アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

文字の大きさ
41 / 54

41.ヴィクターの新しいお仕事

しおりを挟む

一見してゴミとしか判断できないようなものも、ここの住人たちにしてみれば住処を形造る貴重な資源だ。
穴の空いたボロ布を重ね視界を遮ることで、あるかどうかも怪しいプライバシーを確保する。所々ひび割れた舗装を踏みしめれば、靴底に欠片が付着し擦れる音が小さく聞こえた。

細い路地のような場所を進む。
粗悪な質で拵えた紙を広げれば、書き込まれた簡易な地図の通り目的の場所はほど近い。

一歩足を進めるたび見慣れない人間を観察する目がいくつも向けられた。生真面目そうに凛と伸ばされた背筋も、寸分の乱れもなく着こまれた服も、全身を構成する全てがこの街に不似合いだ。

タールのような粘りのある空気を纏うこの街の空気に飲まれないその姿は、自分たちの領域を荒らしにきた無法者には見えないが、かと言って気軽に群がり搾取出来るような相手ではないと容易く伝わってくる。

何よりその男の後ろを静かに歩くローブ姿は、この街の長たるウォルターの"お気に入り"なのだから尚更。ローブの下の姿を知らずとも、この街に住む人間であれば赤子以外は知っている自明の理だ。
そんな人物が行動を共にする理由は果たして何なのか。興味が胡乱な視線に変わるまでそう時間はかからなかった。そして抱いた疑問に対する問いはすぐに与えられる。


ぴたりと目的の場所で足を止める。

他と比べれば、その場所は十分建物と呼べるだけの様相をしていた。
柱や壁が形を持っており、正面には簡素な扉が建て付けられている。用心棒らしき男がしゃがみこみラベルの無い瓶を傾けていると、扉の前で足を止めた二人を睨め付けた。

「見かけねぇ顔だが客か?おっと、そっちはお上の腰巾着じゃねぇか」

立ち上がった男はにやにやと下品な笑みを浮かべると、瓶を片手に持ったまま徐にこちらへ近付いてくる。用心棒を任される立場でありながら随分酔っているようで、顔は赤みを帯び千鳥足で動きは覚束ない。
標的に定められたローブの人物は無言のまま、小柄なそのシルエットは少しの動揺も見せず、その代わりとでも言うようにそれ以外の反応も示さなかった。

「おいおい、お犬さまは無視かよ?飼い主がえらいと俺たちみたいな下々の人間には興味はないってかぁ」

瓶を持つ手がローブに覆われた頭部の上まで伸ばされる。傾けられた瓶の中身が溢れるより早く男の手首を掴み静止する。

「ぎぇっ!」
「こちらの主人に用があって来た。事前連絡もないところ申し訳ないが、合わせてもらいたい」
「痛ェッ、放しやがれ!」

掴まれひねられた拍子に掌から瓶が落ち割れる。残っていた液体が地面に派手な染みを残した。
暴れて抵抗する腕を背中に回し動きを封じれば、実力差を十分に理解した男は口角を歪め卑屈な笑みを浮かべた。

「へ、へへっ。悪かったよぉ、おっかない兄さんだな。ちょっと悪ふざけが過ぎただけだろ?そう怒んなよ」
「詫びる相手が間違っているのでは?」
「わ、悪かった!謝るよ!」

片目を細め静かに男の目を見据えれば赤らがかった顔を一転白く染め、唯一自由な首を何度も上下させる。
ちらりと横に立ったままのローブの人物に視線を向ける。彼はその謝罪に対し何の反応も返さなかったが、ここ数日で理解した。

この街の長たるウォルターに、このローブの人物と街を回るように言われ今日で三日目になる。

その間で分かったことは、彼が街の住人たちに何を言われようと、何をされそうになろうと一言も返さず僅かの歯牙にも掛けないと言うことだけだ。
今こうして男に瓶の中身を掛けられそうになったとしても、唾を飛ばす勢いで謝られたとしてもその反応は変わらない。
この場に留まり半分正気を失ったような男を相手にするよりは、ウォルターに任された仕事を一刻も早く終わらせ帰る方がよほど有意義だろう。

拘束した腕を解放すれば、男は鬱血した腕を片方の手で押さえよろよろと地面に座り込んだ。

「くそっ、何だってんだよぉ。主人は一階の一番奥の部屋にいる。さっさと用事とやらを済ませて帰ってくれ」
「そうさせてもらう」

やや建て付けの悪い扉を開けば、申し訳程度に設置された粗末な様相のカウンターに男が立っていた。

「主人にお目通り願いたい」 
「やや、お客様でしょうか?」
「いや、ウォルター殿の使いとして来た。提出書類に不備があったのでその確認に」

ひくり、と僅かに男の頬が引き攣る。
男の態度は明らかにこちらを招かれざる客と見做していた。

「主人はあいにくと不在でして、出直していただけますか」
「では今回は帳簿を確認させてもらうだけでも構わない。取り敢えず向こう一年分。記録は残してあるか?」
「は、はは、いくらウォルター様のお使いの方と言えど勝手にお見せするわけには」
「そうか、分かった。では主人が戻られるまでこちらで待たせてもらう」

この数日で分かったことは、ローブの男の態度以外にもう一つ。
こうしてウォルターから指示を受け足を運んだ店で問答をすると、決まって同じ展開になる。
そして今日もまたそれは同様だった。

ぞろぞろと廊下の奥から柄の悪い男たちが出てくると、面倒な客を武力によって帰そうとする。
ここ数日で飽きるほど同じ目にあって来た。小柄なローブ姿が邪魔にならないよう端に移動したことを確認し、腰に下げた剣を鞘に収めた状態のまま抜く。

こんな男たちでも貴重な人的資源だ。命を奪うなんて以ての外、再起不能な怪我を負わせることも禁止だと言い付けられている。
狭い室内で複数の敵相手に手加減しろと言ってのけるのだから、まったくもって新しい上司は人使いが荒い。

ふぅと肺の空気を吐き出し、大きく息を吸う。
やや埃っぽいこの街の空気には既に慣れた。

慣れた動作で剣を正面に構えれば、統制のとれていない動きで男たちが襲い掛かってくる。
隙だらけだった。ギン、と鈍い音を立て相手の武器を弾き飛ばす。衝撃に腕が上がったことで無防備になった腹部へ刀身をめり込ませ、膝の裏に蹴りを入れて地面に転がす。

まず一人。

襲いくる男たちを捌きながら思い起こされるのは数日前の後悔だ。

あの日剣が折れなければ。細工をされた事に気が付いていれば。もっと他の未来があったのだろう。
こんな場所で身を隠し、窮屈な思いをさせずに済んだのだろう。もっと力があれば危険な目に合わせずに済んだのだと、振り返ればその数だけ後悔と反省が増えていく。

けれどそんな感情も、愛しい人は許すのだろう。申し訳無さそうに眉を下げ、困ったように笑うのだろう。

そんな顔をさせていると言う事実が何より自分を許し難かった。

いつまでもこの街に居座るわけにはいかない。叶うのであればまとまった金を得てより遠くの国に移動するのが望ましい。"神子"の存在に固執するこの国に残っている限り、彼に自由が与えられる事はない。

頭の半分は先の未来に思考が向けられている。それでも身体は反射のように男たちを床に伏せさせていく。
室内が静けさを取り戻すまでそう時間は掛からなかった。低い呻き声だけが小さく室内に響く。

チラリと奥の扉から首だけ覗かせた初老の男が、目的たるこの店の主人とやらなのだろう。
手にした剣を一振りすれば、男たちの血が遠心力に沿って床を赤黒く汚した。
惨めな悲鳴が奥から聞こえる。固く閉じられた扉は薄く、軽く力を込めれば容易く開かれるだろう。

「事前連絡もなく失礼します。書類の不備を確認しに参りました」

コン、と扉をノックしそう声を掛ければ、扉越しにバタバタと焦る音が聞こえてくる。
一向に開けられる気配が無い為仕方ない。扉から一歩下がり、足を軽く振り上げ扉を蹴り飛ばす。二、三回それを繰り返せば、さして強度のない鍵がバキッと音を立てて壊れた。

ドアノブに手を掛け、僅かに変形し開きにくくなった扉を押し室内へ足を踏み入れる。
金目の物を有りったけ詰めた袋を抱き、窓から逃げようとしていた男の襟首を掴み引き寄せる。ぱっと手から力を抜けば、袋の重みで体勢を崩した男がべしゃりと床へ落ちた。
短い悲鳴を喉から鳴らしながら床を這いずる男の背に向かい、再度声を掛ける。

「あなたがこの店の主人ですね?」

伏せの状態のまま首だけで男は振り向くと、男は観念したように力無く頷いた。












「いやぁ、順調順調!」

室内にウォルターの明るい声が響く。
机の上にばさりと資料を重ねると、インクをつけたペンを走らせ署名する。

「やっぱあの店にヴィクターを向かわせて正解だったな。面倒事は人に押し付けるに限るわ」
「あの、ヨウ様はどちらにおられますか」
「ああ!書庫の方で過去の資料を探してもらってる。ぼちぼち帰ってくるだろ」

山のように積まれていた書類は、今ではほとんど片付いている。聞くところによると提出が可能な状態で一箇所に纏められているらしい。
この調子でいけば今日、明日中には書類整理は全て終わるだろう。時間がないと言いながらも日にちに余裕を持って片が付きそうだった。


「ーーーんで、ヴィクターお前は話したいことがあるんだよな」
「!」
「まぁ分かるぜ、この街にこのままいるよりは他国に逃げた方が安全だって事は。その為にまとまった金を渡すのも吝かじゃねえ。こっちの目的もじきに終わるしな」

執務机を挟みこちらに向けられる目は何もかも見透かすようだった。
この男に対して本心を隠す必要は無い。
素直に頷き肯定すれば、ウォルターはやや考えるように顎を指で撫でた。

「神子様の事務処理能力を手放すのは惜しいが、十分力は貸してもらったしな。よし、ちゃっちゃと旅の準備して明日には出て行け」
「明日、ですか」

あまりにも話が早すぎる。
けれど下手に引き止められるよりは良いだろう。そしてこの様子であれば旅に掛かる金銭面での負担も負ってくれるらしい。
ここ数日の働きに対する対価として旅に掛かる路銀は些か見合わないように思う。

その疑問に対する答えは極めてシンプルなものだった。

「王都に不穏な動きがあった」
「それは、俺たちの居場所が勘付かれたという事でしょうか」
「さて、そこまでは分からなかったが何やら大きく動きがあったらしい。まぁでも、タイミング的にお前らと分けて考えるには都合が良すぎるよな」

こつり、とウォルターの指先が小さく机を叩く。

どの程度の規模の人間が動いているのかは分からない。けれど一刻も早くこの場所を去るべきだと言う事だけは理解できた。
ヨウ様にはまだ話していないのだろう。書庫から戻ってきたら速やかに話を通すべきだ。ヨウ様の動揺を最小限にする為、先にこちらへ話を通したのだろう。

「分かりました。すぐにでも準備へ取り掛かります」
「それは少し待っていただきたいです」

けれど二人の会話に割って入ったのは、この場所では耳にするはずのない、聞き覚えのある少年の声だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻! だったら離婚したい! ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。 お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。 本編61話まで 番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。 ※細目キャラが好きなので書いてます。    多くの方に読んでいただき嬉しいです。  コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。    

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...