都市街下奇譚

文字の大きさ
12 / 111

十夜目『忘れないでね』

しおりを挟む
この間こんな話を聞いたんですがねと『茶樹』のマスター久保田惣一は、思い出したようにグラスを磨くのを再開しながら口を開く。人気は奇妙なほどに途絶えて、その言葉を聞きたのは、自分一人だった。


※※※


「忘れないでね」

そう母親はオレによく言った。
オレはよく物を忘れてしまう子供だったらしい。だからか、小学生に上がる頃には、まるで呪文みたいにその言葉を母親はオレに繰り返すようになっていた。

教科書を忘れないでね?忘れてない?
大丈夫?忘れないでね?
給食の白衣を忘れないでね?
消ゴムは筆箱に入れた?忘れないでね?
忘れないでね?
忘れないでね?

あんまりにも繰り返すからその言葉を話す母親の声なら、何時でも何処にいても頭の中で再生できる程だ。結婚してずっと専業主婦のオレの母親は、あまり親父と上手くいっていないようだった。だから、腹を痛めて産んだ子供らに、自分の全てを注ぎ込んでそれだけを支えに生きていたんだと今は思う。
オレはやがて成長して、大学生になって家を出て一人で暮らし初めた。正直、独り暮らしになった時の解放感は素晴らしかった。四六時中母親から忘れないでね?と念を押されない日々。こんなに気が楽な生活が、世の中にあったんだと毎日が楽しくて仕方がなかった。
ただ、やっぱりオレの物忘れ癖は結局変わらない。ただ違うのは忘れても買えるものはその場で買えばいいし、どうしても必要なものは家に取りに帰ってしまえばいいのだ。まあそうは言っても大概どうしてもじゃなきゃまあ翌日でも良いかなって、簡単に考えられるようになったってのもあるけど。だから死に物狂いの声の母親みたいに、念を押されなくてもまあいいかってのが子供の時との一番大きな違いだ。

「忘れないでね。」 

不意に聞こえた声にオレは思わず振り返った。
数十メートル程離れた場所に、髪の長い女が一人いた。オールドファッションとか言うのか、少し古めかしいワンピースを着て佇む女は、髪型も化粧も何処か少し古めかしい気がする。それでも視線があったとはいえ、見覚えのない女だ。女は街中の喧騒の中で独り立ってこちらを見つめていて、オレも戸惑いながらその女を見つめ返す。すると、見覚えのないその女は真っ直ぐオレの事を見て、何故か唐突にニッコリ微笑んだ。
オレは戸惑いながらその女の視線が、本当に自分を見ているのか辺りを見回してみる。でも、辺りに人はいるのだけど、どう見てもその女の視線は真っ直ぐにオレの顔を見ているとしか思えない。
髪の長い目鼻立ちのくっきりとした美人と言える女は、相手がその気なら付き合ってもいいかもしれないと思える。そう言うつもりでもしかして見ていて微笑んだのかと、心の何処かで勘ぐってしまったぐらいだ。ところが、女はそれ以外何を言うわけでもなく、その一言だけを言ってクルリと踵を返した。



※※※



それからと言うもの、その女は時々何時も同じ言葉と一緒にオレの視界の中に姿を見せるようになる。服装は何時も古めかしい形や柄のワンピースで、化粧も何処か古めかしく代わり映えしない。遠くで見れば美人だが、何分何時も一言でさっさと踵を返すものだから特徴がハッキリ説明できない位だ。

「忘れないでね。」

女が何時も言う言葉が、何を忘れないようにと言うつもりなのかオレにも全くわからない。それでも、女はその言葉に何気なく視線を向けると、必ずオレの事をじっと見て最後に笑いかけるのだ。
次第に女が姿を見せる頻度が増えているのに、オレは気がついた。そして、声が聞こえる度に、次第に女との距離が縮まっていく。最初は数メートルは離れていた筈なのに、気がつくと直ぐ手を伸ばせば届きそうな傍に立っている女に気がつく。

「忘れないでね。」

近づくと女がそれほど綺麗な女じゃないことに気がつかされる。肌の荒れた顔に粉が浮くようなファンデーション、唇も荒れてガサガサなのに濃い口紅を塗っているから斑に色が浮く。
オレが何を?と問いかけようとすると女は、必ず踵を返して駆けるように去っていく。執拗なほど何のために女がそれを言い続けるのか、一体オレが何を忘れているのか、何時まで経っても分からず苛立ちが募り始める。何か他にも言うなら兎も角、あの女はたった一言しか言わず何を忘れるなとオレに言いたいのだろう。

「忘れないでね。」
「おい!待て!待てってば!」

時にオレはその女が現れた後、必死にその女を全速力で追いかけてみる。ところが大通りを駆けて女が曲がった曲がり角を、ほんの数秒の差で曲がった筈なのにあの女の後ろ姿は消え去っていた。どんなに目を凝らしても、オレの視界にあの女の姿は見つけられない。

何でだ?確かに今ここを曲がったじゃないか。

キョロキョロと辺りを見回してみても、人混みにも路地の先にも女の姿は見つけられない。オレはまるで狐につままれたような気分で、呆然とその場に立ち尽くした。



※※※



オレは堪えきれなくなって、友達と飲みながら酔いに任せて女の事を話す。一見綺麗でも近寄れば醜い女。しかも、いつも「忘れないで」その一言しか言わない上に、言うとさっさと消えてしまう。追いかけても角を曲がったりすると、必ず見失う不思議な女。そんな女の話をすると仲間は皆声をあわせて、オレの話を怪談か何かのように腹を抱えて笑う。オレが必死に冗談じゃないんだと言っても、誰もちっとも聞きやしない。

「ほんとだって、突然後ろから忘れないでの一言しか言わないんだよ、その女。」
「はぁ?そりゃお前が何か忘れてんだろ?私のことわすれないでぇーって。」
「怪談かよ!時期外れだなぁ。」

友達の茂木が腹を抱えて笑うのに、オレはムッとしながらその顔を見つめる。大学からの友人だが茂木は交遊関係が広いやつで、彼女を紹介してくれたりもする良い仲間だ。でも、今はオレの話を怪談だと決めつけて、引っ掛かんないぞと笑う。

「ホントに女が後ろからそう言ってくるんだって!」
「はは、後ろからねぇ?」

茂木の連れてきた目付きの鋭い同い年位の貞友という男が、グラスをあげながらニヤニヤと笑みを浮かべた。飲みの席での新しい交流は、酔いのせいか昔からの友人のように感じる。

「いやいや、最近流行りのストーカーだったりしてな?私の事覚えてるでしょ?忘れないでね?的な。」
「冗談やめてくれよ!マジな話なんだって。」
「いいや、決まってる。お前のこった女の事を忘れてんだ。何時もの事だろ?」

飲んでいるせいか、友達は皆気が大きくなっている。好き勝手な事を言うし、オレが抱えている不満なんか気にもしないのだ。飲んでいても何時あの声で「忘れないでね」と言われるかと考え、オレが落ち着かない気持ちでいるのに友達は何も感じない。腹立たしくなってついつい杯を重ねたオレは、珍しく酔いつぶれてしまっていた。


「忘れないでね。」

耳元で不意に声が聴こえて、オレは驚いて目を覚ます。家のなかはシンとしていて人の気配もないのに、今の声は酷く耳に残って吐息まで感じた気がする。まさか、酔った内に家にまでと背筋が凍るのが分かるが、見回してもワンルームの中に隠れるような場所は数少ない。オレは恐る恐るクローゼットを開け、次に風呂場を覗きこむ。誰もいないのにホッとしながら、玄関の鍵が掛かっていないのを見つけて慌てて飛び付いた。ガチャリと鍵のかかる音がして改めてオレはホッと息をつき、あれは夢だったみたいだと安堵してベットに座り込んだ。

そのまま眠り込んだオレの夢の中では、女が口を開けて笑っている。女が喋っているわけじゃないのに、背後から同じ言葉が壊れたレコーダーみたいに同じ言葉が響きわたっていた。

忘れないでね。忘れないでね。忘れないでね。

あまりのしつこさに叫び出したくなる。何をだよ!何を忘れるなって言うんだよ!いい加減にしろよ!!それなのにあの女はただ笑いながら、頭に同じ言葉が反響して響きわたり頭痛がしてきた。耳を塞いでも何をどうしても言葉が、頭の中に鐘のように反響する。ハッとしてオレは跳ね起きると、まるで頭から水でも被ったみたいにグッショリと体が汗にまみれていた。割れるように頭が痛んで、オレは思わず呻き声をあげながら頭を抱える。

忘れるなって何をだ?何で忘れるなってって言い続けるんだよ?

あの女は何で同じことをオレに言うのか、オレは暗がりの中で頭を抱えたまま考えた。汗で貼り付いたシャツの不快感に、オレは溜め息をつきながらベットから滑り降りる。冷たいフローリングの床を裸足で歩きながらオレは服を脱ぎ捨てて、風呂場の扉を開けて手を伸ばす。自分の手でシャワーの蛇口を捻って、湯が湯気を立て始めるた。

「忘れないでね。」

ギョッとして視線が上がり、鏡を真正面から見る。そこにはニヤリと笑う女の口元だけが、オレの肩越しに僅かに見えオレは咄嗟に振り返った。そこには女が立っていて、オレは裸のまま呆然とその姿を見つめる。寝る前に家の中には誰もいなかったのは、オレ自身がクローゼットも風呂場も確認した筈だ。

「な、んで?」

呆然としているオレを女は口を開いて笑いながら、ほんの数メートルの距離で立っている。髪の長い女は戸口の影になっているせいか、口元しか見えず目も笑っているのかは見えない。オレが身動きした途端、女は突然踵を返して駆けるように姿を消した。ガチャンと音が鳴って扉が開き、その後にユックリと扉の閉じるのが聞こえる。オレはその音に震えが起こるのを感じていた。

確かにオレは鍵を閉めた筈なのに、あいつはどうやって鍵を開けて室内にいたのだろう。オレは閉めたつもりで鍵を開けたとか?そんなバカな。
 
オレは震えながら廊下に顔を出して、玄関に歩みより扉の鍵を確かめる。やはり鍵は空いたままで、オレは震えながら施錠してチェーンをかけた。
翌日オレは大家に鍵を変えてもらえないかと聞いてみたが、金がかかると言われて渋々諦めた。オレは大家の対応に不貞腐れながらも、必ずチェーンをかけることにしようと決める。それからは必ず施錠の他にチェーンの効果なのか、少なくとも家の中であの女は出て来なくなった。そうなってくると、出掛ける間も無視すれば何とかなると考え始める。

「忘れないでね。」

そう語りかけられても、振り返らないし反応しない。相手は何もそれ以上は語りかけてこないし、行動もしない。

無視!これに限る!

オレが無視を続ける内に女は、次第に遠ざかって行き始めたような気がした。どうやら、友達が言うようにストーカー女だったのかもしれないが、こっちが反応しないから諦め始めたのかもしれない。そうこうする内にオレには可愛い彼女が出来た。
彼女の鈴徳早苗はサラサラのショートカットで、快活な笑顔が可愛かった。可愛くてスタイルもいいし胸も大きくて、エッチな事が大好きな彼女なんて最高じゃないか。オレの部屋に来て直ぐ二人でシャワーを浴びながら、最初の一回戦だ。抱き締め戯れながら狭いユニットバスで挑みかかると、早苗も最初は嫌がったけど結局折れた。並ぶようにして後ろから腰をふり、奥を掻き回してやると早苗は可愛い声でアンアン可愛い声で喘ぐ。キツい膣がオレの肉棒をキュウキュウと絞めて、ドンドン硬さを増して反り返る。

「ああん!気持ちいい!」

早苗はけだものみたいに激しいエッチが好みみたいで、腰をがっちり捕まれて後ろからズンズン貫かれるのが大好きだ。しかも、鏡に写っている結合してるのを見ると凄く興奮するから、時々オレは片足を持ち上げて膣に捩じ込んでるのを見せつけてやる。

「あぁん!ああん!すごぉい!」
「何が、すごい?!ほら!おぉっ!言ってみろ!」
「凄い気持ちいい!」

可愛い彼女の淫らな言葉にオレは興奮して、腰を更に振り立てる。と、突然キャア!と早苗が悲鳴を上げて、膣がギュウッと肉棒を締め上げオレはウゥッと呻く。キツい膣の締め付けに思わず腰の動きが激しくなり、早苗が刺激に切れ切れの声で待ってぇ駄目ぇと甘く喘ぐ。

「やぁ!待って!んんっ!いっちゃうぅ!駄目ぇ!」
「おおっ!おう!いくぞ!ううっ!」

絶頂に達した後の脱力の最中、早苗が改めて再び鋭い悲鳴を上げてオレは面食らう。早苗は青ざめて壁によじ登ろうとするみたいに、震えながらバスルームの壁にへばりついた。

「だ、誰かいた!!誰か覗いてた!!」

早苗はそう言いながらオレの背中にしがみつく。オレの脳裏に浮かんだのは、あの「忘れないで」の一言しか言わない薄気味悪い女の姿だった。
そう言えば早苗が来た時、勢いでチェーンをかけるのを忘れてしまった気がする。慌てて風呂場から顔を突き出すと、丁度ユックリと玄関のドアが閉じるところだった。唖然としている早苗を横に、オレは咄嗟にパンツを履いて玄関に駆け寄りドアを開けて通路を見る。しかし、薄暗いチカチカと蛍光灯がちらつく通路には既に人影はなく、オレは困惑しながらドアを閉じ施錠して改めてチェーンをかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...