49 / 54
49.望みの行き着く先は
しおりを挟むそうして助けられた後、室内にいなかった為に事情を知らない騎士たちに対しハロルド殿下が説明をして回った。
ヴィクターはブレットが行動を起こさないよう見張っている。けれど戦いが終わってからブレットには抵抗する意思はないようで、ただ静かにその場に座り目を閉じていた。
俺はその脇で大怪我を負った者がいれば治癒を施した。幸い神子の力が必要なほどの負傷をしている者は少なく出番はそこまで無かったのだが、それは良いことだろう。
ウォルターは避難している住民たちへ状況を説明する為指示を飛ばしていた。
各々が出来ることに対応し動き回っている。
そして落ち着く頃にはすっかり日が沈み、街はいつもの静けさを取り戻していた。室内よややひやりとした空気に腕を擦ると、ヴィクターにそっと上着を肩へ掛けられた。
「ありがとう、ヴィクター」
「いえ、今夜は少し冷えますね。風邪を召されないよう温かくしてください」
掛けられた上着に腕を通しお礼を言うと、ふわりと微笑み返される。ぎし、とベッドに腰掛けるとヴィクターも同様に横へ腰を下ろした。
肩が触れる程の距離に胸が小さく高鳴る。最初出会った頃と比べると、ヴィクターは驚くほど距離を詰めることに躊躇いがなくなったと思う。宝物のように触れてくることに変わりはない。けれどその遠慮のなさに、慣れないこちらはその都度内心反応してしまう。
「この後のことを考えないといけませんね」
二人きりの室内に沈黙が流れた頃、ぽつりとヴィクターの口からそんな言葉がこぼれ落ちた。
思わず無言を返す。
ヴィクターの言う通りだ。ブレットの件は解決したがそれで終わりとはならない。王都に戻ってヴィクターの濡れ衣を晴らさないといけないし、神殿に戻った後神子としての身の振り方を考えなければならない。濡れ衣に関してはハロルド殿下が主導で動いてくれると聞いているが、神子の仕事ばかりは俺が決めていかないといけないだろう。
ただ一つ、ずっと考えていたことがある。
神子という存在が神殿に本当に必要なのかということだ。この国が建国されてから神子がいない時代だって当然あったわけで、神子の召喚が続いたここ数十年が異例なだけだ。
そして神子の力の恩恵を受けられるのは王族や一部の貴族のみ。神子という存在を敬ってはいても、言ってしまえば国民のほとんどは、俺がこの世界にいようといなかろうと関係ない。
"神子"という存在そのものを廃止させる。そんなことはできないだろうか。儀式を行わなければ俺は何の力も持たないただの人間と変わらない。与えられた特別な力を使わなくても、他の人と同じようにただ普通に働いて生きていきたい。
膝の上に置いていた手に力を込める。頭の中では伝えたいことがはっきりしているのに、どう伝えるべきか言葉に悩んだ。
神子をやめたいということは、ヴィクターに守護騎士を・・・それどころか神殿騎士すら辞めてほしいと望むことだ。
じっと地面を見つめていると、不意にヴィクターの手のひらが手の甲に重ねられた。はっと顔を上げると、ヴィクターは真剣な目をしてこちらを見ていた。
「ヨウ様。俺はあなたの世界について行くと選んだ時、全てを捨てる覚悟を決めました。だからあなたがどんな望みを口にしようと今更嫌いになったりしません」
ヴィクターは手を伸ばすと、唇にそっと触れた。下唇を押さえる指へ僅かに力が込められる。俺はヴィクターに優しく促されるまま静かに口を開いた。
「王都へ戻ったら神子をやめたいと思ってる」
「はい」
「・・・神子でも何者でも無くなった俺でもヴィクターは選んでくれる?」
「ええ、勿論です」
間髪入れずそう答えると、ヴィクターは大輪の花が綻ぶような笑みを浮かべた。
触れていた手が一度離れたかと思うと、背中に両腕が回され強く抱きしめられる。
あたたかな体温に包まれ、ふわりと緊張が綻んだ。
「ヨウ様は俺のことをまるで高潔な騎士として扱ってくれますよね」
耳元でヴィクターが囁いた。呼気が耳に触れくすぐったく身じろぎするが、力強く抱かれた状態ではその動きも些細なもので終わった。
服越しに密着する互いの胸からどくどくと忙しなく脈打つ心音が届く。
「本当の俺はそんな高尚な存在ではなく、ただあなたという存在に飢える獣にすぎない」
鼓動がうるさいほど響いているのにヴィクターの言葉はするりと耳奥まで入り込んできた。その意味を噛み砕くより先に脳がじわりと揺れ無意識に呼吸が浅くなる。
背中から移動した手が後頭部を優しく包み、さらりと髪を弄んだ。反射的に肩が揺れ、己の髪一本一本にすら神経が通っているのではないかと錯覚する。
「怯えられたくはないので少しずつ、この先知っていってほしいのです」
「・・・な、にを」
「俺の全てを。最後には丸ごと受け入れ飲み込んでくださいね」
ヴィクターの肩に触れる額をずらしてそっと視線を上げれば、そこには相変わらず優しく微笑む姿がある。
その表情にほっと安堵を覚えるのと同時に、初めて身体を交わらせた夜と同じ、どこか不穏な気配を感じ取る。
この身に向けられる執着をあの日俺は確かに実感したはずだった。けれど知ったつもりになった本心も、覗くことを許されたほんの一部分の片鱗に過ぎなかったのだと、今ようやく理解できた。
無意識に距離を取ろうと後ろへずらされた腰を、抱き止められ逆に引き寄せられる。
肉食動物が小動物を前足で踏み舌舐めずりする映像が脳裏を過ぎった。
頭の中で幾度も危険を知らせる警笛が鳴り響く。けれどそれを無視し、自分の意思でヴィクターへ手を伸ばす。
自らを獣と称するこの男の欲望のまま味わい尽くされることが、どれほど甘美か俺はすでに知っていた。蝋燭の小さな火に伸ばされた二人分の影が一つになり静かに倒れた。
ギシ、とベッドが二人分の体重に耐えかね悲鳴を上げる。響いた音の大きさに思わず怯む。
「あ、」
「ヨウ様、この部屋には扉がありません。なので今晩はその唇のみを味わうこと、許していただけますか」
「許可なんていらないから・・・して」
首に手を回し引き寄せれば、ふ、と小さく吐息がこぼされた。間髪入れず重ねられる唇の熱さに圧倒されるが、次いで唇の間をノックされ粛々と舌を受け入れた。
絡め合う熱の柔さに背筋を快楽が迸った。今すぐヴィクターの肌に直接触れたいと邪な思いが頭に浮かぶ。扉がないことをこんなにも惜しいと思うのは、この街に来て初めてだった。けれど口内を蹂躙する侵入者の動きが激しくなったことで、思考する余裕もすぐに吹き飛ぶ。
僅かに開いていた目を閉じれば薄暗い視界は闇に染まる。あとはもうヴィクターの存在を感じるだけだった。
「兄上、こうして二人だけでお話しするのはいつぶりでしょうか」
僕の問いかけに返される言葉はない。
独り言と化したそれを虚しいとは思わなかった。兄上が逃亡しないようつけられた見張り役には部屋の外で待ってもらうようお願いした。
会話は聞こえているだろうけど、それは構わない。
空な目で格子がはめられた窓の外を眺める横顔をじっと観察する。小さい頃とても大きく感じた身体は、今だって僕よりずっと立派だ。幼少期の栄養不足の影響か、元々体調を崩しやすかった僕の身体は毒を盛られた所為でさらに貧弱に変わった。
兄上に向けていた視線を自分の手首へ移す。
神子様に与えられた奇跡のおかげで今は順調に体力を付けているが、まだ頼りないこの腕は力を加えられれば簡単に折れそうだ。
「覚えていますか。兄上は時々肩車をして遊んでくれていましたよね。王太子の上に乗るなんてとんでもないと母上によく怒られていました」
明日の朝にはこの街を出る。
そうしたら兄上とこうして一対一で話す機会は取れなくなるだろう。だから今こうして話している時間は何にも変え難いほど貴重だった。
取り止めのない思い出話ですら僕にとって金塊の価値にも勝るだろう。
「王都へ戻ったら、兄上の処遇について決めなければなりません」
そこでようやく兄上の目蓋が僅かに震えた。けれど反応はそれだけだ。一瞥すら与えられない事実に唇を噛む。さして力の入れていない歯では軽く跡を残すだけで一筋の血すら流れない。
最初から知らなければよかった。大好きだと、憧れの兄として慕う相手に、死を覚悟するほどの毒を盛られたと気付いた時何より心が痛かった。
大事な弟だと嘯きながら本心では歯牙にも掛けていなかった癖に。それならば最初からどうでも良い相手だと振る舞ってくれればよかったのに。
目的のために利用されたことを恨みたいのに、かつての愛しい記憶が完全に憎むことを許してくれない。
けれど今、何より許し難いのは僕への無関心なその態度だった。
きっとこの人は王都に戻ったら相応しい罰を与えられ裁かれると思っているのだろう。そうすれば、王太子を退いた兄上を諦めきれない貴族たちの声も収まる。今回の僕の立ち回りも評価され、結果的に王への道もより盤石となる。
「・・・その前に僕の体質について話さなければなりません」
呆けているがどこ満ち足りた表情を無性に崩してやりたくなった。
「僕は子孫を残せない体質なのです」
兄上の目に正気が宿る。
顔は動かさず視線だけがこちらへ向けられた。身体ごと本当はこちらへ向いて欲しかったけど、意識してもらえるなら視線だけでも構わない。
兄上が僕を見ている。言葉の真意を探ろうと疑念をその目に宿らせて。その事実にぞくりと悪寒にも似た高揚が背筋を駆け抜けた。もっともっとその目に僕の姿を映してほしかった。
「これが弱く産まれたことでの生来のものなのか、それとも毒を盛られたことによる後遺症なのかは分かりません。けれど、侍医が言うには世継ぎは望めないだろうと」
ここまで言えば兄上なら簡単に悟ってくれる。
僕が種を仕込めない以上その役には兄上が望まれることになるだろう。元王の血を引く子供は兄上と僕だけだから。
やがては兄上の子が僕の次代の王にと望まれるはずだ。そして場合によってはこの先王となった僕の立場を危うくする可能性もある。
僕にだってどうなるか分からない。それでも唯一分かるのは、誰かの糧となり消えることを望む兄上の望みとは真逆の未来が待っているという事だけだ。
「兄上は王子の座を退いたと言っても貴人に代わりありませんから、罪はおそらく生涯幽閉と言うところでしょうか。・・・ねぇ、兄上。あなたの望みはこの先一つも叶いませんよ」
これこそが確かに復讐なのだと、上がりそうになる口角を手のひらで覆い隠す。
愛憎入り混じるこの感情が歪んでいる、否、歪まされた自覚はあった。けれどそれがどうしたと言うのか。
僕は奇妙な恍惚と共に兄上にふわりと微笑み掛けた。
30
あなたにおすすめの小説
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います
黄金
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻!
だったら離婚したい!
ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。
お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。
本編61話まで
番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。
※細目キャラが好きなので書いてます。
多くの方に読んでいただき嬉しいです。
コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる