昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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5[ヴィル]

夫の重圧

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 オルランディアは隣国と戦をしている。
 今すぐ急にどうという話ではないが、万が一、俺が戦に行き、ちょっと間違えてコロッと死んだりしたら、彼女はどうなってしまうのだろう。
 アレンがどうにかしてくれるとは思うが、あれほど力のある神薙だ。全力で泣いた日には、大陸は大嵐に見舞われるに違いない。
 王都が水没する様を心配しながら死んでいくかわいそうな俺……そんなの落ち着いて死んでもいられない。不安で頭がどうにかなりそうだ。
 二人きりの時間を楽しみたいとは思うが、あらゆる状況が「お前だけでは足りない」「お前では役不足」と言っているような気がしてしまう。

 クリスはあごヒゲをワシワシといじり、眉間にシワを寄せて目を閉じた。彼が何かを言おうか言うまいか迷っているときの癖だ。
 こいつ、何か知っていて隠しているのか……?

「それ、書記と話してみてはどうだろう」と、彼は窓の外をチラリと見ながら言った。
「アレンと? なぜだ」
「ん~~~」
「何か聞いたのか?」
「いや、聞いたというか見たというか……」
「何を!」
 クリスめ、何を隠している。

「舞踏会の日の話なのだが……」
「なんだ、言いづらいことなのか?」
「いや、別に隠していないようだから話してもいいのだろうな~、と」
「何を?」
「実は、書記クンとリア様がだな……」
「おっ?」

 何か来る。何かが来るぞ。俺だけが知らない何かが今、ここで明かされようとしている。
「アレンとリアがどうした!」
 俺はわずかに身を乗り出した。

「それがな……蜜イチゴを互いに食べさせ合っていた。『あーん』という感じで」
「なっ、なんだってーーーッッ!」

 き、来たーーっっっ!
 そら見たことか! 叔父上め、俺にめちゃくちゃ説教をしやがって! やはりあの二人は愛し合っているではないか!
 ……と思ったが、俺はあえて平静を装った。
「お、俺はそんな話、アレンから聞いていないぞ」
「あえて言わないようにしていたらしいぜ?」と、クリスは言う。

 うおおおぉぉぉ、アレンっ!! 水くさいじゃないか! なぜ話してくれないのだ!
 リアも秘密にしていたのか? さては俺に気を使っているな?
 しかし、なんだこの胸にモヤモヤするものは!

「う、うれしいが、やはり妬けるな。それは二人の秘密ということなのかな?」
「お前以外は皆知っている」
「なんてことだ。いつからそういう関係になったのだろう……」
「闘病中のようだ。俺は知らなかったのだが、あいつは自力で食事もできない状態だったらしい。そのあたりの話は過酷すぎて聞いているだけでゾッとしたが、意外にも二人は楽しそうにその時の話をしてくれた」

 かつて、彼を守るためにリアは命を懸けた。
 手を取り合って困難を乗り越え、そこで二人の愛は深まったに違いない。楽しい思い出として話せてしまうぐらいに……。
 そういう意味では、あの時、俺は追い出されて正解だったということだ。
 婚約破棄されるのではと肝を冷やしたが、俺が二人をくっつけたも同然ではないか。

「それで、それで?」
 俺はぐいぐいと身を乗り出した。
「やり始めたのは書記だ」

 アレンは小さな金のフォークで蜜イチゴをぷすりと刺し、彼女の口に運びながら「あーん」と言った。
 恥じらいながらも小さな口を開け、それを食べる彼女。
 部外者には決して見せない優しい微笑みを浮かべながら「美味しいですか?」と、アレンは尋ねた。
 彼女は赤らめた頬に両手を当てて「すごぉ~~い」と言ったらしい。

「そこで書記が『ふふ、まるであなたが蜜イチゴのようですね』と言って……」
「い、いやらしすぎるっ!! なんて破廉恥な!」
 俺は地団駄を踏んだ。
「どこが破廉恥なんだよ」と、クリスはあきれている。
「『俺が君を食べたい』という話ではないのか?」
「違うわ、アホウ! 微笑ましいほうだ。兄妹っぽい感じのほう!」

 は……? 兄妹だと?

「溺愛する兄と、兄を慕うかわいい妹みたいな感じだな」と、クリスは言った。
「それ、本当に深い仲になっているのか?」
「だから本人に聞いてみろと言っている。そうなっているのなら、お前のしたい情報交換ができるだろう?」
「もしかして、ただ互いに世話を焼いていただけの可能性もあると?」
「まあ、そうだな。しかし、それほど親しい間柄なのだぞ?」
「口づけはしていたか?」
「いいや、ピッタリ身を寄せ合って座っているくらいで、そこまではしていない」

 ……それはおそらく、深い関係ではないな。

 急に肩の力が抜けてしまった。
 残念と安堵が入り乱れ、自分でも感情がよくわからない。
 蜜イチゴの話だけにもっと甘い話なのかと思っていたのだが、どうやらそうではなさそうだ。

「そう気を落とすな」と、彼は言った。「お前の次に親しい男はアレン・オーディンスで間違いない」
「そうだな……」
「何かをきっかけに急に関係が深まることだってあるだろう?」
「俺が二人をくっつければいいのかな?」
「露骨にやるなよ? たまーに、さりげなーく、だ」
「わかった、任せろ」

 クリスのおかげで一つわかったことがある。
 俺も急にくっつかれると心の準備が間に合わないということだ。
 リアに新しい夫ができるたび、うれしいと嫉妬が混ざり合った複雑な気持ちと向き合っていくことになる。自分のためにも、少しずつ二人が距離を縮められるよう支援していこう。

 頭の後ろで手を組み、深く背もたれに寄りかかると、思わずため息が漏れた。
「なかなか思いどおりにならないものだな。自分の感情すらもそうだ」
「リア様が蜜イチゴに感激していたぞ」と、彼は片方の眉を上げた。
「そうかぁ。リアが好きなら作ってみるかな?」
「作り方を知っているのか?」と、彼は目を丸くしている。
「蜜イチゴ農家から『畑の神』と呼ばれた学生バイトなんて、俺ぐらいのものだろう。畑でしか役に立たない王家特有のアホみたいな地属性魔法が使えるし」
「【すげえ土】みたいな名前のクソ魔法だろ?」
「ダサいから皆には内緒にしていたが、最近こっそり使っている。すげえ土を作らせたら、俺よりすげえ者はいないと自負している」
「お前は釣りも上手いし、生きていくには困らないよな」と、彼は楽しそうに笑った。
「蜜イチゴを作ったら、リアは俺にも『あーん』をやってくれるだろうか。羨ましいよな」
 俺がそう言うと、彼は豪快に噴き出した。
「書記が言っていたとおりの反応!」と大笑いしている。

 俺は目を閉じて想像してみた。
 リアが髪を耳にかけ、頰を赤らめながら艶々とした桃色の唇をわずかに開……ッ!
「ぐっ、は……っ!」
「ヴィル? どうした?」
「く、口移しの『あーん』を想像したら、リアがかわいすぎてヤバい。禁欲中の身には刺激が強すぎる……っ」
「なんて幸福な大ばか野郎だ」
「ここにいないのに、もうかわいい!」
「有益な情報を提供できてよかったよ」と、彼は手の平を見せて言った。
「ありがとう。やはり俺に夫仲間は必要不可欠だ。それが確信できた」

 さあ、忙しくなるぞ。
 俺は手帳に新たな仕事を書き加えた。

 一、叔父と茶会の打ち合わせをする。
 二、クリスを二人目の夫にオススメする。
 三、フィリップを探して呼び戻す。
 四、リアとアレンの仲を取り持つ。
 五、蜜イチゴを作る。

 やることが一気に増えた。
「しかし、俺に不可能はないっ!」
「帰るのか?」と、クリスが聞いた。
「ああ、また来るよ。長々と邪魔して悪かったな」と、俺は答えた。
「えっ? ちょっ……」

 俺がツカツカ歩き出すと、後ろでクリスがバタついていた。
 何かゴチャゴチャ言っている。
 話し忘れたことでもあったのだろうか。

「ちょっ、ちょっと待て、ヴィル! おい!」
「んっ、どうした?」
 俺は振り返った。
「ここ、お前の部屋! 片付けと戸締まり! あと外套がいとうも忘れている!」
「えっ? ……あっ、そうだった! ここ俺の部屋か! あまりにも殺風景だから」
「だから家具を置けって言ってんだよ!」

 俺たちは大笑いしながらカップを片付け、にぎやかに王宮を後にした。
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