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2[ヴィル]
宮殿の女主人
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◇◆◇
披露目の会を終えたリアに、俺もエムブラ宮殿に行きたいと伝えた。
言い訳をしようと思えばいくらでも羅列できたが、素直にそばにいたい、直接話をしたいと伝えた。
彼女は快諾し、宮殿に俺の部屋を用意してくれた。完璧な執務室が個室の隣にあり、(やるかどうかは別として)早朝や深夜でも仕事を片付けることができるようになっていた。
部下達から常々「破格の待遇を受けている」と聞いていたが本当だった。
彼女が用意してくれた個室は、護衛の仮眠部屋の域を遥かに越えた広さだ。アレンなどは「実家よりも居心地が良い」と言っている始末。
話を聞いているかぎり家族待遇だとは思っていたが、これはほとんど夫待遇だ。俺とアレン、それからフィデルの三人だけかと思ったら、きちんとマークの部屋も用意されていた。
アレンとフィデルに至っては私物をすべて運び入れてしまい、すっかりエムブラ宮殿の住人になっている。
敷地内にある護衛用の宿舎にも行ってみたが、清潔で何もかもがきちんと整っており、使用人たちが花を飾ってくれていた。
食堂にいた部下達に声を掛けると、口を揃えて騎士団宿舎よりも快適だと言う。
提供される量に制限はあるが、夜の食堂で少しだけバーが開くことがあるそうだ。貢物として届いた酒を回してくれているらしい。
俺と副団長はリアと同じ時間に食事をとるように言われた。しかも、差支えなければ同じテーブルでどうぞ、と言う。
彼女は料理人の長時間労働を問題視しており、彼らの業務効率を上げるために可能な限りまとめて調理して提供するよう指示していた。同じテーブルにつけば、まとめて作るだけでなく、まとめて配膳できるため、さらに効率が上がるというのだ。
おかげで我々は毎食が可憐な神薙との食事会となり、楽しくて仕方がない。
リアは食べ物の貢物にも悩まされていた。
披露目の会以降、神薙へ貢物が贈れるようになった。最初のうちは夫になりたい連中からの下心がたんまりと届いていたが、徐々に各地から様々な農作物や加工食品が増え始めた。
とても小食の神薙一人で食べ切れる量ではないのだが、リアは食品を無駄にすることを極端に嫌う神薙だ。
食べ物を寄付できる場所はないかと聞かれたが、公の施設にそういった場所はなかった。
彼女は使用人や騎士団のまかない料理にも使うよう命じ、料理人達は瓶詰めの保存食なども積極的に作っていた。しかし、次々と届くため、いよいよお手上げ状態になった。
リアは袋をたくさん用意し、小分けにして希望者が持ち帰れるようにした。使用人の中には通いの者も多く、子育て中の者もいる。
しかし、思わぬ高級食品の差し入れに、使用人たちは貰って良いものか戸惑ってしまい、すぐには手が出なかった。
途方に暮れるリアにアレンが声を掛け、彼女の話を聞き取ると配布物の前に貼り紙を出した。
我が神薙は、己が口に入れているものは命であり、それを育てた民がいることを知っている。
我が神薙は、己のために捧げられた命と、多大なる民の労働に感謝と敬意を払う。そして、与えられたものは残さず頂くことが人として最低限わきまえるべき礼節であると考えている。
我が神薙は、これらの食材を廃棄することは、尊い命と民の労働を捨てることと同様であると知っている。
我が神薙は、何らかの対策を打とうとしているが、本日時点では打つ手がないため心を痛めている。
もし、家で待つ子を育て、家族の健康を守ることに使えるのであれば持ち帰るように。
実に彼らしい文だったが、それを読んだ使用人達は喜んで家族のために持って帰った。
リアがぱあっと笑顔を見せたので、彼も満足そうだった。
リアの完璧な女主人ぶりに驚いていると、アレンが言った。
「当の本人は散歩のついでにお喋りをしているだけの感覚なので、屋敷のことは『すべて執事長に任せきり』だと思っています」
「こんなに働いているのにか?」
「宮殿の面倒を見ることを仕事だと思っていない節があります」
「なんだと?」
「度々『仕事がしたい』と新聞の求人広告を食い入るように見ていて……」
「新聞の求人て……それはヒト族向けの労働だろうが」
「どうもそれが彼女の思う仕事のようです。そのうち応募したいと言い出すかも知れません」
「神薙がヒト族の労働……?」
頭がクラクラした。
俺とリアは労働に関する考え方が少し違うようだ。
世の貴婦人が尊い仕事だと思ってやっている女主人の役割は、彼女にとって散歩と雑談らしい。
「警備上の都合だと言って却下することは可能です」
「そうしよう」
「しかし、そもそも彼女は収入を得たいと言っています。ずっと税金のお世話になるわけにはいかないと」
「……頭が痛いな」
「匿名で商会を興せると良いのでは? 例のパイなら売れます。店には出ず、企画とか役員のような形で」
「菓子店か。悪くない。少し検討しよう」
神薙がヒト族のように働きたがるとは想定外だ。
人目に触れる頻度が高くなると、身分がバレる危険度も高まる。万が一バレた場合や、仕事中の安全面などを考慮すると……エムブラ宮殿の中で完結する仕事にしたほうが良いだろう。
忘れないよう手帳に『リアの商会を作る』と書いておいた。
披露目の会を終えたリアに、俺もエムブラ宮殿に行きたいと伝えた。
言い訳をしようと思えばいくらでも羅列できたが、素直にそばにいたい、直接話をしたいと伝えた。
彼女は快諾し、宮殿に俺の部屋を用意してくれた。完璧な執務室が個室の隣にあり、(やるかどうかは別として)早朝や深夜でも仕事を片付けることができるようになっていた。
部下達から常々「破格の待遇を受けている」と聞いていたが本当だった。
彼女が用意してくれた個室は、護衛の仮眠部屋の域を遥かに越えた広さだ。アレンなどは「実家よりも居心地が良い」と言っている始末。
話を聞いているかぎり家族待遇だとは思っていたが、これはほとんど夫待遇だ。俺とアレン、それからフィデルの三人だけかと思ったら、きちんとマークの部屋も用意されていた。
アレンとフィデルに至っては私物をすべて運び入れてしまい、すっかりエムブラ宮殿の住人になっている。
敷地内にある護衛用の宿舎にも行ってみたが、清潔で何もかもがきちんと整っており、使用人たちが花を飾ってくれていた。
食堂にいた部下達に声を掛けると、口を揃えて騎士団宿舎よりも快適だと言う。
提供される量に制限はあるが、夜の食堂で少しだけバーが開くことがあるそうだ。貢物として届いた酒を回してくれているらしい。
俺と副団長はリアと同じ時間に食事をとるように言われた。しかも、差支えなければ同じテーブルでどうぞ、と言う。
彼女は料理人の長時間労働を問題視しており、彼らの業務効率を上げるために可能な限りまとめて調理して提供するよう指示していた。同じテーブルにつけば、まとめて作るだけでなく、まとめて配膳できるため、さらに効率が上がるというのだ。
おかげで我々は毎食が可憐な神薙との食事会となり、楽しくて仕方がない。
リアは食べ物の貢物にも悩まされていた。
披露目の会以降、神薙へ貢物が贈れるようになった。最初のうちは夫になりたい連中からの下心がたんまりと届いていたが、徐々に各地から様々な農作物や加工食品が増え始めた。
とても小食の神薙一人で食べ切れる量ではないのだが、リアは食品を無駄にすることを極端に嫌う神薙だ。
食べ物を寄付できる場所はないかと聞かれたが、公の施設にそういった場所はなかった。
彼女は使用人や騎士団のまかない料理にも使うよう命じ、料理人達は瓶詰めの保存食なども積極的に作っていた。しかし、次々と届くため、いよいよお手上げ状態になった。
リアは袋をたくさん用意し、小分けにして希望者が持ち帰れるようにした。使用人の中には通いの者も多く、子育て中の者もいる。
しかし、思わぬ高級食品の差し入れに、使用人たちは貰って良いものか戸惑ってしまい、すぐには手が出なかった。
途方に暮れるリアにアレンが声を掛け、彼女の話を聞き取ると配布物の前に貼り紙を出した。
我が神薙は、己が口に入れているものは命であり、それを育てた民がいることを知っている。
我が神薙は、己のために捧げられた命と、多大なる民の労働に感謝と敬意を払う。そして、与えられたものは残さず頂くことが人として最低限わきまえるべき礼節であると考えている。
我が神薙は、これらの食材を廃棄することは、尊い命と民の労働を捨てることと同様であると知っている。
我が神薙は、何らかの対策を打とうとしているが、本日時点では打つ手がないため心を痛めている。
もし、家で待つ子を育て、家族の健康を守ることに使えるのであれば持ち帰るように。
実に彼らしい文だったが、それを読んだ使用人達は喜んで家族のために持って帰った。
リアがぱあっと笑顔を見せたので、彼も満足そうだった。
リアの完璧な女主人ぶりに驚いていると、アレンが言った。
「当の本人は散歩のついでにお喋りをしているだけの感覚なので、屋敷のことは『すべて執事長に任せきり』だと思っています」
「こんなに働いているのにか?」
「宮殿の面倒を見ることを仕事だと思っていない節があります」
「なんだと?」
「度々『仕事がしたい』と新聞の求人広告を食い入るように見ていて……」
「新聞の求人て……それはヒト族向けの労働だろうが」
「どうもそれが彼女の思う仕事のようです。そのうち応募したいと言い出すかも知れません」
「神薙がヒト族の労働……?」
頭がクラクラした。
俺とリアは労働に関する考え方が少し違うようだ。
世の貴婦人が尊い仕事だと思ってやっている女主人の役割は、彼女にとって散歩と雑談らしい。
「警備上の都合だと言って却下することは可能です」
「そうしよう」
「しかし、そもそも彼女は収入を得たいと言っています。ずっと税金のお世話になるわけにはいかないと」
「……頭が痛いな」
「匿名で商会を興せると良いのでは? 例のパイなら売れます。店には出ず、企画とか役員のような形で」
「菓子店か。悪くない。少し検討しよう」
神薙がヒト族のように働きたがるとは想定外だ。
人目に触れる頻度が高くなると、身分がバレる危険度も高まる。万が一バレた場合や、仕事中の安全面などを考慮すると……エムブラ宮殿の中で完結する仕事にしたほうが良いだろう。
忘れないよう手帳に『リアの商会を作る』と書いておいた。
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