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47.騒乱
しおりを挟む現在待機している部屋は階段からほど近い場所にある為、三人が到着するまでそう時間は掛からなかった。
扉さえ失われ古く劣化した室内を、ブレットは静かに見回した。
そしてひたりとこちらへ視線を合わせると獲物を見つけたとばからに小さく笑んだ。口元は笑っていても目は笑っていない。歪な笑みだった。
ブレットとその後ろに続く騎士は室内に足を踏み入れると、遠慮なくこちらへ進み距離を詰めようとする。けれど間にヴィクターが割り込んだことでそれは叶わない。
不快そうな色を宿した目が僅かに細められるが、それをすぐに切り替えると足を止めその場で両手を広げた。
「神子よ、怪我もなく健勝な様子で何よりだ」
「は、」
ブレットの言葉に思考が停止する。
けれどその意図に一瞬遅れてから気付いた。ブレットはあくまで俺たちの間に誤解があったと言い張るつもりで、ウォルターを納得させこの場から俺を連れ出すことが目的なのだと。
「首長も協力に感謝する。外には騎士を待機させている故、安心して神殿へ戻るがいい」
そう言ってヴィクター越しに差し出された片手を眺めるが当然それに答えるわけがない。けれど"外に騎士を待機させている"という言葉の裏に含まれる意味に思わず眉根を寄せた。
側から見ればそれは十分な戦力を準備したから安心して保護されろという意味に捉えられるだろう。けれど実際は俺に対して脅しをかけているのだ。この場で従わないようであれば外の騎士に指示を出し、無関係な周辺住人たちを巻き込むと。
ハロルド殿下が情報を仕入れ、速さを優先し単身この街に来てくれたことは僥倖だった。そうでなければ住人たちに避難を呼びかけるだけの時間は与えられておらず、決断を迫られた俺はその手を取らざるを得ない状況になっていたはずだ。
けれど今、住人たちの身の安全は確保されている。だから差し出された手を取る理由が俺にはない。
「お断りします」
ヴィクターに守られる背後から一歩右へ移動してそう答える。宙に伸ばされた指先がぴくりと反応し、緩やかな弧を描いて静かに降ろされた。
ブレットは神子が・・・"異世界から召喚された人間"がどのような性質を持つか十分知っている。
神子の力で癒してきた人たち、神殿の医者やヴィクターにまで。ただの価値観の相違でしかないそれを、彼らは慈悲深いと評する。コーニーリアスは神子を扱いやすくするために最大限利用していた。
だからこそ悩むそぶりすら見せず提示された答えに疑問を抱くだろう。
その答えを示す為に腰元へ手を差し込み、目的の物を胸元へ飾る。淡い二色のブローチが開けた壁から差し込む陽光に反射した。
これがこの場にあることの意味をこの男なら容易く察することができるだろう。
「兄上」
そしてタイミングを合わせ、出入り口を塞ぐ様にハロルド殿下が姿を見せた。
「これ以上はどうか止まってください」
「何やらおかしいとは思ったが・・・そういうことか。だが止まれというのはどういうことだ?ただ神子を保護しようというだけだ」
「兄上、僕はもう自分の身に起きたことの全てを知っています。あなたが裁かれるべき罪は、僕と神子様とそこの騎士が生き証人となる」
権力で事実を揉み消すことはできない。
脅しに屈する理由もなければ、大人しく追従するべき必要もない。
帯剣したヴィクターに対しブレットとその連れの騎士は武器を持たず、抵抗することは許されない。
この状況で彼らに残されている選択は大人しくこの場を引くことだけだ。ブレットは顔を伏せると、ふらりと足を泳がせ壁に手をついた。
「ハロルド、お前がこの者らに味方する益などないだろうに」
「僕の選択が有益かそうであるか、それを決めるのは兄上ではありません」
伏せていた顔をゆるりと上げハロルド殿下へ視線を向ける。そこで初めて気がついたかとばかりにブレットは瞬きを静かに繰り返した。
「ああ、そうか。ただの子供だったお前はもう既に・・・」
その先の言葉が続けられることはなかった。半端に言葉を途切らせてから、ブレットは徐に懐へ手を伸ばすと小さな短剣を取り出した。
瞬間、室内に緊張が走る。
豪奢な飾りが施されたその剣に実用性はなく武器と呼ぶにはあまりに向いていない。ヴィクターとウォルターが庇うように剣を向け構える。
けれどその短剣の刃が傷付けたのはブレット自身だった。迷いなく腕に刃を滑らせると、じわりと服に赤い染みが広がる。
突然の凶行に言葉を失っていると、ブレットはこちらが動きを再開するより早く壁の穴に片足を掛けて外に向かい大きく叫んだ。
「神子はやはり守護騎士に脅されていた!これより命ずる、神子を奪還する為全員突入せよ!」
ブレットの叫びを皮切りに控えていた騎士たちが一斉に建物の内部へと駆け出した。
扉を蹴飛ばす音、建物内に残るウォルターの部下たちが応戦する剣戟の音、剣同士がぶつかる高く激しい音がここまで響く。
「兄上ッ、あなたは間違っている。何故止まってくれないのですか・・・」
その問いにブレットは答えない。ハロルド殿下の叫びだけが悲痛に響いた。
けれどその空気を破るように、外から投げられた剣がブレットの立つ側の壁に突き刺さる。建物へ入る前に腰から外した、ブレットの剣だ。
壁に刺さった剣はブレットが手を伸ばす。劣化した壁は脆く力を込めると容易く引き抜けた。
剣の腕が油断できないものであると、襲撃された夜に十分知っている。この部屋にいる誰もが警戒を高めブレットの一挙一動に集中する。
ただ一人を除いて。
不意にブレットの伴として名乗り上げた騎士がこちらへ躍りかかってきた。
騎士の手元には小振りの短剣が握られており、ブレットに意識が向けられていた状況での彼の暴挙は完全に予想外のものだった。
背後からのその凶刃を咄嗟に避けることもできず、目を閉じ衝撃に備える。けれど短剣が俺を傷つけるより早く、反応したヴィクターの剣が攻撃を弾く。
キンと高い音を立て弾かれた短剣は大穴の空いた壁へ突き刺さった。
弾かれた勢いで転がった騎士が床に腰を強か打ち付ける。その痛みに声を上げながらも憎い仇とばかりにヴィクターを睨みつける。
「ぐあっ、クソが、ヴィクター。お前はどれだけ俺の邪魔をする!」
「何を言っている?俺がいつ邪魔をしたと」
唾を飛ばしながら憎悪を向ける騎士の姿に、ヴィクターは不可解だとばかりに眉を歪める。
けれど俺はそれでようやく合点がいった。道理で既視感を覚えるはずだ。その顔に覚えはなくとも声には聞き覚えがある。
この騎士はヴィクターの前に守護騎士としてコーニーリアスが俺に当てがった男だ。初めて儀式を行うように言われた俺は言われた通りにせず、祈りの間でラスが切り捨てられる様をこの男に押さえつけられながら見ることになった。
この男にしてみれば守護騎士の立場から退かせた俺を憎んでもおかしくはない。その後釜として収まったヴィクターへ向ける感情も同様だ。
剣を首元に当てられ動きを封じられた男は、唯一許された抵抗とばかりにこちらを必死に睨め付ける。
「神子だなんだと誉めそやされようと結局使われるだけの存在のくせに!お前たちが俺の騎士としての道を邪魔したんだっ」
「搾取される立場であることに苦しんだのは他でもないこの人自身だ。それを守護騎士の立場でありながら寄り添おうとしなかった結果の先にお前の今がある」
男はヴィクターの言葉にぐっと歯を噛み締めるが、苦し紛れに再び口を開こうとした。
けれどヴィクターの剣が鳩尾へ峰打ちされ、意識を落とされた騎士はごとりと後を立て床へ転がる。ウォルターがすかさず適当な紐を持ち出し、もし意識を取り戻しても抵抗できないようぐるぐる巻きにした。
この場にブレットの味方は一人もいなくなった。けれど廊下から近付いてくる喧騒が、騎士たちがこの部屋へ辿り着こうとしていることを示していた。ブレットもそのことに気付いているのだろう。
剣を握る手に力を込めると、一気にヴィクターとの距離を詰めた。彼の行動を予想していたヴィクターは危なげなくを剣を受け止め弾くと、お返しとばかりに切り掛かる。俺とハロルド殿下は邪魔にならないよう壁側へ移動し、二人の戦闘を息を飲んで注視した。
「くそ、騎士どもが来やがった!おい、二人ともそこ動くんじゃねぇぞ!」
ウォルターが声を張ると同時にこの部屋へ辿り着いた騎士たちが数人室内へ雪崩れ込んだ。こちらへ騎士を近寄らせまいと奮闘するが多勢に無勢だ。隙を見てウォルターの脇をすり抜けた騎士が俺を捕まえようと手を伸ばした。
「はい、それちょい待ち!」
手を伸ばした騎士を止めたのは黒騎士の一人が放った蹴りだった。予想外の方向から放たれた攻撃に受け身も取れず勢いのまま黒い鎧姿が転がる。
重い鎧の所為でもたつき立ち上がれずにいる騎士を片足で押さえつけると、上半身だけを振り向かせ兜を外した。
「アドルフ!?」
「正解です!神子様久しぶりですねッ、元気そうで安心しました!」
そう言ってにこりと明るく笑いかけられる。たった数日しか会っていないのに彼との再会は随分久しく感じた。
ブレットが同行を許すとは思えないため、おそらく正体を隠し騎士たちの中へ紛れ込んでいたのだろう。騎士からしてみればアドルフの行動は突然の裏切りだ。仲間を足蹴にする様子を目にし、表情は見えなくとも兜の奥で戸惑っている空気が伝わってくる。
けれど彼らが逡巡した時間は短く、すぐに剣戟が再開された。
アドルフがこちら側に加わったお陰で押されていた状況は食い止められたが、室内の争いはさらなる激しさを増した。
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