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37.拾われた先は
しおりを挟むふわりと意識が浮上する。
目を開いた先に映った天井は所々ひび割れ鉄筋が剥き出している。
知らない天井だった。
「どこだ、ここ・・・」
不思議と身体に疲労も痛みも残っていない。
ギシ、と上体を起こすと、乗せられていたシーツがぱさりと音を立てて落ちた。狭い個室の中、粗末な寝台が設置されているだけで他には何もない。
不意に水中の苦しさを思い出し、恐怖から逃れる様に己の腕で肩を抱く。そしてすぐにヴィクターの存在を思い出す。
ばっと裸足を床に下ろし立ち上がる。狭い室内はすぐに外へ通じるであろう扉へ辿り着いた。
ドアノブに手を伸ばし開けようとした瞬間、それより先に外側からノブが捻られた。
「!」
「わ、」
扉を開けたのは、薄汚れたローブに全身を包み込んだ怪しい人物だった。ローブ集団というと神殿を思い出すが、色が黒じゃない点は救いだろう。それはつまり、目の前の人物が少なくとも神殿関係者ではないと言うことだ。
顔は隠されて判別できない。
現状で判断できることは小さく溢れた声から相手が男であること、体格は俺よりほんの少しだけ小柄だと言うことだけだ。
「目が覚めましたか」
「・・・あなたが俺を助けてくれたんですか」
「ええ、あんな場所で倒れていては身ぐるみ剥いでくださいと言う様なものですよ。僕があなた方を見かけた時には既に数人に集られていましたから」
「あの、助けてくれてありがとうございます。俺と一緒にいた人はどこにいますか?」
彼の言葉にはっとし、ヴィクターの安否を確認する。あなた方と口にしたと言うことは、ヴィクターも同じ様に助けられたはずだ。
姿が見当たらないと言うことはもしかしたら先に目を覚ましているのかもしれない。
あの時は意識が朦朧としていてそれどころじゃ無かったが、泉から出た先は確かに治安が悪く身ぐるみ剥がされてもおかしく無かった。
スラムみたいな印象を覚えたのは確かだ。そんな場所で明らかに訳ありの様子の俺たちを助けたくらいだ。
目の前の人物の得体が知れないことは確かだが、態々面倒を背負って助けてくれる程度に悪人ではないはず。
「もう一人の大きい人ですね、こことは別の場所で控えてもらっています」
「無事なんですね!良かった、その人と会いたいんですけど」
「無理です」
「え?」
予想外の返答に思わず眉根を寄せる。
室内へ足を進めローブの人物は俺が今まで寝ていたベッドへ腰掛けると、ペイッと軽い調子で靴を履き捨て徐に胡座をかいた。
「確かに僕はあなたを助けたけど、身柄をどうこうする権利は持っていないので。とりあえずこの部屋に居ろとしか言えません」
「・・・どう言うことですか」
「あなたの連れと会いたいのなら、僕の上役と直接交渉してください」
上役。ただの善意から助けられたのだと思ったが、もしかしたらここは警察や自警団のような治安維持組織がある場所なのだろうか。
だから不審人物である俺たちを捕まえているとか。それならヴィクターに合わせてもらえない理由も分かる。不審人物とされている俺が何の拘束も無い点は分からないが、我ながら弱そうな見た目をしてる自覚はある。
胸に渦巻く不安を呑み込み、ぐっと拳を握りしめる。
「合わせてください、その方に」
「ここで大人しくしていた方が良いと思いますが、分かりました。ついてきてください」
話が分かる相手で良かった。得体は知れないが温厚そうだし、体格も近いからこんな時だけど親近感が湧いた。
廊下へ出ると、先程いた部屋と同様に壁や地面にはヒビが入っていたり謎の汚れが付着していたりする。
時々すれ違う人物は外見に大きな傷跡を残していたり、大柄で強面な印象の男が多かった。
部屋から出て十分ほど歩いただろうか、ようやく目的の場所に到着した。思いの外建物内は広く、まるで砦の様だった。
長方形の形に開けられた穴は扉さえ嵌められていない所為で廊下から室内が丸見えだ。
案内された部屋は十畳程度の広さで、入り口からほど近い場所に縦長のローテーブルと大人が寝転がれる程のソファが置かれている。さらにその奥にはアンティーク調のデスクが置かれている。そこにいる人物こそ、"上役"と呼ばれた人物だろう。
積み重なった書類の束に半ば埋もれる様に、白茶けた頭がちらと覗く。
「ボス、失礼します」
「失礼するなら出て行け・・・ん、お前か。そっちの黒いのはさっき拾った奴だな」
「ボスに話があるそうです。では僕は部屋に戻りますので」
「ああ分かった。その辺に座っておけ」
「はい。じゃ、僕はこれで」
「えっ」
ローブの男は簡潔にそれだけ言うと片手を上げて部屋へ戻って行く。
一人ぽつんと残された俺は唯一のソファにそっと腰を下ろす。ギシ、と不穏な音を立てスプリングが軋んだ。古そうではあるが、ソファは思いの外清潔でその点は唯一の救いだった。
ボス、と呼ばれていた。まるでヤクザみたいだ。
書類の隙間から見えた顔には、額から頬に掛けて斜めに大きな傷跡が残っていた。その所為で尚更そう思う。
本来なら精悍な顔立ちがその傷の所為で強面の印象に塗り替えられている。これで派手なスーツでも着ていればまさしくその筋の人間にしか見えない。
カリカリと音を立てていたペンが不意に動きを止め机の上に転がされた。ギシ、と音を立て椅子から立ち上がった男はゆったりとした動作でこちらへ歩を進める。
すぐにソファから立ち上がり男の方へ向き直るが、思わずぎょっと目を開く。
ーーーでかい。
強面と言う印象はすぐにその感想へ変わった。
ヴィクターも十分大柄だったがこの男の方が若干身長は高そうだった。
ほのかに暴力の香りを放つ退廃的な大男に目の前へ立たれればその圧迫感は並一通りのものじゃ無い。
本能的な恐怖からひく、と頬を引き攣らせるが引くわけにはいかない。
「この度は助けていただきありがとうございました」
「前置きはいい。要件は?」
「・・・一緒にいたもう一人の男と合わせてください」
「ふむ、嫌だ」
その返答にどう答えるべきか頭を働かせる。
ローブの男は無理だと答えたが、ボスと呼ばれた男は嫌だと答えた。
それはつまり俺の行動の決定権を持っているのが確かに目の前の男だと言うことだ。
「・・・理由をお聞きしても」
「お前、ここがどこか知ってるか」
「申し訳ありません、分かりかねます。ご教授いただけますか」
「この国の人間が"蛮族街"と呼ぶ場所だ」
は、と息を呑む。
その可能性を考えていなかったわけじゃない。
この世界で治安の悪い場所ときたら、一番に思い浮かんだのがそこだった。
劣化の進んだ建物に、ガラの悪い男たち。倒れた人間に集ろうとする周辺住人たち。元の世界へ戻ることを拒否し、神殿の泉に戻らなかった点は僥倖だった。けれどその先に繋がった場所を思えば、それを幸いだったとは言い切れないだろう。
「そんな場所で落ちてるもん拾ったんだ。拾った物をどうしようが俺の勝手だろ。それでも寄越せっていうなら、相応の対価が必要だ」
そもそも拾ったと言うのが人間なんだ。人に向かって持ち主がどうこうと言う話じゃ無い。
けれどその道理もここでは通用しないのだろう。
ボスという言葉は比喩でも無い。蛮族街を統治する長と言うことだ。
ごくりと喉が鳴る。
「見ての通り身一つで、所持金なども乏しくて。どうすれば合わせてもらえますか」
「そんなことは分かってる。金もコネも他に用意できる物がないなら答えはその身体一つだろ」
「・・・それは、労働力として」
「ははっ、その弱そうな身体で?鉱山でも潜ってみるか。ひと月と保たねぇな」
長い足に距離を詰められ一歩後ずさる。ソファに足がぶつかり鈍い音が鳴った。
男の言いたいことが分からない訳ではない。ヴィクターに抱かれた直後だからこそなおさら。
伸ばされた手が無遠慮に顎にかかる。ぐい、と強引に上を向かされ、観察するような視線を向けられる。
「黒い髪に黒い目。顔立ちも上品だし着てる物も上等だ。それがあんな場所に倒れてたんだ、どう見ても訳ありだろう」
「ッうわ、」
顎を解放されたかと思うと強く肩を押されソファに倒れ込む。すぐに危険を察知する。倒された勢いを利用しソファから転がり落ちて逃げようとするが、相手の方が上手だった。行動に移すより早く襟首を掴まれ、ソファへ押しつけられる。
見た目に違わず力が強く抵抗を物ともせず無力化される。必死にもがくがその様子すら相手は楽しんでいるようだった。
そっ耳元に顔が寄せられ、密やかに囁かれる。
「お前、神子だろう」
「・・・っ」
「逃げ出したのか、他に何か理由があるのか知らないが、神殿と交渉すればかなりの金になりそうだ」
その言葉にぎく、と身体が固まる。
泉から俺たちの姿が消えたことでブレットが諦めてくれればいい。
けれどこの男が言う通り、神殿に俺たちが生きているとバレれば今度こそ命は無い。
絶対に神殿に伝わることは避けたかった。
「・・・神子を拐かしたとあなたが罪に問われるのでは。それで得られる金がどれほどか知りませんが、そこまでの価値がありますか」
「それもそうだ。一回きりの金を受け取って終わりじゃあ、流石に神殿を敵に回すほどの旨味はない。やっぱり大人しく俺の愛人しておくか」
「ッ、んぐ」
ころりと身体を伏せにさせると、慣れた手つきで腰を高く上げさせ勢いよく祭服の裾を捲り上げられた。静止の間も無くずるりと下着を下ろされ臀部を晒される。
躊躇いなく伸ばされた指が一本、ずぶりと無遠慮に突き立てられた。
「ッ!」
「ん、中の抵抗がないな」
何とか窮地を脱しようと頭を回転させるが、この状況が打開できる案が思いつかない。
先程までヴィクターを受け入れていた為に、未だぬかるんだ場所が抵抗無く挿入された指を受け入れたことも問題だった。男が不思議そうに首を傾げるが、こちらが痛みを感じていないと察すると容赦なく指を二本に増やした。
着々と進められていく準備に緊張が走る。けれどその空気を物ともしない、喧しく走る音が近付いてきた。
「ボス!失礼します、北部地区の方でまた問題が・・・って、ええ!!」
「うっせ!見てわかんないのか、黙って書類だけ置いていけ」
「は?いやいや何言ってんですか、続けないでくださいよ!急ぎなんです・・・て・・・、神子様」
尻窄まりに終わった言葉は戸惑いに満ちていた。けれど俺を"神子"と称する言葉ははっきりと確信に満ちていた。
ソファに伏せられていた顔を何とか上げ、声の主の姿を確認する。
この街にいる分には違和感のない男だが、神殿関係者では無い。会話をした記憶もないが、向こうは俺の顔を知っているようだった。
いや、違う。ほんの僅かに聞き覚えのある声が、片隅に追いやられていた記憶を突いた。
「あんた・・・あの時の」
薬の密売だかの罪で騎士に切り捨てられた蛮族街の男。
一つの記憶を皮切りに、怒涛の勢いでその時の記憶が蘇る。押さえつけられた硬い椅子の感触。コーニーリアスの嘲る声。勢いよく広がる血と吐き気を催すほど濃厚な匂い。異世界への嫌悪と自分の無力を嘆き、縋りついた男の呻き声。
ーーーこの男は、初めて俺が神子の力を振るった相手だ。
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