アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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22.感謝の言葉

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今後コーニーリアスの身柄は、処遇が決まるまで王族に仕える近衛騎士と呼ばれる者たちによって管理されるらしい。それまでは神殿長の立場となる人間は空席となる。その為俺の神子としての仕事は一時的に保留されるとのことだ。

この結果を望んでいたとはいえ、どこか終わりは呆気ないものだった。
あの場に残っても出来ることはなかった為、ブレット達を残し俺は部屋を後にすることにした。しかし建物から出ようと扉に手をかけた時、跡を追いかけてきたオグバーン公爵から不意に声を掛けられた。

「神子様」
「どうされました?」
「私の娘はあなたに救われました。昨晩、神子様に奇跡の施しを与えられた者が私の娘です」

昨晩と言う彼の言葉で思い出すのは、土気色の肌に痩せた姿の女性だった。涙を流し俺に感謝の言葉を述べてくれた。
反神殿派の貴族の縁者だと言われていたが、この人がそうだったのか。

「久しく見ていなかった娘の元気な姿を目にし、私はかねてより打診されていたブレット殿下の考えに協力することを決めました」

ハロルド殿下が成り代わるには、実際に病人が必要だ。神子の奇跡を求め祈りの間を訪れても不自然ではない人間じゃなければならない。そうじゃなければ周囲から怪しまれるからだ。
本来治癒を受けるはずだった人物がどうなったのか、少し気がかりだったことも事実で、こうしてオグバーン公爵から話を聞けたのは良かったのだろう。

「ブレット殿下には昨晩のうちに協力する旨を伝え、コーニーリアスに頼み神子様にお会いする順番を今朝入れ替えさせたのです」
「頼んでと言うと、神殿を良く思っていなかったのならコーニーリアスとは不仲だったのでは」
「ええ、けれど一時頭を下げるくらいわけありません。事前にブレット殿下から筋書きは聞いていましたから」

確かにブレットの作戦は成功したが、必ずうまくいく保証はなかった。それでもこの人はコーニーリアスが失脚する可能性に賭けたのか。

「それに仮に失敗しても、私はもう反神殿派を名乗りませんので問題ありません」
「え?」
「神子様、私の娘を助けていただき・・・本当にありがとうございました」

オグバーン公爵が深く頭を下げる。

「・・・あ、たまを上げてください。お礼は既にお嬢様からいただきました」
「いえ、これは私のけじめでもあります。神子様の事を知ろうとせず、いたずらに嫌悪を募らせてきたことへの」

嫌悪。体勢をそのままに告げられた言葉の強さに思わず息を止める。反神殿派と自ら言う程だから何かしら神殿長や神子に対し反発する感情を抱いていたのだろうと思っていた。

「聞いていただけますか。神子様に対し、この国の人間が重ねてきた罪を」







話をする為、建物を出て花壇の側に設置されたベンチへと俺たちは腰を下ろした。ヴィクターは相変わらず背後を守る様に立っている。

「それで罪、と言うのは?俺はあなたに特に何かされた記憶が無いんですが」
「何もしなかった、それこそ罪なのですよ」
「・・・どう言う事でしょうか」
「私は元々、神殿騎士の見習いだったのです」

そうしてオグバーン公爵は静かに語り始めた。



この国の人間なら、誰もが神子様の存在に憧れます。私も例に漏れずそのたちで、家の反対を押し切り神殿騎士の見習いとなりました。
予想は裏切られ神子様と会う機会は無く、日々雑務に勤しむ日が続き、勢いばかりで生きていた私はすぐに心が折れかけました。

ただ祈りの間に参列する許しを得た日、すぐにその考えは翻ることになります。騎士と神官が寸分狂わぬ列を成し、厳かな空気の中患者に神子様の奇跡が施される。あたたかく優しい光に包まれ輝くその姿はまさしく神の代弁者とさえ思いました。
私が魅せられたように、神官見習いだったコーニーリアスもまた同様だったのです。

私が雑務以外に、騎士として剣の稽古を許される様になった頃。
コーニーリアスは神子様の側仕えのような立場を得て、随分仲を深めているようでした。
祈りの間で見かける神子様は氷像のように表情が変わらないけれど、偶々二人でいる様子を見かけた際には神子様は優しく微笑んでおられましたから。

けれど神子様の行動の管理は神殿長の役目であり、今以上に厳しく管理、制限されていました。そんな神子様にとって、コーニーリアスとの時間はほんとひと時であれど心安らぐものだったのでしょう。

あこがれから選んだ道でしたが、その頃には私は守護騎士に選ばれる程の才能もなく騎士としての道を諦めようと思っていました。
家から再三、戻ってくるよう手紙を送られていたこともあります。

しかし私が騎士を辞するより先に問題が起こりました。先々代の神子様が姿を消し、先代の神子様が来臨されたのです。
毎年行われる祭りの日の出来事です。神殿総出で捜索を続けましたが、その日以降ついぞ先々代の神子様を見つけることは叶いませんでした。表向き神子様は身罷られた事になり、墓石も建てられました。

その日からです。コーニーリアスが徐々に狂っていったのは。

破竹の勢いで力を増していったコーニーリアスはすぐに見習いを抜け、一人の神官として先代神子様の側に侍るようになりました。
そのうち神殿長に代わり口を出す様になったコーニーリアスは、必要以上に行動を制限していきました。
私はその頃には騎士を辞めてしまいましたが、恐らく神殿長に上り詰めるまで、コーニーリアスの行いは変わらなかったでしょう。
神子様を傀儡の如く操り、搾取し利用する。かつてはコーニーリアスも嫌悪していたはずのやり方をあの男は踏襲し進んで神子様を苦しめている。

ここからは私の想像に過ぎないのですが、コーニーリアスは認めたくないのではないでしょうか。
神子様が神殿を、コーニーリアスを捨てここからいなくなったことを。
当時私たちの間では、神子様は元の世界に帰ったのではないかと噂が経ちました。何の根拠もない眉唾です。元の世界に帰った神子様の話なんて聞いたことがない。
それでもあの日忽然と姿を消した神子様は、この世界に辟易し、役目を捨て自由を選んだのではないかと。
先代の神子様にも同じ所業を繰り返し、それでも元の世界に戻ろうとしないのなら、やはり先々代の神子様は自分を捨ててなどいないと。

そう証明したかったのではないでしょうか。



「私の罪は、コーニーリアスの行いを諌めず騎士を辞めのうのうと暮らしていること。この国の罪は、神子様の境遇を想像もせず、恩恵にあやかろうとしていることです」

そう言って口を閉じると、オグバーン公爵は息を吸い大きく吐き出した。話すべきことは全て話したとばかりに口を閉ざし、沈黙がこの場を占める。
俺の言葉を待っているのだろう。けれど気軽に口を開ける空気の重さではない。

僅かに逡巡してから、俺はそっとベンチから腰を上げた。腰掛けたまま地面をじっと見つめるオグバーン公爵の姿は、まるで断罪を待つ罪人のそれだった。

「話を聞いて改めて思いました。俺にはやはりあなたに謝られる理由がないと」

正面に立ち、項垂れたオグバーン公爵の視線の高さに合わせるよう膝を折る。膝を掴んでいる掌に自分の手を重ねれば、ひやりとした感触が伝わってくる。

「と言うか、話を聞いて思ったんですけどやっぱり神殿長がほとんど悪くないですか?今も昔も」
「しかし私は神子様を見捨てて・・・」
「だから、今回動いてくれたんですよね。俺には協力してくれたじゃないですか」

俺の前の神子たちがどう思ったかは分からない。この国の人間を恨んだ者もいたんだろう。
でもそれは俺とは違う人たちだ。
コーニーリアスには腹が立つし、ヴィクターを傷つけた事は許さない。それに自由がないのは困る。
でもそれにオグバーン公爵は関係ない。

この人の言う嫌悪も、自分自身への罪悪感から目を逸らしたかったからだろう。

「こちらこそお礼を言わせてください。俺を助けてくれてありがとうございました」

触れているオグバーン公爵の指先に体温が戻り始める。俺はそっと微笑んでから手を放し立ち上がると、汚れでもいない服を無駄にパンッと叩いた。

「それでは、俺は自分の部屋に戻ります。ヴィクター、戻ろう」
「はい、神子様」

じっと成り行きを見守ってくれていたヴィクターに声を掛け部屋に戻ろうと歩き出す。
オグバーン公爵の顔は伏せられたままだった。地面に落とされた僅かな水滴に見ないふりをし、一瞬向けた視線を元に戻す。


自分の部屋に戻る道中、騎士や神官とは不思議とすれ違わなかった。まだコーニーリアスの件は知られていない為、それが原因ではないだろう。いつもならまだ祈りの間で患者を癒している時間だからだろうか。

「良かったのですか、ヨウ様」
「何がだ?」
「神子様と言う立場から何か物申すことがあったのではありませんか」

道行く先に人影はなかったが、ヴィクターが名前で呼んだと言うことは姿が見えないだけではなく本当に付近に誰もいないのだろう。

「無いよ。後はもう、環境を今後どう変えるかだけだ」

コーニーリアスのことも、オグバーン公爵のことも。たったひと月と数日この国にいただけの俺に口を挟めることは少ない。
彼らが追い詰め、苦しめられた神子は俺じゃない。

だから伝えるべきは"ありがとう"だったんだ。

「俺はこの世界に来てずっと誰かに助けられてるから」
「・・・そうですか。それなら良いのですが」
「そうだ、今回の件で改めて思ったんだけど、やっぱり俺に神子向いてないなって」

俺の言葉に背後について来ていたヴィクターがピタリと動きを止める。ヴィクターにしては珍しく動揺した空気が鎧越しに感じられた。

「俺はそう思いませんが、何故そう思ったのか伺ってもよろしいですか」
「え?」
「ヨウ様はこのうえなく神子として責任ある仕事をまっとうしておられます」

その言葉に神子として過ごしたひと月が評価されているのだと嬉しく思う。その反面、それを虚しく思う自分がいることに目を背けることは出来なかった。
儀式の過程にさえ目を瞑れば、あらゆる人を癒せる奇跡の力は何者にも変え難い素晴らしい力だ。その力を持って人に感謝されれば当然嬉しく思う。

それでも所詮その力は、訳もわからず与えられたものだ。自分の努力を積み上げた上に成り立つものであれば、俺はきちんとこの力に向き合い納得することができたのだろう。

「癒した人たちから感謝を伝えられるには、俺の気持ちが納得出来ないんだ」
「・・・よく、分かりません。得られる結果が同じならどちらでも良いと俺なら思うので」
「そう。だからこれは俺の問題なんだ」

向いていないと自分が思ったからと言って、急に神子としての仕事を放棄するわけにもいかない。
ただコーニーリアスの件が落ち着くまでは神子としての仕事も暫く休息時間が与えられる筈だ。
何も今すぐに身の振り方を全て決める必要はない。

取り敢えず今優先するべきこと。これは兼ねてより決めていた。

「ヴィクター、俺に少し付き合ってほしい」
「神子様?」

コーニーリアスに行動を制限されていた中で、特に不満に思っていたこと。それを今から改善しに行く。


ーーーそう、"風呂"だ。

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