アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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43. 協力と契約

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ハロルド殿下の提案にしん、と室内が静まり返る。
その沈黙をまず破ったのは意外なことにヴィクターだった。すっと小さく右手を上げると、至極泰然とした様子で意見を述べた。

「俺は反対です。ブレット様の狙いは神殿の権威を失墜させることにあるはず。それなら態々危険を犯さずとも遠い国へ逃げほとぼりが醒めるのを待つ方が安全ではありませんか」
「おい、ヴィクター。ハロルド殿下とやらが言うには俺たちが神子様を匿った罪で捕まるとか言ってるわけだが、その点はどうなる」

ヴィクターの意見に反論したのはウォルターだった。彼にしてみればこの状況は巻き込まれたも同然だ。ヴィクターの言葉を皮切りにハロルド殿下、ヴィクター、ウォルターの三人の意見がぶつかり議論が白熱する。

この街の人たちに降り掛かるであろう影響や被害を度外視するなら、俺もヴィクターの意見に賛成だった。
そしてヴィクターがハロルド殿下へ反対意見を述べた理由も、俺を危険に晒さない為だろう。

その思いは俺も同じだ。
あの男が目的のためなら手段を選ばない人間だと思い知ったからこそ、また同じようにヴィクターが傷つけられるのではないかと、そんな不安があった。
安全で平和な日本という国で生きてきた自分の倫理観は、この世界で決してまかり通るものではないのだと何度も否定されてきたのだから。
次ブレットと相対した時、無事でいられる保証はない。ましてそれが武装しているであろう騎士たちを相手にするなら尚更。

けれど、それで良いのかと自問する。
ヴィクターは神子誘拐の汚名を着せられたまま。ほとんど関係ないこの街の人たちも巻き込むことになる。蛮族街と呼ばれるこの街の住人たちは、きっと俺では想像できないくらい扱いは悪い。容易く命を奪われる立場なんじゃないか。
甘い考えだとしても、もし対話だけで事を済ませられる可能性があるのなら。

強く目蓋を閉じ、逡巡する。

深く息を吸い、肺に空気が行き渡った事を確認してから静かに吐き出す。再び目を開く時には迷いは消えていた。
三人の意識をこちらへ向ける為一歩前へ進めば、予想通り三対の目がこちらへ向けられた。

「ハロルド殿下の意見に賛成します」
「ヨウ様!?」
「ごめん、ヴィクター。でもやっぱり、ブレットとの事はここで区切りをつけた方がいいと思った」

ハロルド殿下の邪魔となる存在を、ブレット自身を含め片端から排除しようとする振る舞いは異常だ。

なぜそんな事をするのか理由は分からない。けれどそんな男が俺たちを探すことを都合良く諦めてくれるだろうか。ブレットがどうするかなんて誰にも分からない。
だからこそ、ハロルド殿下の言う通りだこの場で迎え撃つと言う手が、まだマシなんじゃないかと思えた。

ハロルド殿下がいる今がきっとチャンスなんだ。

王子を降りた立場だとしてもブレットはまだ大きな権力を持っていて、都合よく使われるただの神子である俺と守護騎士であるヴィクターではどうしても勝てない。
でも王太子の立場となったハロルド殿下がいてくれるならこちらに利があるはず。

「ハロルド殿下はブレットをこのまま迎え撃つべきだとおっしゃいましたよね、なぜそう思うのか、もっと話を詳しく聞かせてください」
「ええ。まず、神子様はこの街に自らの意思で保護を求め訪れたのだとすべきです」
「保護?」
「この街は・・・言うなれば受け皿のような存在です。他の街に身を置けない者もこの町でなら受け入れられる。兄上に命を狙われたお二人が身を隠す先に選んだとして不思議はないかと」

俺たちがこの街に来たのは偶然だった。
あの日世界を跨ぐため泉へ身を投じた。けれどヴィクターは世界から拒まれ、二人で流された先にこの街の噴水が通じていた、それだけだ。
けれど確かに他の街であれば、もっと早くブレットに俺たちの存在がばれていただろう。
この数日大変な目に遭ったが、結果として良かったのかもしれない。

「そうなればこの街の者たちに罪に問われることはありません」
「それはそうだがよ、そのブレット様?ってのはそんな言い訳で納得するもんなのか」
「しないかもしれません。でも、彼の周囲はそうではありません」

コーニーリアスにとって神子は自分が利用し管理できる都合の良い存在だった。
けれどこの国の人間にとって、神子という存在は信仰の象徴だ。この街に向かってきているであろう騎士たちであればなおのこと。
この国の人間であるからこそ、神子の言葉は無視できない。
周囲を揺らがせることができたなら、あとはブレット一人どうにでも出来るはず。ハロルド殿下の主張はそういう事だろう。

「あなたの口から罪を告発することが、一番確実に兄上を追い詰める手段となるはずです」
「分かりました。ハロルド殿下、俺はあなたの提案に異論ありません」
「・・・ヨウ様」

どこか迷子のように力無い声で名前を呼ばれる。
隣に立つ姿を見上げれば、ヴィクターは困ったように眉を下げていた。その目にはただこちらを案じる意思だけが浮かんでいる。

そっと床に視線を落とせば、脳裏には血に濡れた背中が思い浮かぶ。
既に治した彼の背中には小さな傷一つ残っていない。それでも元に戻せるからと言って血が流れて良い理由にはならないし、何より痛い思いも辛い思いもしてほしくない。

そっと手を伸ばしヴィクターの手を握る。硬く鍛えられた剣を握る騎士の手だ。
パソコンに向かってキーボードを叩いていた自分の手とは雲泥の差だった。ぎゅっと両手でその手を握りしめる。

「ヴィクター、ここで全部終わらせよう」

じっと淡い色の目を見つめる。

暫時、室内に張り詰めた空気が満ちた。
けれど折れたのはヴィクターの方だった。ふう、と小さく観念したように息を吐き出すと、握られていない方の手で俺の肩を掴んだ。鎧を纏っていない手のひらの体温を服越しにじわりと感じる。

「・・・分かりました、ヨウ様。俺も俺のするべきことを全うするだけです」

先程まで苦悩が滲んでいた目には、既に覚悟が浮かんでいた。

ヴィクターが納得したことで、四人の意見はブレット達を迎え撃つ方向で一致した。
掴んでいた手をそっと解放すると、ヴィクターの手も静かに肩から外される。僅かに残った体温が名残惜しいと感じるが、それを振り切り背後を振り返る。

「話はまとまったか?それじゃあ次だ。ハロルド殿下と神子様、あんたらの力で街の住民を説得したい」

俺たちの話がまとまることを待っていたように、タイミング良くウォルターがそう切り出す。
ブレットとの諍いで一番に懸念すべきは街への被害だ。住民への説得が必要なのは分かるが、何故俺とハロルド殿下が必要なのか。
疑問に対する答えはすぐに与えられた。

「受け皿だの何だのと耳触りのいい言葉を当てはめようと、ここは所詮掃き溜めだ。ここの住人達は国への感謝なんて上等なもんは持ち合わせねぇし、王族や神殿のいざこざの所為で危険に晒されることに納得なんざしない」

その言葉に、きゅ、とハロルド殿下の唇がきつく結ばれる。
納得させられるだけの対価をこの街の住人達へ提示しろとそう言っているのだろう。

「僕がこの先、王の立場に立った時この街も他の街と同じように設備を整えたいと思っています」
「・・・ふむ、具体的には?」
「まず水道設備のような社会基盤の導入、警邏の設置での治安向上、身寄りのない子供達の保護などを考えています」
「言っておくがそれだけのことをする金はこの街に無い。資金はどこから賄うんだ?」
「基金から賄います。街が安定したらその後は税収を他の街と同程度まで上げさせていただきますが、長期的に見て投資するだけの価値は見込めると僕は思います」
「悪くは無いが、いくら王子様でも国の金に口を出す権利があるのか?口約束じゃ簡単に頷けない」
「では書面上で契約を結びます。それなら構いませんか」
「ああ、構わない。神子様」
「えっ」

テンポよく会話を交わす二人の姿を眺めていた所で突然話を振ら思わず声を上げる。
ウォルターは徐に机の上へ放置されていた適当な大きさの紙を選び引き抜くと、インク壺とペンを合わせて渡してきた。
予想外の行動に思わず何の抵抗もなくそれらを受け取るが、続けられたウォルターの台詞に頬が引き攣ることになる。

「てわけで契約書作ってくれ。これ紙とペンな、よろしく」
「いや、ちょ」
「執務机を使ってもらって構わないから。その間に俺たちは三人で作戦を練るぞ」

反論するより早くウォルターは身を翻すと、背を押しローテーブルの前を陣取るソファへと二人を座らせるよう促した。
ヴィクターは案じるように一瞬こちらへ視線を投げかけるが、ウォルターに話しかけられたことですぐに意識が奪われる。

一人取り残された俺は大人しく執務机を借り、羊皮紙らしき触り心地の紙を机の上へ広げた。仕事で会社同士の契約に関わることはあれど、こんな国の問題を担う契約書なんて作ったことは無い。
とんでもない仕事を投げてくれたものだとウォルターに恨みを抱くが、必死に頭を働かせる。

使い慣れない羽根ペンに右手を伸ばし、インクにペン先を浸す。カリ、と小さくペンと紙が擦れる音を耳にしながら、ペンを走らせることに集中した。










神子にちらりと視線をやれば、無茶振りに答えようと真剣にペンを走らせていた。
丸投げしておいて何だが、取り敢えず俺とハロルドどちらにも利が偏らない契約書を作ってくれればそれで構わない。
約束を交わしたという事実を消されないことが重要なのであって、細かい留意点なんかはおいおい決めればいい。
それに俺も所詮はこの街の住人だ。
この国の重鎮が膝を突き合わせて決めるような難解な事柄を理解できる賢しらな脳みそなんて持ち合わせていない。

「それで神子様を会話から敢えて外した理由は何ですか」
「契約書を作らせるためだが」
「流石にわざとらしいです。王家に有利な契約を取り決めさせない為ですか。確かにいきなり信用しろと言うのは勿論難しいと思います」

王族らしい深い色の目に静かに見据えられる。
凛と伸ばされる背筋も傷ひとつない肌も、薄汚いローブを脱ぎ捨てればこの王子が確かに高貴な立場の人間なのだと。
大衆に紛れるような服装をしていてもきちんと観察すれば十分に伝わってきた。

深淵を思わせる神子の黒い目と比べると僅かに明るいが、それでもこの国の人間なら高貴なその色に平伏せずにはいられないのだろう。

「それもあるが、ここから先は少し神子様に聞かせたくないからな」

俺の言葉にハロルドはきょとりとした表情を浮かべた。まるで予想もしていなかったとでも言うような反応に思わず羞恥心が擽られる。
神子への対応がらしく無いことなんて自分自身が一番分かっていた。

けれどこの数日で絆されたとでも言うべきか、その無垢な様を必要以上に曇らせたくないと思うようになっていた。

「街の奴らを納得させるために作戦会議といこうじゃないか」

俺は二人の意識をこちらへ向ける為、コツと机を指先で軽く叩いた。
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