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42.盗まれたもの
しおりを挟むここ数日何度も足を運んだ場所ゆえに、目的の資料を探し出すまでそう時間は掛からなかった。書庫と呼ばれるだけあり、この場には多くの本や過去の記録が収められている。
ウォルターという男が見た目に反し几帳面な性格をしていることは、関わる時間が短くとも十分理解できた。目的の資料が収められているであろう棚に向かい、並べられた背表紙を指先で追う。
目的のものを取り出し広げ、ページを数枚めくる。参考資料として引用すべき箇所が記載されていることを確認してから、腕に抱えていた数冊の本の一番上へ重ねる。片手では耐えきれない重みになってきたので両手で本を抱き、目的を終えた俺は部屋へ戻るため踵を返そうとした。
「・・・っ」
「静かに」
けれどトン、と軽く背中にぶつかった存在に驚き口を開く。けれどそれが音を漏らすより早く何者かの手のひらが覆った。
追手が入り込んだのかと心臓が激しく鼓動する。けれど背後の存在に敵意も殺意も感じなかった。それどころか口を覆う手は痛みを与えないようにと配慮されほとんど力が加えられていない。その事に気付けばすっと頭は冷静になり、心臓は僅かに落ち着きを取り戻した。
端的に向けられた声はヴィクターともウォルターとも異なる、けれどどこかで聞いた覚えのあるものだった。声変わりを終えていない、僅かに高い少年の声。
この国で俺が関わった人間はけして多くない。その中で少年と呼べる齢の相手で思い浮かぶのはたった一人だ。
ハロルド殿下。
覆う手のひらの下で小さく口を動かすと、緩慢な動作で口元が解放された。
背中に触れていた体温がゆっくり距離を取る。それに倣いそっと背後を振り向けば、そこには平民の少年らしい格好をしたハロルド殿下の姿があった。ドレスを脱ぎ髪を短く切りそろえた姿は普通の少年にしか見えない。前回からそう時間は経っていないにも関わらず、僅かに背が伸びているようだった。
「何故ここに」
「驚かせてすみません。僕がここにいる理由はもちろんお話ししますが、まずはあなたが無事で良かった。それからこれを・・・」
「これは!」
ハロルド殿下がポケットから取り出した物を見て思わず声を上げる。
本を抱えていたことすら忘れ差し出されたそれを両手で掴む。バサリと音を立てて本が落ちた。
それは以前ヴィクターから贈られたブローチだった。祭服のポケットにしまいどこかで無くしたと思っていたそれを、何故彼が持っていたのか疑問が湧き上がる。
「その反応では、このブローチはやはり神子様のものなのですね」
ハロルド殿下は表情を曇らせると、さっと俺の手首を掴み書庫の扉へ小さく駆け出した。床に落ちた本に一瞬視線を向けるが、ハロルド殿下の様子がそれどころじゃないと伝えていた。
引かれた腕に大人しく従い、書庫を出て道を急ぐ。
「あの、このブローチの持ち主が俺だと何かまずいんでしょうか?」
「ええ、それはもう。兄上がもうじきこの街へ来ます!」
「え!?それはどういう・・・」
「あっ、道こっちで合ってますか?あなたの守護騎士も交えて話がしたいのですがっ」
「ヴィクターは外出していて、でもウォルター・・・この街の長ならこっちにいます」
「蛮族街の長・・・その人も無関係ではありません。このまま案内してください」
来た道を戻り目的の部屋に着くまでそう時間は掛からなかった。息を整えながら入り口へ近寄れば、扉が無いおかげで室内の様子がすぐに分かる。
外出先から戻っていたらしいヴィクターの姿を目に留め無意識に安堵の息を吐く。
「王都に不穏な動きがあった」
「それは、俺たちの居場所が勘付かれたという事でしょうか」
「さて、そこまでは分からなかったが何やら大きく動きがあったらしい。まぁでも、タイミング的にお前らと分けて考えるには都合が良すぎるよな」
「・・・分かりました。すぐにでも準備へ取り掛かります」
王都に不穏な動き。それはまさしく先程ハロルド殿下が口にしていた、ブレットがこの街に来るという事と関係があるのだろう。
「それは少し待っていただきたいです」
息を整えたハロルド殿下は、そう言って室内へ足を進めた。
「・・・あなたは、ハロルド殿下?何故ここに」
「ああ?このガキが殿下だぁ?なんでそんな身分の奴がこんな場所にいるんだよ?」
俺と同じ反応でヴィクターがハロルド殿下に問いかける。警戒を高めた二人を落ち着かせるように、ハロルド殿下はそっと両手を上げ足を止めた。
ヴィクターは入り口付近に立ったままの俺に視線を向け、怪我が無いか確かめるとそっと視線を戻した。
「まずは説明をさせてください」
そう言うと、彼はこの場所に至るまでの経緯を静かに話し始めた。
留学の話が持ち上がった時、二つ返事で話に飛びついた。
その選択は留学先の国に興味があった事は勿論だが、余計な政争に巻き込まれない為でもあった。ブレットが王太子である事は揺るぎない事実だが、それでもハロルドを押す声がまったく無いわけではない。ブレットの邪魔をしたくないハロルドにとって、留学の話は渡りに船だった。
けれどいざ留学先に返事を返そうとしたタイミングで体調を崩し始めた。
それは他国との縁を作りたく無いコーニーリアスによって毒を盛られていた所為だが、留学の話を潰したいだけにしては体調不良の期間が長すぎた。
その疑問を抱いたのはコーニーリアスを神殿長の座から引き摺り下ろした時だ。
近衛騎士を介しコーニーリアスの話を聞くたびに疑念はより大きくなり、そこにきて守護騎士が神子を拐かすと言う事件が起きた。
異変を察知したブレットだが力が及ばずヴィクターを取り逃した。商人たちは巻き込まれ瀕死の重傷を負い、関係者の中には死人も出ている。
その一連の事件は、神子に執着した守護騎士、ヴィクターによる凶行とされ捜索が続けられている。
「ヴィクターが事件の犯人で俺を誘拐した事になってるんですか!?そんな事してません!全部ブレットが仕組んだ事です」
思わず口を挟んだ俺の言葉に、ハロルド殿下は静かに頷く。その反応に迷いはなく、ヴィクターの事を疑う様子は一ミリも見られない。
「・・・ハロルド殿下はヴィクターの事を疑っていないんですね」
「アドルフから守護騎士の話はよく聞いていたから分かります。それにこの事件が兄上への疑念を決定的なものにしました」
ハロルド殿下はそっと視線を床へ落とす。小刻みに震える手を誤魔化すよう前で手を組み握る。
ふ、と小さく息を吐くと覚悟を決めたように視線を上げた。
「兄上は最初から神殿そのものを排するつもりだったのでしょう。そしてその意図を気づかせない為、直前まで僕に毒を飲ませ続けたのだと思います」
最初に毒を盛ったのはコーニーリアスだとしても、その思惑は利用され神殿そのものを追い詰める結果となった。
神殿長は不在となり、もっとも神殿が手薄になる祭りの日に俺を殺そうとした。神子がこの世界へ召喚されるタイミングは不確かで、俺がいなくなれば次の神子がいつこの世界に現れるかは誰にもわからない。
実際二人目の神子がこの世界に来るまで、長い期間が空いた。
神殿を纏める存在と神殿を象徴する存在。この二つを失った今、神殿そのものの権威は揺らいでいる。
だからこそこれまでの神殿長は神子を厳しく管理したはずだ。
「あなた方がこの街にいる事を知った兄上は神子を取り戻すと言う建前で騎士を向かわせています」
ハロルド殿下の言葉にぞくりと背筋に悪寒が走る。思い起こされるのはこの街に飛ばされた日の事だ。
背中から大量の血を流し俺を庇うヴィクターの姿。
切られて倒れた商人の姿も、殺意を乗せ襲い来る男たちも鮮明に思い出せる。
あの日迷いなくヴィクターの首元へ刃を当てた男の本心が"神子を取り戻したい"だなんて、そんなわけがない。混乱に乗じ俺やヴィクターを殺すつもりだろう。
「はぁ~、んで?その兄上とやらがこの街に向かってんなら尚更こいつら早く逃した方が良いんじゃねえのか?」
今まで黙って話を聞いていたウォルターだったが、ガリガリと頭を掻いた後鷹揚に立ち上がり、そう言って俺とヴィクターを順番に指差した。
ウォルターの言い分は最もだ。けれどハロルド殿下は頭を左右に降りそれを否定した。
「それでもこの街に滞在したと言う事実は変わりません。罪人を匿ったとしてあなたを含めたこの街の人たちも罪に問われる可能性があります」
「それだよ!なんで神子様の場所がバレてるわけ」
ウォルターの叫びにふと思い至る。
先ほど渡されたブローチを取り出し手のひらで転がす。あの日襲われる直前、俺はこのブローチを祭服のポケットへしまった。この街に来てベッドで目を覚ました時には既になくしていたから、てっきりブレットに襲われた時に落としたのだと思っていた。
けれどローブの人に助けられた時、この街の住人に集られていたと言っていた。
その時に盗まれそのまま売られたのだとしたら。
「・・・このブローチが見つかったからですか」
ブレットはあの日持ち込まれた商品を目にしていた。
商人から購入品の話を聞いていたとしたら、このブローチをヴィクターが買った話も聞いていただろう。
それと同じ物が市井で売られていて、しかもその仕入れ先がこの街だと知ったら。
当然俺たちがこの街にいると気付いたはずだ。
「神子様の言う通りです。兄上の周囲に紛れ込ませた密偵がその事を掴み、神子奪還の編成を組んでいる話を知りました」
「うちの街の奴らの手癖の悪さを忘れてたな、失敗した」
「俺もブローチを無くした理由をもっと考えるべきでした」
無意識に唇を噛み締める。
この街に来て数日、ずっと世話しない出来事の連続だった。けれどもっと早くその考えに至っていれば状況は違ったかもしれない。
沈んだ様子を見せる俺に近寄ると、ヴィクターは励ますように肩に手を回し引き寄せた。
はっとヴィクターを見上げる。彼の視線はハロルド殿下に向けられていた。
「単身この街に乗り込んだのは、それを伝える為だけではありませんよね。あなたの考えを教えてください」
ヴィクターの言葉に頷くと、震えの止まった手を胸の前に掲げぐっと力強く握りしめた。
「僕はこのまま兄上を迎え撃つべきだと思っています」
そうしてもたらされた提案は予想外のものだった。
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