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九十七夜目『光』
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これは、私の特別な友人から聞いた話なんですけどね、そうマスターの久保田はグラスを磨きながら口を開く。芳しい珈琲と紅茶の香りのする店内には客足は奇妙なほど途絶えていて、大通りの喧騒が微かに遠く響いている。そんな白磁のポットが棚の上から見守る中で、その言葉を耳にしたのは何時ものごとくカウンターに座る自分ただ一人だった。
※※※
そこは最近では有名な廃墟だった。
大都市からそれほど距離の離れていない沿岸部の外れ、そんな場所にある何もかもが朽ち果てて、地上にあった建築物が丸々土石になって数メートル落ち込んだのだという広大な廃墟群。こんな場所が直ぐ傍にあったなんて驚きだけれど、実際にはこの廃墟ができたのははそれ程古くない。廃墟が古くないなんて表現はおかしいかもしれないが、ここは元々何か大きな企業の保養徐だったらしいけれど、何年か前に何かの保養施設として再利用されるようになったそうだ。そのため敷地は新たに整地されたというが、何時の頃からかまるで外部の人間から施設を隔てるような仰々しいフェンスを設置した。
そうして何年か前から人が出入りするようになったのに、夏前の長雨の地盤沈下とかなんとかで突然に建物ごと全てが陥没してしまったのだ。それが起きたのはここ最近の話で、蒸し暑く長い雨が延々と続き、しかも雷鳴や何かで誰も崩落には気がつかなかったのだという。近隣とはいえ保養地だったこともあって少し住宅街よりは離れていたことも災いして誰もその災害には気がつかず、逆に幸いなことに近郊の住民は誰も被害には遇わなかった。ただ遠目に見えていた広大な建物が一夜にして跡形もなく消え去り、残されたのはフェンスと陥没したクレーターのみだったという話だった。
近くで見ればフェンスのギリギリまでくるクレーターは崖のように落ち込んでいて、幾つもkeep outや進入禁止の立て札が至るところにくくりつけられている。行政ではさっさと穴を埋めて更地に戻したいらしいが、土地の持ち主が行方不明で危険な状態のまま放置されていて手が出せないでいるらしい。
その噂を曲解したのか…………土地の持ち主は、建物の崩落に巻き込まれたとかいないとか。
お陰で真しやかに持ち主らしい老婆の幽霊が出るとか、持ち主とおぼしき老人が徘徊しているとか、それ以外にも色々と突拍子もない数えきれない程の噂がたっている。しかも持ち主が瓦礫の下に潰されているとしたら瓦礫全部を掘り返さなきゃならないかもしれないとなると、金額だって馬鹿みたいにかかるに違いない。だから陥没した後も何をするでもなく変化のないまま時が経ち、周囲の住民はこのまま放置されるのではと密かに噂されていた。
そうなると放置されたここは、ひとつの観光地に変容していく。
陥没した土地なのだから、更に陥没の危険性があるなんて言っても誰も聞きやしない。何しろ噂では何か秘密の実験施設だったんじゃないかなんて噂まで尾ひれのようについて、出没するお化けの話に誰もが興味を持つくらいだ。そうして夜の闇に紛れて何人もの人間が肝試しと称して、廃墟探検に訪れる。
肝試しにやって来た無鉄砲な人間のどれくらいに何が起きているかなんて、正確な真実が伝えられる筈もないし本当の危険がどんなものなのかも人は知りもしない。
そうして今夜もこうしてフェンス間近に止めた車のヘッドライトを消して、闇の中に甲高く響くキャアキャアと声たてて数人の男女が縺れ合いながらフェンスを覗きこむ。これがこうして繰り返されるのが許されるのは、管理をする側の人間がここを放棄している証明のようなものだ。
「ねー、どっからかはいれるの?」
「ひぇー、真っ暗!」
「あ、ほらあそこ、金網壊れてる!」
こうして行くなと言われれば闇夜に紛れてやってくるし、入るなと言われてもこうやって人数にものを言わせて入る。それで何かが起きてしまえば怪談か都市伝説が生まれ、新たに同じことをする人間を引き寄せ、更に経験譚が語られていく。次第に話が大きく誇張されることがあれば、逆にドンドンと真実が覆い隠されていくものものある。そんなこととは何一つ知らないでガシャガシャと金網を開き潜り抜けて、年の頃は二十歳よりは年を重ねている男女が懐中電灯片手に脆い敷地の中に足を踏み入れた。
「うひゃー、すっごい!底見えない!」
「やだ、落ちないでよー?」
「何か寒くない?」
「げー、底見えなくないか~?」
地下水が出てるらしいから、そのせいで涼しいんだと男の一人・新居浜が言う。元々ここら辺の地盤は火山灰の上にあるらしいが、何しろ沿岸部が近く、近郊には湧水の類いは存在しない。生まれつきここいら近郊で暮らしている新居浜は湧水の存在なんか考えたこともないから、平然とそう口にした。
噂では何かが起こる時には底の方から常にヒンヤリと冷たい風が上がってくるといい、それが施設崩落の時に忍び込んでいた人間が死んだからだとか、以前まだこの施設が保養施設として使われていた時に死人が出たとか原典はハッキリしない幽霊がまことしやかに伝えられている。
「なんも、ないって。」
もう一人の男・三枝はニヤニヤと笑いながら、何もないといいながら本音では何かが起きることを期待している。何しろこれは肝試しなのだから、男性として見ればここでひとつ女性にいいところを見せないと収穫がないのだ。女性陣の一人・金森に腕を絡められながら三枝は崖のような淵を歩き出す。
「深ぁい。」
腕に絡み付きながら盛りに盛った乳を押し当てるようにして金森が崖のようなクレーターを覗き込む。金森は以前から三枝狙いなのは明らかで、もう一人の女性である下館にはそれが面白くなさそうだ。運転手として一緒に着いてきた晴山要は、その様子を何も感じないまま眺める。金森に引っ付かれたままの三枝が、面白そうに懐中電灯で崖のような下を照らす。
「え。」
そこにほんの一瞬人の顔が見えた気がして、三枝の口から思わず言葉がこぼれる。ほんの一瞬上下に流れた光の輪の中に、真っ白な人間の顔が下から自分達を怨めしげに見上げていた気がしたのだ。
「どうかしたの?三枝君。」
光が元の道を戻り一ヶ所をさ迷うように照らすのに、金森も背後の仲間達も不思議そうに三枝の傍に歩みより底を覗き込む。底にはただ闇があるばかりでどうかしたと声をかけられても、三枝も自分が見たものがハッキリとはしていないから言葉にならない。言葉にならないが何かを確かめようともう一度懐中電灯が、闇を照らすのにそこにいた人間達は黙りこくって先を見つめていた。
「………………なぁんちゃって。」
三枝自身がそうおどけて口にしたのに、腕にしがみつく金森も周囲の仲間達もホッと安堵の息を溢しながらひきつった笑顔になる。三枝自身自分が見たものが何か理解できなかったから自分が周囲を欺いた様に誤魔化したのだけれど、肝試しに付き物のからかいなのだと周囲も思ったのだ。そうでないと気がついていたのは運転手で来て少し離れていた晴山要だけ。
今の…………ヤバくないか…………?
三枝達とは離れてみていたから、光の帯が上下に斜面をなぞるのを晴山要だけが俯瞰でみていた。そこには人影は何も見えなかったのだけれど、光の帯が崖の斜面を照らした時にその斜面が奇妙に抉れているのが見えていたのだ。それはまるで下から這い上がるように崖を抉っていて、しかも何処まで登ってきているのかは鮮明には見えない。
「…………なぁ、帰んないか?」
恐る恐る晴山要が問いかける言葉に、三枝が自分自身もひきつった笑顔を貼り付けているくせに馬鹿にしたような甲高い声で笑う。
「な、何いってんだよ?肝試しに来たんだぞ?お前怖いのかよ?」
確かに肝試しに来たけれど、ここまで入り込むとは思ってなかった。フェンスの向こうから覗き込むだけで帰るとも思ったのに、何故かフェンスの綻びが目の前にあって当然みたいに入り込んでしまって、まるで誘い込まれているような気がする。三枝が更に奥に進もうとするのに晴山要は、思わずその場に立ち尽くして足を進めるのをやめてしまっていた。
それに気がつかない三枝と金森、新居浜そして下館が、闇の中に紛れ込んでいく。
真っ暗な闇の中でクレーターの縁を回って、奥の方に進んでいくのが分かるのは懐中電灯の揺れる明かりが次第に遠退いていくからだった。砂利を踏む音も遠退き何もかも闇の中に沈んで、晴山要に分かるのはフヨフヨと浮かぶ三つの懐中電灯の頼りない明かりだけに変わる。追いかけるべきかもしれないが何故か足がピクリとも前に進まず、それどころか晴山要の足はジリジリと後退し始めていた。
何故なら
全てが闇の中に沈むなんてあり得ない。
電気のないような山の中なら兎も角、ここは少なくとも近郊には住宅地の広がる都市部だ。しかも周囲の街頭だって道の脇には立っていて、間違いなくフェンスの向こう側は人の気配がちゃんとある。それなのに金網のフェンス一つで、ここは別世界に変わっていて音すらも分からない程深く暗く、しかも冷たい。
この異常さ
言葉にもならない晴山要の目の前で、フヨフヨと浮いていた先頭の懐中電灯の明かりがポトンと地に落ちるのが見えた。悲鳴も何もない。ただ音もなく光が地面に落ちて転がり、次の光もポトンと落ちる。一瞬最後の三つ目が後戻りし始めたのが光で分かるが、それは途中まで戻ってきて同じ様にポトンと地面に落ちていく。
真っ暗な闇の中、コロコロと地面を転がる懐中電灯の光が一瞬何かを照らしたのに晴山要は全身が悪寒に飲まれるのを感じていた。一瞬だけ懐中電灯の明かりに何か黒い影が照らしあげられ、それは完全にクレーターの縁をこちらに向かって動いていたのだ。そしてそれが何を目指しているのかは言うまでもれなく、晴山要の手に握るもう一つの光に違いない。
そして、暫く後に残ったのは闇の中に地面に転がったまま、何もない場所を照らす懐中電灯だけで、何が起こったのかはそれこそ神のみぞ知るのだ。
※※※
廃墟…………ですか?もしかしてそれは…………
そう自分が口にしたのは最近ここから西にある都市の沿岸部の片隅で、似たような状況で地盤沈下で建物が崩落したのを知っているからだ。ただ自分が知っているのは、そこは元は国有の保養施設で経営破綻の後、誰か個人でホテルにしようと買い取ったという話しだった。ただ問題なのは建物の崩落の後、更地にしようにも所有者が雲隠れしたのとそこを埋めるには莫大な費用がかかり着手できないでいるという。何しろ地下水関連の崩落となれば、近郊の住宅地の地盤にも影響するから下手に手を出せないのだ。
…………の事なんですか?
そんな、お化け話は聞いたことがない。それでも似かよっている情景に問いかけると、久保田は賑やかにどうでしょうかねと艶然と微笑む。
もしかしたらそうかもしれませんけれど、どこかまでは。
賑やかに言うが、その顔は何処か知らないとは思えない。それでも場所を明確にしないのは、明確にしたら問題なのかもしれないと思う。それを思いながらふと、自分は話しに出てきた黒い影の事に意識が向いていた。
這い出して来たんなら…………危なくないですか?
なにかわからないモノがそのそこから出てきたのだとして、それはフェンスを越して人の社会までやってくるだろうかとふと思う。もし出てきたら、そう思うとなんとなく気分が悪くなるのは、光に寄ってくるとしたら、この社会は光だらけだと感じるからかもしれない。
光だらけ…………ですか?
そう何故か意味深に微笑んだ久保田の瞳がいつになく黒く見えて、思わず自分は返す言葉を失ってしまっていた。
※※※
そこは最近では有名な廃墟だった。
大都市からそれほど距離の離れていない沿岸部の外れ、そんな場所にある何もかもが朽ち果てて、地上にあった建築物が丸々土石になって数メートル落ち込んだのだという広大な廃墟群。こんな場所が直ぐ傍にあったなんて驚きだけれど、実際にはこの廃墟ができたのははそれ程古くない。廃墟が古くないなんて表現はおかしいかもしれないが、ここは元々何か大きな企業の保養徐だったらしいけれど、何年か前に何かの保養施設として再利用されるようになったそうだ。そのため敷地は新たに整地されたというが、何時の頃からかまるで外部の人間から施設を隔てるような仰々しいフェンスを設置した。
そうして何年か前から人が出入りするようになったのに、夏前の長雨の地盤沈下とかなんとかで突然に建物ごと全てが陥没してしまったのだ。それが起きたのはここ最近の話で、蒸し暑く長い雨が延々と続き、しかも雷鳴や何かで誰も崩落には気がつかなかったのだという。近隣とはいえ保養地だったこともあって少し住宅街よりは離れていたことも災いして誰もその災害には気がつかず、逆に幸いなことに近郊の住民は誰も被害には遇わなかった。ただ遠目に見えていた広大な建物が一夜にして跡形もなく消え去り、残されたのはフェンスと陥没したクレーターのみだったという話だった。
近くで見ればフェンスのギリギリまでくるクレーターは崖のように落ち込んでいて、幾つもkeep outや進入禁止の立て札が至るところにくくりつけられている。行政ではさっさと穴を埋めて更地に戻したいらしいが、土地の持ち主が行方不明で危険な状態のまま放置されていて手が出せないでいるらしい。
その噂を曲解したのか…………土地の持ち主は、建物の崩落に巻き込まれたとかいないとか。
お陰で真しやかに持ち主らしい老婆の幽霊が出るとか、持ち主とおぼしき老人が徘徊しているとか、それ以外にも色々と突拍子もない数えきれない程の噂がたっている。しかも持ち主が瓦礫の下に潰されているとしたら瓦礫全部を掘り返さなきゃならないかもしれないとなると、金額だって馬鹿みたいにかかるに違いない。だから陥没した後も何をするでもなく変化のないまま時が経ち、周囲の住民はこのまま放置されるのではと密かに噂されていた。
そうなると放置されたここは、ひとつの観光地に変容していく。
陥没した土地なのだから、更に陥没の危険性があるなんて言っても誰も聞きやしない。何しろ噂では何か秘密の実験施設だったんじゃないかなんて噂まで尾ひれのようについて、出没するお化けの話に誰もが興味を持つくらいだ。そうして夜の闇に紛れて何人もの人間が肝試しと称して、廃墟探検に訪れる。
肝試しにやって来た無鉄砲な人間のどれくらいに何が起きているかなんて、正確な真実が伝えられる筈もないし本当の危険がどんなものなのかも人は知りもしない。
そうして今夜もこうしてフェンス間近に止めた車のヘッドライトを消して、闇の中に甲高く響くキャアキャアと声たてて数人の男女が縺れ合いながらフェンスを覗きこむ。これがこうして繰り返されるのが許されるのは、管理をする側の人間がここを放棄している証明のようなものだ。
「ねー、どっからかはいれるの?」
「ひぇー、真っ暗!」
「あ、ほらあそこ、金網壊れてる!」
こうして行くなと言われれば闇夜に紛れてやってくるし、入るなと言われてもこうやって人数にものを言わせて入る。それで何かが起きてしまえば怪談か都市伝説が生まれ、新たに同じことをする人間を引き寄せ、更に経験譚が語られていく。次第に話が大きく誇張されることがあれば、逆にドンドンと真実が覆い隠されていくものものある。そんなこととは何一つ知らないでガシャガシャと金網を開き潜り抜けて、年の頃は二十歳よりは年を重ねている男女が懐中電灯片手に脆い敷地の中に足を踏み入れた。
「うひゃー、すっごい!底見えない!」
「やだ、落ちないでよー?」
「何か寒くない?」
「げー、底見えなくないか~?」
地下水が出てるらしいから、そのせいで涼しいんだと男の一人・新居浜が言う。元々ここら辺の地盤は火山灰の上にあるらしいが、何しろ沿岸部が近く、近郊には湧水の類いは存在しない。生まれつきここいら近郊で暮らしている新居浜は湧水の存在なんか考えたこともないから、平然とそう口にした。
噂では何かが起こる時には底の方から常にヒンヤリと冷たい風が上がってくるといい、それが施設崩落の時に忍び込んでいた人間が死んだからだとか、以前まだこの施設が保養施設として使われていた時に死人が出たとか原典はハッキリしない幽霊がまことしやかに伝えられている。
「なんも、ないって。」
もう一人の男・三枝はニヤニヤと笑いながら、何もないといいながら本音では何かが起きることを期待している。何しろこれは肝試しなのだから、男性として見ればここでひとつ女性にいいところを見せないと収穫がないのだ。女性陣の一人・金森に腕を絡められながら三枝は崖のような淵を歩き出す。
「深ぁい。」
腕に絡み付きながら盛りに盛った乳を押し当てるようにして金森が崖のようなクレーターを覗き込む。金森は以前から三枝狙いなのは明らかで、もう一人の女性である下館にはそれが面白くなさそうだ。運転手として一緒に着いてきた晴山要は、その様子を何も感じないまま眺める。金森に引っ付かれたままの三枝が、面白そうに懐中電灯で崖のような下を照らす。
「え。」
そこにほんの一瞬人の顔が見えた気がして、三枝の口から思わず言葉がこぼれる。ほんの一瞬上下に流れた光の輪の中に、真っ白な人間の顔が下から自分達を怨めしげに見上げていた気がしたのだ。
「どうかしたの?三枝君。」
光が元の道を戻り一ヶ所をさ迷うように照らすのに、金森も背後の仲間達も不思議そうに三枝の傍に歩みより底を覗き込む。底にはただ闇があるばかりでどうかしたと声をかけられても、三枝も自分が見たものがハッキリとはしていないから言葉にならない。言葉にならないが何かを確かめようともう一度懐中電灯が、闇を照らすのにそこにいた人間達は黙りこくって先を見つめていた。
「………………なぁんちゃって。」
三枝自身がそうおどけて口にしたのに、腕にしがみつく金森も周囲の仲間達もホッと安堵の息を溢しながらひきつった笑顔になる。三枝自身自分が見たものが何か理解できなかったから自分が周囲を欺いた様に誤魔化したのだけれど、肝試しに付き物のからかいなのだと周囲も思ったのだ。そうでないと気がついていたのは運転手で来て少し離れていた晴山要だけ。
今の…………ヤバくないか…………?
三枝達とは離れてみていたから、光の帯が上下に斜面をなぞるのを晴山要だけが俯瞰でみていた。そこには人影は何も見えなかったのだけれど、光の帯が崖の斜面を照らした時にその斜面が奇妙に抉れているのが見えていたのだ。それはまるで下から這い上がるように崖を抉っていて、しかも何処まで登ってきているのかは鮮明には見えない。
「…………なぁ、帰んないか?」
恐る恐る晴山要が問いかける言葉に、三枝が自分自身もひきつった笑顔を貼り付けているくせに馬鹿にしたような甲高い声で笑う。
「な、何いってんだよ?肝試しに来たんだぞ?お前怖いのかよ?」
確かに肝試しに来たけれど、ここまで入り込むとは思ってなかった。フェンスの向こうから覗き込むだけで帰るとも思ったのに、何故かフェンスの綻びが目の前にあって当然みたいに入り込んでしまって、まるで誘い込まれているような気がする。三枝が更に奥に進もうとするのに晴山要は、思わずその場に立ち尽くして足を進めるのをやめてしまっていた。
それに気がつかない三枝と金森、新居浜そして下館が、闇の中に紛れ込んでいく。
真っ暗な闇の中でクレーターの縁を回って、奥の方に進んでいくのが分かるのは懐中電灯の揺れる明かりが次第に遠退いていくからだった。砂利を踏む音も遠退き何もかも闇の中に沈んで、晴山要に分かるのはフヨフヨと浮かぶ三つの懐中電灯の頼りない明かりだけに変わる。追いかけるべきかもしれないが何故か足がピクリとも前に進まず、それどころか晴山要の足はジリジリと後退し始めていた。
何故なら
全てが闇の中に沈むなんてあり得ない。
電気のないような山の中なら兎も角、ここは少なくとも近郊には住宅地の広がる都市部だ。しかも周囲の街頭だって道の脇には立っていて、間違いなくフェンスの向こう側は人の気配がちゃんとある。それなのに金網のフェンス一つで、ここは別世界に変わっていて音すらも分からない程深く暗く、しかも冷たい。
この異常さ
言葉にもならない晴山要の目の前で、フヨフヨと浮いていた先頭の懐中電灯の明かりがポトンと地に落ちるのが見えた。悲鳴も何もない。ただ音もなく光が地面に落ちて転がり、次の光もポトンと落ちる。一瞬最後の三つ目が後戻りし始めたのが光で分かるが、それは途中まで戻ってきて同じ様にポトンと地面に落ちていく。
真っ暗な闇の中、コロコロと地面を転がる懐中電灯の光が一瞬何かを照らしたのに晴山要は全身が悪寒に飲まれるのを感じていた。一瞬だけ懐中電灯の明かりに何か黒い影が照らしあげられ、それは完全にクレーターの縁をこちらに向かって動いていたのだ。そしてそれが何を目指しているのかは言うまでもれなく、晴山要の手に握るもう一つの光に違いない。
そして、暫く後に残ったのは闇の中に地面に転がったまま、何もない場所を照らす懐中電灯だけで、何が起こったのかはそれこそ神のみぞ知るのだ。
※※※
廃墟…………ですか?もしかしてそれは…………
そう自分が口にしたのは最近ここから西にある都市の沿岸部の片隅で、似たような状況で地盤沈下で建物が崩落したのを知っているからだ。ただ自分が知っているのは、そこは元は国有の保養施設で経営破綻の後、誰か個人でホテルにしようと買い取ったという話しだった。ただ問題なのは建物の崩落の後、更地にしようにも所有者が雲隠れしたのとそこを埋めるには莫大な費用がかかり着手できないでいるという。何しろ地下水関連の崩落となれば、近郊の住宅地の地盤にも影響するから下手に手を出せないのだ。
…………の事なんですか?
そんな、お化け話は聞いたことがない。それでも似かよっている情景に問いかけると、久保田は賑やかにどうでしょうかねと艶然と微笑む。
もしかしたらそうかもしれませんけれど、どこかまでは。
賑やかに言うが、その顔は何処か知らないとは思えない。それでも場所を明確にしないのは、明確にしたら問題なのかもしれないと思う。それを思いながらふと、自分は話しに出てきた黒い影の事に意識が向いていた。
這い出して来たんなら…………危なくないですか?
なにかわからないモノがそのそこから出てきたのだとして、それはフェンスを越して人の社会までやってくるだろうかとふと思う。もし出てきたら、そう思うとなんとなく気分が悪くなるのは、光に寄ってくるとしたら、この社会は光だらけだと感じるからかもしれない。
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