アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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31.選択肢はない

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今度こそヴィクターを呆れさせただろう。
思いに応えられないどころか、自分勝手な感情を好き勝手に吐露し目の前で突如号泣されたのだから。
先程パンケーキを食べていた和やかな時間を己自身で壊した。
それでも、この世界で神子と言う立場に囚われ続けるのなら、やはりヴィクターの思いに答えることは出来ない。

元の世界に戻ると宣言するのなら、ヴィクターのことを思えば本当は何も残さない方が良いに決まっている。それでもおまけだろうが何だろうが、何かを残したいと感じた時点で罪深い。唾棄すべき自己満足に他ならない。

ヴィクターは、きっとキーホルダーを受け取りしょうがないと笑うのだろう。諦めたように笑う姿は、見るまでもなく想像できた。

「ヨウ様」

この世界で初めて自らの名を呼ばれた時、涙が出そうなほど嬉しかった。神子としての自分じゃない。明光耀としての自分を見てくれていると感じたから。

それが今、名を呼ばれることが怖かった。
今の自分に優しい言葉を向けられる価値はない。けれどその先にどんな言葉が続くのか考えるだけで、悪事を働き怒られるのを待つ子供のように肩を縮める。

「では、俺がそちらの世界に行きます」
「・・・、は」

けれど目の前の記事は俺の予想を掠りもしない荒唐無稽な台詞を口にした。

ヴィクターが俺のいた世界に来る?

「いや、それは・・・無理だろう」
「それは分かりません。ヨウ様がこちらの世界に来られたのなら俺がそちらの世界へ行けないと何故断言が出来ますか」
「それは・・・そう、なのか?」

自信満々の様子に思わず納得しかける。そもそも俺がこの世界にいること自体が荒唐無稽な話なのだ。
ヴィクターの主張が百パーセントあり得ないと言い切る事はできない。
確かに元の世界へヴィクターと戻れたら良いのにと考えたことがないわけでは無い。けれどそれはあくまで願望の話だ。

「泉を通して元の世界に戻れるかもしれないのなら、その時一緒にくっついていればついでに俺も世界を跨げるのではないでしょうか」
「そんな、おまけみたいな扱いで」
「それに、あなたにだけ選択を迫るのはフェアじゃないと思いませんか」

その言葉に目を瞬く。フェアじゃない。これはそんな問題なのだろうか。
俺が元の世界に戻ることを諦めこの世界を選ぶか、ヴィクターの事を諦め元の世界へ戻るか。そう言う話だったはずだ。けれど彼は俺の考えとは違う新たな答えを提示してきた。

「あなたの為なら俺はこの世界に執着しません。全てを捨ててそちらの世界へついていきます」

じっと覚悟を宿した淡い目に見つめられる。その目には一片の揺らぎも迷いも存在しない。本心からの言葉だと伝わってきた。
ヴィクターの言葉に再び涙が流れる。頬を伝う雫が無骨な指によって拭われる。その無骨さに反し触れる指は優しい。
ヴィクターの指は、目は、その全てが最初から俺に対して優しかった。

元の世界へ本当に二人で戻れるのか、それは分からない。けれど与えられるその言葉が今は何より嬉しかった。

ふわりと両頬を手のひらで抑えられる。徐々に近づいてくるヴィクターの顔を、そっと目を閉じ受け入れる。
ふに、と柔らかな感触の唇が重なる。
僅かに乾燥しかさつく皮膚の感触にじわりと脳が痺れ幸福に満たされる。トンと舌で唇のあわいをノックされ、その意思に逆らわずそっと受け入れる。

「ん、」

絡められた舌はほのかにパンケーキの香りがした。僅かな塩気とヴィクターの味だ。
いつのまにか後頭部を支えられており、促されるまま首を上へ傾ける。力強い腕に頭を支えられているおかげで安心して力を抜き身体を預けられる。

角度を付けて唇を重ねられ、より深い口付けへと変わる。
全てを奪うような激しい快感とは違う。雲の上で微睡むような、柔らかな朝日を浴びるような感覚に溺れる。

「・・・は、」

閉じていた目をそっと開けると、淡い青と黄色のグラデーションが目に映る。目を閉じていたのがこちらだけだった事に気付き頬に熱が集まる。
うっとりと唇を味わう姿を見られていた事実に羞恥が込み上げるが、こちらが目を開けた事に気付いたヴィクターにより、羞恥心を抱く余裕はすぐさま奪われた。
優しいと感じていた舌は徐々に動きを激しくし、全てを奪い尽くすような強引なものへと変わる。

「っ、ふ、ぅ」
「は、」

ぞくぞくと背筋に悪寒が走る。未知の感覚に胸の内をざわめかせるがすぐにこの感覚が快感なのだと気付く。逃げ出したくなるような、ずっと味わっていたいような不思議な感覚だった。
儀式でヴィクターに触れられた時とも薬で性感を高め自分で達した時とも異なる、より深部へと働きかける快感だった。
ただ舌と舌を絡めるだけでこんなにも気持ちが良いことを初めて知った。

口付けに夢中になっていてその目がじっとこちらを見ている事に、既に羞恥は感じなくなっていた。今はヴィクターの目を一秒でも長く見つめていたいと感じる。

「・・・、ふ、」

そっと唇が離れる瞬間、二人の間を銀糸が繋いだ。唾液がぷつりと切れる瞬間を、思考を放棄した頭でぼんやりと見つめる。

じんわりと頭の奥が痺れて何も考えられない。
元の世界に戻る事を選び申し訳ないと泣いていた少し前の時間が嘘のようだった。
潤んだ視界の所為でヴィクターの輪郭が曖昧に映る。けれど彼の目もまた、興奮で潤んでいるように見えた。

「・・・ヨウ様、こちらを受け取ってください」
「これは、」

そっと差し出されたのは先程購入していたブローチだった。ヴィクターの目を連想させる淡い色彩が優しい。
ヴィクターはそっと俺の前に跪きラッピングを外すと、俺の胸元へブローチを付けた。黒一色の祭服に小さな彩りが加えられる。

「ヨウ様がこの宝石を選んだ時喜びが胸に広がりました。けれどそれは綺麗な感情だけではなくて・・・ヨウ様にも見せたくない仄暗い歓喜と独占欲です」

仄暗い歓喜と独占欲。清廉潔白な印象のヴィクターを表すには程遠い言葉だった。
俺の思考を見透かすようにヴィクターはふっと皮肉げな笑みを浮かべる。

「誰にも晒せない醜い本心を知れば、きっとあなたは逃げるのでしょう」
「そんなことは、」
「けれど無駄です。あなたの口から好きだと言われた時点で離れる選択肢は残しません」
「・・・っ」
「嫌だと拒否されても逃しません」

言葉に含まれた執着に心が震える。
無意識に伸ばした右手でブローチの宝石へ触れる。硬質な感触が爪先に触れる。つるりとなだらかな表面が指先を楽しませる。ヴィクターの色だ。

太陽の位置が一番高くなる時間、木々の隙間からこぼれ落ちた日差しが一点宝石に反射し、強い光を目に映した。









「いやぁ、よくお似合いです。やはりウエストの調節をして正解でしたね!」

明るい声が場を満たす。
夕方には仕立て終わると言われた通り祭りの衣装は完成した。手直しされただけあり身体にフィットする服はラインを綺麗に見せた。

「裾の長さも問題なさそうです。あとは神子様の印象に合わせて一部装飾を変更しまして、ほらこことかこことか、ね!全然印象が変わりますよね。特にここの釦はーーー」

男は興奮した様子で俺の周囲を何度もくるくる回ると、満足したのか今度は正面に立ちうっとりと俺の全身を眺めた。
その目に疚しさは無く、"神子と言う作品"を完成させた己自身への賛美が多分に含まれている。
根っからの商人なのだろう。

「ふぅ~っ、満足です。さて、それでは仕事も終えましたので我々は街へ戻ります。明日は祭りですから、我々も出店するんですよ」
「それは忙しいですね」
「ええ、祭りの準備もありますので人員の半分は街へ置いてきました」

その割にはこちらへ十分な人手を割いているようだった。俺一人のためだけとは思えない量の品数だ。それを無理なく運べる人数となると両手でも足りない。

「もしよければ明日ぜひ我々の店へお越しくださいね。市井向けのカジュアルな品も明日は揃えておりますので」
「・・・はは、それは楽しみですね」
「それにしても、今年はコーニーリアス様は居られないのですね?いつも神子様と共におられたのに」

男の言葉へ曖昧に笑って返すが、予想外にコーニーリアスの名が出て思わず動きを止める。
神殿とほぼ無関係の人間の口からその名を聞くとは思わなかった。
けれど毎年同じ業者が神子の衣装を準備しているのなら、神殿長であるあの男との関わりはあって然るべきだろう。

コーニーリアスの身柄については、神殿関係者や王家のような一部の関係者を除き未だ周囲には知らされていない。その辺りの采配は神殿長代理となっているブレットが判断するだろう。

「毎年お世話になっているので挨拶したかったのですが、いらっしゃらないのであればしょうがないですね。よろしくお伝えください」
「ええ、そのように」
「では、我々は荷を片付けますね。またご贔屓に」

男がにこやかにそう言うと、手早く片付けの指示を出し始めた。テキパキと動く様子を見て、俺とヴィクターは部屋に戻る事にする。








部屋に戻りふぅと息を吐く。
商人らしい男の押しの強さに圧倒される一日だった。疲労がずしりと肩にのしかかる。けれどその疲労の原因は着せ替え人形扱いされたからだけじゃない。

ほんの一、二時間の間に、ジェットコースターの如く乱降下する感情に振り回された。
感情に任せて涙を流し懺悔した。舌の根も乾かないうちに、ヴィクターの発言に驚かされ次の瞬間には口付けられる幸せに浸った。

「なんだか勢いのすごい人だったな」
「ええ、あまり神殿では見かけないタイプの人間でしたね」
「それにしてもこの服、いったい幾らなんだろう。考えると怖いな・・・」
「神子様に与えられた経費のうちですから問題ありません」

さらりとした生地はひと撫でするだけで上質だと分かる。断言するヴィクターには悪いがやはりどうしても勿体無いと感じる。

「ではこれからも着て見せてください」
「え、」
「よくお似合いです。それこそ何度でもその姿を見たいくらいに」

じっと視線が向けられる。その目に嘘はない。本心からの言葉だとすぐに分かった。
先程の商人の男に飽きるほど言われた"似合う"と言う言葉が、言われる相手によってこうも感じ方が違う。
じわじわと顔に熱が集まりヴィクターの目をまともに見つめ返すことができない。

「きっと見飽きる日は来ないのでしょうね。月日を重ねる度、何度でもあなたのことを綺麗だと感じる」
「ッ、待って」
「待ちません、俺の言葉に恥じらうあなたの姿も愛しい。瞬きの瞬間すら煩わしいと感じるほどに」

耐えきれず逃げるようにぎゅっと目蓋を閉じる。僅かに光が透過する暗闇の視界で、不意にガシャリと不似合いな音が聞こえる。
思わず恐る恐る薄目を開けると、ヴィクターが鎧を外していた。

「・・・ヴィクター?」

一体何を、と言葉を続ける事は出来なかった。淡い色の目に見つめられ、瞳のその奥に宿った劣情を敏感に感じ取る。

「もっと多くの表情を知りたい。あなたのより深い場所へ触れることを許してはくださいませんか」

手早く鎧を剥ぎ取られた剥き出しの腕がこちらへ伸ばされた。頬にかかる髪をさらりと撫でられ思わず動きを止める。
はく、と無意味に口を開いた。

答えをまごつく間にヴィクターの纏う鎧が外されていく。まるで徐々に退路を絶たれているかのような感覚に、どくどくと鼓動が加速していく。

「ま、待って」
「・・・ヨウ様、すみません」
「あ、ッ」
「ーーー待てません」

全ての鎧を外し終えたヴィクターが今度こそ距離を詰めてくる。ヴィクターの視線から目が離せず、目蓋の奥に逃げることも叶わない。
細身の窓から見える空は赤みを増し、見える景色の奥に太陽が沈みかけている。

夜が近づいてきていた。
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