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19.妥協
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先程の音はヴィクターが身動きを取った時に鳴ったものだろう。その音は当然コーニーリアスにも聞こえていたはずだ。
動きを止めたコーニーリアスは緩やかにこちらに背を向けると静かにクローゼットを睥睨した。
一歩その足が踏み出される前に、年齢の割に筋肉を感じる肩に手を伸ばして引き留める。
「コーニーリアス、俺の肩を心配してくれるのはありがたいが、怪我はこの通り、肩も動くし問題ない」
「・・・いえ、神子様、今はそれどころでは」
ぐっと足を進めようとする身体にくらいつく。俺の方の怪我なんて、コーニーリアスの頭からはすでに消えているのだろう。
タイミングを考えればクローゼットに誰が潜んでいるかなんて想像に難くない。ヴィクターの姿が見つかれば、これ幸いにとばかりに俺との交渉の引き合いに出すはずだ。
逆に言えば、ヴィクターの姿さえ見られずにコーニーリアスを引き退らせることができれば何の問題もないと言う事だ。
「俺に自分で選べと言ったよな。今日の儀式もきちんと済ませるし明日は祈りの間に行く」
「・・・」
「それで文句ないんだろ?」
コーニーリアスの正面へ移動し、真っ直ぐその顔を見つめる。肩を掴む手はそのままに、逃さないよう力をグッとこめる。
「神子様、私がここで言う通りにする道理は無いと思いませんか」
「それなら、俺もこの先何を引き合いに出されてもあんたの言う事には片っ端から反抗するが」
コーニーリアスの眉間の皺がより深いものになった。何を引き合いに出されても、は流石に口から出まかせだが、ヴィクターとそれ以外を秤にかけた時俺は前者を選ぶだろう。その時は葛藤したとしても、心の奥では答えが決まっているのだ。
そしてこの男が俺の騎士を傷つけるなら、なおのこと強く反発する。ヴィクターを人質にする事は悪手だと理解するまで何度でも。
ヴィクターを傷つけたら俺は自分の力をその傷を癒す為にしか使わない。
「大丈夫だ、クローゼットには鼠が入り込んだんだろ」
これで引いてくれ。
「・・・分かりましたよ、今日のところはそれで納得します。でもその言葉は違えないでくださいね、明日の朝から順次、祈りの間で神子の奇跡をふるってもらいます」
「分かった。それで良い」
ふっと身体から力を抜くと、コーニーリアスは静かに扉の方へ歩いて行った。
扉が閉じられた後、安堵から大きく息を吐き出す。一人残された室内には妙な沈黙が残っていた。音を立てないよう静かにクローゼットまで距離を縮め、ゆっくりと扉を開けば目に見えて落ち込んでいる姿があった。
「申し訳ありません、ヨウ様。俺の不注意であなたを危険に晒したうえ、あのような約束を交わさせてしまった」
「いや、ブレット殿下との事もある。元々怪しまれない程度にコーニーリアスの指示には従う予定だったんだし」
奇跡を振るう為に儀式を行わなければならない点は憂鬱だが不満も言っていられない。
それに可能な限り、起こせる奇跡の数をとにかくストックしておきたい。
ブレットの言っていた"暫く"がどの程度の期間なのかわからない以上、一晩でも無駄にはできないのが実際のところだ。
「夕方に医者のところへ行く」
「もしや怪我の調子が悪いのですか?やはりすぐにでも治療院へ行かなければ」
「あ、いや・・・」
ヴィクターの問いに思わず口籠る。可能なら医者の処方のもと、昨晩使った薬を服用できればと思ったからだ。しかしそれをヴィクターに伝えるだけの気概は流石に持ち合わせていない。まして好意を自覚したばかりの相手だ。
それに薬を使うとなれば俺の身を案じているとはいえ、ヴィクターは良い反応を返さないだろう。
「もしや他の理由で・・・、私は反対です」
「まだ何も言ってないが」
「あなたが返答に困ると言う事はそう言う事なのでしょう。儀式を行う為に、と言うなら私がまたあなたを手伝います」
「!?」
その言葉に勢い良く顔が熱を持つ。しかしヴィクターの表情は真剣そのもので、この場で自分一人だけ照れている事が一層恥じらいに拍車をかけた。
思い起こされるのは背中をもたれさせても揺らがない鍛えられた身体と、少し乾燥した大きな手。そしてこちらを安心させるよう配慮された優しい声だ。
しかし続いて脳裏を過ぎったのは、地下牢で鎖に繋がれ血を流すヴィクターの姿だ。顔に集まっていた熱もすぐに拡散する。
「駄目だ」
「ヨウ様、けれど」
「そんな事をしたら尚更コーニーリアスに都合の良い口実を与えることになる。俺はヴィクターが傷つく姿は二度と見たくないんだ」
でもヴィクターが俺の事を思って提案したんだって事も分かってる。
大きな身体を小さくさせ、クローゼットの床に座り込んだままだったヴィクターに手を伸ばし引っ張り出す。
「儀式を成功させる為に医者の元に行くんだ。きちんとした容量を飲めば大丈夫」
立ち上がった事で高い位置にあるヴィクターの顔をじっと見上げ説得する。暫く見つめ合ったが、先に折れたのはヴィクターの方だった。
「すみません、あなたの力になりたいのに」
「いや、むしろこれは騎士の仕事の範囲外だと思う」
「・・・出過ぎた真似を口にしました。ヨウ様の意思も確認せず勝手を申しました」
「えっ、違う。むしろ仮に罰が無くても手伝わせるのは申し訳ないと言うか、だから別に嫌ってわけじゃないから!」
思わず口を滑らせた本音に、ヴィクターの動きが止まる。
そしてその姿を見て瞬時に自分が何を言ったのか高速で理解し、さらに頭が沸騰する。嫌じゃないから、なんてむしろ触ってほしいみたいな言い方になってしまった。
何も片付いていない今の状況でヴィクターへ想いを告げるつもりはないのに、迂闊に口を滑らせていては詮無い。
「と、とにかく今は儀式に備えよう!ヴィクターも勝手に自分を蔑ろにするような行動に出ない事!」
誤魔化すよう捲し立て部屋の外へヴィクターを押し出す。力では叶わないので押し出すと言っても、俺の意思を汲んでヴィクターが自分から押し出されてくれたわけだが。
「あ、ヴィクター、神子様。神殿長はやり過ごせたようで何よりです。二人ともきちんと話し合えたか?」
扉を開けば、にこやかな表情を浮かべるアドルフに迎えられる。ヴィクターの話が聞けた事も、元を辿れば彼のおかげだ。
「お陰でヴィクターと話が出来たよ。ありがとう」
「それは何よりです。・・・でもこの反応の仕方、まだ両片思いってところか」
「え?」
「いえいえ!まあ、お互いの距離が縮まったなら良かったです」
アドルフの後半の言葉は小さくて聞き取れなかったが、聞き返すと軽やかに流された。
「それで、神殿長はいったい何の用事だったんですか」
アドルフの問いに、俺は先程の出来事を掻い摘んで説明する。コーニーリアスの言う事を聞き、力をこの国の為に使う事。薬の匂いで怪我がばれ、態度が変わった事。途中でヴィクターの存在がばれかけて、コーニーリアスに逆らわないから見逃すよう説得した事。
説明をしている間、アドルフはふむ、と考えるように顎を指先で弄んだ。
「取り敢えず従順なふりをするのは賛成です。元々そのつもりでしたし。それから神殿長の態度が変わって件ですが、少し心当たりがあります」
「心当たり?」
「ええ、先代の神子についてです。これは先程一緒にいた騎士に聞いた噂なのですが」
そう言ってアドルフが話し始めた内容は、驚く反面どこか納得できる内容だった。
先々代と入れ替わるようなタイミングでこの世界に来た先代神子は、そのわずか数年後、勢い良く力をつけ神殿長の座を奪ったコーニーリアスにより、神子として厳しい行動制限をされていた。
「二十代前半という異例の若さで神殿長まで上り詰めたのは、今の神殿長だけですね」
「異例なのか?」
「殆どが何十年も神殿に仕えたすえ神官が就くものですから、早くて五十代という所でしょうか。指名制なのであり得なくは無い話ですが・・・神子と言う存在へ、どこか執念すら感じますね」
制限された服装、食事、寝る時間から朝起きる時間、そして日々の儀式と奇跡を起こし続ける事を強要される日常。
自由のないその生き方は、想像するだけで背筋に悪寒が走る程だ。そしてそれは俺にとって決して他人事では無いと言う事。
「先代神子は三十年、その生活を続けたそうです」
「続けた、と言うと・・・」
アドルフの言葉に引っ掛かりを覚える。今は神子ではないと言う事か。
医者は青年の姿で神子は召喚されたと言っていた。年齢を考えるならまだそれこそコーニーリアスより若いはずだ。
しかし神殿でその姿を見た事はない。
ふと、点と点が繋がる音がする。
嫌な予想だった。
しかしコーニーリアスが神子は自分を癒せないと言う言葉。三十年と言う長い時間をかけて精神を殺された境遇。過去形で話される先代神子の存在。
それらが示す結果とは。
「先代神子は自ら命を絶ったんだな」
アドルフは口を噤んだが、それが事実だと肯定していた。
「・・・なら尚更、コーニーリアスに負けてられないな」
コーニーリアスは同じ道を辿るつもりだ。先代神子を制限したように、俺の事も自分の望む通りに操ろうとしている。
コーニーリアスが神殿長の座に着き続ける以上、この悪習は続くのだろう。
「徹底抗戦だ」
「その意気です、俺たちも協力しますので!取り敢えずブレット殿下からのアクションがあるまで頑張りましょうね!」
「ヨ・・・神子様、俺が力になれる事があれば何でもおっしゃってください」
アドルフとヴィクターの声に頷く。
先代神子の話を聞き、いっそう意思が固まった。
二人には改めて夕方に医者の元を訪れる事を伝え、その場は一度解散する事になった。
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