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予後
148.
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ここにいると何故か自分が、以前のシュンイチに戻ってしまう。
そう理解しているのにどうしてもこの街から離れられないのは、何故かここいらには未だにアキコの気配があるからだった。それはつまり心の中でシュンイチが、アキコに何とかまた会いたいと思っているからに違いない。これがどれだけ馬鹿げた考えなのかくらいは十分に理解しているし、アキコはきっとあれからずっと東北で穏やかに幸せに暮らしているという意識は勿論頭の片隅にはちゃんとある。それなのに何故かこの街にいると、アキコが何時かは自分のところに戻ってくるような気がするのだ。だから意地でもここら辺にいないとならないとシュンイチは、頭の中で繰り返すばかり。
家に帰ると……家で夕飯を作って待っている…………
そんなバカな事を考えながら実家から逃げ出して、街に戻り住んでいたアパートのあった場所にシュンイチは足を向ける。ところが近付くにつれ次第に違和感を感じ始め、シュンイチは改めて二ヶ月という期間の行方不明が何を生じたのかマザマザと目につきつけられていた。
アパート…………が、ない………………
笑える。なんで目の前が更地なんだろう。しかも大家夫妻の住んでいた一軒家もなくて、二階建て十室のおんぼろアパートもない、広大な更地。これで足元がタイルみたいに滑らかなら、シュンイチはここで這いずってたかと言いたいような広さで、しかも新たな工事通告まである。道路は何一つ変わらないのに、何故か目の前には自分が暮らしていたアパートがなかった。そして砂利に敷き詰められた更地は、大通りに抜ける道路が造成される予定とフェンスで囲われているのだ。
大きな道路が通るのか…………そりゃ便利だな。
元々十室入居に二人か三人しか入っていないような寂れた老朽化したアパートだったし、年末の行方不明になる前アンザイの事件がおきた辺りには既にシュンイチ一人しかいないような気もしていた。何故なら拘束され身動きのとれないシュンイチが近隣に助けを求めたのは絶叫という手段だったのだ。個人的にとてつもない悲鳴だったと思うが、発見されるまで大分時間がかかってシュンイチは情けない程泣きじゃくりながら助けを求め続けていたのだった。もし同じ建物の中に人がいたらもう少し早く見つけてもらえた気もするし、その後シュンイチは吐物とドブ汁と排泄物まみれの酷い姿で階段まで歩いたが、その時に何事かとアパートの扉を開けた人間は一人もいない。自分だけがあのボロアパートに住んでいたのだ。そして二ヶ月という長い間に最後の居住者が行方不明で音沙汰もなく、その男の両親が荷物を処分していいと言ったのならアパートが撤去され更地になっていてもおかしくはないかもしれない。だか、それなら出ていくと言った時に母親は何故何も言わず、まるで安堵したように微々たる金銭を手渡したのか。
…………実家にいるうちに言えばいいだけだろ…………くそ……っ……そんなに…………
溜め息が出るほどに両親の事が何一つ信じられなくなってしまって、まるで全ての人間から親の敵のように目の敵にされている気分だった。
何かって…………?母さんが、俺にしたようなこと?
母に向かってその言葉を口にしてから母親はまるで他人を見るようにシュンイチを遠巻きに見ていて、声をかけてもろくすっぽ返事すらしない。まるで汚物か何かのように遠巻きに嫌々という風に接してきて、昔のシュンイチに対する母親の過保護は自分の妄想なんじゃないかと思う。しかもあからさまな態度の変化が恐ろしいと思うのは、何時切り替わってまた折檻する気になるか分からないのと、母親が何一つ悪いことはしていないと自分で考えているのが一目でシュンイチにも分かるからだ。それについて父と話してみようにも父の方はもっと以前からシュンイチを厄介者として見ていて、それが何時からなのか分からない自分がいる。大体にして父親らしいことを一度でも話したこともなければ、まともに会話すらしたことがないのに気がついてこれも今更なんだなと思うほどだ。これで弟が実家に住んでいたら違うだろうかとは思うが、この街から少し離れた場所にいる弟は、既にこの兄の事は毛虫のごとく嫌っている。
住む場所も失って以前のバイト先も当然解雇されていて、一先ずは纏まった金額が貯まるまで日雇いのアルバイトや住み込みのアルバイト、駅前にあるネットカフェで繋ぐ。女連れでは出禁になっているカラオケボックス・エコーに男だけなら入れないかと思ったが、行ってみたらカラオケボックスの方が現在都合により長期休業となっていて閉店していたのには流石にガッカリした。
時折、すれ違う人間が自分の体臭に眉を潜めるのが分かる。只でさえ定住して風呂に入れないのに、風呂に入る方法は数少なく、しかも洗濯をするのも難しい。汗でキツい体臭に人が不快そうに眉を寄せるのは分かっていても、シュンイチは逃げるようにしてその場を離れるしかできないでいる。それでも何とか足掻いてぼろアパートに住めるようになって、最低限人間らしく…………昔から考えたらきっと驚くが、一先ずは生きていくにはスマホがあれば何とかなる。白物家電がなくても、だ。
少しずつ余裕ができたら買えばいいと思いながら、日雇いのバイトを繰り返し尚且つ中古でノートパソコンだけは手にいれてしまうのは仕方がない。何しろカタカタとキーを打ち込んでいると、少なくとも気分が落ち着くのだ。前のようにオープンチャットで君臨することはなくても覗いたりして時間を過ごすことはなんとか可能になって、戻ってきて直ぐ再開したモギとサダトモの交流は前ほどではない。何しろ再び少しだけ交流していても以前ほどシュンイチを崇める訳でもないのは、言われなくても分かるし不在の理由をシュンイチ自身が説明できないのもある。
「ヤネオさん、新しい雌奴隷ちゃんまだっすか?」
奴隷どころか女に出会うこともないのに、久々に街中で顔を会わせたモギがそう笑いながら言う。思わず顔がひきつるのを感じながらシュンイチはもう少ししたらなと呟くが、そんな相手になりそうな女を探すどころか金もないし余裕もない。それでもモギとサダトモには奴隷を飼うのは無理だと言えないのは、自分のプライドが許さないのだ。そんな中で顔をあわせるモギとサダトモは、相変わらず呑気で何も考えもせずに暮らしているように見えて内心苛立ちすら感じる。街中の喧騒が勘に触り思わず奥歯を噛みながら歯を向きだし笑うのは、闇の中は静かだったと奇妙に心が呟くのを耳の後ろに聞いているからだ。喧騒から逃れて帰宅したシュンイチは、軋む程に奥歯を噛みながら考える。
………………そんな楽しげに呑気に暮らせるのも今のうちなんだぞ。
若いうちしかそんな暮らしは出来ないと頭の中で考えた瞬間、シュンイチは自分が彼らの持つ三十代の若さに激しく嫉妬していることに気がつく。四十三歳のシュンイチには、もうない若さと自由。それに気がついた瞬間にゾッとするのが分かって、シュンイチは慌てて自分の顔を鏡で見つめた。
鏡の向こうに再びあの老人の顔が現れるのではと心の中で不安に飲まれながら、鏡の中の自分の顔を見据える。そこには老人ではないが、酷く老けて草臥れた真っ直ぐに顔が見つめ返していた。繰り返し奥歯を噛む癖のせいか口角の横は深く皺が刻み込まれ、肌には幾つもシミが浮いていて、どうみても五十代としか見えない自分の顔。思わず両手の指でその頬を握るようにしても、何も変わらない老いた自分にシュンイチは目を見張り嗄れた呻き声を上げていた。このままではあの時の一瞬の変容ではなく、永遠にあのおぞましい老人の顔に変わってしまうかもしれない。そんなことは最悪すぎて考えたくもないが、目にした顔は確かに老いている。年老いているのだ。
若さってどうしたら戻る?俺はこんな老けていい男じゃない、歳を重ねてもイケメンのまま渋さだけを重ねていく筈だ。
そう訳の分からない事を心の中で叫びながら、シュンイチはは若々しい中年の特徴を必死に考え出す。そうして必死に考え付いた結果は、シュンイチらしいと言えばシュンイチらしいのかもしれない突飛な思考だった。
性欲だよ!そういうのが二ヶ月どころじゃなく俺には不足してる!若い女とやらないで、枯れてる!
何処かの誰かに聞かせたら馬鹿じゃないかと言われそうな結論。それでも老いに怯える今のシュンイチはまるで藁にでも縋る思いで必死に固執した。そしてまるでその思いにとりつかれたように、狂ったように女漁りをシュンイチは始めていたのだ。
※※※
これは運命だと信じるしかないが、入室したのはピンクの文字でハルと名乗る女だった。
《初めまして、ハルといいます。》
《はじめまして、ハル。俺はフィ。》
相変わらず以前と同じハンドルネームだが、今は人気もないし覗いている人間もいないからそんなことはどうでもいい。少なくともこの釣り上げられそうな女を、どうにか確保して以前の自分を取り戻すのが先決なのだと頭が叫ぶ。この僅かな切っ掛けを取り逃したら、シュンイチにはますます老いて駄目になってしまう。枯れ果てて老いて誰にも気がつかれずに朽ち果てる。土蔵の中で揺れる子供のように何時までも永遠に干からび朽ちて、誰にも見つけてもらえない。
《フィってどんな意味ですか?》
意味なんて忘れた。それにそんなものはどうでもいいから、さっさと股を開け。俺の太くて固くて立派な逸物に膝まづき有り難く頬擦りして、愛を捧げて舐めしゃぶり股座の穴にズッポリと根本まで咥え込め。そう怒鳴り付けているなんて、モニターの向こうには分かるはずもない。若い女、馬鹿でも愚図でもなんでもいい、股座の穴に捩じ込ませればいいだけで、シュンイチの吐き出した老いごと奥底でドロドロの精子をタップリ受け止めればいいだけなんだ。
《フィクションのフィかな。》
《なるほど、ネットの中ってフィクションみたいなものですもんね。》
頭が良さそうなふりをした答えだが、女の頭なんて対して重要ではない。大事なことはここまでまだ邪魔は何一つ入らないし、この女は雌だ、自分に喰われるためにここにきた雌なのだ。誰も来ない、この女は自分への生け贄で、取りこぼす筈もないのだと繰り返す。清楚そうな初心な雌犬がモニターの向こうにいて、そいつが網にかかろうとしているのを確信してもいる。
《始めてお話ししたのに、何だか安心しますね。》
ほらみろ。そうモニターの前でシュンイチは、一人声をあげて笑っていた。これは予定されたことで、この雌はシュンイチのものになりたがって当然なのだ。何しろこの雌はワザワザ、ここにシュンイチを探してやってきたのだから。そう頭の中で囁く声に、不意に自分自身の冷静な声が問いかけてくる。
何故そう思えるんだ?今まで何度それで繰り返してきた?
まるで土蔵の中でのことを言われたように、ギクリと体が凍りつく。何度も何度も、何十も何百も、恐らく何千回もあの土蔵の中で自分は同じことを繰り返して、あの掠れた声に諭されるまでそれに気がつきもしなかった。何度も自分に似た子供を蹴り飛ばし殴り殺して、何度も繰り返しアキコに似た子供を拷問して性的になぶり尽くして。それを忘れた訳じゃないよなと自分の心が囁きかけてくるのに、自分自身が二つに割れてしまっている気がする。繰り返してはいけないと言う自分と、枯れ果てて干からびたくないならやらないとと言う自分。そして従うのは結局は変わらず
《そうかな、ソフトSって言われるけどね。》
《良かった、ちょっと怖かったけど貴方なら。》
貴方なら。シュンイチなら、そうシュンイチだから選ばれるのだ。何しろシュンイチには何も知らない無垢な女を奴隷にした経験があるし、そしてアキコに似た女を探し求めているのは獲物を探す肉食獣のように鋭い。だからシュンイチのような主を求める女が寄ってくる、そう心で歓喜の声で言うのに、自分自身が酷く深い溜め息をつくのが聞こえた。
愚かだな……
自分にそんなことを言われる筋合いはない。自分を欲しがる女がいるのだから、存分に捩じ込み精液を吐き出して満足する迄犯してやるまでだ。控えめに見える会話からもハルは少しずつSMに興味があると匂わせてくるが、とはいえあまり詳しくはないのが言葉の端々に分かる。というよりも性的に余り経験がなさそうだから、もしかしたら耳年増なだけの若い女かもしれないと思う。
まるで……アキみたいな………………
ハルは聞けばまだ二十三歳なのだと言うし、上京して就職して一年足らず。今まで出会った彼氏とかではなくて、言葉責めやら露出とかいう知識をネットで知って興味が出てきたのだというが、そう言うものを調べると言うことはそう言う嗜好の人間だということ。最初のアキコがそうだったように、ハルは
そうして二人が会う算段をつけたは、シュンイチがハルと会話を始めてほんの一時間もしない間のことだった。
そう理解しているのにどうしてもこの街から離れられないのは、何故かここいらには未だにアキコの気配があるからだった。それはつまり心の中でシュンイチが、アキコに何とかまた会いたいと思っているからに違いない。これがどれだけ馬鹿げた考えなのかくらいは十分に理解しているし、アキコはきっとあれからずっと東北で穏やかに幸せに暮らしているという意識は勿論頭の片隅にはちゃんとある。それなのに何故かこの街にいると、アキコが何時かは自分のところに戻ってくるような気がするのだ。だから意地でもここら辺にいないとならないとシュンイチは、頭の中で繰り返すばかり。
家に帰ると……家で夕飯を作って待っている…………
そんなバカな事を考えながら実家から逃げ出して、街に戻り住んでいたアパートのあった場所にシュンイチは足を向ける。ところが近付くにつれ次第に違和感を感じ始め、シュンイチは改めて二ヶ月という期間の行方不明が何を生じたのかマザマザと目につきつけられていた。
アパート…………が、ない………………
笑える。なんで目の前が更地なんだろう。しかも大家夫妻の住んでいた一軒家もなくて、二階建て十室のおんぼろアパートもない、広大な更地。これで足元がタイルみたいに滑らかなら、シュンイチはここで這いずってたかと言いたいような広さで、しかも新たな工事通告まである。道路は何一つ変わらないのに、何故か目の前には自分が暮らしていたアパートがなかった。そして砂利に敷き詰められた更地は、大通りに抜ける道路が造成される予定とフェンスで囲われているのだ。
大きな道路が通るのか…………そりゃ便利だな。
元々十室入居に二人か三人しか入っていないような寂れた老朽化したアパートだったし、年末の行方不明になる前アンザイの事件がおきた辺りには既にシュンイチ一人しかいないような気もしていた。何故なら拘束され身動きのとれないシュンイチが近隣に助けを求めたのは絶叫という手段だったのだ。個人的にとてつもない悲鳴だったと思うが、発見されるまで大分時間がかかってシュンイチは情けない程泣きじゃくりながら助けを求め続けていたのだった。もし同じ建物の中に人がいたらもう少し早く見つけてもらえた気もするし、その後シュンイチは吐物とドブ汁と排泄物まみれの酷い姿で階段まで歩いたが、その時に何事かとアパートの扉を開けた人間は一人もいない。自分だけがあのボロアパートに住んでいたのだ。そして二ヶ月という長い間に最後の居住者が行方不明で音沙汰もなく、その男の両親が荷物を処分していいと言ったのならアパートが撤去され更地になっていてもおかしくはないかもしれない。だか、それなら出ていくと言った時に母親は何故何も言わず、まるで安堵したように微々たる金銭を手渡したのか。
…………実家にいるうちに言えばいいだけだろ…………くそ……っ……そんなに…………
溜め息が出るほどに両親の事が何一つ信じられなくなってしまって、まるで全ての人間から親の敵のように目の敵にされている気分だった。
何かって…………?母さんが、俺にしたようなこと?
母に向かってその言葉を口にしてから母親はまるで他人を見るようにシュンイチを遠巻きに見ていて、声をかけてもろくすっぽ返事すらしない。まるで汚物か何かのように遠巻きに嫌々という風に接してきて、昔のシュンイチに対する母親の過保護は自分の妄想なんじゃないかと思う。しかもあからさまな態度の変化が恐ろしいと思うのは、何時切り替わってまた折檻する気になるか分からないのと、母親が何一つ悪いことはしていないと自分で考えているのが一目でシュンイチにも分かるからだ。それについて父と話してみようにも父の方はもっと以前からシュンイチを厄介者として見ていて、それが何時からなのか分からない自分がいる。大体にして父親らしいことを一度でも話したこともなければ、まともに会話すらしたことがないのに気がついてこれも今更なんだなと思うほどだ。これで弟が実家に住んでいたら違うだろうかとは思うが、この街から少し離れた場所にいる弟は、既にこの兄の事は毛虫のごとく嫌っている。
住む場所も失って以前のバイト先も当然解雇されていて、一先ずは纏まった金額が貯まるまで日雇いのアルバイトや住み込みのアルバイト、駅前にあるネットカフェで繋ぐ。女連れでは出禁になっているカラオケボックス・エコーに男だけなら入れないかと思ったが、行ってみたらカラオケボックスの方が現在都合により長期休業となっていて閉店していたのには流石にガッカリした。
時折、すれ違う人間が自分の体臭に眉を潜めるのが分かる。只でさえ定住して風呂に入れないのに、風呂に入る方法は数少なく、しかも洗濯をするのも難しい。汗でキツい体臭に人が不快そうに眉を寄せるのは分かっていても、シュンイチは逃げるようにしてその場を離れるしかできないでいる。それでも何とか足掻いてぼろアパートに住めるようになって、最低限人間らしく…………昔から考えたらきっと驚くが、一先ずは生きていくにはスマホがあれば何とかなる。白物家電がなくても、だ。
少しずつ余裕ができたら買えばいいと思いながら、日雇いのバイトを繰り返し尚且つ中古でノートパソコンだけは手にいれてしまうのは仕方がない。何しろカタカタとキーを打ち込んでいると、少なくとも気分が落ち着くのだ。前のようにオープンチャットで君臨することはなくても覗いたりして時間を過ごすことはなんとか可能になって、戻ってきて直ぐ再開したモギとサダトモの交流は前ほどではない。何しろ再び少しだけ交流していても以前ほどシュンイチを崇める訳でもないのは、言われなくても分かるし不在の理由をシュンイチ自身が説明できないのもある。
「ヤネオさん、新しい雌奴隷ちゃんまだっすか?」
奴隷どころか女に出会うこともないのに、久々に街中で顔を会わせたモギがそう笑いながら言う。思わず顔がひきつるのを感じながらシュンイチはもう少ししたらなと呟くが、そんな相手になりそうな女を探すどころか金もないし余裕もない。それでもモギとサダトモには奴隷を飼うのは無理だと言えないのは、自分のプライドが許さないのだ。そんな中で顔をあわせるモギとサダトモは、相変わらず呑気で何も考えもせずに暮らしているように見えて内心苛立ちすら感じる。街中の喧騒が勘に触り思わず奥歯を噛みながら歯を向きだし笑うのは、闇の中は静かだったと奇妙に心が呟くのを耳の後ろに聞いているからだ。喧騒から逃れて帰宅したシュンイチは、軋む程に奥歯を噛みながら考える。
………………そんな楽しげに呑気に暮らせるのも今のうちなんだぞ。
若いうちしかそんな暮らしは出来ないと頭の中で考えた瞬間、シュンイチは自分が彼らの持つ三十代の若さに激しく嫉妬していることに気がつく。四十三歳のシュンイチには、もうない若さと自由。それに気がついた瞬間にゾッとするのが分かって、シュンイチは慌てて自分の顔を鏡で見つめた。
鏡の向こうに再びあの老人の顔が現れるのではと心の中で不安に飲まれながら、鏡の中の自分の顔を見据える。そこには老人ではないが、酷く老けて草臥れた真っ直ぐに顔が見つめ返していた。繰り返し奥歯を噛む癖のせいか口角の横は深く皺が刻み込まれ、肌には幾つもシミが浮いていて、どうみても五十代としか見えない自分の顔。思わず両手の指でその頬を握るようにしても、何も変わらない老いた自分にシュンイチは目を見張り嗄れた呻き声を上げていた。このままではあの時の一瞬の変容ではなく、永遠にあのおぞましい老人の顔に変わってしまうかもしれない。そんなことは最悪すぎて考えたくもないが、目にした顔は確かに老いている。年老いているのだ。
若さってどうしたら戻る?俺はこんな老けていい男じゃない、歳を重ねてもイケメンのまま渋さだけを重ねていく筈だ。
そう訳の分からない事を心の中で叫びながら、シュンイチはは若々しい中年の特徴を必死に考え出す。そうして必死に考え付いた結果は、シュンイチらしいと言えばシュンイチらしいのかもしれない突飛な思考だった。
性欲だよ!そういうのが二ヶ月どころじゃなく俺には不足してる!若い女とやらないで、枯れてる!
何処かの誰かに聞かせたら馬鹿じゃないかと言われそうな結論。それでも老いに怯える今のシュンイチはまるで藁にでも縋る思いで必死に固執した。そしてまるでその思いにとりつかれたように、狂ったように女漁りをシュンイチは始めていたのだ。
※※※
これは運命だと信じるしかないが、入室したのはピンクの文字でハルと名乗る女だった。
《初めまして、ハルといいます。》
《はじめまして、ハル。俺はフィ。》
相変わらず以前と同じハンドルネームだが、今は人気もないし覗いている人間もいないからそんなことはどうでもいい。少なくともこの釣り上げられそうな女を、どうにか確保して以前の自分を取り戻すのが先決なのだと頭が叫ぶ。この僅かな切っ掛けを取り逃したら、シュンイチにはますます老いて駄目になってしまう。枯れ果てて老いて誰にも気がつかれずに朽ち果てる。土蔵の中で揺れる子供のように何時までも永遠に干からび朽ちて、誰にも見つけてもらえない。
《フィってどんな意味ですか?》
意味なんて忘れた。それにそんなものはどうでもいいから、さっさと股を開け。俺の太くて固くて立派な逸物に膝まづき有り難く頬擦りして、愛を捧げて舐めしゃぶり股座の穴にズッポリと根本まで咥え込め。そう怒鳴り付けているなんて、モニターの向こうには分かるはずもない。若い女、馬鹿でも愚図でもなんでもいい、股座の穴に捩じ込ませればいいだけで、シュンイチの吐き出した老いごと奥底でドロドロの精子をタップリ受け止めればいいだけなんだ。
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頭が良さそうなふりをした答えだが、女の頭なんて対して重要ではない。大事なことはここまでまだ邪魔は何一つ入らないし、この女は雌だ、自分に喰われるためにここにきた雌なのだ。誰も来ない、この女は自分への生け贄で、取りこぼす筈もないのだと繰り返す。清楚そうな初心な雌犬がモニターの向こうにいて、そいつが網にかかろうとしているのを確信してもいる。
《始めてお話ししたのに、何だか安心しますね。》
ほらみろ。そうモニターの前でシュンイチは、一人声をあげて笑っていた。これは予定されたことで、この雌はシュンイチのものになりたがって当然なのだ。何しろこの雌はワザワザ、ここにシュンイチを探してやってきたのだから。そう頭の中で囁く声に、不意に自分自身の冷静な声が問いかけてくる。
何故そう思えるんだ?今まで何度それで繰り返してきた?
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《そうかな、ソフトSって言われるけどね。》
《良かった、ちょっと怖かったけど貴方なら。》
貴方なら。シュンイチなら、そうシュンイチだから選ばれるのだ。何しろシュンイチには何も知らない無垢な女を奴隷にした経験があるし、そしてアキコに似た女を探し求めているのは獲物を探す肉食獣のように鋭い。だからシュンイチのような主を求める女が寄ってくる、そう心で歓喜の声で言うのに、自分自身が酷く深い溜め息をつくのが聞こえた。
愚かだな……
自分にそんなことを言われる筋合いはない。自分を欲しがる女がいるのだから、存分に捩じ込み精液を吐き出して満足する迄犯してやるまでだ。控えめに見える会話からもハルは少しずつSMに興味があると匂わせてくるが、とはいえあまり詳しくはないのが言葉の端々に分かる。というよりも性的に余り経験がなさそうだから、もしかしたら耳年増なだけの若い女かもしれないと思う。
まるで……アキみたいな………………
ハルは聞けばまだ二十三歳なのだと言うし、上京して就職して一年足らず。今まで出会った彼氏とかではなくて、言葉責めやら露出とかいう知識をネットで知って興味が出てきたのだというが、そう言うものを調べると言うことはそう言う嗜好の人間だということ。最初のアキコがそうだったように、ハルは
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