都市街下奇譚

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八十三夜目 『あい』

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これは、私の特別な友人から聞いた話なんですけどね、そうマスターの久保田はグラスを磨きながら口を開く。窓の外はシトシトと雨が降り始め普段よりも一際辺りは静けさを増していて、芳しい珈琲と紅茶の香りのする店内には客足は奇妙なほど途絶えている。白磁のポットが柔らかく見守る中で、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。



※※※



貴方の事が本当に大好きだった。
ただ貴方だけを見ているだけで、十分幸せだったの。
その危うい均衡を突き崩したのは貴方のほうだったわ。
貴方の方が私に手を伸ばして、私に触れてきた。
そっと躊躇いがちに触れてきたあの時の事を、私今も鮮明に覚えているわ。
優しく丁寧に私に触れ、私の傍に座った貴方。
どんなに嬉しかっただろう。
あの時の気持ちを言葉にできなかったのは、凄く残念よ。
あの場で嬉しいって伝えられていたら、今の結末は違っていたんじゃないかしら。
私、そんな風に感じているの。

私は貴方の願いどおりに貴方と一緒に暮らすことになった。
真っ白なベールを纏って貴方の元に行ったの、よく覚えてる。
そのベールを幕ってあなたの指が私に触れた時の胸の高鳴り。
貴方の方も緊張して指が震えていたの、実は知っていたのよ?
二人で過ごし始めてからも色々あったわよね。
あんまり傍で色々すると私が緊張のせいか熱を出したりするものだから
時々苦笑いされたこともあったわね。
元々私がハウスダストとかにアレルギーがあるせいもあって
貴方が密かにこまめに掃除をしてくれてるの知ってるわ。
ほんと感謝してる。
本当に貴方が大好きなのよ、私。
何時も家に帰ってくれば直ぐ傍に座ってくれて、本当に幸せな暮らしだった。
私、ここに来てから冗談じゃなくって貴方だけを見守ってきた。
ずっと、そうしていくつもりだった、今もこれからも、ずっとずっと。
だから私はずっと貴方を見守ってきた。
ただこうやってを貴方を見守るだけで私にはは十分幸せだったんだから。

だからね、貴方だってそうだって、私ずっと思ってたの。

だって貴方はずっと私の傍にいて、私のために掃除もしてくれてて
私のために色々な事をしてくれたわ。
アクセサリーを買ってくれたり、食事だって…………
私には私が出来ることしかお返しできなくて、それがダメだったのかな。
それで十分なんて思ってしまっていた私に罰が当たったのかしら。

時々貴方の溜め息を聞くようになったのに気がついてしまったの。

私に触れながら、私に何時ものようにその指で触れているのに
時折何かを思うように指が止まって、そして深い深い溜め息を溢す貴方。
どうしたのって聞いてみたかったけれど、聞いてもきっと答えてくれなかったわよね。
貴方は優しいし、きっとあの時にはもう私から少しずつ離れ始めていたのかしら。
でも決定的に関係が崩れ始めたのは何が問題だったんだろう。
私が何をしたんだろう。
貴方は急に私に目を向けてくれなくなった。
突然触れられなくなった。
背を向けてスマホばかりを弄っている貴方を見るの凄く凄く辛かった。
こっちを向いてって叫べばよかったのに
私、何が起きているかわからなくて、ただ貴方の背中ばかり見ていたわ。
待っていたら、前みたいに私に触れてくれるんじゃないかしらって
そんな都合のいいことばかり考えながら
貴方の背中を見つめてたの。

もう触れられる事もなく、
ただ私は遠くから貴方の背中を見つめ続ける、
常に一時も欠かさず。
いつかまた、貴方が私を振り返ってくれることを願いながら。
貴方がどんな風に私に触れるか、一つ一つ覚えているし、
貴方がどんな風に私を大事にしてくれたかも覚えているの
覚えているのよ、本当に。
それなのに貴方は突然私の事をすてた。
薄々こんなことが起こるんじゃないかって感じてはいたわ。
だって貴方が私に触れてくれなくなってからの態度とか
背中を向けられ続けていたんだもの、それでもこれは酷すぎるわ。
貴方は私には何も聞く隙を与えてもくれなかったし、貴方はそうさせるつもりもなかった。
私は貴方から無理やり引き離され、この部屋から無理やり連れ出され、
見ず知らずの男達に知らない場所に連れ込まれたのよ。

何故?何故なの?こんなに貴方だけを見守ってきたのに!!!

私は泣くこともできずに呆然と座り込み、ただ延々と同じ考えを繰り返し続けている。
そして貴方のした酷い仕打ちを考えている。
男達は私の事を散々に弄くり回して、文字通りボロボロにしたのよ。
貴方、それがどんなに酷いことか分かる?
貴方のことだけを思ってきたのに、
突然知らない男達に身を守るものすら引き剥がされて
中を滅茶苦茶に弄くられる傷つけられる気持ちが分かる?
グチャグチャに大事な部分を蹂躙されて傷つけられて
悲鳴すらあげられない私の苦しみ。
幸せだった記憶をズタズタに切り裂かれて
どんなに痛かろうが男達にはどうでもよくて、
最後には私が貴方を忘れるのが狙いなのは分かってるのよ。
私がどれだけ傷つこうと、死のうとこの男達は何も感じないのも。
そして、これを貴方が望んだんだってこともちゃんと分かってるのよ。
何?貴方、分からないと思ってたの?
こんなに私が貴方の事を信じていたのに、貴方の仕打ちはこれだってことよね。

酷すぎるわ。こんなのってない……

ボロボロの姿にされされた私は蹂躙されてグッタリとしながら虚ろに考える。
きっと今頃貴方は、あの家で新しい相手とお楽しみなんでしょ?
新しい相手は反応はいいの?
思う通り反応して、私みたいに鈍くもないって
ヘラヘラ笑っているに違いないわ。
そう思ったら私の深く純粋だった愛情は、ほんの一瞬で憎しみに変わる。

貴方が思うよりも私って怖いものなのよ?

思っているよりも長く貴方とあの家で私は過ごしてきたから、
貴方がどんな風に生きているかは私よく知っているのよ。
貴方が何が好きで、何が趣味で、何を好むのか、そんな細かいことまで
私って貴方以上に本当は熟知してるのよ。
ただ言わなかっただけで、凄くよく知っているの、私って。
その中には人様には言えないようなこともあるわよね?
分かってるでしょ?何の事を言っているかは。
貴方の方が破滅するような事だってあるのよ?例えば…………そうね、性的な嗜好とか。
それをどうしたら、貴方がどんな風に傷つくかだって……本当は私、知っていたのよ?
そうして私は静かに、その愛情から生み出された憎しみを外に向かって放ち始めた。



※※※



「なんだ、こいつまだ動くじゃねぇか?」

不意に驚いたようにその男が振り返り言う。薄暗い室内にはボンヤリと白色灯がついていて、物は雑然と積み上げられ、足の踏み場もない状態だ。一緒の室内にいた男が驚くように振り替える。

「んなわけねぇだろ?」

一緒にいた男が笑いながらそう言うと、もう一人と同じようにそれをどれどれと覗きこむ。そいつは元からここに連れ込まれた時点で既に反応は緩慢でマトモには動かない、流石にそうなるとお古としても使い物にならないからとここで一気に使えるとこだけひんむいてひっぺがしてやった。目の前に残ったのは無惨な姿だが、これも運命だからと諦めてもらうしかない。何しろ男達としてはそれが仕事なのだ。蹂躙された衝撃で頭がイカれていてくれると何よりだが、それでも中身がまだマトモだと問題なので確かめておかないと契約違反になってしまう。それでも大概はここまで外されてしまえばこいつの既に頭の中は小学生以下というよりも既に役立たずではあるのだが、それでも覚えていると困るってものはどうしても存在する。流石にここをひっぺがしたら終わりだろうと手をかけようとした瞬間、真っ白な火花が散って周囲が暗闇に落ち男は仰け反って倒れこんだ。一緒にいた男が驚いたように叫ぶ声がする。

「馬鹿!!感電したのか?!」

部屋のブレーカーが過電圧で落ちたのはわかったが、焦げ臭い臭いが立つほどの電圧がそれにかかるはすがない。何しろ相方が今の触っていたものには通電すらしていないし、電話ですらラインは何一つ繋がっていない筈だしバッテリーすら取り外してある。それどころか外装を取り外して、基盤の半分は外されてすらいるのだ。そうハードディスクとして既に機能できない筈なのに、それなのに真っ暗闇の中でブゥンと低い起動音がして、ホンノリと白く画面が発光したのに男は凍りついた。

「あ、りえない。」

確かにモニターはまだついているが、そこに映し出された偶像の顔に男は怯えた声で添え呟く。



※※※



そういわれると男ってそういういちめんかありますよね。

自分の言葉に久保田は微笑む。車やバイク、機械を女性として扱うのはよく聞く話だが、それが当てはまるのは男ばかりのような気がする。手をかける割合が女性とにていると言うことでしょうかねと久保田が笑うのに、そんなものだろうかと考えながらかけるのは兎も角かけられている方の気持ちは考えていないなとボンヤリと思ったりする。

確かに怖いですよね、ずっと自分の事を観察してたものに反撃されたら。

そんなことを呟きながら思わず手元のスマホを見下ろして、これの中に何か他人にバラされなくないことはあったかなぁと考えている自分に気がついていた。
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