アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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20.花

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それからひと月ほど、コーニーリアスの望む通りに儀式を行い、人を癒し続ける日々だった。
祈りの間に訪れる患者の多くは質の良い服や宝石を纏っていたので、おそらく貴族やそれに連なる身分の人間だろうと容易に想像できた。
彼らは必ずと言って良いほど、怪我や病気を癒した俺ではなくコーニーリアスに対しお礼を言い去っていった。

それに納得いかない部分もあったが、コーニーリアスが長期間神殿長の地位を続けられた理由の一端こそ、こうした権力者の扱い方が巧みだった点だったのだろう。

しかし正式に処方された薬のおかげで奇跡を起こし続けられたし、秘密裏に奇跡のストックも順調に溜まっていた。
さらに幸いな事に、コーニーリアスの警戒も僅かに緩んだのか、先日は儀式の間に一人で向かう事を許された。
普段の殊勝な態度が功を奏したのだろう。
塩と酒の入った籠を渡されると、自分は先に戻っていると言われたのだ。コーニーリアスが儀式の間についてこないなんて初めての事だった。その時は驚いたが、これは好機だった。

儀式を終えた後、俺はヴィクターを伴い治療院へ向かった。

「神子様、今日はまた急ですね」
「唐突にすまない。でも俺の奇跡が必要な人間、いるんだろ?」

ストックに余裕があり、コーニーリアスの監視の目が緩む時、俺は度々治療院を訪れていた。コーニーリアスに益の無い、神子の奇跡を与えるに相応しくないと判断された人間を匿い、折を見て癒す為だ。貴族でもコーニーリアスの考えに反発する者。力ある商人でも庶民を対象に商売を行なっている者。
コーニーリアスにより篩にかけられ、この国の医学では治せない複雑な怪我や病気で、治療に匙を投げられ日々弱っていく人たちだ。

「奥へどうぞ」
「ああ」

医者に扉を開かれ中へ入る。奥の部屋へ進みカーテンを開ければ、もう最近では随分と見慣れた光景が広がっている。
ベッドの上には衰弱した様子の患者の姿があった。僅かに鼻腔を刺す死臭が、この人物の状態を伝えてくる。水分を失いひび割れた土気色の唇が、僅かに開き呻きにも似た声を溢す。

「・・・み、・・・」
「はい、私が神子です。今からあなたを助けるので、安心して力を抜いてくださいね」

この国の人間が想像する、清らかで慈悲深い神子を演じる。柔らかく全てを包み込むような笑みを意識し、見えているかも怪しい濁った瞳を見つめる。耳は問題なく聞こえているのか、患者の身体からふっと力が抜かれた。

唇と同じようにかさつく手の甲に触れ、いつものように奇跡の力を発揮する。
柔らかな光が辺りを満たし、収束する頃には瑞々しく血色の良い肌に戻った患者の姿があった。
目を開きゆっくりと起き上がった患者は自分の身体を確認すると、涙を流し勢い良く立ち上がった。

「嘘みたいに身体が軽い!医者にはもう手の施しようがないと言われていたのに、本当に治ったんですね・・・このご恩はわすれません。神子様、ありがとうございます!」
「いいえ、私は神子として当然の事をしたまでです。本当ならもっと外に出て多くを助けられたら良いのですが・・・」
「・・・何か口にできない理由がおありなのですね」
「誰を癒すか、私に決める権限が無いので・・・すみません、あなたにもこんな隠れるような真似をさせて」

神子に自由がない事、その大元となる理由。こうして仄めかせばその原因がどこにあるかなんて想像に難くない。

「でも私は多くを助けたいと望んでいます。もしあなたが同じ様に助けを望んでいる人と出会ったらここの存在を伝えてください。ただ、あまり表立って噂になると私も動けなくなるので・・・」
「心得ました。私にももっと何か力になれる事があれば良いのですが」
「いえ、その気持ちだけで十分です。それより家族が心配しているでしょう?早く家に帰って元気になった姿を見せてあげてください。ヴィクター、送って差し上げて」
「承知しました」

忍ぶように患者とヴィクターが裏口から出て行く姿を見送り、ふぅと息を吐く。

コーニーリアスへの不信感を抱かせ、神子の存在を一般に認知させる。しかし回数と環境に制限がある以上、救う相手は選ばなければならない。
口では多くを救いたいなんて言っているが、所詮口だけだ。
現実的にそれは不可能だし、自分の益となる相手を選び癒している以上、やっている事はコーニーリアスとたいして変わらない。死に直面し、助けを望む人の心を利用している。

「神子様、このひと月で随分と神子としての振る舞いが板に着きましたね」
「嫌味にしかならないけど、分かってて言ってるだろう、それ」

医者との関係も最初と比べると、こうして軽口を叩ける程度にはフランクなものになった。

「相変わらずですね、お人好しは」
「お人好しなんてそんな訳がない」
「あちらはあなたに助けられた。その事実だけで良いのに、あなたの何を責める必要があるのか」

そう考えられたら確かに楽になるのだろう。
けれどこの国の人間を救う度、自分が助ける人間を取捨選択している事実が重くのしかかってくる。

「先程の女性は反神殿派の貴族の縁者です。神殿長どころか神子そのものに良い感情を抱いていなかった」

そっと医者に差し出されたマグカップには、りんごに似た優しい香りのハーブティーが入っている。それを大人しく受け取り口に含めば、胃に収まるあたたかさに肩の力が抜ける。

「何が言いたい?」
「側から見たらあなたは、そんな人間にも慈悲を与える心優しい神子に他ならないと言う事です。事実がどうであれ、ね」

半分に減ったハーブティーの水面を眺めながら、医者の言葉を反芻する。この言葉は医者から何度も繰り返されたものだ。問題は俺の心次第なのだろう。
割り切る事が出来れば、もっと上手く出来るだろうに。

「さあ、ヴィクターが帰ってきたらあなたも自室で休んでください。目元のくまが濃くなっていますよ」

そう指摘され、今更遅いが片手で目元を隠す。
睡眠時間は最低限確保されているが、儀式の為に毎晩2時過ぎまで起きている。元々規則正しい社会人生活をしていた事もあり、今の生活が身体に合っていないのだ。思考がすっきりせず、頭が重かった。

「ブレット殿下からのアクションも、あれから音沙汰ないので心配ですね」
「・・・そうだな」

ブレットは暫くと言っていたが、具体的にどれだけの期間待てば良いのか分からない。その明確な終わりの見えない時間も、俺が追い詰められている原因の一つではある。
このひと月の間、コーニーリアスの油断を誘い、神子の味方になってくれそうな人間に俺の立場の現状を伝えてきた。
俺が起こした行動は無駄ではないはずだ。そう言い聞かせる事でしか、自分を落ち着かせる術はない。

「神子様、戻りました」
「ヴィクター、早いな」
「ええ、どうやら近くの屋敷に住んでいたようで時間は掛かりませんでした。それより早く部屋に戻り休みましょう。疲れが見えます」

医者との会話が途切れたタイミングで、少し息を切らせた様子のヴィクターが音を立てないよう裏口の扉を開き室内に入ってきた。
帰ってきて早々に医者と同じ事を指摘され、思わず苦笑する。
この二人は俺に対し心配症な面がある。ありがたい事だが、自分がそうさせているのだと思うと同時に申し訳なさも感じた。

「俺としてはそろそろ待ちきれそうにないです。殿下の行動を待っていては神子様が先に潰れてしまいます」
「ヴィクター、まだ大丈夫だ。それにコーニーリアスの方も俺を早々に使い潰すつもりはないはず」

ここにきて疲れが溜まっている事も事実だが、まだ音を上げるには早い。
先代の神子は三十年と言う長い年月を、きっと俺より厳しい環境の中耐えてきたはずだ。それを思えばこんな所で弱音を吐いている暇はない。

「もし今後ブレット殿下の動きが見られなければ、他の手を考えないと」
「そうですね」
「ハロルド殿下の体調が思わしくない以上、他の王族あるいは力のある貴族と協力関係に持ち込められれば良いんだが、そう上手くはいかないよな・・・」

それこそ制限された今の環境では、そうした権力者と合間見える事さえ難しい。
ブレットと会えた事自体奇跡に他ならない。向こう側からアクションがあったからこそ協力関係が結べたのだから。

「まだひと月だ。もうしばらく待ってみるよ」

そう医者とヴィクターに告げた翌日、俺は予想外の形でブレット、そしてハロルド殿下と対面する事になる。








その日は天気に恵まれず、ぶ厚い雲が空を覆っていた。朝とは思えないどんよりと重い空気が気分をさらに下降させる。しかし今日も変わらず祈りの間で神子の仕事を遂行しなければならない。

いつも通りこのひと月で通い慣れた祈りの間への道のりを進む。前を歩くコーニーリアスの後ろ姿は相変わらずで、何を考えているのか分からないものだった。しかしその日いつもと異なっていたのは、コーニーリアスの歩みが僅かに緩やかなものだったと言う点くらいだろう。

華やかな花が咲き誇る庭を素通りし、見慣れた建物が見えた頃、ぴたりとコーニーリアスの足が止められる。

「・・・神子様はこの庭をどう思われますか」

こちらに背を向けたまま、唐突にそう問い掛けられた。質問の意図が読めず僅かに答えを逡巡する。

「普通に綺麗だと思う」
「そうですか、私は花にまったく興味がありません」
「は?」

俺の無難な返答に対し、コーニーリアスから返された言葉は予想外のものだった。なおさらどうしてそんな質問をしてきたのかと内心苛立ちを覚えるが、続けられたコーニーリアスの言葉にその感情も拡散する。

「けれど先々代の神子様はそう思わなかった。私と違い繊細で、花やが弱い生き物を好む人でした」

こうしてこの男の口から過去の神子の話をされる機会はこれまでにほとんどなかった。それこそこの世界に来たばかりの時、神子の存在を語った程度だろう。
だからここにきて、神子個人の人となりをコーニーリアスの口から聞く事になるとは露ほども思わなかった。

「この花壇の一番端に咲いている、雑草の様な粗末な花ですが」
「・・・元の世界にも、似たような花がありました」

細い花弁が重なる、丸い形の花の群生は元の世界で見かけた白詰草にも似ていた。
当時の神子の事なんて分からないが、元の世界の花に似たそれを、どんな気持ちで眺めていたのか俺には分かるような気がした。

「その花を特に好んでおられました」
「それをどうして俺に?」
「・・・いえ、だからどうと言うわけでは無いのですが」

コーニーリアスはこちらへ振り向くと、どこか遠くをみるような目でこちらに視線を向けた。

「あなたの姿はあの方に似ていても、性格は真逆だと思っていたので。花を見て美しいと思う感情があるとは思いませんでした」
「はぁ?」

コーニーリアスの表情に、こちらを蔑む意図は伺えない。それこそ他意なく口にしているのだろう。
コーニーリアスは花壇に咲いている花を無造作に一輪摘むと指先で弄んだ。

「あなた達のその髪や目を見るたびにあの方の姿を思い出します」
「随分寄り添ってたんだな」

あなた達、と言うのは俺と先代の神子の事だろうか。同じ日本から呼び出された神子が黒髪黒目なのは当然だ。俺や先代の持つ色が先々代の神子を彷彿とさせると言うコーニーリアスの言い分は分かる。
慈しむような目でかつての神子を語るのに、俺たちに対する扱いは矛盾している。

「まさか。寄り添えるはずもありません」
「え?」
「話が過ぎましたね、では参りましょう神子様」

コーニーリアスが先々代の神子を大切に思っていたと言う話じゃ無かったのか。
しかしコーニーリアスはなんの執着もなく指先で摘んでいた花を地面に捨てると、再びこちらに背を向け祈りの間へ向かい歩き始めた。
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