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32.太陽はいまだ沈まず
しおりを挟む優しく背に腕を回され、そっとベッドへ倒される。
逆光の所為でヴィクターが今どんな顔をしているのか見えなくなった。
けれど顔が見えなくても、彼が今どんな表情をしているのか想像できるようになってしまった。
距離を詰められそっと額に口付けられる。続いて目元に唇を移され、さらに頬へと続きやがて唇へと到達する。
「ん、ふ」
ちゅ、と静かなリップ音が鳴った。全体を味わうように何度か軽く唇を重ねられた後、僅かに下唇へ歯を立てられる。痛みも感じないほどの力加減だが、その行為は肉食獣の食事を連想させた。
指が絡め取られ頭の両側へと押さえ込まれる。柔らかなスプリングに受け止められ、まるで自覚のないまま行動をおさえられる。
「っ、ふ、んん」
戯れるような口付けが徐々に深いものへと変えられていく。
互いの歯が軽くぶつかりカチリ、と小さく音を立てれば、それを合図に舌が絡め取られた。じゅ、と水音を立て舌を吸われる。ぞくりと背筋を走った感覚は、疑いようもなく快感だった。
ヴィクターの中で"容赦"という二文字は既に失われているのだろう。自由に口内を翻弄され、じわじわと快感が積み重ねられていく。
目を閉じ必死に舌技へ追い縋る。ざらりとした舌の表面に上顎をなぞられ、媚びにも似た甘い声が鼻から抜けた。
苦しい。
息だけでなく、胸の内が苦しいと感じた。こうしてヴィクターの内側に触れている現実と、求め、そして求められいている事そのものに胸がいっぱいになる。溺れるような錯覚にくらりと視界が明滅する。
けれど逃避しかけた思考を、柔く舌を噛まれることで正された。
「っは、あ、ぅ」
呂律が回らず意味を持たない言葉が、不規則に口から溢れる。
知らず解放されていた右手が、逃しきれない衝動に抗うようにシーツを握りしめる。
けれど右手が自由にされたと言う事は、ヴィクターの片手もまた"そう"だという事だ。
滑らかな手付きで首元のタイを解かれる。
シュルリ、と布の擦れる音を耳が捉え思わず視線を下せば、ヴィクターの指が既にシャツの釦を数個外していた。
いつの間にかベッドへ投げ捨てられているタイを視界の端に納めるが、視線を戻した頃には既に四番目の釦へと指が掛けられていた。
ジャケットも脱がないまま、内に着るシャツの胸元がはだけられる。隙間から差し込まれた指先がさらりと皮膚を撫で、じわじわと触れられた部位から熱が広がった。
「ヨウ様、緊張されているのですか」
ドクドクと響く心臓の音がうるさい中、ヴィクターの声だけが鮮明に耳を通る。
下げていた視線を戻せば仄かに笑みを浮かべたヴィクターの顔がある。
先ほどよりも近くなった距離のおかげで今度は表情がよく分かった。微笑んでいても額には汗を滲ませており、眉間がうっすら寄せられている。余裕のない男の顔だった。
ヴィクターはシーツを握る俺の手を取ると自らの胸へ誘った。俺と同じくらい、若しくはそれ以上の心音が手のひらから伝わってくる。
「俺もです。伝わりますか?あなたに触れているのに余裕なんてあるわけがない」
ヴィクターも緊張することなんてあるのか。それも、その理由が俺に触れているからだなんて。
ふ、と小さく吐息をこぼす。
絡められた指に力を込め上体を起こし、ヴィクターの唇に己のそれを重ねる。腹筋に力が入らない所為で唇を重ねられたのはほんの数秒ですぐに背中はベッドへ沈んだ。
しかし俺の行動が予想外だったのか、淡い色の目は大きく見開かれている。照れているのか、頬を赤く染めたヴィクターは噛み締めるようにぐっと目元に力を入れた。
いつもと比べ幾分幼いその顔は、初めて見る表情だった。
「・・・かわいい」
思わずぽつりと本心をこぼす。余裕のない表情を隠すようにヴィクターは俺の胸元へ頭を伏せる。やや硬質な髪が素肌に滑りくすぐったい。
「あなたの前で余裕なんていつもありませんよ」
「嘘だ」
「それが本心なら俺のくだらない見栄も意味がありましたね」
顔を伏せたまま話す所為でヴィクターの吐息が胸にかかる。体温より高い呼気が肌に触れ、思わずふるりと身体をふるえさせる。
形を持たないものに感じる決まり悪さを誤魔化すように片手でヴィクターの頭を撫でる。
癖のない髪を指先で弄ぶが、ふと髪の隙間から覗く耳へ戯れの如く触れる。
「ッ、」
「あ、」
柔らかな皮膚と骨を感じさせるおうとつが楽しく、耳殻をつうっと人差し指でなぞると、ばっと勢いよくヴィクターの上体が起こされた。
赤みを増した目元が鮮やかで思わず視線を奪われる。
「ヨウ様の方は随分と余裕がおありのようだ」
「えっ?ちょ、ッひ、ぅ」
ヴィクターの頭が再び胸元へ寄せられると、不意にぬるりとした感触に襲われた。
舐められている。
舌先を尖らせ鎖骨の感触を味わうように往復される。くすぐったいような、焦ったい快感が鎖骨から首元、そして脳へ伝達される。
真綿で首を絞められるような緩やかな快感に、じわじわと下半身へ熱が集まりだす。
「あ、ッふ、」
喉仏を舌の腹で舐められ、ざらりとした感触に声を上げる。カシ、と小さく歯を立てられれば、今度こそ下半身の疼きが無視できないものへ変わる。
無意識に膝を擦り合わせようと足に力を込めると、膝の間に割り入っていたヴィクターの腰を挟む結果となった。
「あ、ちが」
「大丈夫、何も違っていませんよ」
強請るような動きに、反射的に否定の言葉をこぼす。けれど本心を見透かすヴィクターにより言葉はさらに否定される。
ヴィクターの言う通り何も違っていない。肌に触れらる事も熱い舌に舐められる事も、ヴィクターにされる事は全て気持ちが良い。
けれどもっと決定的な刺激を身体が求めていた。
見に纏う全ての服を脱ぎ捨てて、全身でヴィクターの体温を感じたかった。肩からずり落ちたジャケットも釦だけ外されたシャツも、一向に触られる気配の無いスラックスも、全てが疎ましくさえ感じる。
止めていた舌の動きを再開させると、喉から徐々に舐める場所を変え胸先へと至った。
「ッ、ぃ」
触れられたことの無い場所を吸われ未知の感覚に小さく声を漏らす。
絶頂できる程の快感には程遠い。けれど決して無視できないその感覚にじわじわと神経が侵食される。丁寧に味わうように舐られると、まるでその部位が本当の飴細工にでも変わったかのような錯覚に陥った。
「そ、れ・・・、楽しい、の」
「すごく」
他の誰にも触れられたことの無い場所で感じている羞恥を誤魔化すようにヴィクターに問いかけると、極めて簡潔な答えが返される。
・・・たのしいんだ。
既にまともな思考を放棄し始めていた頭で場違いにもそう考える。ふわふわと纏まらない頭と、涙で潤んだ視界でぼうっとヴィクターの頭部を眺める。つむじが可愛い。胸元に頭を沈め舐める姿は子犬が無邪気に戯れているようにも見える。
けれど次の瞬間、わずかに残されていた思考も頭から吹き飛んだ。
舌で弄ばれていた方とは反対側を唐突に指できゅっと摘まれたからだ。
前戯により静かに、そして無自覚に高められていた性感が、想定外の箇所への刺激に爆発した。
「ッひ、・・・っ!」
予想だにしない刺激の強さに、雷が走ったかのような錯覚を覚える。
耐えかね背中をしならせると、まるで自らヴィクターに胸を差し出しているかのような体勢になった。
「ぃ、ッあぅ」
違う、と呂律もまともに回らない。
自分がこんな場所でこんな風に感じる人間だと知らなかった。
先程まで焦ったいと感じていたことが嘘のように、普段意識したこともない場所でこの上なく乱されている。自分の振る舞いに少しだけ残された理性が浅ましいと叫ぶが、それ以上に本能がもっとと強請っていた。
もっと知らない快感を教えてほしい。どろりと貪欲な思考が頭を擡げる。
「っはぁ、ぃッ、・・・っ!」
ヴィクターの唇にじゅっと力を込めて吸われた瞬間、時間をかけて何倍にも膨らませられた快感がバチリと勢いよく弾けた。
背筋が弓形に反り、逃しきれない快感に涙を流す。ぼろぼろと溢れた雫がこめかみを伝い幾つもシーツに跡を残した。
理性が一片も残らない強い刺激の後、じゅわりと下肢に痺れるような感覚が残る。遅れて脳がそれを快感だと理解し、そして下半身に指一本触れられる事なく達したのだと、鈍った思考がようやく追いつき気付く。
「っ、あ、うそ」
はふはふと忙しない呼吸を繰り返す。
自分のあまりの醜態に今すぐこの場から逃げたくなった。
性感帯とさえ認識していなかった場所を戯れに弄られただけでこの有様だ。引かれたのではないかと、ヴィクターの反応が恐ろしくてまともに顔を向けられない。何せヴィクターは先程から微動だにせず、その上無言が続いている。
逃げるように顔を横に逸らし片腕で目元を隠すが、快感の余韻で情緒が揺さぶられ嗚咽が堪えられない。
「っひ、う、ッ」
「・・・」
「ん、ぃ?あっ、あ?」
けれどその嗚咽は、ヴィクターが動きを再開したことですぐに嬌声へ変わる。
今だに感度の下がらないその場所を、緩急をつけ吸われ不規則に声を漏らす。
「ぃ、んぁっ、なん、で無言なんだ、・・・ッ!」
執拗に弄られ、執念すら感じる。
先程達した所為で快感への閾値が随分下がっている。意思とは無関係に快感の反射で腹部に力が篭り、びくびくとふるえる身体がまるで自分のものじゃないみたいだった。
「あっ、やだやだ、またい・・・ッ」
最後までは言葉にできなかった。
ガクンと腰がふるえ、先程と同程度の快感に襲われる。けれど達してから間もない性器から吐き出せるものは残されておらず、ただ洪水にも似た感覚に翻弄されるばかりだ。
「ッは、はぁっ」
短い間隔で絶頂を極めた所為で、全力疾走をした後のように身体が重く感じた。激しい呼吸を繰り返し、何とか息を整えようと奮闘する。
バチバチと視界が明滅し、奪われた体力の激しさを自覚する。
けれど下半身への決定的な刺激がない所為で、身体の内側を暴れる熱の放流は未だにひどく渦巻いている。
「ヴィクター、何か言って・・・」
「・・・ヨウ様」
無言を貫いていたヴィクターがようやく口を開いた。声音はひどく優しく、ほぅっと安堵の息を吐く。けれど安心するには、ヴィクターの目に宿る光はあまりにも剣呑だった。
「え、」
「あまりにもあなたの反応が可愛くて・・・すみません、抑えきれません」
「んんっ!」
落ち着きを取り戻せない呼吸ごと奪われる勢いで唇を重ねられる。
驚きに無防備だった歯列をやや強引に割られ、力強く舌を絡め取られる。ぐちゅぐちゅと互いの唾液が絡む水音がひどく卑猥だった。
理性を取り払ったヴィクターの口付けは、今までのそれが児戯であったように錯覚するほどだった。
「ん、ッふ」
舌の動きに意識を向けられ、下半身のベルトが素早く外されたことすら気付けない。
下半身を守るスラックスも下着も全て取り払われ、直接ヴィクターの手が性器に触れて初めて自分があられもない格好をさせられているのだと思い至った。
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