80 / 392
2[リア]
アレン先生
しおりを挟む
アレンさんはお茶を飲んで一拍置き、「私は王命で神薙警護の任務に就いています」と話し始めた。
「神薙の安全を脅かすものが生き物ならば戦います。マングースでもウミウシでも。何でも来いです」
「うっ……これ一生言われそうな予感」
「ふふふ。今回の件は私があなたのそばにいたならば絶対に起こり得ない事件です。しかし、事件の直前、私はあなたのそばにいられませんでした。そこには三つの大きな障害がありました」
一つ目は、神薙法の不備。
二つ目は、それに基づいたお見合いの進め方。
そして三つ目は、関わっている文官の能力、と彼は言った。
「特に重要視しているのは『神薙法』という環境要因です。内容が明後日の方向を向いています。見合いの定義など、頭おかしいのかと言いたくなるような条文です」
「そ、そうなのですねぇ」
彼はメガネの位置を直しながら、「法がおかしいというのは非常に厄介な問題です」と言った。
何か判断に困った人が原点に立ち戻って考えようとしたとき、神薙法を読んでしまうと判断をことごとく誤ることになる、と彼は言う。
お見合いの目的や時間、それから進め方などが神薙法の中で定義されているそうだ。
フリートーク形式にしたいとか、護衛を中に入れたいとか、わたし達のあらゆる要望が「決まりなので」と跳ね返されたのはそのせいだった。
また、王宮でやっているはずの身辺調査も、同じ理由で機能しなくなっていたらしい。
第一騎士団は再三に渡り、神薙法の改善案や改善要望を出してきたそうだ。
ヴィルさんが何度も催促のために王宮へ出向いたものの、思うように処理されなかったとか。
「仮に法がおかしくても、現場にいる者が柔軟に判断すれば良かったのです。現に我々もそうしています。王宮にもそれができる有能な者が当初いました。しかし、別件で王に引き抜かれ、途中で変わってしまったのです」
陛下も大きな会議の前で大変だったらしく、わたしのお見合いを任せていた優秀な人材を引っ張らざるを得なかったようだ。
「この国の法は、王が自分でひとつひとつ裁かなくても良いように定めたものです。法に関しての責任は王にあります」
「はい」
「そして、文官を雇っているのも王です。彼らの能力不足もまた、王の責任です」
「……アレンさん達からしてみれば、『神薙を守れと言っておきながら、それ以外がメチャクチャなのはどういうことだ』となりますよね?」
「そう。まさにそれです」
王が作った法と、王に雇われている人々が、王命を背負っている騎士の仕事を邪魔している、と彼は言った。
「あれこれ手を尽くしている間に事件が起きてしまいました。もう『やんわり諫める』などと言っている場合ではありません。そこで団長は迷わず手続きに踏み切りました」
アレンさんはそこで一度話を止め、わたし達に少し考える時間をくれた。
全員が話を反芻して頷いたのを確認すると、また話を進めた。
第一騎士団は神薙警護の任務を最優先とするため、環境が改善されるまではあらゆる法を無視することも辞さないと宣言した。
「これは王を諫めるのと同時に、騎士が王に対してできる最大の反発と抗議でもあります」
「そ、そんな大変なことになってしまって……」
「そして、これは王都騎士団の総意でもあります」
十三条は一つの騎士団が手続きしただけでは効力を発揮しない。別の騎士団長が客観的視点で書類を読み、それが騎士の行動規範と心得に則っていることを確認して支持を表明する。その時点でようやく発効するそうだ。
今回、くまんつ様が支持したため、即日発効した。
さらに翌日、騎士団長会議で全騎士団が支持を表明したそうだ。
今、イケオジ陛下は、近衛以外のすべての騎士から、こと神薙に関して不信任を突き付けられた形になっている。
これまで陛下の保護下にあったわたしは、一時的に第一騎士団長の保護下に移った。
対応が終わるまでの間、王と王宮はわたしに一切関与ができなくなる。
ヴィルさんが「少し時間をくれ」と言ったのは、王宮からわたしを引き剥がす最終兵器「十三条」の手続きをする時間をくれ、という意味だったのだろう。
お見合いの予定もすべて白紙になったらしい。
まるで、神薙に限定したクーデターのようだった。
「あのぅ、第三騎士団が駐禁の取り締まりをしていたという話は?」と、わたしは尋ねた。
アレンさんは少し困った顔でウーンと唸った。
「本当は、神薙のことを外部に喋るのはいけないことなのですが……」
「あー……。でも、くまんつ様とヴィルさんは幼馴染ですから」
「表向きそう言っていますが、実は彼らは乳兄弟なのです。幼馴染には違いないのですが、もう少し深い絆があります」
「そうだったのですねぇ」
「神薙法や十三条のことについては、随分前から二人で話をしていたようです。そして、クランツ団長が密かに手続きの準備を進めていました。そうでなければ今頃私が書類作りをしていたと思います」
「またお礼をしなくてはですねぇ」と言うと、アレンさんは眉尻を下げた。
「調子が良くなってからにしましょうね?」
「ハイ、あのお薬から解放されてからですね」
「それが良いでしょう」
ヴィルさんとくまんつ様は事件の予兆のような情報に触れていたものの、いつどこで誰が何をしてくるかまでは分かっていなかったそうだ。
くまんつ様は護衛と離れなければ何とかなると考え、護衛を撒いた前科のあるわたしに「絶対に離れるな」と忠告をしてくれた。
ヴィルさんもまたお見合いの現場が狙われるのではないかと考え、護衛をお見合いの部屋に入れさせろと交渉してくれていた。
まあ、なんというか……
つくづく、日本は安全で良かったなぁ(汗)と思う。
「わたしから強く改善をお願いしていたら、また状況が違っていたのかも知れませんねぇ」
そう言うと、アレンさんの眉がさらに下がった。
「またリア様は、そういうことを言って私の庇護欲を煽る」
「今思うと、わたしらしくなかった気がして。もっとこう、ガッと言い返すとか、何かすれば良かったです。今さらですけれども、どうして黙って我慢してしまったのかな? と思ったりして」
「リア様は私に守られていればいいのですよ。これは、そばにいられなかった私が悔やむことであって、あなたは何も悪くありません」
「でも、アレンさんに何かあったら困るので……」
「私が勝てないのは、あなたとクランツ団長のひどい絵だけです」
「俺のリス?」
「あれは思い出しただけで死にそうになります」
周りの皆も画伯の絵を思い出したのか、一斉に吹き出した。
「あ……そういえば」
「はい?」
「アレンさん、お見合いがなくなったということは、わたしは何をしたら良いのでしょう?」
「神薙の安全を脅かすものが生き物ならば戦います。マングースでもウミウシでも。何でも来いです」
「うっ……これ一生言われそうな予感」
「ふふふ。今回の件は私があなたのそばにいたならば絶対に起こり得ない事件です。しかし、事件の直前、私はあなたのそばにいられませんでした。そこには三つの大きな障害がありました」
一つ目は、神薙法の不備。
二つ目は、それに基づいたお見合いの進め方。
そして三つ目は、関わっている文官の能力、と彼は言った。
「特に重要視しているのは『神薙法』という環境要因です。内容が明後日の方向を向いています。見合いの定義など、頭おかしいのかと言いたくなるような条文です」
「そ、そうなのですねぇ」
彼はメガネの位置を直しながら、「法がおかしいというのは非常に厄介な問題です」と言った。
何か判断に困った人が原点に立ち戻って考えようとしたとき、神薙法を読んでしまうと判断をことごとく誤ることになる、と彼は言う。
お見合いの目的や時間、それから進め方などが神薙法の中で定義されているそうだ。
フリートーク形式にしたいとか、護衛を中に入れたいとか、わたし達のあらゆる要望が「決まりなので」と跳ね返されたのはそのせいだった。
また、王宮でやっているはずの身辺調査も、同じ理由で機能しなくなっていたらしい。
第一騎士団は再三に渡り、神薙法の改善案や改善要望を出してきたそうだ。
ヴィルさんが何度も催促のために王宮へ出向いたものの、思うように処理されなかったとか。
「仮に法がおかしくても、現場にいる者が柔軟に判断すれば良かったのです。現に我々もそうしています。王宮にもそれができる有能な者が当初いました。しかし、別件で王に引き抜かれ、途中で変わってしまったのです」
陛下も大きな会議の前で大変だったらしく、わたしのお見合いを任せていた優秀な人材を引っ張らざるを得なかったようだ。
「この国の法は、王が自分でひとつひとつ裁かなくても良いように定めたものです。法に関しての責任は王にあります」
「はい」
「そして、文官を雇っているのも王です。彼らの能力不足もまた、王の責任です」
「……アレンさん達からしてみれば、『神薙を守れと言っておきながら、それ以外がメチャクチャなのはどういうことだ』となりますよね?」
「そう。まさにそれです」
王が作った法と、王に雇われている人々が、王命を背負っている騎士の仕事を邪魔している、と彼は言った。
「あれこれ手を尽くしている間に事件が起きてしまいました。もう『やんわり諫める』などと言っている場合ではありません。そこで団長は迷わず手続きに踏み切りました」
アレンさんはそこで一度話を止め、わたし達に少し考える時間をくれた。
全員が話を反芻して頷いたのを確認すると、また話を進めた。
第一騎士団は神薙警護の任務を最優先とするため、環境が改善されるまではあらゆる法を無視することも辞さないと宣言した。
「これは王を諫めるのと同時に、騎士が王に対してできる最大の反発と抗議でもあります」
「そ、そんな大変なことになってしまって……」
「そして、これは王都騎士団の総意でもあります」
十三条は一つの騎士団が手続きしただけでは効力を発揮しない。別の騎士団長が客観的視点で書類を読み、それが騎士の行動規範と心得に則っていることを確認して支持を表明する。その時点でようやく発効するそうだ。
今回、くまんつ様が支持したため、即日発効した。
さらに翌日、騎士団長会議で全騎士団が支持を表明したそうだ。
今、イケオジ陛下は、近衛以外のすべての騎士から、こと神薙に関して不信任を突き付けられた形になっている。
これまで陛下の保護下にあったわたしは、一時的に第一騎士団長の保護下に移った。
対応が終わるまでの間、王と王宮はわたしに一切関与ができなくなる。
ヴィルさんが「少し時間をくれ」と言ったのは、王宮からわたしを引き剥がす最終兵器「十三条」の手続きをする時間をくれ、という意味だったのだろう。
お見合いの予定もすべて白紙になったらしい。
まるで、神薙に限定したクーデターのようだった。
「あのぅ、第三騎士団が駐禁の取り締まりをしていたという話は?」と、わたしは尋ねた。
アレンさんは少し困った顔でウーンと唸った。
「本当は、神薙のことを外部に喋るのはいけないことなのですが……」
「あー……。でも、くまんつ様とヴィルさんは幼馴染ですから」
「表向きそう言っていますが、実は彼らは乳兄弟なのです。幼馴染には違いないのですが、もう少し深い絆があります」
「そうだったのですねぇ」
「神薙法や十三条のことについては、随分前から二人で話をしていたようです。そして、クランツ団長が密かに手続きの準備を進めていました。そうでなければ今頃私が書類作りをしていたと思います」
「またお礼をしなくてはですねぇ」と言うと、アレンさんは眉尻を下げた。
「調子が良くなってからにしましょうね?」
「ハイ、あのお薬から解放されてからですね」
「それが良いでしょう」
ヴィルさんとくまんつ様は事件の予兆のような情報に触れていたものの、いつどこで誰が何をしてくるかまでは分かっていなかったそうだ。
くまんつ様は護衛と離れなければ何とかなると考え、護衛を撒いた前科のあるわたしに「絶対に離れるな」と忠告をしてくれた。
ヴィルさんもまたお見合いの現場が狙われるのではないかと考え、護衛をお見合いの部屋に入れさせろと交渉してくれていた。
まあ、なんというか……
つくづく、日本は安全で良かったなぁ(汗)と思う。
「わたしから強く改善をお願いしていたら、また状況が違っていたのかも知れませんねぇ」
そう言うと、アレンさんの眉がさらに下がった。
「またリア様は、そういうことを言って私の庇護欲を煽る」
「今思うと、わたしらしくなかった気がして。もっとこう、ガッと言い返すとか、何かすれば良かったです。今さらですけれども、どうして黙って我慢してしまったのかな? と思ったりして」
「リア様は私に守られていればいいのですよ。これは、そばにいられなかった私が悔やむことであって、あなたは何も悪くありません」
「でも、アレンさんに何かあったら困るので……」
「私が勝てないのは、あなたとクランツ団長のひどい絵だけです」
「俺のリス?」
「あれは思い出しただけで死にそうになります」
周りの皆も画伯の絵を思い出したのか、一斉に吹き出した。
「あ……そういえば」
「はい?」
「アレンさん、お見合いがなくなったということは、わたしは何をしたら良いのでしょう?」
67
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる