アケミツヨウの幸福な生涯【本編完結】

リラックス@ピロー

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24.言葉はいらない

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脈絡なく抱きしめられた事実に思わず思考が停止する。しかし次に聞こえてきた複数の足音と話し声に、ヴィクターの行動に合点がいった。
脱衣所へ入ってきたのは訓練を終え身を清めに来た騎士たちだ。ヴィクターが彼らの行動を知らなかった事を踏まえると普段の利用時間から変更があったのだろう。これは祈りの間での出来事やコーニーリアスの件が影響しているのかもしれない。

俺が脱衣所に出て裸のまま騎士と遭遇しないよう、咄嗟に動いてくれたのか。

ヴィクターは扉の外の様子を真剣に伺っているが、俺としてはそれどころじゃ無くなっていた。鎧越しとはいえ、この腕に抱きしめられたのは随分と久しい。それこそひと月前、儀式の際助けを求めた時以来だ。今では随分と昔の事のように感じるが、それこそヴィクターの方はもうすっかり忘れ去っているかもしれない。
冷たい鋼に自らの体温が移りじわりと温度を持つ。掘り起こされた記憶も相待って、中途半端な生ぬるさが返ってもどかしく感じた。

「・・・ヴィ、」
「申し訳ありません、神子様」

しかし声を掛けるより早くヴィクターの腕が解かれた。その動きに惜しむ気配は一切感じられない。

「外に出て説明をしてきます。お身体が冷えますので湯に浸かってお待ちください」

そう言って俺の身体を移動させると、さっと扉を開き脱衣所へと出て行った。ぽつんと残された俺は中途半端に浮かせた腕をうろうろさせ、やがて下ろす。ヴィクターに言われた通り再度風呂に浸かり扉越しに聞こえる音へ耳をそばだたせる。
会話までは聞き取れないが慌ただしい様子は伝わってきた。

騎士たちには悪い事をした。次回からはきちんと利用時間の確認をしよう。
けど今日だけ特別なので許して欲しい。

「神子様、全員外へ出しましたのでどうぞお着替えください。俺は廊下に控えておりますので」

ヴィクターはそう言って扉越しに声を掛けると、俺が返事をして浴槽から上がるより早く廊下へ続く扉を開き出て行った。
いつもより素っ気無いヴィクターの行動にはっと思い至る。自分の都合で風呂に付き合わせ待たせた上、他の騎士に対応させる事になった。これはヴィクターにだいぶ迷惑を掛けているのではないか。

流石にこれ以上待たせるわけにはいかない。
急ぎ身体の水気を簡単に拭き取り祭服とパンツを見に纏う。パンツにより下半身が包まれている安心感を味わう事も束の間、荷物をさっとまとめ廊下へ続く扉を開いた。

「ヴィクター、待たせたっ」
「お早いですね・・・って、神子様。髪に水気が残っておられますよ」

扉に控えていたヴィクターはこちらへ向き直ると、俺の姿を確認しぎょっとする。

「すみません、急がせてしまいましたか」
「いや、騎士の人たちにも悪いから・・・」
「利用時間は決まっておりますので、入浴時間を勝手に変えたのは彼らの判断です。神子様が気に止む必要はありませんよ」
「そう、なのかな」
「むしろその辺りは俺が気にかけるべきだったのに、危うく神子様の姿が見られる所でした。考えが至らず申し訳ありません」
「ええっ、いや。こっちこそ風呂の事で頭いっぱいになってたから・・・」

ぽたり、地面に雫が落ちる。
ヴィクターは徐に腕を伸ばすと、濡れて頬に張り付いた髪に触れた。

「少し懐かしいですね」
「え?」
「神子様がこの世界に来たばかりの頃、召喚の間の泉に入りびしょ濡れになった事を思い出します」

その言葉に、底に沈んだ鞄を探す為泉に潜った日の事を思い出す。あの時はコーニーリアスの振る舞いに対し頭にきていたし、俺の行動に結構ヴィクターを振り回していたような気がする。

「ヴィクターの前では濡れ鼠になってばかりだな」
「ふふ、そうですね。・・・良ければ俺に髪を拭かせてもらえませんか」

そう言うとヴィクターは再度脱衣所の扉を開き、俺の背をそっと押し中へ入るよう促した。

「俺のために急いでくださったのですね。風邪を召されては大変ですから、どうぞ中へ戻りましょう」

脱衣所の角に置かれていた、手頃な椅子を移動させ俺をそこへ座らせると、タオルをふわりと頭へ被せる。ヴィクターは無骨な手の印象とは裏腹に、髪を痛めないよう繊細なタッチで水気を拭った。
温かい風呂で血行が良くなった事も相待って、絶妙な力加減に眠気が襲ってくる。

「俺は神子様に謝らなければなりません」
「え、何を?」

しかし唐突に切り出されたヴィクターの言葉に、眠気は容易く拡散する。俺は動きを止めたタオルを手に取り背後のヴィクターへ向き直る。
兜の所為で分かりにくいが、どこか思い詰めた表情をしているように感じた。

「先程、俺は咄嗟とはいえ一糸纏わぬあなたを抱きしめました」
「え、う、うん?」

確かにヴィクターの言葉は間違ってない。間違ってはいないが、改めて言葉にされた事で一層恥じらいが増す。歯に衣着せぬ台詞に思わず頬が熱くなるが、そこにからかいの意図は無くヴィクターの様子は至って真剣だった。

「ええと、それに対してヴィクターが謝る必要はないと思う。むしろ隠そうとしてくれたんだからお礼を言わないと」
「いいえ。俺は先程の状況に、卑しくも幸運だと思ってしまった。あなたに触れる事に悦びを見出してしまった。守護騎士としてあるまじき感情です」

気にしないようにしていたのは俺だけじゃ無かったのか。その事実にじわりと心が熱くなる。

「その疾しさを振り払うように、あなたの言葉を遮ってまでこの場から離れた」

ぱさりと音を立てヴィクターの手元のタオルが床へ落ちる。
無意識にその動きを追いかけた顔をヴィクターの手が優しくとどめる。頬に触れる手に力は込められていないが、兜から覗く目が切なげに細められた事でさらに抵抗を奪われた。

「でもその選択をした時点で答えは出ていたんですね」
「答え・・・?」
「あなたをお慕いしています」


その言葉に息を止める。


「思えばきっと初めて出会った時から俺の心は決まっていたのでしょう。落ちてきたあなたをこの腕に抱き留めた瞬間から」

ヴィクターからの突然の告白にどくどくと勢い良く全身に血が巡る。顔に集まる熱が制御できず、今すぐヴィクターの手を振り解いて隠したかった。
けれど意思に反し、俺の指先は祭服をぎゅっと握るのみ。

「あ、っ、う」

意味を持たない言葉が口から溢れる。早く返事をしないといけないのに、何を答えれば良いのか思考が絡まり舌がもつれる。

俺のそんな様子にヴィクターはふっと目元を和らげると、そっと頬から手を離した。

「けれどこの思いにヨウ様が答える必要はないのです」
「え、」
「あなたは神子で俺は騎士です。本来なら想いを伝えることさえ許されない立場だ。こうして今伝えたのは、あなたの優しさに甘えた俺の自己満足です」
「ヴィクター、俺は・・・」
「せっかく温まった身体が冷えてしまいます。部屋に戻り飲み物でも淹れましょう」

床に落ちたタオルを拾い上げるとヴィクターは手を差し伸べた。俺はその手を取り椅子から立ち上がると、そっと背を押され廊下へ出る。

元の世界とヴィクターを秤にかける俺に、相応しい答えが出来るとは思えなかった。けれど答えを求めなかったヴィクターに対し寂しさを覚える事は我儘なのだろうか。
僅かに胸に残ったしこりを宥めながら、俺は自室への帰路を進んだ。


しかしその途中、俺を呼び止める声が掛けられた。

「神子様、先ほどの神殿長とのやりとりの件を詳しく聞きたいんですが」

声の正体はアドルフだった。
黒い兜を脇で挟み、タオルで額の汗を拭っている様子から訓練が終わった直後なのだと分かる。

「アドルフ、久しぶりだな」
「ええ。あ、でもここでは人の目がありますし場所を変えましょう」
「それなら俺の部屋で話そう」

もう自室はすぐそこだ。この際なので三人で部屋に戻る事にする。
二人が俺の部屋に入るのは以前俺が肩を怪我して治療してもらった時以来だ。このひと月大人しくしていたお陰か、部屋の付近を訪れるのは最近では守護騎士であるヴィクターを除けばコーニーリアスくらいのものだった。
二人を招き入れたところで他の誰かに見咎められる事はないだろう。

「ではそうしましょう!あっ、そうだヴィクター。部屋に戻る前に神子様の紅茶を淹れるだろ、俺の分も頼んだ」
「断る。自分で用意しろ」
「まぁまぁ、ケチくさい事言うなって。神子様と先に戻ってるからよろしく!」
「おい、待て」

アドルフはヴィクターにそう言うと、俺の背を押しさっさと部屋の扉を開き入った。
扉が閉まる前にチラリと見えたヴィクターの表情は憮然としていたが、なんだかんだアドルフの分も淹れてくれるのだろう。不服そうに紅茶を淹れる姿を想像し僅かに笑みが溢れる。


「それで、さっきのブレット殿下の振る舞いはいったいどう言う事です?」

俺がベッドに腰掛けた事を確認すると、アドルフは近寄らせた椅子に座り話を切り出した。

俺は先ほどの出来事をどこまで伝えるか悩んだ後、掻い摘んで全てを話す事に決める。
ハロルド殿下が正体を偽り治癒を受けにきた事。それによりブレットが俺の後ろ盾になった事。王族の立場からは神殿に口を出せない為、王子の身分を捨てた事。

「なるほど・・・だいぶ情報量が多くて戸惑ってますが、それなら今後は神殿長もだいぶ大人しくなりそうですね」
「いや、コーニーリアスの事はそれだけじゃないんだ。ハロルド殿下の病もあの男が原因だったらしい」
「ん?どういう事です」
「ブレット殿下が言うにはハロルド殿下に薬を盛ったのだと。だから暫くコーニーリアスの管理は近衛騎士の預かりになるのだとか」

俺の言葉にアドルフは腕を組むと、ふむ、と悩むように僅かに首を捻った。

「・・・確かに隣国との関わりを持つ事を神殿長は嫌がってましたし、筋は通ってます。でも薬を盛ったとしてここまでする必要がありましたかね?」
「どう言う事だ?」
「いえ、やっぱりなんでもありません。それにしてもこのタイミングで神殿長が空席になると、今年の祭りは無くなるか延期になりそうですね」

アドルフの言葉にぴたりと思考を止める。さらっと今、重要な言葉を聞いたような気がする。

「祭りがなくなるって?」
「え?だって毎年神殿長が主催してましたし、明後日ですよ。流石に無理でしょう」

思わず前のめりに聞き返すが、アドルフが俺の反応を気にする様子はなかった。無意識に祭服を握りしめる。

祭り。
まさしく先程風呂場で考えていた件だ。祭りの日に元の世界へ戻る道が繋がるのではないかと言う仮説。それを確かめられるタイミングが、まさかこんな風に知らされる事になるとは思わなかった。
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