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13.作戦会議とそれから
しおりを挟む目が覚めると身体の不調はすっかり回復していた。腕を確認すると点滴は既に外されており、カーテンが閉められ半個室のような状態になっている。
音を立てないよう慎重に上体を起こしそっとカーテンを開けば、窓からこぼれる朝日が室内を薄明るく照らしていた。
落ち着いて治療院の様子を確認するのは何気に初めてだ。改めて見ると、室内のカーテンの半分ほどは閉められている。治療中の患者が寝ているのだろう。
今更ながらここ数日うるさくして申し訳なかったと言う気持ちが湧いてきた。いずれ奇跡のストックに余裕が出たらここにいる彼らの怪我も治せたら良い。
ベッドの下に置かれた靴へ足を通し立ち上がる。スプリングが固かった所為か、身体を動かすと背骨や肩からパキッと不穏な音が鳴った。
手を上に伸ばしぐっと筋肉を伸ばす。この世界に来てから状況はさして変わっていないが、それでも気分はどこか晴れやかだった。
今後の身の振り方が自分の中でしっかりした事、それからこの世界の食事を口にする覚悟を決めた事が大きいだろう。
空腹状態では十分な考えもまとまらない。
表へ続く扉を開くと、医者とヴィクター、見覚えのない男の三人が椅子に座り話をしていた。
一誠に三人の視線が向けられ内心気圧されるが、それを表に出さないよう注意しながら彼らの元へ足を進める。
「昨日は助けていただきありがとうございました」
「いいえ。それより体調は戻りましたか?」
「はい、もうすっかり」
「それは良かった・・・ところでソレ、止めませんか」
「ソレ?」
「敬語ですよ。昨日は途中から普通に話していらしたでしょう」
医者の言葉にそういえばと昨日の記憶を掘り起こす。指摘され初めて自分が途中からタメ口で話していたことに気がついた。
流石に冷静になった今、二回り以上も年上の相手にタメ口を叩くつもりはない。しかしそれは、医者にしてみれば不服らしい。ここは素直に口調を砕けるべきだろうか。
「神子様さえ良ければ俺らに敬語は不要です」
そう口を挟んだのは見覚えのない男だった。黒に近い深い緑色の髪と、垂れ目気味でやや軽薄そうな顔立ち。しかし声には聞き覚えがある。
「・・・アドルフ?」
「はい、そうです。アドルフです」
黒い鎧の下の素顔は意外なほどイメージ通りだった。思わずまじまじと顔を見れば、アドルフはヘラリと笑う。
「まあまあ、いつまでも立ちっぱなしと言う訳にもいかないでしょう。どうぞ座ってください」
そう言うと彼は部屋の端の丸椅子を引っ張ってきた。促されるままそれに腰掛ければキシリと金属音が小さく鳴る。
「では、改めて。ここにいる三人は神子様の味方です」
「!」
単刀直入なアドルフの言葉にはっと息を呑む。
軽薄な表情が今はなりを潜め、至って真面目なものに変わっている。
医者もヴィクターも同様に、彼らは真剣だった。
「ある程度の話は聞きました。神子様の今後の方針は元の世界へ戻る手段の調査と待遇の改善。そしてその足がかりとして、第二王子であるハロルド殿下と会う機会を設けたい・・・と」
アドルフの言葉に素直に頷くと、彼は考えるように顎に手を当て眉間に皺を寄せた。難しい要求ではないと思っていたが、アドルフの反応を見るに認識を改める必要があるかもしれない。
「難しい事なのか」
「ああ、いえ。ハロルド殿下は"神子"という存在に憧れています。会う事自体は向こうにとっても願ってもない事でしょう。それに先代は厳しく立場を管理されていましたが、まだこの世界に来たばかりのおかげで神子様はそこそこ行動に自由がある」
そこそこ自由がある。
俺にしてみれば十分現状は自由が制限されていると思っていたが、話し振りからして先代の神子は今以上に厳重に行動を制限されていたらしい。
想像するだけで喉の奥がずんと重くなる。まるで家畜の管理だ。しかし今はそこを気にする場面ではない。
「それなら何が問題なんだ?」
「件のハロルド殿下ですが、実は最近姿を見かけないんです」
アドルフが言うには、定期的にハロルド殿下の方から声を掛けられ、お茶や食事に誘われると言う。しかしここひと月ほどは声どころか姿も見かけないらしい。
「どこか遠くへ出掛けてるとかじゃないのか?ほら、確か噂じゃ留学の話とかが出てただろう」
医者の言葉にアドルフは首を横に振る。
「その話も出てたが、ハロルド殿下自ら断ったらしい。でもそうだな、姿を見かけなくなったのはその話を断った少し後くらいからだ」
「それが何かおかしいのか?」
「いや・・・ただタイミングが妙だな、と。考え過ぎかもしれないが。それよりもハロルド殿下に会えない事が問題だ」
現在神殿で一番権力を持っているのは神殿長であるコーニーリアスだ。そして殆どの神官や騎士たちは彼の行動に準ずる。だからこそ神子の立場は神殿以外の権力をもって改善する事が手っ取り早いと思った。
医者もそう考えたからこそ第二王子であるハロルドと繋がりを持つアドルフの協力を得るべきだと言ったんだろう。
「気まぐれな方だから深い理由は無いのかもしれないが・・・神子様、俺と同僚の黒騎士なら何か知っているかもしれません。仕事の合間に少し探りを入れてみます」
そう言うとアドルフは立ち上がり鎧を身につけ始めた。ハロルド殿下との繋がりはアドルフしか持たない。俺にできる事は無いだろうが、アドルフ一人に頼る事に歯痒さを覚える。
「・・・アドルフ、力を貸してくれてありがとう。ただ、騎士の領分の範囲で良い」
思い起こされるのは傷だらけのヴィクターの姿だ。話を聞く限りヴィクターとアドルフの立場は違う。
先日のような目に遭わされる可能性は低いのかもしれないが、本当に任せて問題ないのか俺には判断ができない。
これはきっとわがままになるのだろうが、それでも無理はしないでほしかった。
「・・・神子様、俺はわりと容量の良い方です。なので安心してください」
手慣れた動作で鎧を纏いヘラリと笑うと、兜を被り顔を隠した。
「では、何か進展があったらまた声を掛けますね」
ヒラヒラと手を振ると、アドルフは治療院の扉を開き軽い足取りで外へと出て行った。
室内にしばし沈黙が流れる。その空気を破るように医者はふぅ、と息を吐くと身体をこちらへ向けた。
「殿下の件はアドルフに任せるとして、もう一つの話ですが」
「その事だが・・・一番可能性がある所で、コーニーリアスが何か知ってるんじゃないだろうか」
何せこの場で最も神子に近い立場の人間だ。
むしろ何も知らないと考える方が難しい。ただその情報を彼がおいそれと俺に教えてくれるとは思わない。
「一つ気になる事があるから、それも含めダメもとで聞いてみようと思っている」
「あの方は中々一筋縄ではいかない人ですから、良い結果が得られると良いのですが。私の方でも患者にそれとなく声を掛けてみます」
話はある程度まとまった。ちらりと壁につけられている時計の時刻を確認すれば、針は六時少し前を指していた。
一度部屋に戻るべきだろうか。昨夜儀式の時間にコーニーリアスは部屋を訪れなかったが、恐らく俺が治療院にいる事は知っているだろう。あまり戻るのが遅くなると迎えに来る可能性がある。
この場で会うつもりはない。それにコーニーリアスと会う前に、いくつか済ませておきたい事があった。
「ところで・・・ヴィクター」
「・・・はい」
その声は平生のものより沈んでいた。
朝起きて今後の方針を話す間ヴィクターは殆ど口を出さなかった。俺たちの意見を優先する為あえて黙っていたのかとも思ったが、恐らくそれだけじゃない。
「もしかして落ち込んでるのか?」
じっとヴィクターの姿を見つめる。見た目には傷一つ無く、血色も良い。怪我が治っている事は昨夜きちんと確認しているが、改めて明るい場所で様子を見てようやく安心出来た。
しかし先程から表情は浮かない。
「・・・ご指摘の通りです。あなたの心まで守ると口にしながら、俺が一番あなたを傷つけた」
ヴィクターは腰掛けたまま、俺に向かって勢いよく頭を下げると、後悔を滲ませた声で懺悔を始めた。
「あの日儀式の間に入った事は後悔しておりません。ただ、その後の身の振り方を俺はもっと考えるべきでした。結果的にあなたに無茶な手段を取らせる事になった・・・守護騎士として失格です」
その言葉に思わず医者へ責める視線を向ける。ヴィクターが気を失っている間の出来事を話したのか。
本当なら何事も無く儀式を済ませたように振る舞いたかった。だけど医者はあえてありのままの事を話したんだろう。ヴィクターと俺、どちらに対しても釘を刺す意味で。
「だからあの時、俺は間違えたのだと思いました。アドルフほど容量良く動くのは難しくとも、真面目一辺倒なだけでは駄目なのだと実感しました」
ヴィクターは下げていた頭をゆっくり上げると、俺を真っ直ぐ見据えた。鮮やかな碧眼が光を反射し輝く。世界がそこだけ切り取られたかのように視線が奪われる。決意を滲ませるヴィクターの瞳はひどく求心力を持っていた。
「あなたの騎士に相応しくなれるよう必ず成長してみせます。だからもう一度、神子様の守護騎士としてお側にいさせてください」
小骨が喉に引っかかるように、ヴィクターの"間違えた"と言う言葉が気に掛かっていた。俺を助けた事を後悔したのでは無いかと頭の端で考え勝手に傷ついた。
でも今彼の口からその意味を聞き、じわりと安堵が込み上げた。
俺は椅子から腰を上げると、ヴィクターの前に立ち膝をついた。
「神子様・・・!?」
俺の行動に驚き、思わず立たせようと伸ばされたヴィクターの手を両手で包み込む。鎧に覆われていない生身の手だ。それでも剣を振るう為、努力を重ねたその手は硬く、厚く、そして何よりあたたかかった。
「俺の方こそ何もわからず迷惑を掛けるかもしれない。それでももう一度俺の守護騎士になってほしい」
ヴィクターの目を見返し微笑む。俺の返答にじわりと頬を染めると、包まれた手をそのまま、椅子から降り同様に膝を地面へついた。
視線の距離が縮む。
「勿論です、神子様。誠心誠意今度こそあなたをお守りいたします」
固く結ばれていた唇が綻ぶ。真面目そうに上がっていた眉はやや下がり、穏やかな彼の一面が垣間見える。
ーーーヴィクターが笑った。
そう理解した瞬間、かつて覚えのない熱が心の奥に宿る気配を感じた。
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