都市街下奇譚

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九十三夜目『見識』

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これは、私の特別な友人から聞いた話なんですけどね、そうマスターの久保田はグラスを磨きながら口を開く。芳しい珈琲と紅茶の香りのする店内には客足は奇妙なほど途絶えている。磨き上げられた白磁のポットが棚の中から見守る中で、その言葉を耳にしたのは自分ただ一人だった。



※※※


私さぁ、見えるんだよね。

良くそんな言葉を口にする人がいる。当然そういう発言に対して何が見えているの?と問いかけてもいいのだけれど、基本的にこういう宣言をする人程大したものは見えていないと個人的には思っている。というのも見える見えるという人間程、直ぐ目の前にいる別な種類のものに実は余り気がつかないでいるからだ。何でそんなことを言うのかって?だって、目の前に実例があるからで。

「私さぁ、見えちゃう人なんだよね。」

それにしても、そうなんだとだけ何気なく興味の無さそうな返答をすると何故か不満そうな顔をするのがこの類いの人間で、大概はこの宣言をする人間は何か見えているの?とか何か見えたの?という問いかけをして欲しがっている気がする。だからと言ってじゃぁ見えたからって何なの?と聞いたりしてはいけない。こういう人達は大概は見えることを自分のアイデンティティーにしているから、そんな質問は一番勘に障る質問だからだ。ほら、あそこにいる奴も丁度その宣言をしたようだが、その目の前の相手はそれになんと言うか………

「そうなんだ、大変だね。」

そう、その返答が一番無難だ。見える見えないは全く大っぴらに否定していないし、相手が見えることで大変なんだろうねと共感もしてあるところがいい。それにそういうと相手に更に見えているものの話を促さなくてすむのだし、大変だね=私は分からないから・見えないからと勝手に向が勘違いもしてくれる可能性が高いのだ。でも正直私個人の意見を言うなら、見える見えないを宣言しようとしまいと結果的には何も関係ないのだと思う。

そこにあるものは変わらない。

事実本質はその一言なのだけれど、宣言をする人に限ってこの見識は薄い。何故か物事を深く見通し、本質をとらえる、すぐれた判断力があれば、そこに何か特殊なものがいて自分がそれが見えたとしても対処できないものはスルーするべきだと簡単に理解できる。ある物事に対する確かな考えや意見があるのなら、必要に応じてそれは発言すればいいことなのだ。そりゃあ自分の見えているものは存在するかもしれないだろうが、他人に見えなければそれはある意味存在しないのと同じ。

「ほら、あそこにさぁ!立ってるじゃん?」

それはあなただけの現実だと言ってやりたいが、この宣言をする人間には無駄なのだ。そしてこの宣言をする人は見える自分に自身の存在意義を持っていたりするから、なおのこと面倒だったりする。そこに立ってるから何なのだ?そこに他の人に見えない何かが立っていて、何か問題が起こるのか?そこに立つことでその見えないものは何か起こしているのか?それが何かを起こしていて、それに巻き込まれた場合はその発言には正当性があるのだけれど、何もないなら見えてないのと変わらない。そしてそこから動きもしないのだったら、それは植物と変わりないのだから、理由付けをしてまで動かす必要なんてないとは言えないだろうか。

「私には見えるからさぁ。」

だからなんだというのだ。

「私の子供も見える質だから、困るんだよね。」

母親なのか。溜め息が出そうになる。何かが見えると母親が常々アピールしていたら、幼児から刷り込まれ育てられた認識は同様の発言をしてもおかしくないのだと思わないだろうか。育った環境がそういう世界なら子供というものは直ぐに順応する。

「怖がって、泣いたりしてさぁ。昨日だってね?…………洗濯物の合間から眼が見えたとかって……。」

見えることで子供が情緒不安定になるのだったら、見えない環境を整えてやった方がいいと思う。事実だが本当に子供が生まれつき自在に見えるのであれば、子供は確実にそれが何か大人に再三問いかけてくる。他者には見えない存在を理由付けしようとするからで、それが自分にしか見えないと知れば確実に『見える』ということを隠蔽する筈だ。何故って自分だけに見える現実をアピールしていたら自分が異端児になるのは、子供にとっては不利益でしかないからだ。

「困るのよー、怖いって煩くって、見に行っても何時もその時にはいないしー。」

同じものを共有も出来ないのか。親と子供それぞれが見えたと騒いで、互いに気を引きたがっているようにしか見えないけれど。まぁ、こんな不満めいた発言をしているのも何だが、結局最初に言った通り、見えようが見えまいが自分に不利益がないならそれは見えないのと変わらない。

「やだなぁ、見えちゃうの。」

そしておまけに言っておきたいのだが、どうしてかこの宣言をするタイプの人間はこんな発言をする。見えることが嫌だと告げたり、見えるものが気持ち悪いとか怖いとか。良く聞くって?それはそれは………。でもひとつ考えてみておいて欲しい。
あなたにはそれが見えているのだから、見える以外の事だってありうるってことを。
どういう意味かって?

気がついていた方がいいってことだよ、見えるだけでなく聞こえてもいるんじゃないかってことを。

見えてるって叫んだ言葉、見えてるものに聞こえてる可能性だよ。見えたと怯えて小さな声で言ってても聞こえることがあるくらいだから、さっきみたいなほらそこに立ってるなんて大声聞こえて当然だと思わないか?

「さっきみたいに立ってるの、ほんとに嫌なんだよねー。」

何故かそれに聞こえないと思ってそんなことを言っているのだろうけれど、宣言をするタイプの人間は何故かそれをこんな風に大きな声でアプローチもする。聞きたくなくても勝手に見えると叫ぶし、何もしていなくとも立っているだけのそれをこんな風に邪険に扱う。相手だって見えてくださいなんてことを望んでいる訳じゃないし、見えても見えないふりをしていてくれて何も構わないのかもしれないとは思わないだろうか。

嫌なら、見ないふりしとけよ…………

好きで見られてる訳じゃないし、さっき言った通り道端の植物みたいにスルーされても構わないんだ。それなのに通る度に指をさされたり、大声でいるいる!と叫ばれたり。偶々通りかかっただけなのに、相手に罵声やら悲鳴やら上げられるこっちの身にもなってはくれないだろうかと思う。しかも勝手な言い分で、こっちが悪党みたいに言うけれど通りすぎただけでもこれほどに非難轟々だ。

「塩撒いとこうかなぁ。ほんと嫌だよね、」

はぁ?霊能者きどりか?そんなことする暇があるなら、子供の情緒不安定を何とかしてやれよ。段々見える宣言をした相手の言葉を聞いているだけで腹が立ってくるし、面倒臭いし、鬱陶しい。信じてないのかって?信じる信じないじゃない、他者に見えないものは現実として存在しないのと同じだって言ってるんだ。

「あーぁ、葬儀所とか火葬場の傍通ったら、肩が重くて。」

通るなよ。この類いの人間は大概こんなことを言う。何で見えないものが見えるのに、ワザワザそういうものが多く留まっていそうな場所を選択して通るのだろうか。それで肩が重いとか痛いとか、苦しいとか言い出すんだろ。

イライラする
腹立たしい
見えてるんだよな?
本当に見えているんだよな?
だったら、自分の言葉に反応したのも見えるよな?
それが苛立っているのも見えているんだよな?



※※※



それって………………見…………られてる方…………

思わずそう呟いた自分の声に、久保田は和やかな声で見えるっていうのは中々難しいことですよねと微笑みを浮かべる。確かによく幽霊が見えると宣言する人はいるし、見えると話す人がいるのは事実だ。それに見えるというと着いてくるなんて話を聞いたことがない訳じゃないし、そう言えばそういう話をすると近づいてくるとかいう話を聞いたこともある。確かに見えるのなら聞こえる可能性だって……頭の中で一人そんなことを考え込んでいたら、不意に背後に視線を感じた気がして振り返る。

どうしました?

何でもないですと答えたものの、視界には人気のない店内があるだけ。それに見える聞こえるなら向こうも同じという言葉が過って、思わず無意識に震え上がっている自分がいた。
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