GATEKEEPERS  四神奇譚

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第三部

第四幕 護法院僧坊

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凄まじい音をたてて落雷が地面を揺さぶる中、移動を指示する言葉に配下の動きは緩慢だった。何しろ危険性を感じられる者達が四神の活躍でその危険が一端途切れた事を訴え、この嵐の中の移動の方が危険だと感じてすらいる。それは勿論星読にも理解はできたが、白虎の言葉を疑うことも出来ない。一端危険が途切れたのなら近郊にいる白虎なら直ぐ様知らせをくれそうだが、それはまだもたらされていないのだ。つまりは一瞬危険が去ったように見えるだけとは言えないだろうか。少なくともこの場だけはおさめて何とか力の弱い者から待避を指示した矢先に、今度はあの東条が姿を見せて再びそれをひきとめてしまった。
東条巌。
正直友村礼慈はこの男を嫌っている。星読として有能だと言われて直ぐに、礼慈が成長したら子供を作らせないとと平然といい放ったこの男は、人を遺伝子の種くらいにしか見ない。しかもただの人間の礼慈にその扱いなのだから、四神に対してはもっと酷い。五代が苦い顔で精子の凍結保存の話をしていたが、それを採取するのに何を強いられたかと思うとゾッとする。

まだこんなにこいつに賛同者がいたなんて。

しかも賛同者が年を重ねた者なら兎も角、今東条巌に賛同しているのは、この間雲英に追随していた者達だった。お陰で星読の自分の言葉を彼らは聞こうとしないで、院の中は二つに割れてしまっている。今更だがこいつが雲英の後ろで手をひいていたのかと舌打ちしたくなる上に、目の前の男が別種の人間に生まれ変わりつつあるのも理解した。
東条巌は視ることも封じることも出来ない人間だったのに、今の目の前の男はどうみても弱いながら木気を宿している。



※※※



智美が拝謁の間の四方の壁に描かれていたモノを、密かに礼慈と敷島湊には説明してくれていた。自分達に与えられた能力ももしかすれば同じ起源かもしれない、四神の力の源流についての秘文。
それは太古に生まれて人の世を好きなように操った、四つの巨悪。
それらは人間と戦ったわけではなく、実は互いに利権を欲して喰らいあったのだ。そのそれぞれを傷つけあい力を結晶に変えて吐き出す四つの巨悪は、人外でありながら人外ではなかったのだという。それは原始に生まれた五行の塊を飲み込んだ最初の人ではない特殊な存在。そうして結晶にして飛び散らせた力の塊は、あるものは生き物に突き刺さり魂と同化し、あるものは闇の底に降り落ちて砕けそれから生まれる人外の種になった。
激しい争いを繰り返す巨悪のせいで、人が大勢死に絶望が辺りを埋め尽くそうとするなか、麒麟が現れ果てた巨悪の死骸の欠片から結晶を多く身に受けてしまった人間の命を助ける代わりに四神を産み出したのだ。そして、やがて巨悪が全て滅んだ時、麒麟は四神にそれぞれ何かを預けてこの世から去ったのだという。
院がそれから間もなく作られたのは力の欠片を身に受け、絶望や激しい感情に飲まれると結晶が人間を苗床にして芽吹くからだ。そんな人間をなるべく一処に集めておけば、芽吹く前に何らかの対処ができる。そのための知識を血に直接植え付けられたのが他でもない香坂の一族で、式読が香坂家にしか産まれないのはこのためだ。
長い年月の間に結晶を受けて続く血脈は交わり、結晶自体を打ち消し会うこともあれば同じものを集めるように継承されていくものもある。それの顕著な症例が恐らく友村礼慈や敷島湊であり、四神の鳥飼信哉であるのだろう。
つまりは誰でも四神のような気を持つ可能性を秘めている。
ただし同時にそれには木崎蒼子のような症例があるのを忘れてはならない。
強い絶望に飲まれ気を芽吹かせると、同時にそれは人外に近づくのと同じだ。四神のようにそれに関して律する事を説明されることもなく、感情のままに呑まれ続けるとその人間は虚のように人外を惹き付ける。惹き付けるだけなら兎も角、もし人外を体内に宿すと、結果としては体内にそれらの世界との通路を形成してしまう。基盤として木崎蒼子のように強い能力を潜在的に持っていれば、幾分自我を保てるのだろうが、普通の人間にそれが可能とは思えない。

何故なら人外の渇望は人間の本能に近い。

それは結晶をはなった原始の人外がその欲に忠実だったからに違いない。
食欲、性欲、そんな本能に触る欲を欲しがる強い力が、それを得るために有利な特殊能力を与える。それに抗うのは普通の人間にはとても難しい、だからやがては破滅する。破裂するように芽吹いたものが文字通り人間をの呑み込み、良ければ死体が残るだけだが、悪くすると人外が殻を破って出てくる。その人外は今も密かに人の世界に潜んでいるかもしれない。何しろこの国で年間に失踪するのは、年間八万人もいるのだ。その中に弱くとも人外にすり変わった人間がいたら?それが人間のふりをし続け家庭まで持っていたら?今度は人間と人外の混血が産まれるなんて事が起きるのかもしれない。
そう考えるだけでも気分が悪くなると智美は呟いた。だが根元が同じなら、自分達だって同じ危険性を秘めている、そう言った智美は苦い顔で偶々人間として生きていられるだけで、人外になってることにも気がつかない元人間がいてもおかしくないのかもなと呟くのだ。

だから四神は選ばれる。
それに堪えうる人間だけが。
絶望にも堪え、人のために人生を捧げても揺るがない者だけが選ばれる。



※※※



東条はそんな人間ではない。
私利私欲で人を傷つけても殺しても平気な人間が木気を身に付ける危険性は、星読の目には恐怖でしかなかった。それが式読と二人きりになるのを遮ろうにも、東条の賛同者が阻んでくる。忌々しい傾倒はまるで心酔に近くて、知らぬ間にここまで侵食されていたと気がつくと吐き気すら感じてしまう。

どうにか……

そう考えた瞬間、激しく瓦に叩きつける豪雨の音が途切れたような気がした。辺りがシンと静けさに呑まれた感覚に、星読は色盲の筈の目が雷光の中に何かを見たのに気がつく。まだ誰もその姿に気がついていないが、星読の目だけがそれをましょうめんに見つめていた。
深く闇に沈み雨の中にくすんでいた孟宗竹の竹林が、まるで二つに裂けたように割れていてそこに黒く大きな影が佇んでいる。巨大で人間とは思えないほどの大きな影なのに頭は人間の形をしているのに、体は犬のように毛皮で覆われ手足は虎のように歪んでいた。そして、全身が真っ黒な影にしずんでいるのに、それが争いあう自分達を見据えているのが分かる。

ニタリ

猪の牙を生やした口角が歪んだのを見た瞬間、星読は背筋が凍るのを感じた。こんな数メートルもない目の前に、どうみても人間の形に近い強い能力を持つ人外が獲物を見る視線で立ち尽くしている。

「逃げろ!!」

そう咄嗟に星読が叫んだのと、一番そいつに近い場所にいた作務衣の上半身が一瞬で消えたのは殆ど同時だった。消えたと思ったのは人外が闇の中から顔をつきだして男の頭から腹までを一口で食ったからで、次の瞬間には残った半分も口の中に呑まれていく。ゴリゴリと骨を噛み砕く音がまるで雷鳴のように辺りに響き、ある者はポカーンとそれを見上げ、ある者は一瞬で青ざめる。それがあっという間に手近な数人を噛み砕く迄、全くそれの存在に気がつかずにいた人間が何人かいたことの方が驚きだったくらいだ。
そこからは完全な阿鼻叫喚の地獄絵図。
星読が作っておいた白檀の沈香を投げつけても、それが怯むのはほんの一瞬。激しい雨が香を洗い流してしまって効果の殆どを得られないまま、逃げ惑う者を頭から齧る人外の姿に絶望の悲鳴が上がる。

遅かった

逃げるようにと白虎が告げたのは別な相手なのか、この目の前の災悪なのかは分からない。ただこの状況ではあっという間に全て喰われかねないのは理解できている。分かってはいたが、逃げ惑い追い込まれていくのは山門の側ではなく拝謁の間のある奥の院だった。
一瞬東条がいるのは失念していて、拝謁の間には僅かながらに五行の気を遮断する法印があるのだけが頭に浮かぶ。ほんの僅かでも何かに縋るしかないし、少しでも生き延びるための手段を探すしかない。白虎は少なくとも近郊いる筈だと信じたいし、こちらに向かってくれていると信じるしかなかった。扉は硬く閉じられていたが、数人の圧力に負けて弾けるように開かれて人が雪崩れ込む。

「智美さん!」

そう叫んだ瞬間不機嫌そうな東条の顔が目に入り、背後の人間に噛みつく人外の姿に悲鳴が上がる。人外の妖気に当てられてか普段はそれぞれに光を放つモニターが一斉にブツンと音をたててブラックアウトを起こした。真っ暗になる筈の室内が激しい銀の光に包まれて、今にも壁から這い出してきそうな四神の姿を浮かび上がらせるのに雪崩れ込んだ者達が息を飲む。星読ですらこの銀の光の絵は見たことがないのは、この銀の光が四神とは別種の力に反応しているからだと気がつく。
それが東条なのか、はたまた背後の人外なのかは考える隙もない。何しろ星読の目の前に既に人外の巨大な口が頭から齧りつこうと迫っていた。

「礼慈!!」

叫んだ声に重なるように唐突に頭上から音もなく巨大な白銀の光が落ちてきて、四足を床に爪を立てて全身から発光する。神々しいばかりの白い虎の姿は壁から這い出したように見えるが、それは確かな存在感を放って猛々しく咆哮した。

「白虎!」

安堵の声に重なるように背後に降り立つ気配が強く気を放つと、拮抗してしまうのか銀光が掻き消され辺りが鈍いひび割れるような軋みに呑まれていく。流石に本気で二つの気に対応しきれる建物なんかあるわけがないのは、考えなくても理解できる。

『星読、下がれ!』

白虎の口から漏れる青年の声に我に返った星読が、まだ生き残っている人間を奥に促す。慌てて逃げ惑う人間の中に東条だけが不満げに星読の顔をみやり、入り口から人外が入り込もうとするのを遮る白虎の姿を目を細めた。
東条巌は、ずっと以前から鳥飼信哉に固執している。
それは彼が鳥飼澪の息子でもあるからで、鳥飼澪の卵子も遺体も手に入れられなかった後から目に見えて酷くなった。遺伝性はないと何度も結果が出るのに、そんな筈はないと言い張ったのは鳥飼信哉が次の白虎になったからだ。しかも、鳥飼信哉は先代が生きているうちに生まれたのが、東条の固執を病的に変えた。
智美が話した事を前提に考えれば、自ずと答えはみえるようになる。強い潜在能力を秘めていて、しかも鳥飼澪よりも絶望に堪えうる強靭さ。幼い頃から幾つも不安や絶望に堪え、しなやかさを失わなかったのが鳥飼澪の息子だっただけ。そして鳥飼澪が既に死を目前に助かりようがなかっただけで、他に同じ条件が重なれば起こりうる事態だったのではないだろうか。だが、この男はそれは鳥飼澪の遺伝子のなせるわざだと信じて疑わなかった。

「未だに……のさばっているか、化け物め。」

吐き捨てるように呟く言葉には、それを解き明かせず怨みにすり変わった東条の執着が垣間見える。おぞましいがそれに今何が出来る訳でもなく、沈黙したモニターの向こうの智美に駆け寄った礼慈に智美は目を細めて辺りを素早く見渡した。

「……逃げ道を作ってくれないか、青龍。」

このままでは四神も戦いにくいと告げると、中空にいた蒼い龍麟が軽やかな音をたてるのが聞こえた。その音を聞いて初めて頭上に音もなく既に美しい龍がいたのに気がつく。渡された柱には炎の塊のような朱雀の姿。彼らが戦わずにそこにいるのは、人間がいるのと、仁外の妖気を相殺してくれているのに周囲も気がついている。
ここにいる者達は殆どが青龍と朱雀を目前にすることがない者達で、自分達の上空に姿を見せた神々しい光を放つ初めて見る四神の姿に息を飲んでいた。それでやっと誰もが雲英の金気に驚きはしたが、目の前の神々しいばかりの姿は元から桁が違うのだと初めて気がつかされている位だ。

これまで四神が間近にいなかった弊害……。

四神を人として尊重していたら今の状況はなかったし、その原因を作ったのは院の存在自体で目の前に居座る東条巌の主導のせいでもある。それをどうこう言う前に先ずは待避を優先すべきなのは礼慈にも智美にも理解できていたが、この建物が人ではどうしようもなく堅固なのが退路の確保の邪魔をしていた。

「もうここは終わりだ、建物を破壊して構わない。」

迷わずそう言い放った智美の言葉に呼応するように、シャラシャラと龍の鱗が鳴り壁の一角が膨れて弾けるように外に向けて轟音と共に飛び散った。開けられた開口部から勢いよく雨が吹き込んで来るのに、我先に中にいた人間が外に溢れ出す。このまま逃げ出せるとは思わないが、拝謁の間に押し込められているよりは生存率は上がりそうだと思ったのにそこに立つ姿を目にして智美は息を飲んでいた。
そこには激しい雨に濡れながら立ち尽くした女性の歪んだ笑顔があった。
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