46 / 54
46.来訪者たち
しおりを挟むその後ウォルターの迅速な対応により住人たちの避難は無事完了した。
慌ただしく一日が過ぎた翌日、猶予はないと口にしたハロルド殿下の予想通り、ブレット一行がこの街に足を踏み入れた。
とりわけ横に向かって大きく壁に穴が空いている部屋から外を覗けば、物々しく武装した十数名の騎士とブレットの姿がはっきりと見て取れた。
彼らは人の気配がない街の様子を訝しんではいるが、俺たちがいる建物へ真っ直ぐ向かって来ている。
「神子様とヴィクターはこのまま部屋で待機だ。殿下は俺と来てくれて」
ウォルターの言葉に頷くとハロルド殿下は座っていたソファから腰を上げた。目だけでこちらへ黙礼すると、ウォルターと二人で部屋を出ていく。壁の大穴から距離を取り、先ほどまでハロルド殿下が座っていたソファへ腰を下ろす。
一応来客用として使われているのか、埃を被っていてもウォルターの執務室に置いてあるソファより座り心地は柔らかい。
「二人は大丈夫だろうか」
「分かりません、けれど穴のお陰で外の会話が部屋にいても聞こえる点は幸いですね」
ヴィクターの言葉に小さく頷く。
靴を脱ぎソファの上で両膝を抱え目を閉じれば、聞こえてくる音がより鮮明になる。
外から徐々に近付く金属音はこの世界では聞き慣れた鎧の擦れる音だ。
その音が建物のすぐ側まで近付くとタイミングを揃えてぴたりと止まる。
「えらく物々しいな、王都の騎士様方がうちに一体何の用だ?」
「あなたがこの街の首長か。指名手配犯がこの街に潜んでいるとの情報を受けた。捜索に協力してもらう」
ウォルターの問いに応えたのは聞き覚えのない声だった。チラリとヴィクターに視線を向ければ、聞き覚えがあるらしい。小さく頷くと声の主のことを黒騎士の一人だと答えた。
「それは恐ろしいな。ただその情報だけじゃあ何とも、一体どんな罪を犯した奴なんだ?」
「神殿に所属していた守護騎士だが神子を誘拐した罪で追っている。私欲のために神子を拐かすなど同じ騎士として恥ずかしい。極めて遺憾だ」
騎士らしく真面目なその態度はかつてのヴィクターを少しだけ彷彿とさせる。
この場に付き添う騎士たちはブレットの事情を知らず本当に俺がヴィクターに拐われたと思っているのだろう。黒騎士の言葉へ同調する様に他の騎士達から怒気が湧き上がった。
「そんな奴はこの街にいないな」
「そんなはずが無いだろう!庇い立てするようであれば貴様も同罪と見做す。これだから下賎な身の上は!」
「そもそもかような下劣な色を持つ男が、神殿騎士として所属していたこと自体がおかしいのだ」
飄々とした様子でウォルターが答えた。けれどその言葉が呼び水となり、騎士達が怒声を上げ始める。
騎士らしく振る舞いを取り繕っていたのは最初のうちだけだった。彼らが怒りに任せて向けている罵倒こそが本心で、この街をいかに見下しているかへの証左に他ならない。彼らの怒鳴り声の中には神殿にいた頃、聞き覚えのある声も混じっていた。
けれど彼らを制するようにブレットが一歩距離を詰めれば、徐々に罵声は静まっていった。
「もし本心から心当たりがないのであれば街を捜索する許可をもらえるだけで構わない」
ブレットの台詞にウォルターは無言を返した。
俺たちがこの街に辿り着いたのは偶然だったが、召喚の間でのやり取りからブレットは意図してこの街に逃げ込んだと思っているはずだ。
この時点でウォルターが断るようであれば、犯罪者に加担したとして先程言った通り同罪と見做されるのだろう。
「さっきも言ったが、そんな犯罪者は知らない」
「そうか。協力を得られないのは残念だ」
「ただし、神子様とそれから守護騎士の責務を全うしようとする馬鹿正直な男はこちらで保護してる」
急に罪を認めたウォルターの言葉に騎士たちは戸惑い騒めいた。
ブレットは僅かに眉を跳ねさせるがすぐに表情を繕った。わざわざ保護という言葉を使ったことで、ウォルターが俺たちの置かれている状況を正しく知っているのだと伝わったのだろう。
俺たちがこの街に隠れたとして立場を打ち明け保護を訴えるメリットはない。
この街の性質上、打ち明けたとしても神殿にいた時の様に神子としての力を利用し搾取されるか、厄介ごととして放逐されるかのどちらかになる。
ブレットにしてみればウォルターが俺たちを保護していることは予想外だっただろう。
そしてそれはウォルター側にも言える。
ウォルターが俺たちを受け入れたのは、俺が書類整理をする為に使えると思ったからで、その後この場に残っている理由はハロルド殿下が先んじてこの街を訪れたからだ。言ってしまえば偶然の重なり。それに他ならない。
どう言いくるめるべきか、悩む様に僅かに視線が斜めを向く。顎を軽く指先で撫でてから、ブレットは再び口を開いた。
「ふむ、そちらに何か誤解があるようだ。可能なら保護している神子と話をさせて欲しい。無事を確認したい」
「神子様と守護騎士の主張は一致していた。それが嘘だと?」
「脅されそのように言わされているだけかもしれないだろう」
権力を振り翳して実力行使に出ようとするのであれば話は早かったのだが、ブレットはあくまで神子の身を案じているのだという体を崩さない。
この状況でブレットが神子の命を狙っている犯人でヴィクターは無実だと言われても周囲の騎士はそれを信じないだろう。
「この者たちはこの場で待機させる。それでも神子に見えることは難しいか」
「・・・分かった。だが念のためその腰の剣は外してもらう」
ここで申し出を断ればこの場にいる騎士は不必要に不信を抱くことになる。ウォルターはしぶしぶ提案を受け入れた。
けれど二人の応酬に待ったをかけたのは黒い鎧を纏う一人の騎士だった。
その騎士は王子の立場を退いたとはいえ未だ高貴な立場にあるブレットを、一人でこのまま向かわせることはできないと主張する。ウォルターは僅かに考えてから、武装を解除することを条件に同行を許した。
腰から剣を外すだけで済むブレットと異なり騎士は時間をかけて纏う鎧を外し、最後に兜を頭から外した。
黒い鎧を許されるだけあり、その男の持つ髪や目は濃い色をしている。
兜の下の顔に見覚えは無かった。
そのはずだがどこかで会ったことがある様な既視感に襲われる。果たしてどこで会ったのか、思い出せない気持ちの悪さに壁に触れていた片手を放し額を押さえる。
穴から僅かに顔を出し思考していると、ヴィクターにより肩を引かれた。
「ヨウ様、落ちると危ないですから」
「・・・あ、そうだな」
この砦は四階建てで今いる応接間らしき場所は三階だ。けれど天井が高くフロアごとに高さがある為、地面から結構な距離が離れている。
うっかり窓から落ちようものなら大怪我は免れないだろう。ヴィクターに促され大人しく穴から頭を引っ込める。
数日ぶりに目にしたブレットの姿に当然だがこれといった変化は見られなかった。本人は至って平然としており、俺を殺したがっているとは到底思えない態度だった。けれど殺意を表に出し行動する相手であればこんな状況にはなっていないだろうと、頭の冷静な部分が否定する。
身体を引かれる前に見えた騎士たちは、ブレットの命令を聞き列を成したまま静かにその場で控えていた。その忠実な佇まいはまさしく騎士そのもので、だからこそブレットの嘘を信じこの街にやって来たのだろう。
神子を助ける為だと信じて。
あの襲撃の夜、商人に紛れた賊の数は少なくなかった。けれど切り傷を負わされ床へ倒れていたのは事情を知らずただ巻き込まれただけの人たちだった。
楽しそうに祭りの服を提案してくれた商人の顔が思い浮かぶ。記憶の中のその姿は血に濡れた痛ましいものへ塗り変わった。
無意識に自分の腰元を撫でる。指先に感じる僅かな膨らみの正体は先日ハロルド殿下から渡されたブローチだ。
無関係な彼らを巻き込む結果となったことに罪悪感を抱くが、それ以上に手段を選ばないブレットへの怒りが募る。
ハロルド殿下に聞かされたあの男の行動原理は自分勝手でとても納得できることではなかった。だからこそこの場で全てを終わらせたいと強く感じる。
何よりこの先安心して過ごせる未来をヴィクターと歩む為にも。
45
あなたにおすすめの小説
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います
黄金
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻!
だったら離婚したい!
ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。
お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。
本編61話まで
番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。
※細目キャラが好きなので書いてます。
多くの方に読んでいただき嬉しいです。
コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる