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第二部
第四幕 都市下
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師走の最初の金曜日。近いクリスマスの賑わいを感じさせる街並みに『茶樹』の片隅で、信哉は土志田悌順と同じく幼馴染みの一人である宇野智雪と顔を会わせていた。悌順とは産院からの付き合いだが、目の前の栗色の髪をした眼鏡の青年とはその数年後の幼稚園からの付き合いになる。宇野は妻は結婚して直ぐに亡くなったが、妻の連れ子を養子として育てている苦労人だ。とは言え宇野と世間話をしたくて、信哉はわざわざ待ち合わせた訳ではない。
宇野智雪は少し特殊なタイプの人間だと、信哉は昔から知っている。どう特殊かと言えば、香坂智美を同じ年にしたと思えば簡単だ。昔から記憶力がよい人間だが、記憶力と言うよりは思考過程の方向性が香坂智美とよく似ている。合理主義で最短で効率良く最善の結果を求める、現実的で心霊や神秘的な存在なんて自分の目で見なければ全く信じない。そんな彼はその合理思考の中で自分なりの特殊な情報網を構築するのが、昔から異常に得意なのだ。そういう所が、あのモニター監視を一人で構築した香坂智美と似ていると感じる最大の理由だ。時折何処から聞いたんだと問いかけたくなるような情報網で、信哉と悌順を驚かせる彼は目下不機嫌な顔で珈琲をすする。
「で、そっちに最近姿をみせたか?」
宇野智雪に竜胆貴理子が接触したのは、実は大分前の事だった。竜胆貴理子は宇野の勤める出版社に、事務員のふりで暫く派遣社員として働いていたらしい。フリーライターとしての仕事はひた隠しにして、信哉と関わりのある宇野と菊池直人に取り入って距離をつめてきたのが先月に入ってからのことだ。
宇野には可愛い恋人がいて、その恋人や子供まで巻き込まれ、宇野の身辺は竜胆のお陰で不穏で落ち着かない。と言うのも実は宇野の連れ子の本当の父親が実は香坂智美の叔父に当たり、連れ子も密かにカメラアイを受け継いでいることが判明している。信哉が香坂智美を知っている事を宇野には説明ができないので、二人が従兄弟どうしに当たる事実は罪悪感は感じつつ彼には伝えていない。兎も角、香坂家に関しても探り回る竜胆のお陰で息子も落ち着かず、遂に学校でカメラアイに触れる言動をして騒ぎになったばかりなのだ。
「少し姿を消してるけど、麻希子に絡んでる。」
面倒な女と吐き捨てるように愚痴る宇野に、思わず苦笑を浮かべる。麻希子とは宇野の恋人の事で、わざわざ彼女を巻き込んで接触してくる辺りが宇野の一番の不機嫌の原因だ。息子のことは勿論だが宇野は恋人を溺愛しているに、竜胆が態と男女関係を臭わせて裏工作してくるという。彼女がしつこく裏工作をしていると連絡を受けてから、宇野は宇野で色々と調べてくれて情報提供を重ねてくれていた。一番最近つまり昨日の連絡から、こうして顔を会わせることにしたのだ。前日の電話で竜胆貴理子は二十三年前の有名なホテル火災を調べていて、その唯一の生存者が二人にとっても知人だったという話。
「それで、武兄を探してる理由が分かったってどう言うことなんだ?雪。」
「言ったろ麻希子に絡んでるって。俺の可愛いお姫様は、天使だからあんな女でも心を開くんだ。」
聞いてると呆れたくなるようなノロケ混じりだが、宇野の恋人は確かに宇野と付き合えるくらいの不思議な相手なのだ。この合理主義者の宇野智雪が、その主義を放棄して何をおいても彼女を優先する溺愛に変えるくらい。それはあの竜胆貴理子にも有効だったらしく、彼女に打ち明けたのだと気がつく。
「麻希ちゃんが可愛いのは分かった、で?」
「………弟を探してるってさ。」
「弟?そんな馬鹿な。」
思わず信哉がそう呟くと、五代武を知っている宇野も目を細める。四神の存在を宇野は知らないが、五代武が有名なホテル火災の唯一の生存者だと言う話は前日の電話で話した。その時はまだ今の情報は知らなかった様子だったから、その後麻希子から連絡があったのだろう。
有名なホテル火災の生存者は家族の結婚式に来ていて、両親を含め親戚全員が焼死したという悲話は有名なのだ。
つまり、五代武には家族はいない。
だが、宇野の恋人は竜胆から確かにそう聞いたのだというのだ。
※※※
宇野と別れて考え込みながら歩く信哉の目の前に、当の彼女が佇む姿が現れた時信哉は戸惑いに満ちた視線で彼女を見つめた。夕暮れの道に佇む竜胆貴理子は虚無の塊のようで、何処か昨日の青年を彷彿とさせる。
内在する何かを表に出さない……、そんなのあり得るのか?
無言で佇む二人の周囲で沈んでいく夕日は暗闇へと変わり、その姿は黒い影のように闇に沈んでいった。五代武は今も生きていれば四十一歳になる筈だが、目の前の彼女はどう見ても三十代前半に見える。本当に彼女が弟を探していて、その弟が五代なら彼女は幾つなのか。女性は化粧で変わるとはいうが、目の前に居る女性が普通ではない事は既に明白なものだった。
不意に竜胆貴理子は、不快な笑みで唇を歪ませる。彼女は空虚で何も感じられないただの器の様に無機質な、それでいて不快な微笑みを見せた。チリッとその体から放たれる不快な感覚に、信哉は肌が拒絶の悪寒を訴えるのを感じる。
「あんたは、何者なんだ?」
彼女は虚ろに見える瞳で、真っ直ぐに信哉を見据え口を開く。
「私は……式にはいかなかった。知らなかったから。」
不意に呟いた彼女の言葉に式という単語を聞き取り、信哉は目を丸くして息を詰める。ホテル火災を既に臭わせているのであれば、五代武の家族が結婚式を目的にしていたのは調べられる可能性はあった。だが、その後の言葉に引っ掛かりを感じて、険しい表情の中で信哉は眉を寄せる。
調べられるかもしれないが、知らなかったと告げる必要はない。
その意識が彼に戸惑いを深めていく。闇に沈む彼女は暗く淀んだ瞳を異様な生きているものとは思えないような動きで信哉に向けながら、その口元は歪んだ微笑みを浮かべて言葉を繋ぐ。
「あの時三階以上に居て生き残ったのはたった一人だけだった。それも、たった一人無傷で。」
五代が語った話が脳裏をよぎり、信哉の体が強張る。自分が知っている筈の五代武の話の中には、彼女の存在は見当たらない。幾ら女性が化粧を施す事で年齢を上手く誤魔化せたとしても、彼女の予想される年齢は計算が合わないのに信哉は異様さに背筋に冷たいものが走るのを感じる。
「貴方は…誰なんだ?」
彼女はゆるりと首をかしげその問いかけに初めて意識らしい意志を光らせた瞳を信哉に向けた。
「同じような出来事が、何年、何十年の周期で起きる。」
彼女の意志は闇の底に沈む憎悪の光を宿して、真っ直ぐに闇に光を放つ涼しげな眼鼻立ちをした青年の姿を射抜く様に見る。今そこにあるのは確かに憎悪を含む、どす黒い気配の存在だった。問いかけた答えとは違うその言葉に信哉は戸惑いをかけせないままに彼女を見やる。
「その出来事に関わる者は、唯一を残して全て死ぬ。」
続いた言葉に彼は酷く自分の内面が動揺するのを感じた。彼女が何をどこまで知っているかは分からないが、その先に続く言葉を放たれるのは不快で仕方がない。
「やめろ…っ!」
「そして、その唯一も何時しか闇に消える。」
「やめろと言ってるんだ!」
激しい怒声に彼女は口元だけを微笑ませたまま、感情の見えないガラス玉のような瞳に憎悪を滲ませて信哉を射ぬいた視線を固まらせる。
その気配は不意に沸き起こるように闇に立ち上った。
目の前の竜胆貴理子の憎悪に引きずられ、虚無の壁がひび割れ砕け散る。その体の奥から溢れ出た異質の気配は、冷えた空気を侵食して信哉は息を飲んだ。目の前の彼自身までも一度に深い闇に飲み込まれていくような感覚に、背筋が凍っていくのがわかる。
こんな場所で…っ
周囲の気の変質の全てを肌で感じとりながら、戸惑いや躊躇いを感じる時間がないことは十分に理解していた。自分が生活する環境のど真ん中で、その空気が侵食を始めるのに眩暈に似た揺らぎを感じる。偶然人の目が途切れたとは言え周囲には沢山の住宅が広がっているのに、侵食は足元から見る間に広がり闇を照らす蛍光灯がヂヂヂと奇妙な音を立てて点滅した。信哉は激しい葛藤を感じ戸惑う。
くそ…、ここで闘うのか?
一瞬躊躇した為に目の前に起きた変化に、対処する術を失いつつあるのに彼は自分に怒りすら感じる。目の前にいるの女性は、もうまともな人間の姿とは思えなかった。揺るぎのない憎悪の瞳は暗い闇に沈み、まるで彼のよく知る人間以外のモノを思い起こさせている。
「…貴方は何者なの?……貴方達は何者なの?」
その気配の中で彼女が、呟くように言った言葉がふと途絶え戸惑うように視線が泳ぐ。相手の視線に気がついた瞬間、その空気を打ち破るように微かな熱気が横に吹き込んだような気がして背後を振り返った。
「忠志…。」
振り返りもせずに、それが誰か既に分かっていた。思わず安堵の言葉を溢した信哉に、隣に歩み寄った明るい金髪を揺らす青年は張り詰めた気配で目の前の姿を見据える。彼がいつも知っている人をからかう様な愛嬌のある表情は微塵もなく、険しい顔をした槙山忠志は普段と同じモノクロな色合いの服装だ。
きつい目元を普段よりも硬くした忠志は、ポケットに両手を突っ込んだままの憮然とした態度で歩み出る。それは静かだが闇を威圧するような気配を漂わせた。
「…あんたさぁ……何が知りたいか知らないけど、しつこい女は嫌われるんだぜ?」
相手の気配の異質さを本能的に感じ取った瞳は、微かに虹彩に紅玉の光を宿し渦を巻く。それを見た瞬間目の前の女性の表情が、不意に砕けるように変化した。今までの不気味さの中から何かが押し出されるように、表情が崩れ戸惑うような視線が漂うのに気がついて信哉と忠志は眉を潜める。まるで、何かを思い出そうとするかのような表情で、竜胆貴理子は後退り微かな苦悩の呻きを溢した。
「……何で?」
彼女は酷く人間らしい戸惑いに満ちた瞳で、忠志の顔を見つめ頭を振ったかと思うと呟きながら頭を抱える。二人が戸惑いに眉を潜めてその姿を視線で追うと、彼女はもう一度忠志の顔を見つめた。
「……何で、武に似てるって思ったのよ?だって、まだ、私、武を見つけてない、会ってないわ!」
その言葉に信哉が息を飲むのがわかる。彼女の体内からは更に濃厚な闇の気配が溢れだし、その体はまるで闇に開かれたゲートのように更に周囲を侵食し続けていく。
「会ってないのよ!なのに何で似てる?!」
「あんたは、彼の何なんだ?」
混乱して叫ぶ彼女の瞳が見開かれ、二人の姿をマジマジと見つめながら口を開きかけた。
「……私・は……。…………≪馬鹿な事を…。≫」
不意に溢れ落ちた異質な声音に、その場に居た全てが凍りく。
その異質な音は、確かに目の前にいる彼女の中から響き渡った。彼女自身の表情からもその声の存在が、予想だにしないものだった事が目に見えている。凍りついた表情の貴理子は両手で頭を抱えたまま、困惑に揺れる瞳で二人を見つめ何が起こっているか分からないと言いたげに口をつぐむ。
広がっていた侵食が突然彼女の足元だけに収束すると、信哉と忠志の周囲を照らす蛍光灯が再びヂヂヂと音を立てて一瞬消える。途端に竜胆貴理子の体が不意に音も立てずに異質な闇に引きずられたように飲み込まれ、その場から忽然と消え去っていた。想定できない状況に信哉と忠志は、唖然とした表情で彼女が消えた闇を見つめる。彼女の口からこぼれた声音には間違いなく、彼らが知りうるものの妖気を孕んだ気配が溢れ落ちていたのだ。
「…な…なんだよ…ありゃァ…?」
思わず口を突いて出た忠志の言葉の直後、張り詰めていた気が緩んだように隣に立っていた信哉の体がグラリと傾いでいた。
宇野智雪は少し特殊なタイプの人間だと、信哉は昔から知っている。どう特殊かと言えば、香坂智美を同じ年にしたと思えば簡単だ。昔から記憶力がよい人間だが、記憶力と言うよりは思考過程の方向性が香坂智美とよく似ている。合理主義で最短で効率良く最善の結果を求める、現実的で心霊や神秘的な存在なんて自分の目で見なければ全く信じない。そんな彼はその合理思考の中で自分なりの特殊な情報網を構築するのが、昔から異常に得意なのだ。そういう所が、あのモニター監視を一人で構築した香坂智美と似ていると感じる最大の理由だ。時折何処から聞いたんだと問いかけたくなるような情報網で、信哉と悌順を驚かせる彼は目下不機嫌な顔で珈琲をすする。
「で、そっちに最近姿をみせたか?」
宇野智雪に竜胆貴理子が接触したのは、実は大分前の事だった。竜胆貴理子は宇野の勤める出版社に、事務員のふりで暫く派遣社員として働いていたらしい。フリーライターとしての仕事はひた隠しにして、信哉と関わりのある宇野と菊池直人に取り入って距離をつめてきたのが先月に入ってからのことだ。
宇野には可愛い恋人がいて、その恋人や子供まで巻き込まれ、宇野の身辺は竜胆のお陰で不穏で落ち着かない。と言うのも実は宇野の連れ子の本当の父親が実は香坂智美の叔父に当たり、連れ子も密かにカメラアイを受け継いでいることが判明している。信哉が香坂智美を知っている事を宇野には説明ができないので、二人が従兄弟どうしに当たる事実は罪悪感は感じつつ彼には伝えていない。兎も角、香坂家に関しても探り回る竜胆のお陰で息子も落ち着かず、遂に学校でカメラアイに触れる言動をして騒ぎになったばかりなのだ。
「少し姿を消してるけど、麻希子に絡んでる。」
面倒な女と吐き捨てるように愚痴る宇野に、思わず苦笑を浮かべる。麻希子とは宇野の恋人の事で、わざわざ彼女を巻き込んで接触してくる辺りが宇野の一番の不機嫌の原因だ。息子のことは勿論だが宇野は恋人を溺愛しているに、竜胆が態と男女関係を臭わせて裏工作してくるという。彼女がしつこく裏工作をしていると連絡を受けてから、宇野は宇野で色々と調べてくれて情報提供を重ねてくれていた。一番最近つまり昨日の連絡から、こうして顔を会わせることにしたのだ。前日の電話で竜胆貴理子は二十三年前の有名なホテル火災を調べていて、その唯一の生存者が二人にとっても知人だったという話。
「それで、武兄を探してる理由が分かったってどう言うことなんだ?雪。」
「言ったろ麻希子に絡んでるって。俺の可愛いお姫様は、天使だからあんな女でも心を開くんだ。」
聞いてると呆れたくなるようなノロケ混じりだが、宇野の恋人は確かに宇野と付き合えるくらいの不思議な相手なのだ。この合理主義者の宇野智雪が、その主義を放棄して何をおいても彼女を優先する溺愛に変えるくらい。それはあの竜胆貴理子にも有効だったらしく、彼女に打ち明けたのだと気がつく。
「麻希ちゃんが可愛いのは分かった、で?」
「………弟を探してるってさ。」
「弟?そんな馬鹿な。」
思わず信哉がそう呟くと、五代武を知っている宇野も目を細める。四神の存在を宇野は知らないが、五代武が有名なホテル火災の唯一の生存者だと言う話は前日の電話で話した。その時はまだ今の情報は知らなかった様子だったから、その後麻希子から連絡があったのだろう。
有名なホテル火災の生存者は家族の結婚式に来ていて、両親を含め親戚全員が焼死したという悲話は有名なのだ。
つまり、五代武には家族はいない。
だが、宇野の恋人は竜胆から確かにそう聞いたのだというのだ。
※※※
宇野と別れて考え込みながら歩く信哉の目の前に、当の彼女が佇む姿が現れた時信哉は戸惑いに満ちた視線で彼女を見つめた。夕暮れの道に佇む竜胆貴理子は虚無の塊のようで、何処か昨日の青年を彷彿とさせる。
内在する何かを表に出さない……、そんなのあり得るのか?
無言で佇む二人の周囲で沈んでいく夕日は暗闇へと変わり、その姿は黒い影のように闇に沈んでいった。五代武は今も生きていれば四十一歳になる筈だが、目の前の彼女はどう見ても三十代前半に見える。本当に彼女が弟を探していて、その弟が五代なら彼女は幾つなのか。女性は化粧で変わるとはいうが、目の前に居る女性が普通ではない事は既に明白なものだった。
不意に竜胆貴理子は、不快な笑みで唇を歪ませる。彼女は空虚で何も感じられないただの器の様に無機質な、それでいて不快な微笑みを見せた。チリッとその体から放たれる不快な感覚に、信哉は肌が拒絶の悪寒を訴えるのを感じる。
「あんたは、何者なんだ?」
彼女は虚ろに見える瞳で、真っ直ぐに信哉を見据え口を開く。
「私は……式にはいかなかった。知らなかったから。」
不意に呟いた彼女の言葉に式という単語を聞き取り、信哉は目を丸くして息を詰める。ホテル火災を既に臭わせているのであれば、五代武の家族が結婚式を目的にしていたのは調べられる可能性はあった。だが、その後の言葉に引っ掛かりを感じて、険しい表情の中で信哉は眉を寄せる。
調べられるかもしれないが、知らなかったと告げる必要はない。
その意識が彼に戸惑いを深めていく。闇に沈む彼女は暗く淀んだ瞳を異様な生きているものとは思えないような動きで信哉に向けながら、その口元は歪んだ微笑みを浮かべて言葉を繋ぐ。
「あの時三階以上に居て生き残ったのはたった一人だけだった。それも、たった一人無傷で。」
五代が語った話が脳裏をよぎり、信哉の体が強張る。自分が知っている筈の五代武の話の中には、彼女の存在は見当たらない。幾ら女性が化粧を施す事で年齢を上手く誤魔化せたとしても、彼女の予想される年齢は計算が合わないのに信哉は異様さに背筋に冷たいものが走るのを感じる。
「貴方は…誰なんだ?」
彼女はゆるりと首をかしげその問いかけに初めて意識らしい意志を光らせた瞳を信哉に向けた。
「同じような出来事が、何年、何十年の周期で起きる。」
彼女の意志は闇の底に沈む憎悪の光を宿して、真っ直ぐに闇に光を放つ涼しげな眼鼻立ちをした青年の姿を射抜く様に見る。今そこにあるのは確かに憎悪を含む、どす黒い気配の存在だった。問いかけた答えとは違うその言葉に信哉は戸惑いをかけせないままに彼女を見やる。
「その出来事に関わる者は、唯一を残して全て死ぬ。」
続いた言葉に彼は酷く自分の内面が動揺するのを感じた。彼女が何をどこまで知っているかは分からないが、その先に続く言葉を放たれるのは不快で仕方がない。
「やめろ…っ!」
「そして、その唯一も何時しか闇に消える。」
「やめろと言ってるんだ!」
激しい怒声に彼女は口元だけを微笑ませたまま、感情の見えないガラス玉のような瞳に憎悪を滲ませて信哉を射ぬいた視線を固まらせる。
その気配は不意に沸き起こるように闇に立ち上った。
目の前の竜胆貴理子の憎悪に引きずられ、虚無の壁がひび割れ砕け散る。その体の奥から溢れ出た異質の気配は、冷えた空気を侵食して信哉は息を飲んだ。目の前の彼自身までも一度に深い闇に飲み込まれていくような感覚に、背筋が凍っていくのがわかる。
こんな場所で…っ
周囲の気の変質の全てを肌で感じとりながら、戸惑いや躊躇いを感じる時間がないことは十分に理解していた。自分が生活する環境のど真ん中で、その空気が侵食を始めるのに眩暈に似た揺らぎを感じる。偶然人の目が途切れたとは言え周囲には沢山の住宅が広がっているのに、侵食は足元から見る間に広がり闇を照らす蛍光灯がヂヂヂと奇妙な音を立てて点滅した。信哉は激しい葛藤を感じ戸惑う。
くそ…、ここで闘うのか?
一瞬躊躇した為に目の前に起きた変化に、対処する術を失いつつあるのに彼は自分に怒りすら感じる。目の前にいるの女性は、もうまともな人間の姿とは思えなかった。揺るぎのない憎悪の瞳は暗い闇に沈み、まるで彼のよく知る人間以外のモノを思い起こさせている。
「…貴方は何者なの?……貴方達は何者なの?」
その気配の中で彼女が、呟くように言った言葉がふと途絶え戸惑うように視線が泳ぐ。相手の視線に気がついた瞬間、その空気を打ち破るように微かな熱気が横に吹き込んだような気がして背後を振り返った。
「忠志…。」
振り返りもせずに、それが誰か既に分かっていた。思わず安堵の言葉を溢した信哉に、隣に歩み寄った明るい金髪を揺らす青年は張り詰めた気配で目の前の姿を見据える。彼がいつも知っている人をからかう様な愛嬌のある表情は微塵もなく、険しい顔をした槙山忠志は普段と同じモノクロな色合いの服装だ。
きつい目元を普段よりも硬くした忠志は、ポケットに両手を突っ込んだままの憮然とした態度で歩み出る。それは静かだが闇を威圧するような気配を漂わせた。
「…あんたさぁ……何が知りたいか知らないけど、しつこい女は嫌われるんだぜ?」
相手の気配の異質さを本能的に感じ取った瞳は、微かに虹彩に紅玉の光を宿し渦を巻く。それを見た瞬間目の前の女性の表情が、不意に砕けるように変化した。今までの不気味さの中から何かが押し出されるように、表情が崩れ戸惑うような視線が漂うのに気がついて信哉と忠志は眉を潜める。まるで、何かを思い出そうとするかのような表情で、竜胆貴理子は後退り微かな苦悩の呻きを溢した。
「……何で?」
彼女は酷く人間らしい戸惑いに満ちた瞳で、忠志の顔を見つめ頭を振ったかと思うと呟きながら頭を抱える。二人が戸惑いに眉を潜めてその姿を視線で追うと、彼女はもう一度忠志の顔を見つめた。
「……何で、武に似てるって思ったのよ?だって、まだ、私、武を見つけてない、会ってないわ!」
その言葉に信哉が息を飲むのがわかる。彼女の体内からは更に濃厚な闇の気配が溢れだし、その体はまるで闇に開かれたゲートのように更に周囲を侵食し続けていく。
「会ってないのよ!なのに何で似てる?!」
「あんたは、彼の何なんだ?」
混乱して叫ぶ彼女の瞳が見開かれ、二人の姿をマジマジと見つめながら口を開きかけた。
「……私・は……。…………≪馬鹿な事を…。≫」
不意に溢れ落ちた異質な声音に、その場に居た全てが凍りく。
その異質な音は、確かに目の前にいる彼女の中から響き渡った。彼女自身の表情からもその声の存在が、予想だにしないものだった事が目に見えている。凍りついた表情の貴理子は両手で頭を抱えたまま、困惑に揺れる瞳で二人を見つめ何が起こっているか分からないと言いたげに口をつぐむ。
広がっていた侵食が突然彼女の足元だけに収束すると、信哉と忠志の周囲を照らす蛍光灯が再びヂヂヂと音を立てて一瞬消える。途端に竜胆貴理子の体が不意に音も立てずに異質な闇に引きずられたように飲み込まれ、その場から忽然と消え去っていた。想定できない状況に信哉と忠志は、唖然とした表情で彼女が消えた闇を見つめる。彼女の口からこぼれた声音には間違いなく、彼らが知りうるものの妖気を孕んだ気配が溢れ落ちていたのだ。
「…な…なんだよ…ありゃァ…?」
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