拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶

文字の大きさ
17 / 34

15「密室の二人」

しおりを挟む
昨日、浪川先輩とのイベントで、本来のストーリーとは違う行動を取ればストーリーは変わる可能性が高い、という事が分かった。

であれば、だ。これからも意図的に違う行動をするようにしよう!と決意した。

だがしかし、それは『これから起こる事が分かっている事』に対して有効なのであって、予期していなかった事、そう例えば『忘れていた事』に対しては当然無効になるというものだ。

え?つまり何を言いたいのかって? それは…

「…ん、良いだろう。よく書けている」
「ありがとうございます」
「しかし、君が寝坊で遅刻するとは。意外だな」

野分のわき先輩ルートの最初のイベント『寝坊で遅刻しちゃって風紀委員長に反省文を書かされる』の存在を綺麗さっぱり忘れていたからである。

何故、この読んで字のごとくなイベントが起こったのか。それを説明するためには、時を昨日の晩に戻す必要がある。

昨日、俺は希望が見えてきたぞー!とルンルンで寮に帰って、それはそれはもう気持ち良ーく就寝した。だが、その夜、俺は変な夢を見た。
どんな夢かというと、知らない部屋で、ベッドに寝ている誰かを一生懸命起こすという意味不明な内容のものだった。
不思議だったのはそれだけではなく、夢の中の俺はただそれだけの事だったのに、それを幸せに感じていた。
そして、よく分からないけど気分的に良い(?)夢を見たなぁって起きたら、時計がいつも寮を出る時刻を指していたのだ。

当然、俺は飛び起きた。だが、秒速で準備を整えて寮を出たものの、あともう少しで校門に辿り着くという所でチャイムが鳴ってしまい、無情に閉められた門の傍に立っていた野分先輩に反省文を書いて放課後持ってくるように申し渡されてしまったのである。

この時になって、俺は漸くこれが野分先輩風属性の攻略対象ルートの最初のイベントだと気が付いた。

しかし、気が付いたところでもう既に起こってしまっているため、時既に遅しという奴で。

このイベントは、確か、反省文を提出しに放課後風紀委員会の執務室に届けに行った際に(覚えていないが)なんやかんやあって警備の人に間違って鍵を閉められ、執務室に野分先輩と閉じ込められる。というイベントだったはず。

何とも少女漫画にありがちな展開だが、ここはBLゲームの世界。そんな展開でさえもまかり通ってしまうのがお約束というものだ。

さて、ではどうやって回避するかと考えて、俺は閃いた。警備の人が何故間違って施錠してしまったのかは謎だが、要は警備の人が見回る時間まで執務室にいなければ良いのではないか、と。

つまり、さっさと反省文を出して、早々に立ち去ってしまえば良いのだ。

…え?その肝心の反省文は出来ているのかって?

勿論、もう既に書き上げてあるとも。抜かりはない。

後は放課後を待つばかり。…と思っていたのだが、何となく何かを見落としているような不安に駆られたので、昼食時に友広に野分のわき先輩について聞いてみた。すると、

『野分先輩は兎に角真面目だな。家は代々教師とか大学教授とかが多いらしいし。あ、あと人望はあるな。生徒会長も人気あるけど、風紀委員長はそういうのとはまた別の人気があるよ』

という答えが返ってきた。

不安を完全に拭えたかというとそうではないが、とりあえずその情報だけは頭に入れておいた。何が役に立つか分からないからな。

さて、そんな訳で放課後になり、今に至る訳なのだが…

「確かに、反省文は受け取った。提出、ご苦労だったな」
「いえ。それでは」

一礼し、扉に向かって踵を返す。よし、後はこのまま執務室を出れば──

「──はぁ…」

思わず、背後から聞こえた重苦しい溜め息に足が止まる。

振り返って見れば、先程と変わらず書類に視線を落としている野分先輩がいて。でも、

…なんか、げっそりしてる?

どこか疲れた様子の野分先輩の執務机には、書類の山が三つ程並んでいた。

「…ん? どうかしたのか?」
「あ…いえ……その、そういえば他の風紀委員会の人はどうしたんですか?」
「今は別件で出払っていたり、病欠で休んでいたりしていてな」
「それは…大丈夫なんですか?」
「ああ、これくらい私だけでも出来るから──」
「いえ、そうではなくて」
「? 何がだ?」
「何だかお疲れのようなので…」
「!」

そう言うと、野分先輩は驚いたように眼鏡の奥の緑眼を見開いた。

え、何でそんなに驚いてるの?な、何か変な事言ったかな?

「…驚いた。まさか気付かれるとは…」
「え?」

気付く?って何を?

意味が分からず首を傾げると、野分先輩は苦笑して説明してくれた。

「いや、私は色々と顔に出にくいたちでね。この仏頂面も別に不機嫌という訳ではないんだが、よく誤解されるんだ。まあ、何故か燈堂には腹立たしい事に気付かれるんだが…それは今は関係ないな。兎に角、大抵の人にはなかなか気付かれないから驚いたんだ」

それは…何というか

「…辛くないですか?」
「え?」
「だって、辛いのに誰も気付いてくれないなんて。野分先輩は誰よりも皆の事を見てるのに、不公平だと思います」

俺は友広から少し聞いただけだけど、それでも野分先輩が人一倍頑張ってる努力家だって事は分かる。
なのに、そんな努力を誰も分かってくれないなんて。そんな境遇にいたら、俺だったらとても耐えられないだろう。

「………そんな事は初めて言われた」
「っ、す、すみません!」
「いや、気を悪くした訳じゃない。寧ろ逆だ」

逆…?

「私は…頑張るのが当たり前だと思っていた。だが、そうだな…努力を認めて貰えるというのは存外嬉しいものなんだな」

無愛想な面持ちが、はにかむように綻んで。でもきっと心から笑っているのだろうと分かったと同時に、なんて不器用な人なんだろうと思った。

だからだろうか。気が付いた時には「あの、もし宜しければ手伝いましょうか」と言っていた。


*****


「…ん、もうこんな時間か」

野分先輩の声に、作業に没頭していた意識がはっと戻る。

窓の外を見れば、もう夕刻で。下校時刻はとっくに過ぎていた。

…しまった!

「すまない、集中していて気が付かなかった。ありがとう。後はもう良いから、君は帰りなさい」
「は、はい」

急いで荷物を持って扉へ向かう。

「お先に失礼しま──って、あれ?」

ガチャン。扉を開けようと手をかけた瞬間、反対側からそんな音がした。

まさか…とよぎった考えに、さあっと血の気が引いていく。

「どうした?帰らないのか?」
「あ、いえ、その…」
「? …まさか、開かないのか?」
「そのまさかです…」

ちなみに捕捉しておくと、風紀委員会や生徒会の執務室の扉は特別製で。外側から鍵がかかると安全のため使でないと、開けられないシステムになっている。
つまり、今し方この扉の鍵をかけた誰かが持っている鍵でもう一度開けてもらう必要があるのだ。
あと、もう一つ捕捉しておくと、この扉は魔法は勿論どんな物理攻撃にも耐え得るので、壊して出るというのは不可能に近い。

そんな諸々の訳を考慮して落ちる沈黙に、冷や汗が止まらずにいると

「申し訳ない」

突然、野分先輩が頭を下げた。

「え、何で野分先輩が謝るんですかっ」
「私が君の厚意に甘えたせいだ。本当に申し訳ない」
「………」
「内線があるから直ぐに警備室に連絡を入れる。それまで、君には悪いが──」
「待って下さい」

突然言葉を遮られ、訝しむ野分先輩に、俺は構わず口を開いた。

「俺の厚意に甘えたせいって何ですか?」
「それは、」
「先輩を手伝いたいと思ったのは俺の意思です。例え先輩だろうとそれを軽く見られるのは許せません」
「す、すまない」
「謝って欲しい訳じゃありません。だいたい、先輩は自分に厳しすぎるんです。もっと素直になって良いと思います」
「素直に…?」

初めて聞く単語だと言わんばかりに驚く野分先輩に、俺はどこまでも本当に不器用な人なんだなと思った。

「…先輩、俺が手伝うと言った時、どう思いましたか?」
「………」
「俺はその気持ちを、今、聞きたいです」

緑眼を真っ直ぐに見つめ、返事を待つ。

「…そう、だな。確かに私は少し考え過ぎていたのかもしれないな」

ふっと笑うと、野分先輩は再び頭を下げた。

「ありがとう。手伝ってくれて、本当に助かった」
「どういたしまして、です」

顔を上げると、野分先輩はどこかすっきりしたような顔をしていた。

その後、宣言通り野分先輩は内線で警備室に連絡し、連絡を受けた件の警備員によって鍵は開けられた。

「あ~、疲れた…!」

いつもより遅くに帰ってきた寮の自室で、いつぞやと同じく背中からベッドに倒れ込む。

「うーん…」

気になっているのは、勿論今回のイベントについて。

今回のイベントは、ストーリー通りに野分先輩と執務室に閉じ込められたが、特にBなL要素は無かったように思う。

ただ…一つ、気がかりな事があるとすれば…

「…ちょっと仲良くなっちゃったんだよなぁ」

警備員によって扉が開くまで、俺と野分先輩はたわいもない会話で盛り上がっていた。
勿論、少女漫画みたいに二人で寄り添いあって…とかではなく、普通に机に座って適度な距離で話していた。

これは…一応BなL展開の回避は成功した、という事になるのだろうか?

……………あーもう分からんっ。

分からない事は考えても無駄だと前世の人生で学んだ。

なので、俺はもう寝ます!

明日以降の事は、明日以降の俺が何とかするでしょう!

という訳で、お休みなさい!!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。   ※(2025/4/20)第一章終わりました。少しお休みして、プロットが出来上がりましたらまた再開しますね。お付き合い頂き、本当にありがとうございました! えちち話(セルフ二次創作)も反応ありがとうございます。少しお休みするのもあるので、このまま読めるようにしておきますね。   ※♡、ブクマ、エールありがとうございます!すごく嬉しいです! ※表紙作りました!絵は描いた。ロゴをスコシプラス様に作って頂きました。可愛すぎてにこにこです♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり… 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

処理中です...