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30.宝石
しおりを挟むその後ヴィクターが悩みに悩んだ末、ようやく祭り用の服が選ばれた。元の世界で着ていたスーツの形に似ているデザインだが、裏地やボタンなどの細部に趣向が凝らされており、上下黒でも喪服のような印象にはなっていない。
「こちらの服であれば、神子様が先程ご覧になられていたブローチもお似合いになるかと」
「神子様、何か気になる品が?」
「え、いや・・・」
「こちらですよ~!」
言い淀んでいるとヴィクターを業者がささっと案内してしまう。
ずらりと並んだ黒の宝飾品たちをスルーし、端の方の目立たない場所にひっそりと飾られたその一つへと導く。
鎧の奥でヴィクターがはっと息を呑む様子が伝わる。
その反応が気恥ずかしく内心業者を恨む。
俺が気になったブローチは、親指の爪ほどの大きさの宝石と繊細な金の細工が施されたブローチだ。目立つデザインではないが何より気になったのが宝石の色だった。朝日が立ち昇る瞬間の空のような、薄黄色と藍白のバイカラー。
その淡い色彩のグラデーションはまさしくヴィクターの色だった。
「・・・」
「・・・」
「あとはお選びになった服ですと、こちらとこちらの商品も相性がよろしいかと!」
ヴィクターの無言の反応が恐ろしい。けれどそんな態度には目もくれず、ハムスターのような機敏な動きを見せる男は、特に目立った場所に飾られていたいくつかの商品を持ってくる。
「・・・では、こちらを合わせたいと思います」
そう言ってヴィクターが選んだのは、マットな質感の黒真珠のような宝石が使われたブローチだ。
その反応に少しだけ鼻白らむ。本当は内心で喜んでくれるのではと期待していた自分の心の浅ましさに、僅かに羞恥心が煽られた。何を期待していたのかと。
「・・・ただ、こちらも気に入りました。神子様にあてがわれている経費とは別に、俺が個人的に購入してもよろしいですか」
「えっ!」
「ほう・・・ほう。勿論ですとも!こちらはサービスでお安くさせていただきますね。騎士様もスミに置けない方ですね」
にこにこと笑顔を浮かべると、バイカラーの宝石のブローチを淡い黄色の袋と水色のリボンでラッピングを施した。驚きの手際の良さだ。
もう一つの黒真珠のブローチは、決定した服の胸元へと飾られた。
配慮されたのだろうか。
けれどきっとそれだけでは無い。ヴィクターの目に確かに喜色が宿る様を見逃す事はなかった。現金なものだがその反応が嬉しいと感じる。
「あとは細部のお直しをさせていただきまして、夕方頃にはお品物がお渡しできるかと存じますので!」
「はい、よろしくお願いします」
「では、しばらくはお部屋でお待ちください。お直しが終わりましたらまたお声がけさせていただきますね!」
そう言われ、俺たちは一度部屋に戻る事にする。
部屋の時計を確認すると、すでに三時近くを針が指している。買い物というものは時間が掛かるものだが、思った以上に時間の経過が早く感じた。
着せ替え人形と化した疲労からか時間の割に空腹は感じていない。
「お疲れでしょう、何か軽くつまめるものでも用意しましょうか?」
「そうだな・・・あの、もし台所を使わせてもらえるなら、俺が用意しても良いかな」
「え、ヨウ様が?けれどお疲れでしょう。何か食べたいようであれば俺が用意しますよ」
これは常に思っていた事なのだが、当然のようにヴィクターにあらゆる世話をされている。
神子と言う立場上、好き勝手行動も出来なかったし、まして自由になる金も持たなかった。神子用の経費がある程度あるとは言え、それを俺が好きに使えるわけでは無い。
元の世界ではそれなりに貯金していた為、もしここにその金があれば先程の場で俺からヴィクターに贈る宝飾品を選んでいただろう。
与えられてばかりなのだ。本当に。
代わりにもならないが、だからこそ今、ヴィクターに俺の料理を食べて欲しいと思った。料理人が作るような立派で手の込んだ料理なんて作れないし、この時間にがっつりとした食事を取るのも違う気がする。
返せるものがなくても、何かを返したい。
「では、お言葉に甘えて」
「たいしたものは作れないけども」
「はい、でも楽しみにしています」
「あと台所まで案内してほしい・・・」
「勿論です」
ヴィクターに愛おし気に見つめられ頬が熱を持つ。
部屋に戻ってきて早々だが、すぐに作り始めたいので部屋を移動する。
階段を降り、昨日風呂場を借りたその先に調理場があるらしい。
神殿に在籍する人間が日常的に食事をするための建物は別に建てられているらしく、ここはあくまで軽く調理をする為の小さな調理場らしい。確かに一人暮らし向けの賃貸に備え付けられているキッチンのようなサイズ感だ。この設備で神殿の人間全ての食事を準備するのは不可能だろう。
小麦粉や卵、牛乳、あとは少量の米、調味料程度しかない。あとはベーコンに似た加工肉と、ちょっと元の世界では見た事ない不思議な形状の野菜。
今日の朝食はここで準備したのかもしれないが、普段は俺の食事もここでは作られていないのかもしれない。それくらい食材が揃っていないのだ。
材料を見て作るものは決めた。おかず系のパンケーキにする。ベーキングパウダーやホットケーキミックスのような都合の良いものはぱっと見なさそうなので、平たいパンケーキを焼く事にする。
材料を混ぜ、ヴィクターにコンロらしき機械の使い方を教わりながら生地に火を通す。
フライパンの上に丸く広がる生地にぷつぷつと小さな気泡が出来たタイミングで裏返せば、綺麗な焼き目があらわれる。ふわりと香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
四枚ほど重ねたパンケーキの上に、カリッと焼いたベーコンと目玉焼きを重ねれば、おかず系パンケーキの完成だ。久々に作ったが、満足のいく仕上がりだった。
感性に合わせてヴィクターが紅茶を準備してくれていたらしく、カトラリーなどの必要な食器も合わせて準備する。
「ヨウ様は元の世界では料理を頻繁にされていたのですね」
「ひとり暮らしだったし、毎日作ってたわけじゃ無いけど。買って済ませたり適当に作ったりって感じだったよ」
「俺は料理があまり得意ではないのですごいと思います」
「え?今まで色々準備してくれたのに?あれで得意じゃないって謙遜か」
俺の言葉にヴィクターが苦笑する。その表情にはどこか自嘲が滲んでいる。
どうしてそんな顔をするのか分からなかった。
「いえ、本当に。粥の作り方とか紅茶の淹れ方とかは・・・練習していたんです」
恐らくその練習した理由は、"俺のため"と言うわけじゃない。何故ならそんな顔をする理由が無いからだ。
神子に給仕をする程に近い立場になる自分を、恐らくヴィクターは誰よりも自身が可能性を否定していた。
ヴィクターは騎士だ。
騎士として普通の生活をしていれば、紅茶を淹れる機会なんてそうそう無い。
「ヴィクターが淹れてくれる紅茶、好きだよ」
「それは練習した甲斐がありました。冷めないうちにいただきましょう」
にこりと笑いかければ、ヴィクターも嬉しそうに笑い返してくれる。兜で顔が覆われていても分かる程に、この世界にきてヴィクターと共に過ごした。
微睡むような穏やかな午後に、温かいパンケーキと紅茶。そして好きな相手と過ごす時間。これを幸せと言わず、他になんと表現すれば良い。
「あの、もし良ければ外で食事をしませんか」
「外で?」
「以前ブレット殿下と初めてお会いした場所ですが、そこを整えてテーブルと椅子をセットしたんです」
「それはまた、いつの間に」
「と言っても雑草や石を排除して地面を整えただけなんですが」
ヴィクターの様子を見るに、結構前に準備ができていたのでは無いだろうか。俺に自由が無かったからあえて言うことを控えていたのだろう。
「どうでしょうか」
「ぜひそこで食べよう」
そうして移動した先にあったのは、ヴィクターの言う通り整地された場所に小振りなテーブルと椅子が置かれていた。前来た時は結構雑草が生えていた為、整えるのは手間だっただろう。
机にトレーを置き椅子に腰掛ければ、キシ、と小さく音が鳴った。続いてカップに紅茶を注ぐと、ふわりと花に似た香りが広がる。
「ほっとするなぁ。こんなに長閑な時間は久々だ」
「そうですね、これまでずっと気を張っていましたから」
「あ、でも昨日久しぶりに風呂に浸かった時も同じくらいほっとしたな」
取り止めのないことを話しながらパンケーキにナイフを通すと、ふわりとした感触が伝わり食べる前から勝利を確信する。
四枚重ねの生地の一番下までナイフで切れ込みを入れ一口サイズに切る。ベーコンと卵も合わせて口に含めば小麦の香ばしさとベーコンの塩気、卵のまろやかな味が広がる。
「んまい」
「おいしいですね」
さわり、と優しい風が髪を撫でる。妙に穏やかな空気がヴィクターとの間に流れていた。
四枚重ねと言えどサイズはそこまで大きく作っていない。パンケーキを食べ終わるのにそう時間はかからなかった。
俺はナイフとフォークを揃えて皿に置くと、僅かに目を伏せ椅子から立ち上がる。
「ヴィクター、そっちに行っても良いかな」
「ヨウ様?」
俺は椅子に座ったままのヴィクターの横に立つと、斎服の懐に手を入れ目的のものを取り出した。
俺の手のひらにはキーホルダーがコロンと転がっている。この世界に来たばかりの頃、泉から引き上げた鞄につけていた、ペットボトルのおまけのキーホルダーだ。
「これを受け取ってほしい」
プレゼントと称するにはあまりに粗末なものだ。
ほとんど身一つでこの世界に来た俺が与えられるものは決して多くない。この世界に来た時に纏っていたスーツと、電源のつかないスマホの他に、財布、パスケースくらいのもの。この国の貨幣は全て硬貨とのことなので、財布もパスケースも使い勝手は悪いだろう。
キーホルダーなら使い道があるのかと問われれば返答に困るが、これは俺があの日鞄を見つけるのに役立ったキーホルダーだ。何となく他にもご利益がありそうな気がする。ただのおまけのおもちゃだけど。
あまり重い物は残したく無かった。ヴィクターの邪魔にならずそして形に残せるもの。そう考えると、これくらいが丁度良いのかもしれない。
「・・・、ッ」
「・・・ヨ、」
「ごめん、選べなくてごめん」
「ヨウ様、」
「ヴィクターが好きだ」
涙で滲んだ視界でヴィクターの顔を見る。パンケーキを食べるために、兜は外され素顔がさらされている。ヴィクターは優しいから、俺が泣けば困らせてしまう。
困らせたいわけでも同情を引きたいわけでもない。俺は泣いていい立場では無いのだと自分を律しようとするが、それでも緩んだ蛇口のように引っ切りなしに涙が溢れ出す。
「だから尚更この世界には残れない」
この世界で何も持たない俺は、ヴィクターに与えることができない。
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