこっそり下を覗くと、窶れた中年の女性が玄関前に佇んでチャイムに手を伸ばしている。何もしてないとは思ったけど、美琴はチャイムを無視して部屋に座り込む。電気が着いたままだから居留守とばれても、あの女性と話をしたいとは思えなかった。耳を塞ぎ何度も何度もならされるチャイムを無視して硬く目を閉じる。美琴はそのままジッとチャイムが鳴り止むのを、息を殺して待ち続けた。
※※※
美琴は影が怖くて、電灯を消して眠る事も出来ない。煌々と照りつける電燈の下で、浅い眠りに落ち桂圭子と桂圭子の母親と友達の友達にうなされる毎日が続いていた。そんな毎日を両親は心配して病院を進めるが、下手なことをして桂圭子の傍に行くのは御免だ。そんなことを考えて、今夜もウトウトと美琴の眼が睡魔に負けて閉じようとしていた。瞼がおち、浅い眠りが訪れる。
………何か……感じる?
浅く苦しい眠りの中で美琴は何かを感じた。しかし睡魔が強く支配して瞼を開けようとはしてくれない。瞼はきっちりと閉じられ薄闇の中で、美琴の眼球だけが左右に動いた。確かに何かを感じるのは、直ぐ傍にいる気配のようだ。何かが美琴の傍に立ち尽くして、美琴を見下ろしている視線を肌に感じる。いけない、目を開けなくてはと心の中で呟くが、体か言うことを聞かない。
開かない…開かない!瞼を開けられない!!
何かが傍にいる気配は強く色濃くなって、美琴の瞼の向こうで電燈の光を遮り声もなくジッと美琴を見下ろしている。その時不意にドアが開く音がして、足音が室内に入ってきたのがわかった。
「全く、またつっけっぱなしで…。」
小さく呟く聞きなれた母の声に美琴は、ほっと胸をなでおろした。部屋を覗いた母が瞼の向こうにいるのだ。母は傍まで歩み寄ると美琴に毛布をかけるが、美琴を見下ろしている影には全く気がついた様子もない。美琴はそれに気がつき震え上がりながら、何とか起きようと必死に足掻く。母に気がついて起こしてほしいのに、母は毛布をかけると溜め息をつきながら踵を返した。
まって!行かないで!!起こして!
母の気配は部屋の入口の方へ離れていくと、パチンと音をたてて部屋の中が影に包まれた。母がつけっぱなしの電気を消してしまったのだ。
……!!電気が!!
そう感じた瞬間、ゾワリと背筋に強い悪寒が走った。今までにない感覚に瞼を閉じたままの眼球が、見えないのに何かを見ようと動きまわる。見えない筈の視界に、美琴は何かが見えた気がして息を飲んだ。そしてそれは確かに、自分の体外の影ではなく、閉じられた瞼の中に誰かの指先を見た。瞼の内側に唐突に現れた指は、すさまじい勢いで美琴の眼球に向かって迫ってきていた。
い・いやああああああああぁ!!
※※※
い、嫌ですね、影から出てくるだなんて。
思わず口にした言葉に久保田がそうですねぇと笑う。しかも、直接には関係のない相手の事まで絡んでくるなんて、正直考えたくない話だ。友達の友達だなんて、当たり前に使うし、少し関係があったら友達の友達位の説明を使ってしまいそうだ。しかし、一番最初に友達の友達と使った彼女は、作り話だったのではなかったか。それが新しい怖い話を生み出すなんて考えたくない話だ。
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