アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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21.そして動き出す

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このひと月で石造りの冷たい椅子にもすっかり慣れた。
守護騎士であるヴィクターもそれは同じで、同じく慣れた動作で俺の座る椅子の隣へ侍る。因みにコーニーリアスは俺が椅子に座った事を確認し神官の列へ戻っていった。

今日俺が治癒を施すのは元々神殿長と犬猿の仲だったオグバーン公爵家の娘だと言う。今朝部屋を出る時、コーニーリアスにその旨を伝えられ思わず昨夜の女性の事を思い出した。
泣きながら感謝を伝え、治療院を後にした女性。

同じ反神子派でありながら神子の奇跡を与える事を許された理由は想像に難くない。おそらく彼らの間に何かしらの約束がなされたのだろう。
それは当然、コーニーリアスにとって都合の良い話のはずだ。
このひと月で分かった事もある。黒い髪や目を尊ぶこの世界で、疑問に思っていた事。コーニーリアスの髪と目の色の事だ。若かりし頃は黒に近い色だったと言うそれは、年齢を重ねた今、髪は減り目の色は濁っている。そんな彼が何故いまだ神殿長のトップに立ち続ける事が出来ているのかと言う事だ。
自分の利益のため神子を最大限利用し、己の敵となる立場の人間を懐柔してきたのだろう。
今俺を利用しているように。

そう考えているうちに、ギィッと扉が鈍い音を立て開かれた。そこにはコーニーリアスよりやや若い壮年の男性と、身体を支えられるようにし薄いベールで顔を覆った女性がいた。
コーニーリアスは僅かに眉を顰めると二人に向かい声を掛ける。

「聖なる神子の御前です。顔を隠すとは何事でしょうか」
「娘は病で顔が痩け、その姿を人前に晒す事をひどく恥じています。どうかお許しを」
「しかし・・・」
「かまいません、そのままこちらへ」

コーニーリアスの言葉を遮り、椅子から立ち上がる。顔が見えようが見えなかろうがやる事は同じだ。この場で恥をかく女性が増えるだけで、彼らの問答に意味は無い。

「あなたの心遣いに深く感謝を。神子様」

男性はよろける女性の肩を支え、階段のそばまで近寄り膝を折った。
俺も同様に数段しかない階段を降り彼らに対面するよう膝を床へつける。
男性の視線がチラリと向けられるが、俺がそちらへ視線を向けるとすぐに逸された。

「お手を触れても構いませんか?」

俺が確認すると、女性は小さく頷いた。
それを確認し手袋に覆われた指先を手に取る。病気で痩せた所為か、布越しに感じる指先は骨張っていた。
いつもと同じように目を閉じ、内側から湧き出る力を意識する。ぶわりと身体から放たれる光も随分と見慣れたものだが、この場にいる患者や神官、騎士たちはこの光景を見る時いつもはっと息を呑む。
初めて見る患者の反応は分かるが、神官たちもそろそろ慣れても良い頃だと思うのだがそうはいかないらしい。
彼らにとって人を癒す神子の姿は、何度目にしようと奇跡に他ならないのだろう。

誰にも悟られない程度に小さく鼻で笑う。

神子を傀儡の様に扱っていながら、それでも尊い存在だと敬う気持ちが存在するのか。その矛盾を笑い飛ばしたくなるが、それ以上に、この状況に甘んじる自分の無力に腹が立った。

光が収束するタイミングで口角を戻し触れていた手を放す。

「いかがですか?身体に不調は残っていませんか」

女性は指の動きを確認する動作を繰り返すとコクコクと何度も頷いた。男性に支えられていた手を肩から外し徐に立ち上がると、淑女が取る最敬礼の礼をしてみせた。

「回復した様で良かったです。では神殿長、次の方の案内を・・・」
「神子様、それには及びません」

コツリ、と小さく靴音が鳴る。
声の主はここ最近音沙汰の無かったこの国の第一王子、ブレットだった。ひと月前、初めて会った時と同じ、王子としての風格、そして威圧を感じさせる圧倒的な存在感に呼吸が止まる。
扉を開きゆるやかにこちらへ歩みを進める姿は、どこか異質だが堂々としていた。

「ブレット殿下、この場所に何か用ですか。神殿と王家はお互いに不可侵の筈ですが」

苛立ちを隠さないままコーニーリアスがブレットに声を掛ける。いつも飄々としたこの男にしては珍しい反応だった。

「ああ、故に今私はブレットとしてこの場にいる。神子様、あなたとの約束は成された。この時より私はあなたの味方となろう」

ブレットはふわりと微笑むと、女性の隣で足を止め、宝物に触れるかの様な優しい指使いでそっとベールを上げた。
最初は訝しげな表情を浮かべていた神殿長は、ベールの奥に隠されていた顔を見るなり驚きの声を上げる。ブレットはその反応に満足するとさっとベールを元に戻した。

この場の状況を理解しているのは彼らブレットとコーニーリアスだけだ。彼女の顔に見覚えのない俺は勿論、後ろ姿しか窺えない騎士や神官たちは神殿長の反応の理由が分からない。

「良ければ場所を移そうではないか。その方が神殿長、貴殿にとっても都合が良い筈だ」
「・・・よろしいでしょう。あなたの望む通り場所を変えます。皆、一度持ち場へ戻る様に!」

コーニーリアスが声を張り手を叩くと、扉の近くで待機していた騎士により扉が開かれた。こちらの様子が気になるのか、神官たちはしぶしぶといった様子で建物の外へ出て行く。

「奥に部屋がありますので、そちらで話をしましょう」

さっと身を翻したコーニーリアスの後ろにブレットとベールの女性、そして付き添っていた壮年の男性が続く。ヴィクターに背をそっと押され、俺も彼らにならい後をついて行った。







案内された部屋はシンプルな装いをしていた。
大きめのローテーブルとそれに合わせた大きさの革張りのソファが左右に置かれているが、それ以外の調度品は特に無い。
入口から遠い方のソファへコーニーリアスが腰掛けると、その対面にブレットと他の二人が腰を下ろした。俺はどこに座るべきか悩んだすえ、結局スペースが空いているコーニーリアスの隣へ座る。
ヴィクターは俺の背後へ立ったまま控えた。

「それでは、ご説明いただけますか。今回の茶番の顛末を」

コーニーリアスが早々に切り出す。その台詞に対しブレットはニヤリと口角を上げると、不遜な態度で足を組んだ。

「先程口にした通り、私はブレットとして神子の味方になると決めた。全面的に彼を支援するつもりだ」
「ええ、聞きましたとも。だからこそ、先程私が申し上げた通り、王子であるあなたが神殿のやり方に口を出す事があってはならないと申し上げているのです」
「そうだな。"第一王子ブレット"であれば、そうだろう」
「・・・何が言いたいのです」

ブレットの言葉に、コーニーリアスは眉根を寄せる。深い事情を知らない俺も、彼らの会話で話が僅かに見えてきた。コーニーリアスもそれは同じだろう。
そして何故先程、ブレットが"約束は成された"と口にしたのか、一連の出来事を茶番と言い表したその理由も。

「私は王子としての立場を捨てた。王家からは独立し、そちらのオグバーン公爵家のご令嬢と婚姻を結ぶ。だから問題なく神殿の問題に口を出せると言うわけだ」
「なっ、いい加減な事を!では王位はどうなるのです!」
「第二王子であるハロルドが継ぐ。お互い納得している。そうだろう?」
「はい、兄上」

ブレットの言葉に返したのは、ベールの女性ーーーいや、ハロルド殿下だった。
自らの意思でハロルド殿下はベールを取り外すと、凛とした態度でコーニーリアスへ対面した。
一見違和感のないドレス姿で先程は気付かなかったが、目を凝らすと確かに喉仏が存在する。そして声は声変わりを迎えた少年のものだった。
じっとハロルド殿下を観察していると、視線に気付いた彼は困った様に眉を下げほんのり頬を染めた。

「このような格好をお見せすることになり、大変申し訳ありません」
「えっ、いや、すごく似合っていると思います」
「あっ、僕の趣味でドレスを着ているわけではありませんからね!」

返す言葉に悩み似合っていると答えたが、望ましい返答では無かったのか、ハロルド殿下はぎょっと表情を崩し弁解し始めた。
そう焦らなくとも、ここまで条件が提示されれば彼らの行動の想像は容易い。
俺が神殿から自由に動けない以上、ハロルド殿下がこちらへ足を運ぶしか無い。表立って治療を望めないハロルド殿下は、かと言って他の患者の様に隠れて治療院を訪れるわけにもいかない。
立場が許さないだろうし、動けるだけの体力も無かったのだろう。だからこそ今回、女装までして正体を隠しあの場を訪れた。

「勿論承知の上です」
「良かったぁ。僕、神子様とお会いできて本当に嬉しいんです。誤解されたらどうしようかと本当に不安だったんですよ」
「誤解なんてしませんよ。・・・ただ、何故そこまで隠す必要があったんです」
「神子様、そこは今論点ではないでしょう」
「いいえ、神殿長。神子様も無関係ではありませんからここで話すべきです」

この場で質問して良いものか僅かに悩んでから、今後尋ねる機会もないだろうと質問することに決める。コーニーリアスが口を挟んだが、すぐさまブレットにより流された。

「恐らく事の始まりは、隣国との留学の話が出た時です」

ハロルド殿下の言葉に、ぴくりとコーニーリアスが反応する。
確か以前、アドルフが言っていた。ハロルド殿下に留学の話が出ていたが断ったのだと。何故ここでその話が出るのだろう。
疑問に思いながらも、口は挟まず静かに話の続きを待つ。

「神子様を迎える事が出来るのはこの国の神殿だけなのです。それはこの世界と神子様がおられた世界を繋ぐ泉が残っているのが、我が国だけだからと言われています」

神子の価値がどの程度のものなのか、俺には想像もつかない。
けれどハロルド殿下の話を聞く限り、神子との関わりを求め交流を持ちたがる国は少なくないんだろう。
留学の話が出た理由も、おそらく国交の手段の一つだったに違いない。
その考えが伝わったのか、ハロルド殿下は肯定するように小さく頷いた。

「僕も隣国の文化に興味があり、留学の話は前向きに考えていました。・・・唐突に体調を崩しその話は流れましたが」
「私はハロルドが体調を崩した要因が貴殿にあると考えている。隣国との交流を阻む為、ハロルドに毒を盛ったのはコーニーリアス、お前だろう」

ブレットは既にコーニーリアスを神殿長と呼ぶことを辞めた。丁寧に研がれた刃のように鋭い視線がコーニーリアスを突き刺す。しかしコーニーリアスはふぅ、と大袈裟にため息を吐くとやや前のめりの姿勢で指を組んだ。

「まさかそのような戯言をおっしゃられるとは思いませんでした」
「戯言だと思うか。だがこちらは証人がいる。その男の前に守護騎士をしていた男を覚えているか?」
「その男がなんだと言うのでしょう」

ヴィクターの前に守護騎士をしていた男。ブレットにそう言われ、俺自身ですら記憶が薄い黒い鎧の男を仄かに思い出す。

苦い思い出だ。
この世界に来たばかりの日、神子の力を信じず儀式を行わなかった。その結果、祈りの間で一人の男が切り捨てられ危うく命を落としかけた。
その時に俺の身体を押さえていた騎士のことだ。今ではうっすら跡を残すだけで、手の傷は殆ど癒えている。もう少し時間が経てば跡も残らないだろう。

「その騎士が、不審に夜な夜な一人行動をするお前を何度も見かけている」
「・・・馬鹿らしい。それが何の証拠になると」
「それだけじゃない。名前をーーーと言ったか、銀騎士の男から怪しげな薬を受け取るお前の姿をその騎士が目撃している」
「俺が守護騎士に選ばれた時、蛮族街の男を切り捨てた銀騎士の名ですね」

背後に控えていたヴィクターが俺の耳元に口を近付けると、ブレットの言葉を小声で補填する。ヴィクターの声に場違いにもぞくりと背筋に痺れが走るが、すぐに頭を切り替える。


あの日蛮族街の男が告げられていた罪名はーーー薬の密売だった。


「薬の横領に、王子の殺害未遂。流石に言い逃れは出来ないだろう。騎士の言葉の裏を取るのに、ひと月も要することになるとは予想外だったが」
「・・・そこまで断言すると言う事は、件の守護騎士以外にも証拠を揃えているのでしょう」

コーニーリアスは組んでいた指を解くと、ぐったりとソファの背に身体をもたれかけた。天井を仰ぎ見る姿は急激に年齢を重ねたように見える。あんなにがっしりとしていた身体が、今は不思議と小さく見える。
それと同時に、これまで手段を選ばず神殿長の座にしがみついてきた筈のコーニーリアスが、いとも容易く罪を認めた事が少し意外だった。

「毒を盛る可能性なんて、第一王子派の人間の仕業だろうと言い逃れるつもりだったのに、まさかあなたがその立場を捨てるとは思いませんでした。そこまでして神子様の後ろ盾になりたかったのですか」
「・・・まさか。神子様の事は目的の為のただの"ついで"だ」

独り言のような呟きに対し、ブレットは失笑で返す。慇懃な態度を咎められる者はこの場にいない。

「私はこの国の王位に、毛ほども興味が無いんだ」

そう言い微笑んだ顔は、どこか猛禽類を連想させひどく恐ろしく感じた。
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