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48.手を伸ばしたのは
しおりを挟むどこからか弾かれた剣が回転し天井に突き刺さった。脆くなった天井がその拍子に崩れ足元に大ぶりの塊がが落ちてくる。
このままこの場所に留まるのはまずい。ハロルド殿下と視線を交わらせ室内の端を移動する。出入り口付近が一番人が入り乱れている為、それを避けるように距離を取った。
「神子様、この混乱ではこちらの主張に耳を傾けてはもらえませんね」
「そうですね、でも多分この混乱は落ち着くかと」
「え?」
俺がそう断言したことにハロルド殿下は疑問に首を傾げた。俺が視線を向けるのは部屋の中央で剣を交わす二人の姿だ。
刃のぶつかる激しい音が何度も響く。二人の顔は真剣そのものでどちらも決して譲らない。前回はブレットに追い詰められたが、今回ヴィクターが手にしているのはウォルターから与えられた真っ当な剣だ。あの夜のように簡単に折れたりはしない。
そしていくらブレットの剣技が騎士に劣らないとしても、持久力はその限りではない。
最初は互角のように見えていた戦いだが、やがてブレットの動きに変化が訪れる。攻撃の威力、剣を受ける反応速度、それらが徐々に翳りを見せ始めた。
鍛えていたとしてもあくまで王太子の立場にあったブレットと、騎士として日々鍛錬を欠かさず守る立場にあったヴィクター。彼らの間に存在する明確な差が今如実に現れていた。
そしてその瞬間は訪れた。
疲労からブレットの反応が一瞬遅れる。その隙をヴィクターは見逃さず、柄を握る力が緩んだ瞬間下から上へ大きく剣を弾き上げた。
緩んだ指先では攻撃を受けきれず、ヴィクターの狙い通り弾き飛ばされた剣が天井へ深く突き刺さった。
スラリとブレットの首元に刃が翳される。ヴィクターは皮膚に傷をつけないぎりぎりの位置で剣を止め、これ以上の抵抗を許さない。
ヴィクターの勝利だ。
そしてその事実は周囲で剣を交える騎士たちにも当然伝わった。
徐々に騒乱は落ち着き、やがてシンと室内が静けさを取り戻す。聞こえるのは壁や天井がパラパラと仄かに崩れ、地面に破片が転がる音だけだ。
騎士にしてみれば首元に剣を向けられている状態のブレットは人質に取られているようなものだ。ヴィクターが軽く腕を引けば容易くその命は奪われる。限界まで引き伸ばされた弦のように空気が張り詰める。この場の誰かが固唾を呑み込む音が聞こえた。
主張するべきはこのタイミングだ。俺は大きく息を吸い口を開いた。
「皆さん聞いてください。俺はヴィクターに誘拐されていません」
室内の空気が困惑に揺れた。
それと同時に視線が一手に集中する。ブレットに対し剣を構える為こちらへ背中を見せているヴィクター以外の、この場にいる者全ての視線が俺に向けられていた。
脅されているのだと彼らに誤解を与えないよう、努めて冷静を心掛け言葉を紡ぐ。
「俺とヴィクターはそこにいるブレットにより命を狙われ逃亡しました。誘拐の事実なんてものは最初から存在しない。騙されているのはあなた方騎士たちです。どうかこの場は剣を収め引いてください」
彼ら騎士はブレットに騙されて利用されているだけだ。救うべき神子も裁かれるべき誘拐犯もこの場にはいない。これ以上剣を交える理由はないのだと理解してほしい。
真実だけを話しているのだと伝える為、兜の奥に隠された目を一人一人見つめる。
本心からの言葉だと伝わったのか、一人の騎士がするりと剣を鞘へ戻した。
キン、と小さく澄んだ音を立て刃が収められる。その音を皮切りに他の騎士もまた同様に剣を下ろし始めた。
「何故・・・」
戦いを止めた騎士たちの姿を、どこか絶望すら感じさせる目でブレットが眺める。
抵抗する術を全て奪われたブレットはだらりと力無く両腕を下ろした。
ぽつりと溢された呟きの意味を図りかね小さく首を傾げると、進むべき道を見失った子供のような表情を浮かべブレットは声を荒げた。
「"神子"なんてものは神殿の傀儡に過ぎなかったくせに何故こうも俺の望みの邪魔をする!今までの人形と同じようにお前もそうであれば良かったんだ!」
その言葉で初めてブレットと見えた日を思い出す。
木に登る危険を犯してまで"神子"に会いに来た理由。おそらくそれは、ただの興味本位とも試したかっただけとも、そのどちらでもない。
自分にとって脅威となる可能性のある相手を確かめに来たのだ。
俺に対し奇妙なまでに執着とも取れる感情を向ける理由、それは恐れを抱いていたからに他ならない。だから自分がコントロールできる範囲で利用し俺という存在を潰そうとした。
心の根底にあるものをブレット自身が理解しているかは分からない。けれど今こうして対峙して初めて、ブレットそのものと向き合ったように思えた。
それでもこの男がしたことは許せない。
「この世界の人間じゃないから。特別な力を持つから。神子だから・・・操られるままに生きないといけないのか?」
この世界に召喚されて、きっと他の神子たちだって俺と同じように痛みも苦しみも感じて生きてきたはずだ。誰一人だって人形扱いされていい人なんていなかった。
言葉では尊い立場だと口にしながら一線を引き、自分とは違う生き物だと思っている。だって誰も神子の名前を呼ぼうとはしないから。この世界で俺の名前を呼んでくれるのはヴィクターだけだ。
「都合良く踏み躙られたくはないから、一人の人間として抗うよ」
下ろされたブレットの指先がぴくりと跳ねる。
悲痛に歪められていた顔は少しだけ平静を取り戻し、初めてそこに人がいると認識したような、どこか驚きを含んだ目でこちらを見つめた。
そんなブレットを見てこれ以上抵抗の意思がないと判断したヴィクターは、彼の首元にかざしていた剣を下ろし静かに鞘へ戻した。
長いようで短い戦いがようやく終わったのだ。
この部屋だけでなく、建物内の騒ぎは徐々に落ち着きを見せていた。武器がぶつかり合う金属音も今は鳴りを顰めほとんど聞こえてこない。大人数が暴れたことで老朽化していた建物が軋む音が聞こえる程度だ。
ふうと息を吐き呼吸を整える。
けれど不意に足元から聞こえる不穏な音に、反射的に動きを止める。ピキピキと石が割れるような音の発生源は壁に突き刺さっている短剣だ。確か元守護騎士が襲いかかってきた時、ヴィクターに弾かれて刺さっていたものだ。
まるで蛇のように俺の足元までひび割れが伸びると、激しい音を立て唐突に地面が崩れた。
「ーーーッ!!」
身体が宙に投げ出され浮遊感に襲われた。落ちる。脳裏をよぎるのは落ちたら無事では済まないと感じた建物の高さだ。身体が傾き重力のまま落ちる中、思考だけは目まぐるしく回転していた。ぶわりと風に髪が煽られ視界の一部が遮られた。誰かの手が伸ばされているのが隙間から見える。
その手の持ち主は分からない。けれど俺はこの手を知っていた。
この世界に来て、何度でも俺を救ってくれた手だ。
半ば無意識に手を伸ばす。
伸ばした手は力強く握り返された。
建物から宙吊り状態になり、掴まれた手を起点に振り子のように身体が揺れたが不思議と不安はなかった。
再び風が吹いたことにより視界を邪魔していた髪が全て後ろへ流れる。
ああやはりと、上を見上げて微笑む。
「ご無事ですか、ヨウ様」
「・・・ッ、ヴィクター」
焦燥と安堵をごちゃまぜにした表情で、けれど俺の無事を確認するとヴィクターもまた微笑みを返してくれた。
焦った様子を見せ駆け寄ってくるハロルド殿下とウォルターの姿を視界におさめながら、掴まれていないもう片方の手も伸ばした。
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