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40.再会
しおりを挟むよく考えたら、ヴィクターにしてみればここが元々いた世界か、俺がいた世界かさえ分からないんだ。
ヴィクターの最後の記憶は水の中で、身体が光に包まれた俺から弾き飛ばされるところで終わっているはず。
目が覚めたら知らない場所で、しかも俺は気絶していて話ができないし、明らかに只者じゃない気配を感じさせるウォルターたちのような男に助けられたとして簡単に信用することはできなかっただろう。
警戒するのも無理はない。
「そうだなぁ、あんたが説得して暴れないよう説得できるってんなら解放してもいい」
「勿論です!合わせてください」
食い気味で答えると、その勢いに納得してくれたのかウォルターは徐にソファから立ち上がるとついてくるよう促した。
前へ進む逞しい背中に大人しくついて行き、廊下を進み地下へ続く階段を降りる。申し訳程度の手すりは所々螺子が外れていて、体重をかけて掴めばそのまま外れそうだった。
ほのかに嫌な記憶が蘇る。
薄暗い階段と檻。以前ヴィクターは、俺を助けるために儀式の間へ入ったという理由で折檻を受けその背に鞭を打たれた。当時の生々しい血の匂いや傷つけられ力なく項垂れる姿がふと記憶を過ぎる。
鎮静剤を打って檻に入れたと言っていた。
必要以上に怪我をさせるような真似はしないと思うが、それでも無事な姿を早く確認したかった。
階段を踏み締める足に逸る気持ちが反映され軋む音を立てた。
「元々古い建物だったけど・・・なんかさらに寂れてませんか?」
「あぁ、まあ。さっき金持ち逃げした奴らの話を軽くしただろ。そうした裏切り者を入れておくための檻がある場所だからな」
一段階段を降りると、ギシ、と再び大きく音が鳴った。
まるでその音が今の心情を表しているようで余計に不安が煽られる。
「・・・無事、なんですよね?」
思わず神妙に確認してしまう。
この数時間話した上で、ウォルターという男は極めて合理的な人間だと思った。だからヴィクターのことも無駄に傷付けたりはしていないだろうとも。
二段ほど下段を降りているおかげで、ウォルターと俺の目線はちょうど同じくらいだ。ウォルターが背後を振り返れば必然的に視線が絡んだ。
「神子の面倒を頼んだフードのやつ、いたよな」
「え、はい」
「あいつと俺が二人でいる時に神子たちを見つけたんだが、集ってた奴らを蹴散らしたタイミングで目を覚ましてな」
あの後すぐに目を覚ましていたことに驚く。てっきりこの建物に運ばれた後に目を覚ましたとばかり思っていた。
怪我を治したところまでは記憶に残っている。霞む視界の中確認したかった背中は綺麗な皮膚を見せていた。とはいえあれだけの事があった後だ。傷が癒えていたとしても痛みの記憶が消えるわけじゃないし、疲労は計り知れなかっただろう。
そんな状況ではウォルターたちを警戒するのも無理はない。
「その時神子が息をしてなかったもんだから、騎士の抵抗が半端じゃなくてな。でも神子の治療はしなきゃだし、落ち着かせる薬を塗った吹矢でこうブスッと」
ウォルターの言葉にぞくりと悪寒が走る。
無意識に伸ばした腕で喉に触れる。柔らかな皮膚の感触の奥に気道を感じた。やや埃っぽい空気が肺を満たし静かに身体中を循環する。
目が覚めてから、ヴィクターの安否とは別に常に気になっていた事があった。
合わせていた視線を下へずらし、このまま尋ねるべきか僅かに逡巡する。
「・・・少し、気になっていることがあって」
けれど結局、口を開く選択をした。下ろしていた視線を再度上げ、ウォルターの顔を見やる。
その表情に疑念は浮かんでおらず、まるで俺が何を言いたいか全て察しているかのような静けさだった。この街に来てから、この男の掌で常に転がされているかのような錯覚を抱いている。
目覚めてから僅かの痛みもない身体。止まっていたと言われた呼吸。神子と言うだけで、為人も知らない人間にいきなり金勘定を任せたられた理由。弾かれた先に行き着いた場所。
ーーーそれから、俺とさして体格の変わらない、姿を隠したローブの人物。
乾いた唇をひと舐めし、潤す。
「俺は神子に助けられたんでしょうか」
ただの推測に過ぎないその考えをウォルターは決して馬鹿にしなかった。けれど肯定も否定もしないまま笑みを深めると、再び前へ向き直り階段を降りて行った。
その反応が何よりも答えを表しているように見えた。けれど姿を消した先代が俺たちと同じようにこの街にたどり着いていたとして、それが今何になると言うのか。
喉元から手を放し、俺は思考を振り払うとウォルターへ続き階段を降りた。
階段を降りると、想像より広い地下空間が広がっていた。
複数ある檻のうち、ヴィクターが閉じ込められているのは一番手前の檻だったようで階段を降りてすぐに姿が確認できた。
檻にしがみつき必死にこちらを確認しようとするヴィクターの身体に怪我はないようでほっと安堵の息を吐く。
俺は小走りでヴィクターに近付くと、檻の隙間から伸ばされた手を両手で掴み返す。
不安や緊張からか触れた手はひどく冷たく、けれど僅かに汗ばんでいた。
「ヨウ様!」
「ヴィクター!良かった怪我は無さそうで」
「それはこちらの台詞です!今こうして無事な姿を確認するまで生きた心地がしませんでした。あなたを守りきれず、不甲斐ないばかりです」
じわりとヴィクターの目が潤む。
眼を細め眉根を寄せた表情は、安堵や喜びの他に、後悔を滲ませている。複雑な感情が入り混じるその顔は、これまで見てきたどの表情とも異なる。
強く握られた手は小刻みにふるえていた。
俺の事を庇ってヴィクターが目の前で切りつけられた時、途方もない不安と後悔に襲われた。意識のない俺を見てヴィクターもまた、同じ感情を抱いたのだろう。
「俺はこの通り無事だから安心して。この人が助けてくれたんだ」
その言葉に反応し、ヴィクターは俺の背後に立つウォルターへ視線を移した。
吹矢で針を刺された記憶がある所為か、ヴィクターの目が一瞬剣呑な光を帯びる。けれど瞬き一つの間に感情は御され、俺の手を放すとざっと肩膝を地面へつき首を垂れた。
「ヨウ様の命を助けていただき感謝申し上げます。また、先の無礼をお許しください」
「ああ、理解したようで何よりだ。こちらにお前たちを害する意思はない。そちらも同様なら直ぐにそこから解放する」
「勿論です」
ウォルターの言葉に即答する間もヴィクターは膝をつき首を垂れている。その姿は至って冷静だ。それはウォルターにも伝わったのだろう。
腰元から鍵が連なった輪を取り出すとそのうちの一本を指で挟み檻の鍵穴へ通した。
ガチャリと音を立てて檻をスライドさせると、最も容易くヴィクターの身柄は解放された。
ヴィクターが動くより早く駆け出し、その身体に勢いよく抱き付く。
じわりと布越しに伝わってくる体温から、ヴィクターが確かにこの腕の中にいるのだと実感できた。彼を失わずに済んだことへの安堵が、元の世界を捨てたことへの後悔を微塵も湧かせなかった。誰の所為でもない。今この場に立っているのは、自分で選択し進むと決めた結果だ。
ぎゅうっと腕に力を込めれば、返事をするように俺の身体をヴィクターの腕が抱き込んだ。しっかりとした腕の内に包まれ、じわりと心の奥から温かな感情が湧き上がる。
「んじゃ、感動の再会も一旦区切りをつけて地上へ戻ろうぜ。こんなジメジメした場所に居たんじゃ身体中にキノコが生えちまう」
再会の喜びを実感していると、その空気を破壊する不粋な声が割り入ってきた。
離れがたい気持ちを堪え腕から力を抜くと、壁に寄りかかりこちらの様子を伺うウォルターの方へ向き直る。俺たちが檻から出たことを確認し、壁から背を浮かせ階段へ一段足を乗せると、上半身を捻り背後を一瞥する。
「それから、部屋に戻ったらそちらの事情とこれからの話をするぞ」
そう言って戻ってきたのは先程まで資料をまとめていた扉のない部屋だった。
俺とヴィクターをソファに座らせると、ウォルターは書類が積まれた執務机の側からキャリーの付いた椅子を対面へ移動させると、どかりと腰を下ろしその長い足を組んだ。
「んじゃ、まずそっちの騎士へ俺からの要望だ。この街に身を寄せる条件として神子には俺の書類整理を手伝ってもらう」
は、とヴィクターが小さく息を飲む。
思考するように視線が右下を向き、やや間を開けてから正面へと戻される。
「・・・失礼を承知で申し上げます。それはヨウ様に犯罪の片棒を担がせると言うことでしょうか」
その言葉にウォルターの目が剣呑に細められる。けれど不快を感じているわけではないらしい。口吻は愉快げに歪んでいる。
優位を決して譲らない肉食動物が獲物を爪先で弄ぶような、そんな底意地の悪い笑みだった。
「こんな状況でも清廉潔白な身の上の騎士様には許しがたい所業か?その身以外何も持ち得ないくせに」
神殿に身を置く騎士であれば憤慨してもおかしくない煽りだった。真横に座るヴィクターの拳が小さく音を立て握られた。
思わず口を挟みかけるが、ウォルターの視線が言葉を発することを静止して許さない。結果、無意味に口を開閉するだけに留まった。
「・・・違います」
「何が違う?」
「騎士としての俺はどうなろうと構わない。ただヨウ様には少しでも危ない橋を渡ってほしくない。ただそれだけです」
凛と伸びた背に疾しさや躊躇いは見当たらない。ウォルターをまっすぐ見据えるその目に後悔は少しも浮かんでいない。
騎士らしからぬ発言は本来なら唾棄されるべきものなのだろう。それでも、本心からの台詞だと分かるからこそ俺を思っての言葉が嬉しかった。
そしてヴィクターの言葉を聞いた目の前の男も、それは同様だったらしい。ウォルターは嗜虐的な表情から一転し、ふっと相好を崩すと続いてにやりと口角を上げた。
「その言葉が欲しかった」
「え、」
「返事次第では神子だけ残して出ていってもらうつもりだったが、覚悟が決まってんなら話は早え」
組んでいた足を下ろし椅子から立ち上がると、ヴィクターの隣にどさりと音を立てて座り、馴れ馴れしく肩に腕を回した。
居心地が悪そうにヴィクターが身じろぐと、ますます気分を良くしたらしい。
「神子には計算を手伝ってもらうつもりで元々罪を犯させようなんて考えてねぇ。ただしお前は違う」
「ちょ、ヴィクターに何をさせるつもりです!」
「神子様はちょっと落ち着けよ。騎士だってんなら腕っぷしは確かだよな?」
肩へ回されたウォルターの腕が、筋肉の張りを確かめるような動きを見せる。そして一通り確かめた後それで十分だと判断したのかヴィクターの肩が軽快な音を立てて叩かれた。
「俺の市民と、ちょっとばかし肉体言語を交わしてもらうぜ」
ヴィクターは叩かれた肩を片手で押さえ戸惑う表情を浮かべる。けれど確かな覚悟を携えた目でウォルターの笑みを見据え頷いた。
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